第21話 変態

「おやすみ」


「ああ、おやすみ。ゆっくり寝て、怪我直すんだぞ」


「うん」


 静かに頷いた彼女はゆっくりと瞼を閉じ、すぐにすやすやと心地良さそうな寝息を立て始めた。

 外では虫が鳴き声を上げ、遠くの方では狼の遠吠えが聞こえる。

 

「ぽち、たま。お前たちも休みなさい」


「わう」


「わふん」


「イヤか?」


 二匹してまだ眠くないとアピールする。

 帰って来て風呂に入らせた後、ぐっすりとお昼寝していたし、今は眠くないということなのだろう。


「じゃあ、魔物が寄って来たら教えてくれな」


 夏月を守ろうとするように傍で寝転がる二匹を撫でて、作業台に近寄る。

 さて、この初期型の古臭いショットガンはそろそろ卒業しよう。

 魔族やカマキリを簡単に殺せてしまって油断していたが、ある程度の連携が取れている魔族が相手だと苦戦を強いられ、下手したら負ける可能性だってあることが分かってしまった。

 夏月を守るためにも、もっと技術を身に付けなければなるまい。


「どうすっかなぁ……」


 銃火器の一覧を見て、どれを作ろうかと悩む。

 今集まっている素材から作れそうなのはアサルトライフル、スナイパーライフル、サブマシンガン、そして新しいショットガンの四種だ。

 軽機関銃なんかも作ろうと思えば作れるが……コストの重さ故に、まだ手を出したくない状態だ。 

 

「アサルトでいっか」


 ぼそりと呟きながら、『AK-47』の文字を二回タップする。

 インベントリに入っていた鉄や木材、バネ、パーツなどが持って行かれ、クラフトが開始された。

 七・六二ミリのAP弾と専用のマガジンなども用意していると、夏月の隣で大人しくしていたはずの狼二匹が俺の足元へやって来た。

 

「どうした?」


「くぅ……」


 苦しそうに呻き声を搾り出したぽちはたまと共に寝転がり、荒々しい呼吸を始める。

 もしや、こいつらも魔族の攻撃を受けていたのかと、血の気が引きながら【鑑定】を発動してみれば、どうやらそうでは無いらしいことが分かった。

 

 状態異常の欄に『進化中』の文字が現れていて、五十まで上がったレベルもちょっとずつ下がって行っている。

 それに反比例するかのように二匹の体はちょっとずつ大きくなり、体毛も抜け始める。

 化け物になってしまうのかと不安が湧き上がりながら、安心させてやろうと頭を撫でる。

 

「俺が付いてる。ゆっくり進化しろ」


 返事をする余裕も無いようで、チラとこちらを見るだけで声も出そうとしない。

 ステータスの方はと言えば、徐々に数値が高くなっていき、種族名も『ヘルン・ウルフ』から『ヘルン・アークウルフ』へと変更された。

 ふと、生物の授業を思い出し、これは進化ではなく変態ではないかと、どうでも良いことを考え始め、忘れようと首を振る。


「わふぅ……」


 体長三メートル、高さは一・五メートルにまで大きくなった辺りで、二匹は落ち着いた様子でため息を吐いた。

 抜け落ちた毛と入れ替わるように真っ赤な体毛が背中側を覆い、お腹も抜け落ちたものの、真っ白でふわふわな体毛が新しく生え揃った。

 抜け毛で服が大変なことになってしまったが、洗えば良いやとあまり考えないことにして、膝にデカい頭を乗せる二匹を撫で回す。


「デカくなり過ぎじゃねえの?」


「わう」


 少し声が低くなってしまったが、つぶらな瞳は以前と変わらない無邪気さを秘めている。

 厳つい見た目に反して体毛は以前と同様にふかふかで、家の布団を思い出す心地良さがあった。


「ベッドにしちまうぞ、毛むくじゃらめ」


 俺の膝に頭を乗せ、疲れた様子で欠伸をする二匹にそんなことを言いながら下顎を撫で回す。

 くーんくーんと気持ちよさそうに鳴く姿は今までと変わらず、その可愛らしさに癒されていると、作業台の方で音が鳴った。


「お前ら、大丈夫か?」


「「わぐっ!」」

 

