第8話 水路
スコップで土壁を殴る。
最初は土を掘るような動作で土ブロックを破壊していたのだが、力を入れて殴り付けるだけでもブロックを壊せることに気付いてからは、ずっとそうやって壊している。
隣でも夏月がせっせとスコップを動かし、袖が捲り上げられているおかげで脇と真っ白な二の腕が良く見える。
チラチラとその光景を見ながら手を動かしていると、また一つ土ブロックが壊れて――
「うおっ?!」
土壁を破るようにして飛び出した大量の水に、俺は驚きの声を上げながら慌てて塞ぐ。
昨日採掘した石からクラフトした石ブロックを穴に押し込んで止め、びちゃびちゃになってしまった足元を見る。
何匹か流れ込んだ哀れな魚たちに【鑑定】を使ってみると、一つを除いてすべて毒の無い種類であることが分かり、それ以外の全てを回収する。
「やっとだね」
「長かったなあ」
達成感溢れる夏月に同意を示す。
正直に言えば、彼女と一緒に作業を行うのは全く苦では無かった。また同じ作業をする必要があるとなっても、喜んで引き受けることが出来るだろう。
テンションの高い夏月を可愛らしく思いながら彼女と笑い合っていると、ぎゅううと可愛らしい音が空間内に響いた。
「あっ……」
「まあ、飯食べに戻ろうか」
「聞こえてない振りするのが紳士だよ?」
「めっちゃ聞こえた」
「反抗期?」
ただ会話をしているだけで楽しくて、気付けば笑みを浮かべてしまっている。
笑うと姿を現すえくぼと細くなった目が、学校では一度も見ることの出来なかったものであることにふと付く。
あのクラスの誰も見たことの無いものを見れている優越感に浸りながら拠点へ戻ると、夏月はヘトヘトな様子で椅子に腰掛けた。
インベントリから肉と米もどきを取り出すと、まるで作り立てであるかのように湯気を出し、とても昨日作ったものとは思えない。
それらをテーブルへと並べ、お湯で手についた土を軽く洗い流してから手を付ける。
「運動した後の肉って最高だな」
「でも太っちゃいそう」
「夏月は細すぎるし、もうちょっとお肉付いた方が良いと思うけどな」
「分かった。頑張る」
意外にも素直な言葉が出て来てちょっと驚く。
それにしても、夏月の体は服越しでは分かり難かったものの、一度全裸を見て分かったが、割と肉付きは良い。
ただ、俺の好みとしてはもう少しふっくらしている方が好きだし、ぜひとも彼女にはもうちょっとお肉を付けてもらいたいのが本音だ。
とはいえ、今でも十分なほど可愛らしいため、これ以上を求めるつもりはあまり無いが。
食器同士のぶつかる音が静かな拠点内に響く。
食べる事に集中しているらしい夏月であるが、その食べ方はやはり上品で、それすらも画になってしまう。
「夏月の家ってお金持ちだったりする?」
「うーん……普通だと思う。どうしてそう思ったの?」
「食い方が上品だし、手慣れてる感じしたから」
「み、見習ってくれても良いんだよ?」
素直ではないが、本心では喜んでいるのが笑窪から分かる。
本心を隠すのが苦手らしい彼女を見ていると昔飼っていた柴犬のを思い出し、夏月にも尻尾があったらなと、そんなことを考えてしまう。
夏月を眺めている間に食べ終え、作業を再開しようと立ち上がる。
「夏月はどうする?」
「うーん……あ、そうだ」
忘れていたことを思い出したような素振りを見せた彼女は、インベントリを開いて服を取り出した。
「さっき渡そうと思って忘れてたけど、隼人君の着替え。動きやすそうな服とパジャマみたいな部屋着作ったから、良かったら使ってね」
「ありがとう」
それを受け取った俺は、どこで着替えようかと周囲を見渡し、見覚えの無い扉がある事に気付く。
「もしかしてあれ、更衣室?」
「うん、着替える場所必要かなーって」
そう言って笑って見せた彼女は、「ほら着替えた着替えた」と急かす。
母親っぽさのあるその言動で初日と比べるまでも無く打ち解けていることを実感し、もうちょっとで交際まで辿り着けるのではないかと、期待を持ってしまう。
夏月が作ってくれた更衣室の中に入ると、狐火が部屋の隅に設置され、木材ブロックが床に敷かれたぬくもりのある光景が目に飛び込んだ。
「なるほどなあ」
拠点にいる時、気分があんまり落ち着かなかったのは床も壁も天井も、全てが土で出来ているためだったらしい。
水路が出来上がったら木材を採取して、木材ブロックで拠点内側を覆うとしよう。
頭の中で組み立てていた優先順位を差し替えながら着替え終え、更衣室を出ると。
「おお、似合う!」
「そうか?」
「うん! 凄く良い感じ!」
揶揄って来るのかと思っていたが、率直に褒められて反応に困る。
自分の体を見下ろすと夏月の身に付けているものと同じジーパン風のズボンと黒シャツというシンプルな服装で、いわゆるペアルック状態だ。
本格的にカップルへ近付いているような気がしてしまっていると、夏月はちょこっと不安そうな顔をして。
「黒の染料、一つしか無かったから隼人君のは黒にしたけど、白の方が良かった?」
「どっちでも良いよ。俺、あんまり服のセンス無いし、夏月の方が詳しいだろうから任せる」
「分かった、任せて」
学校祭で各クラスの生徒がステージ上でダンスや劇をしたのだが、その時に夏月の私服を見る事があったため、そのセンスには全幅の信頼を置ける。
性悪女子たちがとにかく目立とうと私服とは思えないような派手過ぎる格好をして来たのに、シンプルでただの私服と言った服装をしていた彼女が男たちの目を全て掻っ攫っていた。
……もしや、彼女が他の女子に距離を置かれていたのは、表情が硬いとかでは無く、単純に嫉妬されていたからか?
