第7話 水道設備

 今日も今日とて筋肉痛に襲われる。

 しかし、昨日のそれで体が慣れてしまったらしく、むしろ心地良く感じるようになってしまった。

 日本で暮らしていた頃よりも明らかに筋肉が付いて来ている腕を軽く叩きつつ、寝心地の悪い寝具から起き上がる。

 やはり、草や木の葉だけで作った寝具というのは、一日も使えば潰れて来て、土の上で寝ているのと大差が無くなってしまう。

 学校のジャージもどこかで引っ掛けたのかいくつか小さい穴が開いてしまったし、今日の目標はシルクストーンを使った衣類と寝具の作成にしよう。

 そのついでに、出来るところまで水回りの設備も整えるとしよう。


「おはよー……」


「おはよう」


 物音で起こしてしまったらしく、夏月が眠たそうな目をこちらに向けていた。

 二度寝の姿勢に入ったのを見て笑ってしまいながら起こしてやり、恨めしそうな声を聴きながらトイレへ向かう。

 水道なんて便利なものは無いため、もちろんぼっとんである。トイレットペーパーはその辺の植物から作った紙のようなもので代用している。

 使っているのが俺と夏月だけなこともあり、便所はほとんど汚れておらず、穴が深いおかげか臭いもそこまで酷くない。

 

 出すものを出してスッキリして出ると、夏月がオーク肉のステーキと穀物類で作った米もどきを並べているところだった。

 穀物系は昨日の水浴びをした帰りに見つけたもので、レシピがあったため作ってみたところ雑穀米のようであったため、今後はしばらく主食とすることになったものだ。

 

「準備ありがと。朝ごはん食べ終わったら一休みして、それから作業始めよう」


「今日は何するの?」


「シルクストーンで服とかを作れる環境を整えるのと、出来るところまでだけど、川まで穴掘って水道設備を整えようかなって」


「あの機械って魔法もいるから私がやった方が良いんじゃない?」


 そう言えば、魔法関連のアイテムが必要だった覚えがある。

 それだけ作ってもらって後は俺がやろうと考えていたが、この子に任せた方が効率的かもしれない。


「分かった。じゃあ、そっちは任せるから、俺は穴掘って水道設備整えるか」


「こっちが完成したらすぐ手伝いにいくね」


「そう言ってサボる算段?」


「もう手伝ってあげない」


 ジト目を向けながらもどこか楽しそうな笑みは浮かべていて、俺は軽く謝りながら席に着き、夏月と共に食べ始める。

 肉だけでなく主食があるおかげでいつもより美味しく感じられ、今日も一日頑張ろうという気力が湧く。

 朝食の大切さを身に染みて実感している間に食べ終わり、軽く食休みを挟んでマップを開く。

 

 昨日は水浴びをした帰りに、川の流れに沿って歩いたことで、拠点から一番近い箇所を特定している。

 今日はそこまで続くトンネルを掘り、上水道と下水道をそれぞれ用意する予定だ。あまり仕組みは分かっていないため苦戦することになるだろうが、きっと何とかなるだろう。

 

「じゃ、掘って来るね」


「気を付けて」

 

 笑みを見せながらそう言って手を振ってくれた彼女に、俺は軽く頷いて見せて東側の壁に近寄り、スコップを取り出して穴を掘る。

 つるはしで岩を殴り付けるよりかは負担が少なく、これなら今日中に辿り着けそうだと考えながら、ひたすら手を動かす。

 穴の大きさは三×三メートル、崩落防止のため、等間隔で支柱を立てている。


 そんな作業も途中で、飽きて来てしまったため、休憩を兼ねてクラフトパネルで様々なアイテムを見ながら作業を進めていると、後方から足音が聞こえて来た。

 振り返ればこちらに駆け寄って来る夏月の姿があり――服装が全く違うものになっていて、驚きから手が止まる。


「お待たせ―。どう?」


「めっちゃ可愛い」


 白シャツに薄いジーパン風のズボン。

 ごく普通の服装ではあるが、出るところは出ているスタイルの良さが引き立てられ、大人な女性の雰囲気を身に纏っている。

 もしも初対面だったら、顔立ちは幼くとも、同い年ではなく年上のお姉さんだと思ってしまうに違いない。

 

「珍しく素直に褒めてくれるんだ?」


「可愛いものは可愛いって認める主義だから」


「ふ、ふーん」


 しっかり褒められると生意気なことは言えなくなるらしく、顔を赤らめてそっぽを向いた。

 

「そっちに俺はいないよ?」


「うるさいなあ」


 頬を膨らませて不満を訴えて来るが、可愛らしくて思わずその頬を指でつつく。

 もっちりとした感触が指に伝わり、もうしばらく触っていたくなる。


「ヘンタイ」


「触って欲しいんじゃなかったの?」


「日本に帰ったらセクハラで訴えてやるんだから」


「じゃあ帰らない」


「ずるい」


 アホな会話を一頻り楽しんだところで、穴掘りを再開する。

 スコップを手にした夏月と共に穴を掘る作業は案外楽しいもので、これならあと何時間でもイケると思ってしまう。


「前から気になってたけど、夏月さんってゲームするの?」


「うん、地雷クラフトとか、上手くは無いけどFPSもちょっとやってたよ」


「……もしかして、意外とオタクだったりする?」


「アニメとか漫画も好きだし、オタクかもしれない」


 ゲームを知っているような事を何度か言っていたからそんな気はしていたが、いざその予感が本当だったとなると、それはそれで驚きである。

 しかし、自分の憧れていた人が自分と同じ部分があると思うと、なんだか嬉しくなってしまう。

 

