第22話 恨み

 夏月の絶叫が拠点に木霊した。

 飛び起きると怯えた表情を浮かべた彼女が俺の隣ですやすやと眠っていたカマキリと、昨晩の間に進化して巨大化した狼二匹を交互に見る。

 すると、錯乱してしまったようでショットガンを手に取り、引き金に指を掛ける。


「夏月、落ち着け!」


「か、カマキリ! 殺さないと!」


「大丈夫、テイムしてるから平気だ」


 ゆっくりと近付きながらそう声を掛け、目を覚ました様子のカマキリに後ろ手で大人しくしているようにジェスチャーする。

 あわわと怯える彼女だが俺を撃ち殺すほど混乱はしていないらしく、ゆっくりと銃を下ろし、ほっと一息吐きながら隣に座る。


「な、大丈夫だったろ?」


「ほ、ホントに大丈夫? 虫に敵と味方の区別なんて付く?」


「おう、野生のカマキリと対話する程度の知能もあったぜ」


 驚くことにこいつらは共食いをしないようで、野生のカマキリと遭遇した時に何やら交渉して、戦闘を回避する形になった。

 今後、採掘はかなり楽になるだろう。


「そ、そっか……ひいっ!?」


 トコトコとこちらに近寄って来たカマキリに、怯えた声を出した夏月はショットガンを向ける。

 

「あ、こら」


 慌てて銃口を上に向かせ、発射された鉛玉が木材ブロックを粉砕したのを横目に、顔を真っ青に染める彼女の背を撫でて落ち着かせる。 

 怯えた様子で固まってしまったカマキリに隣へ来るように言いながら、怯えたままの彼女を抱き締める。


「ご、ごめんなさい……地下から這い上がってきた時のこと思い出しちゃって」


「トラウマになっちゃったか?」


「うん……いきなりあれが飛び出して来ると体が震えて動けなくなっちゃう」


 それならば、夜中に起こしてテイムしたことを教えるか、はたまた地下で夜を過ごしてもらって、朝に教えてあげるようにするべきだったかもしれない。

 と、カマキリは怯えた様子で俺の腕にしがみ付きながら、ちらと顔を覗かせて夏月を見る。


「あ……ごめんね。敵だと思っちゃったの」


「キイー」


 言っていることは伝わったようで、安堵したような鳴き声を挙げた。

 そんなこんなでようやっと落ち着いた夏月は、苦笑気味に笑って。


「……寝てる間に色々進みすぎじゃない?」


 俺に抱き着いて頬擦りするカマキリと、巨大に成長したぽちとたまを見ながら言う。

 

「まあ、すまんとは思ってる」


「もう……心臓飛び出るかと思ったんだから」


「悪かったよ。とりあえず朝ご飯食べたらこいつらの戦闘能力も見たいし、新しく作ったAKも試したいから出掛けようか」


「分かった。でも大丈夫? 夜、あんまり寝てなかったんじゃないの?」


「割と平気。夏月のためって思ったら苦じゃなかったよ」


「流石は私の旦那様」


 俺に口説かれるのは流石に慣れて来たようで、ちょっと照れながらも冗談めかしてそう言う。

 もしも日本に帰ることが出来たら、彼女のために特大の宝石が付いた指輪を送ろう。

 そう心に決めた俺は、三匹のペットたちの分も含めた朝食の用意を始めた。

 

 朝食を済ませて食休みをしていた頃、赤い毛をブルブル震わせた二匹は、早く行こうぜと言いたげな顔を、階段の前でお座りしながらこちらに向けていた。

 しかし、階段の広さと二匹の体を見比べると通れるようには思えず、広げる必要があるだろうかと考えながら問いかける。


「お前ら、そこ通れるの?」


「わう?」


 階段の方を向いたぽちは、一見通れないように見える巨体で狭い通路をするりと通り抜け、地上へ上がって行った。

 どうやら体毛がもこもこなあまり、体格が大きく見えるだけで、実際はかなりスリムな体型をしているらしい。

 ……汚れたら洗うのが大変そうだ。


「カマキリちゃんも行くぞ」


「キィー」


 カマキリの知能は低いと【鑑定】で調べた時には書かれていたが、どうやら俺の言葉が分かる程度の頭はあるらしい。

 テイムしたら多少なりとも頭が良くなることでもあるのだろうか。


「眩しー」


「だな」


 地上に出ると今日も眩い日の光が俺たちを出迎えた。

 ここへ来てから夜中に一度だけ、少量の雨が降ったことはあったが、それ以来一度も降っていない気がする。

 ……もしも日本のように梅雨があったら、拠点水没していたな。


 恐ろしい事実に今更気付いてしまって、この辺が雨の降らない気候だったことに感謝しながらマップを開く。

 この前の経験値稼ぎと時々行っていた散歩によって拠点の周辺は全て塗りつぶしてしまった。

 今日はちょっと遠くまで行くことに決めて方向を定めた俺は、もふもふ二匹とカマキリを引き連れて道を歩き始める。


「そう言えばさ、カマキリの名前はどうするの?」


「考えてなかったな……鎌太郎で良いんじゃね?」


「もっとちゃんとつけてあげなよ、かわいそうじゃん」


 傍に寄って来たカマキリを怖がりながらもそう言う夏月の心優しさで心が震える。

 

