第9話 風呂
もう片側の水路の設置と、川と繋げる作業は体感上すぐに終わった。
夏月と他愛もない話をしながら、交代で作業をしていたため、実際には一人でやった方がかなり早かったようだが、終わった時には「もう終わりか」と少し悲しくなってしまった。
また二人で作業する日が来ることを願いつつ、水路が両脇に敷かれたトンネルを通って拠点に戻り、夏月の魔導具と俺の風呂グッズが並んだ一室に入る。
「じゃあ、流してみるね」
「おう」
使い方が分からないため、素直に頷いてどのように使うのか観察する。
湯船のすぐ傍に取り付けられているそれは、俺の家の風呂場にも取り付けられていた熱湯と冷水がそれぞれ出るひねりが上側に付いているものとそっくりな代物。
しかし、本来ひねりが付いているはずの部分は赤く輝く石と、青く輝く石が取り付けられていて、一体それが何なのか、そしてどうやって調達したのか疑問が湧き上がる。
「えいっ」
石に触れながら魔の抜けた掛け声を彼女が出したのと同時、蛇口から湯気を出す液体があふれ出た。
水の流れる音が室内で響く中、こちらを振り返った彼女は心底嬉しそうな顔をして。
「や、やったね!」
「やったな」
少し声が震えている彼女の肩をポンポンと叩くと、急に立ち上がった彼女はむぎゅっと抱き着いた。
急に全身が柔らかい女の子の体に包まれたことで半ばパニックに陥りかけるが、なんとか体裁を保とうとこちらからも抱き返す。
彼女の汗と女の子らしい香りがが混ざったものを鼻いっぱいに吸い込み、しかし勇気が無いため背を摩るだけに止める。
「あ、後は石鹸とかが集められれば百点だな」
「実はね、代用出来そうな魔法見つけたんだ」
「それ作れる?」
「まだ素材が足りないから無理だけど、ゆくゆくは作れると思う!」
尋ねておいてなんだが、魔法とは作れるものなのだろうか。
魔法に関する疑問ばかりが湧き上がりながら夏月を放すと、どこか寂しそうな目をして腕を解いた。
彼女の仕草一つ一つにドギマギさせられ、良い意味で寿命が削られるような気持ちにさせられる。
「じゃ、じゃあ、俺はトイレの方作ってるからさ、夏月は先にお風呂入っててよ」
「良いの? 一番頑張ったの隼人君なのに」
「レディーファーストって言うじゃん?」
納得してくれたのかは分からないが、彼女は渋々ながらもこっくり頷いた。
それを見て浴室から出た俺は、何をしようかと考えながら拠点の中を見回す。
ふと、夏月が使っているマジックテーブルが目に留まり、近付いて触れてみる。
魔法関連のアイテムがずらっと並ぶクラフトパネルが現れ、どんなアイテムがあるのか見てみるが、どれが何に使えるのか全く分からない。
俺が作っているものもハイレベルなところまで行けば、かなり複雑になるようではあるが、こっちは最初から複雑で面倒くさいものばっかりだったとは驚きだ。
「……あ」
夏月が最初に作ったアイテムである狐火を見つけ、素材を確認してみることにした。
すると、どうやら自分の魔力を消費することで作れたらしく、身を削って大量生産していたのだと察し、お風呂から上がって来たら感謝を伝えようと心に決める。
一頻りアイテムや魔法のクラフト方法を調べて満足した俺は、殺風景な空間を見て、夏月が作った更衣室のことを思い出した。
狐火のおかげで明るさはあるが、気色の悪い根っこが壁や天井から突き出ている光景は、こうして改めて見ると気分が悪くなる有様だ。
生きる事に必死でそう言ったところに気付いていなかったが、一度知覚してしまうともう気になって仕方がなく、俺は木材ブロックとスコップを手に取る。
「やるか」
面倒くさがりな自分へ言い聞かせるようにして呟いた俺は早速、土を引っぺがして木材ブロックに張り替える作業を始めた。
夏月が風呂から出てくる前に終わらせることを目標に急ピッチで進め、丁度全部張り替えたところで風呂のドアが開いた。
「お待たせ……あれ?」
驚いた表情を浮かべる彼女を見てその名花っぷりに打ちひしがれながら、温かみに包まれた拠点を自分でも見回す。
土が丸出しで家っぽさが一切無かった空間は、木材に変わっただけだというのに温かみがあり、その場に寝転びたくなってしまう出来だ。