「あーあ、その事知ってればなあ……」


「一緒にゲームやりたかったねー」


「のほほんとやりたかったなあ」


 会話こそのほほんとしているが、土を掘り進む作業はなかなか疲労が溜まる。

 普段使わない筋肉も鍛えられるため悪いことばかりでは無いが、夏月にとっては辛いだけだろう。

 早いところ生活の基盤を整えて、彼女には楽をさせてあげたいものだ。

 と、少し頬を赤らめた夏月が唐突な問いを投げかける。


「隼人君って好きな人いるの?」


「……いるけどいない……みたいな?」


 無論、好きなのは目の前の天使である。

 しかし、好きな人がいると言ってしまうと、他の人が好きと勘違いされてしまいそうで、かと言っていないと答えてしまうのも誤解されそうで濁した答えが出た。

 すると、彼女は思い付いた顔をして。


「あ、画面の向こう側にいるってやつ?」


「違う、そうじゃない」


 思わずツッコミを入れる。

 ただ、何かに安心したような彼女の表情や雰囲気から察するに、俺の言わんとしている事は伝わったのかもしれない。

 

「……ん?」

 

 土に突き刺したスコップから、ぐにゅっと柔らかい感触を感じ取った。

 川に近付いたことで泥が混じるようになったのかとも思ったが、視界の右上に浮かぶマップではまだまだ距離があり、可能性としては低い事が分かる。


「どうかした?」


「なんか、変な感触が……」


 スコップを突き刺したままグリグリと動かしてみると、土の向こう側で何かが動いた感触を覚えた。

 気持ちの悪さから思わず引っこ抜くと同時、土がボロボロと崩れ始めーー


「シャァァァァ!」


 巨大なミミズが涎を飛ばしながら飛び出した。

 円錐のように広がる口の中には無数の鋭い牙が口の奥まで並ぶそれは、土の中から体をくねらせて這い出し、全長二メートルほどの薄桃色の体を出現させた。

 あまりの気持ち悪さでゾッとすると同時に、怯えて甲高い声を出す夏月に気付いた俺は、覚悟を決めてスコップを叩き付ける。

 脛に粘っこい液体が拭き掛かり、体中の鳥肌がブワッと広がり、思わず後退る。

 夏月も後ろから魔導銃で一撃を加え、それが止めとなったのかミミズは動かなくなり、思わずため息を吐いてしまう。


「きめぇ……」


 脚についた液体を指で掬い、匂いを嗅いでみると、ドブのような臭いが鼻腔を貫いた。

 吐き気に襲われて嗚咽してしまう中、夏月は心底気持ち悪そうにしながら、巨大ミミズに【鑑定】を発動させた。

 隣から覗き込むと、『ユニ・ローパー』という魔物である事が分かり、数値などを見ればレベルが一だった頃の俺よりも弱い。

 しかし、持っているスキルは毒に関連したものばかりで、脚にかかったそれがヤバイものなのではと、焦ってしまいながら【鑑定】を使う。

 血管に入らなければ効果が無いものである事が分かって安堵してしまいながら、脚を土に押し付けてぬめりを拭っていると、夏月が顔を引き攣らせながら。


「ね、ねえ、これ焼けば食べれるとか書いてあるんだけど……」


「マジ?」


「うん。毒は熱したら効果無くなるし、熱しちゃえば寄生虫も死んじゃうって……どう思う?」


 彼女のパネルに映されている物を見れば、この生物に関する説明が表示されていて、一部地域では食料として重宝している旨の記述がある。

 こんなグロテスクなものは食べたく無いと言いたいところだが、脂質が少なくタンパク質が豊富であるとの一文に目が止まってしまう。


「……まあ、食料はあんまり安定してないし、一応回収しておこうか」


 見た目はグロテスクでとても食べたいとは思えない見た目をしているが、なるべく筋肉を付けたい今、これを食べないといけないかもしれない。

 夏月にもっと頼ってもらえるような男になることを目標に、ナイフでユニ・ローパーの死骸を解体する。

 グチャグチャと嫌な音が空間内に響き渡り、インベントリには肉と毒袋などが回収されていく。

 やがて三メートルを超える気色の悪い死骸は綺麗さっぱり消え、魔物が生きていた痕跡は土壁に空いた穴だけとなった。

 

「再開しようか」


「うん」


 すっかり顔色が悪くなってしまった夏月と共に作業を再開する。

 もちろん、彼女にこれを食べさせるつもりは無いが、完全に食料が枯渇するような事態に陥る可能性がある以上、絶対に食べさせない約束することは出来ないのが現状だ。

 畑、水道設備、電気設備……これから作らなければならないものを思い浮かべて行くとキリが無く、しかしそれがどうしようもないほど俺をワクワクさせる。

 

「俺たちを追い出したあいつらよりいい生活しような」


「うん、あの人たちにぎゃふんって言わせよう!」


 言葉選びが可愛いのは彼女の素なのだろうか。

 それとも、俺に可愛く思われたいがために、考えて発言しているのだろうか。

 ……どちらにせよ可愛いことに変わりは無いか。

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