第2話 天獄の森
「中村さん、ちょっと落ち着いて聞いて」
「う、うん」
俺の言う事を中村は意外にもすんなりと聞いてくれるらしく、不安そうな表情を浮かべながらも目を合わせてくれた。
美しさと可愛らしさの両方を併せ持つ美しい顔立ちを初めて正面からしっかりと見た事もあって少し緊張してしまいながら、俺のスキルで出来ることを教えた。
「――って感じ。それで、俺のスキルの効果なんだけど、一番レベルが育ってるスキルが使えなくなる代わりに、【サバイバー】が使えるようになるみたいなんだよ。中村さんはどうしたい?」
「使う」
即答されて少し驚く。
「中村さんのスキル、使いにくかったりするの?」
「そう言うのじゃないけど、大澤君と一緒に色んな事したいから」
「そ、そっか」
俺に好意があるのではと、そんな呑気なことを考えながら、城で読んだ説明通りの手順を踏んでスキルの共有を行った。
何かが目前の美女と繋がる感触があり、試しに【鑑定】を彼女へ掛けてみると、スキルの欄には【サバイバー】の文字と、斜線が引かれてしまっているスキル【天使】の文字があった。
スキルを決めているという神から見ても、この子は天使のように見えていたのかもしれない。
「うん、これで中村さんも俺のスキル使えるようになったから、早いうちに素材を集めちゃおう」
「分かった」
コクリと頷いた彼女を横目に、俺は早速近くの木に近付く。
このスキルが俺の予想通りなら、全ては木材の入手から始まる。ぶん殴れば素材となって落ちるはずだ。
そう考えながら試しに拳を打ち付けてみると――
「いでっ?!」
壁を殴ったかのような痛みが腕まで駆け巡り、拳を抑えながら後退る。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……」
恥ずかしいところを見られてしまった悲しさから思わず目を逸らす。
そりゃそうか。木は拳でどうにか出来るほど柔らかく無い。ゲームとは違うんだ。
心配してくれる中村に今のことは忘れるよう言って、近くに見えた低木に近付き、根本に蹴りを入れる。
バサッと音を立てて吹っ飛んでいくのと同時、俺の中に木材が入ったのを感じ取る。
「インベントリ」
呟いてみると、城でこっそり出したクラフトの画面と似た雰囲気のあるパネルが現れ、そこには四十個の枠が設けられていた。
左上の枠に木材のアイコンとその右下には個数を示す十二の数字があり、ほぼほぼゲームと同じなことに感動してしまう。
「中村さん、こんな感じで物を壊したりするとアイテムになるみたいだから、一緒に集めよう」
「うん、分かった」
さっきの恥ずかしいところを挽回しようと声を掛けてみると、彼女は特に気にしていない様子で、木材の取れそうな低木に近付いて行った。
十分ほどで五十個ほどの木材、小石、食べられそうな植物などを集め終えたところで、クラフトパネルを開いて石製のツールを作成する。
石斧、スコップ、棍棒の三種類しか作れなかったが、木材と石ころをもう少し集めれば、もういくつかの道具が作れるだろう。
「取り合えず木を伐採しよう。ある程度集まったら適当な場所に穴掘って、そこを拠点にしよっか」
「家建てたりしないの?」
「建築素材集め切れなかったら危ないし、地下の方が安全だから今はそうするしかないかな」
「そっか」
納得してくれたらしく、石斧を片手に木へと近付いて行った。
一応、資材をケチれば家も建てられないことも無い。
しかし、そんな狭い家だとなにかあったときに逃げ場が無くなるだけでなく、拡張が必要になった時が面倒くさい。
それに対して地下であれば、掘るだけで良い上に、いざとなれば地下を掘り進めることで逃げる事だってできる。
ゲームの知識がこんなところで役に立つなんてと考えてしまいながら俺も伐採を始めた。
一時間ほどで四本の木の伐採を終えた俺は、スコップと大型ハンマーをいくつか作って、中村と共に地下拠点の制作に取り掛かった。