「じゃ、水路置いて来るから、夏月はクラフトとか頼むよ。もし拠点から出る時は、悪いけど俺の所来て」
「分かった。一緒に外出るってことでしょ?」
「そう言う事。夏月一人じゃあっさり死んじゃいそうだからさ」
「じゃあちゃんと守ってよね」
「そりゃもちろん」
俺の言葉にどこか嬉しそうに微笑んだ彼女は、それ以上は何も言わずに見慣れない作業台――シルクストーンから衣服を作り出すためのものだろう――の方へ歩いて行った。
そんな彼女の後姿を少し眺め、やっぱり一緒に行こうと誘えば良かったと、少し後悔してしまいながらトンネルの奥へ向かった。
最奥に到達した俺は早速、石製の水路の設置を始める。
上水道として利用する予定のそれを川とつなげる予定の位置に合わせて置いて行き、後はひたすら拠点へ向けて伸ばして行く。
掘り進んでいた時はまだ筋トレとしての側面があり、自分の成長を感じられて楽しむことが出来たが、この作業はそれも無いためただただ退屈だ。
脳みそが死んでしまうのではないかとすら思ってしまいながらひたすら設置を繰り返し、体感で三時間掛けて拠点まで到達した。
頭が腐り落ちてしまいそうな気分で拠点の中へ入ると、夏月がぱあっと顔を明るくしてこちらに駆けて来た。
「あ、お疲れ様! 服と寝具作ったよー」
かわいい。
「お疲れ様。ちょっと一緒に外出しない?」
「うん、良いよ。一人で作業するの心細かったから」
同じことを思っていたのか、俺の頼みにすぐさま頷いてくれた。もしかしたら、疲労が顔に出ていたのかもしれない。
妙に機嫌が良い夏月のおかげで瀕死の重傷がぐんぐん回復したかのような癒しを受けながら共に外へ出ると、眩しい日差しが目を焼いた。
片手で目元に影を作りながら日の位置を確認すれば、凡そ三時くらいであると分かり、思っていたほど作業に時間が掛かっていなかったことが分かる。
「まだ明るいんだな」
「だね。これなら後で安心して水浴び出来そう」
「そ、そうだな」
前回の水浴びのことを思い出し、少し声が震えた。
どこから敵が来るか分からない都合上、どちらかが水浴びをしている間はもう一人が見張りをしていないといけないため、互いに裸体を見る事になってしまった。
……縞々パンツとお尻のほくろのことはしばらく忘れることは無さそうだ。
「あ、あんまりジロジロ見ちゃダメだからね」
「そっちこそ」
俺が水浴びする番になった時、夏月からかなり視線を感じた。
幸運にも家で筋トレをする習慣を付けていたおかげである程度は筋肉の付いた体を見せることが出来たものの、見せるのならもっとガッチリとした状態の体を見せたかったのが本音だ。
そして今、度重なる肉体労働でかなり筋力が付いた。腹筋はまだ微妙であるが、腕と脚はムッキムキである。
彼女を魅了してみせよう。
「明日には安心して風呂入れるようにする予定だから、頑張ろうな」
「うん!」
目をキラリと輝かせた彼女を見て、午後も頑張る気力が湧き上がった。
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