「どうよ、家っぽくなったろ?」
「うん、凄く家って感じ。まあでも、ゲームっぽさはあるけど」
そう言って笑った彼女を見て、ふと気が付いた。
「それ、パジャマ?」
「似合う?」
そう言いながらくるりと回って見せ、膝丈のスカートが持ち上がったことで、際どいとこまで見えてしまう。
ちょこっとだけ見えた形の良い尻を脳に焼き付けつつ、彼女に頷いて見せながら。
「めっちゃ似合ってる。良いところのお嬢様って感じ」
「めっちゃ褒めるじゃん……」
照れ臭そうに目を逸らし、誤魔化すように自作したらしいタオルで長い髪の毛を拭く。
「じゃ、俺も入るから」
「う、うん。使い方は石に手を乗せて魔力を注ぐだけだから」
「よく分からんけど分かった」
魔力を注ぐとは何ぞやと思いつつも、彼女からもらった着替えがインベントリに入っているのを確認し、中へと入る。
親切にも俺の分のタオルが扉の後ろに掛けられていて、そして女の子の良い香りが鼻腔を通り抜ける。
「ええ匂い……」
この香りをそのまま香水にしてくれないだろうかと、アホな事を考えながら湯船に浸かり、大きく深呼吸をした。
さっきまで夏月が入っていたお湯なだけあって良い香りが濃くなり、換気口はしばらく付けないままで良いかと考えてしまう。
家の風呂より大きいバスタブなこともあり、脚を思う存分伸ばせることに感動していると、リビングの方からボフンッと大きな音が鳴った。
それは聞き慣れた魔道銃の音で、拠点の中で発砲したということは――
「やべっ」
思わず変な声を出しながら浴槽から飛び出た俺は、インベントリから棍棒を二本取り出して風呂から出る。
すると、魔道銃を壁に向けて構える夏月と目が合い、続けて拠点内を見回すがどこにも魔物の姿はない。
「あれ?」
「ど、どうしたの?」
「いや、銃声したから……」
そこまで言いかけて、壁に設置された的のような物が目に留まり、ただ練習をしていただけと分かってしまった。
続けて、自分が素っ裸であることを思い出し、思わず棍棒で前を隠す。
すると、夏月は事情を察したような顔をして。
「その……ごめん」
「練習する時は前以て言ってくれな?」
「善処します」
少し冗談めかして答えながら目を逸らした彼女から、逃げるようにして風呂場へ戻った。
棍棒をインベントリに突っ込んだ俺は、恥ずかしさから思わず顔を覆い隠す。
「あー……」
声を出さずにはいられない。
もしもアレが俺の危惧した通り、オークが侵入して来ていたのなら、正面からの戦闘が苦手な夏月は危ない目に遭っていただろう。
だから俺が風呂から飛び出したのは正しい判断であって、恥ずかしがる必要は無いのである。
――そう言い聞かせてみるが、恥ずかしいものはやはり恥ずかしい。
「オークめ……」
元はと言えば、この森にオークやら魔物やら、危険な生物が多数住み着いているのが悪い。今度遭遇したらボコボコに殴りつけてやる。
言い訳をするようにして今の出来事を頭から追い出そうと試みる。
そうして十分程度、湯に顔を沈めて気持ちを落ち着かせたところで浴槽から立ち上がり、シャワーで体を洗い流す。
シャンプーなんて便利なものは無いため、もちろん湯シャンである。今までは川の水で洗っていたくらいだし、それに比べればまだマシだろう。
夏月が用意してくれたタオルで体を拭き、パジャマを着て、溜まったお湯を抜いてから風呂場を出る。
ジャージより着心地が良く、魔法技術に関心が高まっていると、まだ射撃の練習をしている彼女の姿があった。
俺の教えた片手で撃つやり方をマスターしたようで、的の中心がボロボロになっている。
「あ……さっきはごめんね」
「いや、大丈夫。でも今度はやる時に言ってくれな」
「うん、そうする。報連相は大事にしないとだもんね」
「そう言う事や」
さっきの事を思い出したのか、彼女は少し顔を赤らめながらコクリと頷き、俺も思い出してしまって、顔が自然と熱を持つ。
しかし、普段はあんなに生意気だと言うのに、俺の股間を見て初々しい反応をする美女というのはそそられる。
……もしかして、処女だったりするのだろうか?
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