とは言っても穴を掘るだけであるため難しいことは何も無く、今後の予定などを考えながら手を動かす。
すると、ボコッと音を立てて一立米ほどの真四角な穴が開いた。
「ホントにゲームみたい……」
呟いたのが聞こえて来て、彼女も例のゲームはやった事があるらしいことが伺える。
拠点が完成した時にでも話しかけてみる事にして、日が暮れてしまう前にと作業を急ぐ。
地下五メートルほど下まで掘り進めたところで、今度は地面と平行に土を掘り、空間を少しずつ拡張していく。
普段、運動は家で自重トレーニングをするくらいしかやっていない事もあり、段々と手や腕に力が入らなくなり始めるが、少しでも中村に良いところを見せようと腕を動かす。
肝心の中村はと言えば、あの細い腕には負担が大きすぎてしまったようで、拠点の隅に座って俺の作業を眺めている。
それにしても、薄暗さも相まって彼女の無表情は美しくもありながら、恐ろしさもある。彼女は一体何を考えているのだろうか……。
「よし、こんなもんか」
そう呟きながらスコップを地面に突き立て、ようやく出来上がった空間を見回す。
何かの植物の根っこなどが天井から伸びているのが気持ち悪いが、今夜はやり過ごすことができるだろう。
「ごめん、あまり手伝えなくて……」
「気にしないで。女の子にこんな重労働させられないから」
本音を言えば中村にももっと手伝ってもらいたいが、女の子に穴掘りなんて言う重労働をさせるのは気が引ける。
スコップをインベントリに戻した俺は、木材で簡単な家具をいくつか作成し、その暇な間にまだ使っていない機能『マップ』へ触れてみることにした。
歩いたことのある場所とその周囲数メートルの範囲を航空写真のように記録してくれるという事は分かっているが、それ以外のことは分かっていない。
色々と機能があれば嬉しいのだが……。
「マップ」
呟いてみると少ししか塗られていない地図が表示され、範囲の狭さも相まってまだ役立ちそうには無い。
召喚された場所も描かれているのだろうかと気になって弄ってみると、大分離れた場所にポツンと白い建物が描かれていた。
距離にして約五千キロメートル、とても歩いて行ける距離ではない。
部活に入っていた頃に三キロほど走るメニューをやらされたことが脳裏をよぎり、俺は忘れてしまおうと頭を振る。
と、そんな事をしている間に家具が出来上がり、インベントリから取り出してみると手のひらサイズの椅子が出て来た。
おもちゃを作ってしまったのかとも思ったが、何となく使い方が分かり、試しにそれを床に設置する。
「おぉ」
おもちゃサイズだったそれはポンという音と共に普通の大きさとなり、中村の分の椅子と机も一緒にセットする。
と、隅っこで見ているだけだった中村がこちらにやって来て、感情の読み取れない口調で問いを投げ掛けて来た。
「この椅子、私の?」
「そうだよ。俺一人で二つも使うわけないでしょ?」
「ありがと」
一瞬だけ、微笑んだ気がしてドキッとさせられる。
思えば彼女が微笑んだところを見るのはこれが初めてかもしれない。
見逃しているだけかもしれないが、不良たちの悪ふざけや先生のギャグなんかで笑っているところなんて一つも見たことがないし、もしかするとあの学校でこの子を笑わせたのは俺が初めてかもしれない。
「じゃあ、しばらく休憩したらちょっとだけ外を探索しよう。めっちゃ喉乾いてきたし」
「私もカラカラ」
カラカラの言い方が可愛らしくて変な笑みを浮かべてしまいそうになる。
一緒にこの子が来てくれて良かったと思うのと同時、一つの疑問が浮かび上がって俺は尋ねる。
「そう言えばさ、何で俺なんかのために反抗しようと思ったの? 最悪、死刑にされたかもしれないのに」
「それは……内緒」
そう言って目を逸らした彼女を見て、俺のことが好きなのでは無いかと、何度目になるか分からないピンク色な妄想が展開された。
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