「じゃ、じゃあ、マキとかどうよ。カマキリの真ん中二文字取っただけだけどな」


「んー、ちょっといじってマキナはどう? 何かのゲームにそんな名前の強いキャラいた記憶あるし」


「おけ、マキナだな。よろしく、マキナちゃん」


「キイ?」


 何を話しているのか理解はしていない様子ではてなを頭に浮かべたマキナを見て、俺と夏月は揃って笑う。

 と、どこからか音が聞こえ、銃を構えながら周囲を見回す。


「お、ゴブカス!」


「ホントだー」


 呑気な夏月の声で耳が癒されながら、五十メートルほど先の開けた場所で踊って遊ぶゴブリンに狙いを定める。

 ショットガンとは違ってアイアンサイトが付いている事もあり、まだ狙いは付けやすい。

 引き金を引くと乾いた破裂音と共に弾が飛んで行き、狙い通り標的の頭を撃ち抜いた。


「いってえな……」


「反動、ショットガンと比べるとどう?」


「大して変わらん」


 単発射撃なのにも掛からず肩を殴られたような痛みがあり、ショットガンの反動と同じ程度に痛い。

 もっと安い素材で作れる古臭いアサルトライフルの方だったら、もっと酷いことになっていたのかもしれない。

 

「よし、もふちゃんとマキナちゃんの戦う姿見せてくれな」


「「わぐ!」」


「キー」


 低い声で返事をした二匹はクンクンと臭いを嗅ぎ始め、前へ向かって歩き始める。

 どこから襲撃されても大丈夫なように警戒しながら歩いていると、ぽちとたまは尻尾をピンと立てて、まるで俺と夏月を庇おうとするかのように前へ出る。


「ど、どうし――」


 ビックリしながら問いかけようとしたのと同時、ひゅんと空を切る音と共に矢が飛んで来た。

 瞬間、目前の二匹の周囲でエネルギーのようなものが動いたのを感じ取り――カキーンと甲高い衝突音を鳴らして跳弾が発生した。

 飛んで来た方角を見れば木の上で弓を構える魔族が見え、俺はすぐさま射撃する。


「アァァッ?!」


 胴体と腕に弾が命中した魔族は悲鳴を上げて落っこちて行き、他にいないかそちらを警戒していると、木の陰に隠れていた魔族たちが盾を構えてゆっくりと近寄って来る。

 人数は十二人、盾を持っているのが六人、その後ろに張り付く形で一緒に近付いて来る武器持ちの魔族が六人となっている。

 弾倉にAP弾が込められていることを確認した俺は、夏月と共に射撃を開始する。


 想定通り、盾を貫通した銃弾が次々に魔族を薙ぎ倒し、その後ろの近接武器や弓しか持っていない魔族たちも断末魔と共に次々に倒れて行く。

 と、弾が尽きてしまい、ショットガンを取り出そうとしたところでたまが待ったをかけた。


「わふ」


「任せろって? 怪我はするなよ」


「わふっ」


 任せろと言ったように感じると同時、ぽちとたまが残った二組の元へ駆け出していく。

 盾持ちが慌てたようにそちらを向いて体側が丸見えになり、弾をぶち込んでやりたくなるのをグッと堪える。

 その後ろで控えていた魔族が俺の方をチラチラと見ながらも、攻撃して来ないと分かるや否や、ぽちに殴り掛かり――


「ぎゃあっ?!」


 鋭い爪で顔面を切り裂かれて倒れ込み、赤いもふもふは続け様に盾持ちへ飛びかかった。

 

「やめろぉー! ビザイズ! こいつをやれ!」


「ぎゃああぁぁぁぁ!」


 魔族たちの悲鳴が森の中に木霊し、その惨い殺し方に夏月がドン引きする。

 たまが魔族の首を食いちぎってぽいと捨て、最後に生き残った一人に詰め寄る。


「やだ! たすけて――」


 遠目にも失禁しているのが分かると同時、トカゲ頭をパクっと咥えた。

 たまの口の中で何か叫んでいるようだったが、首をゆっくりと噛みちぎっているらしく、段々と聞こえて来る声が苦しそうなものに変わる。

 最後はバキッと骨の割れる音が鳴り、たまはペッと魔族の頭を吐き捨てて、ゆっくりとした足取りで戻って来た。


「お、お前ら……魔族に恨みでもあるのか?」


「くーん」


 さっきまで惨すぎる殺し方をしていたとは到底思えないほど大人しくお座りをして、褒めて褒めてとばかりに頭を押し付けて来るぽちとたま。

 その代わりようにはマキナでも恐ろしかったらしく、ぷるぷると震えながら俺の背中に隠れてしまった。


「ま、まあ、お疲れ様。散歩の続きしようか」


「わふ!」

 

 嬉しそうに吠えたぽちとたまの顔は、進化する前と変わらない笑っているように見える。

 しかし、魔族の血で汚れているため、どちらかと言えば恐ろしさの方が勝り、進化の弊害なのだろうかと悩みながら、道なき道をのんびりと歩き出した。

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