 元気の良い、でもちょっと怖い鳴き声を出した二匹は立ち上がり、夏月の元へ戻って行った。

 左右を挟む形で寝転がると一分も経たずに寝息を立て始め、明日は夏月の悲鳴で起きることになるのだろうなと察する。


「にしても……」


 拠点がかなり手狭になった。

 様々な種類の作業台や台所、拠点の端を埋め尽くす大量のチェスト、家具、そしてデカすぎるペット。

 地下拠点を広げても良いのだが、そろそろちゃんとした地上拠点を用意して、多少の襲撃なら心配することなく撃退出来るようにした方が良いか。


 そんなことを考えながら完成したアイテムたちを回収してインベントリに入れた俺は、戸締りを確認して地下へ向かう。

 いつもなら眠る時間ではあるのだが、昼間の魔族との戦闘を思い出すと、とても眠る気に慣れない。 


 真正面からぶつかって分かったが、勇者でありながら俺の力はあのワニ野郎と同等であることが分かってしまった。

 そして、数で攻め込まれたら夏月を守り切れないことも。

 

「もっと鍛えねえとな」


 背中には盾を装備して体に負担がかかるようにして、つるはしを取り出した俺は、探知機で鉱石の位置を特定して採掘を始めた。

 スキル【採掘】が上昇したのと、レベルアップしたおかげで岩石に対するダメージが増え、たった三回殴るだけで岩が壊れるようになった。

 

「鉄じゃーん」


 思わず口笛を吹きながらつるはしを打ち付ける。

 どの程度の経験値が入っているのだろうと【鑑定】でステータスを開きながらつるはしを振るう。

 ガキーンと金属同士のぶつかる騒音が鳴る度に約五百ほどの経験値が入っていて、一つのブロックが壊れるまでに二千ちょっとを入手するに至った。

 レベルが上がると経験値量が減るなんていうのはゲームならばよくあることだが、どうやらこの世界では経験値というのは常に一定らしい。

 

 ただ、そのぶんレベルアップに必要な経験値量は高く、次のレベルへ至るのに二十六万も稼がなければならない。

 結局のところ、入手量が減っているのと変わらないかもしれない。


「キィ?」


 どこからかカマキリの声が聞こえ、慌てて動きを止めて耳を澄ませる。

 クソ、ボケッと考え事してたせいでどこから聞こえたのか分からなかった。

 もうちょっと気を張っておくべきだったか。


「キィ―」


 再び聞こえた――後ろから。


「は?」


 振り返れば体長一・五メートルほどのカマキリがこちらをジーっと見つめていた。

 慌ててアサルトライフルを取り出して構えたが、逃げもしなければ攻撃を仕掛けて来る様子も無く、ただただこちらを眺めているだけ。

 一体何なんだと思いながら銃を下ろし、落ち着いて見てみれば幼体らしいことが分かる。


「何か用か?」


「キィ―」


 一歩近寄って来たカマキリに、思い切って【鑑定】を発動させる。

 ビクッと反応したものの、暴れたり、逃げ出したりする様子は無く、そして目の前の個体が生まれて五年程度である事が分かった。

 前に階段から落として殺した個体は十二歳ほどだったし、後七年も経ったらあいつらと同程度の大きさになるということなのだろう。


「腹減ってんのか?」


 問いかけながら、チェストに仕舞って来るのを忘れていたオーク肉を差し出してみると、すぐに目が釘付けとなった。

 こちらからゆっくりと近付いて渡してみると、鎌で器用に受け取ってあむっと齧り付く。

 美味しいのか、それとも本当に腹が減っていたのか、鋭い牙でがぶがぶと食べ、三十秒と掛からずに食べ切った。


「仲間になるか、カマキリ君」


「キィ―!」


 瞬間、狼たちとの時と同じように繋がった感触に襲われた。 

 あっさりとテイムに成功してしまった呆気無さで思わず苦笑していると、ふと俺は思い付く。


「お前、俺のスキル欲しいか? 【岩食】使えなくなっちまうけど」


「キィ? キッ!」


 欲しいと言ったように感じられたため、手順を思い出しながらスキルの共有を行ってみると、あっさり成功した。

 一番育っていたスキル【岩食】に射線が引かれ、新たに【サバイバー】が加わったカマキリは、嬉しそうにぴょんと飛ぶ。

 

「ほら、採掘手伝え。たくさん採ったらまた肉をやるよ」


 俺がそう言うや否や、嬉々として壁に鎌を突き立て始める。

 カツーン、カツーンと小気味の良い音を鳴らし、これは効率が上がりそうだと喜びながら採掘を再開した。

 

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