第46話 記録

 魔族たちの寮。

 やはり兵士の扱いは雑なようで部屋は狭く、しかも臭いがかなりキツイ。

 カビと生ものを腐らせたような臭いもそうなのだが、一番はそれを誤魔化すために撒いたと思わしき香水がより悪化させている。

 

 気分悪くなりながら放置されているカバンやリュックなどを漁っていると、廊下をゆっくりと歩いて来る音が聞こえた。

 息を殺している事から、こちらに攻撃を仕掛けようとしているのは明らかで、横で鼻を摘まみながら漁るマキナの肩を掴む。


「来てる」


「分かった」


 短く言葉を交わした彼女は両手に鎌を持ち、元気良く部屋を出て行った。

 慌てて俺も部屋を出ると、魔族が剣を上段に構えていて――マキナの頭にそのまま振り降ろされた。

 

「マキナ!」


 奴らが使っているのはただの金属の棒ではない。魔法が付与され、鉄板程度なら容易に切り裂ける武器だ。

 そんなもので頭を攻撃されたら俺でも大怪我する――。

 

「なっ?!」


 そんな心配を他所に、マキナはその攻撃を受けても微動だにせず、動揺を隠せないでいる魔族の首に鎌を引っかけ、ぐいっと引き寄せる。

 息が掛かる距離まで顔を近付けられた魔族は情けない悲鳴を漏らしながら剣を落とし、両手を上げて降参の意を示し始めた。

 ……ちょっと羨ましいな。


「オマエ、コウサン、スル?」


「あ、ああ! 降参する! 頼む、殺さないでくれ!」


 魔族の言語はまだあまり話せないマキナの片言な問いかけに、涙目で首を縦に振る魔族。

 失禁されてもイヤなため二人の元へ近付き、マキナに礼を言いながら魔族を立たせる。

 

「両手を頭の後ろに当てろ」


「はいっ……」


 分かりやすいほど怯えた彼は素直に言うことを聞き、あちこちにポケットがある軍服に武器が無いか確認する。

 すると果物ナイフや小銭、食べかけの保存食、何かの包み紙などがあちこちから出て来て、整理整頓が苦手らしい事が伺える。


「ちゃんと整理しろよな」


「すみません……」


 そんな会話をしながら他のポケットなどを調べようとすると、一見何も無いように見える場所に四角い物体があることに気が付いた。

 

「なんか隠し持ってんな?」


「……はい」


 観念したように頷いた彼は、分かりにくい場所に隠されていたポケットの口を開き、そこから手を突っ込んで中のものを取り出した。

 出て来たのは一見何の変哲もない手記のように見え、何を隠しているんだと開く。


「……へえ」


 そこには事細かに魔王軍から見た俺たちの情報が記されていた。

 勇者二人が森で発見され交戦になった事から、陸軍に応援要請を行ってズールを呼び出せたこと、そしてあっさりと殺された上に、手痛い反撃を喰らったこと。

 ペラペラとめくって魔王軍から見た俺たちという新鮮な情報に少しワクワクしていると――最後に書き込まれた一文が目に飛び込む。


「マキナ、帰るぞ」


「漁らないの?」


「こんなところで遊んでる場合じゃねえ」


 男の腕を縛り上げながら短く答えた俺は、壁に穴を開けて建物から飛び出す。

 基地の外でのんびりと待っていた嫁二人に手を振って見せて。


「一回帰るぞ! かなりヤバいことになった!」


「ど、どうしたの?」


「明後日には幹部が来る!」


「えっ」


「明日までに出来るだけ準備をして迎撃するぞ!」


「うん!」


 ズールはあっさりと勝てたとはいえ、そのフットワークの軽さから察するに魔王軍の幹部では弱い方だったはずだ。

 見栄っ張りな魔王軍の事だ、今度こそ俺たちを片付けて森を取り返したいのだろう。

 そう考えながらマキナと共に戦車へ乗り込み、後ろを歩いて付いてくる魔族たちに目を向ける。

 左右を挟み込む形で見張るぽちたまに怯えた目を向ける彼らは、特攻を仕掛けて来た時の威勢がまるで嘘のようだ。


「魔王軍のお前らの扱いはどんなだった?」


 俺の問いに対して先頭を歩いていた魔族が口を開く。


「軍の中ではハズレです。こんな辺境の地に長期間拘束されるのに給料は平均以下、基地の設備も前時代的……ハズレですよ」


「そんな待遇でも命かけて戦うのか?」


「戦わないと家族がどうなるか分かりませんから……」


 こいつらも人質を取られた状態で戦わされているのか。てっきり少数民族だけかと思っていたが、魔王ってのは恐怖による支配が大好きらしい。

 攻撃を仕掛けて来る以上は関係無く殺すが、降伏するなら、舐められない程度に同じ人間として接してやるか。


「お前らには地下で採掘をしてもらう。ただ、俺は魔王ほど鬼じゃねえ、採掘した宝石と金を一部還元してやる」


「ほ、本当ですか?!」


 後ろの方を歩いていた魔族が目を輝かせる。


「本当だ。既に俺の元で働いている魔族たちはそれなりの量をゲットしている。俺が魔王を倒したら、それを家族の土産にしてやれ」


 俺の言葉に歓声を上げる魔族が現れる中、一人が不安そうに挙手する。


「その……鉱山で働いた事無いんですが……」


「その辺は到着してから教えてやる。安心しろ」


 そんな会話をしながら三時間戦車に揺られたころ、やっと拠点が見えて来た。

 攻撃された痕跡などが見られない事に安心していると、香織が砲塔から体を出そうとした。

 しかし大きな胸が引っ掛かったのか動きが止まり、こちらをチラチラと恥ずかしそうに見ながら胸を抑えて上半身を出した。


「えっち」


「これに関しては俺は悪くねえだろ」


 思わず笑ってしまいながらそう言うと、頬を赤らめたまま彼女は本題に移った。


「隼人君さ、幹部一人倒してたよね?」


「ああ、倒したな。マキナが木っ端みじんにして、肉片はぽちたまと饅頭が美味しく頂いてたぞ」


「もしかして次の幹部も楽勝?」


「いや、それは無いな。ズールと戦った時、俺は死にかけたしよ」


 今思い出しても、あの激痛は中々の物であった。シーソーで股間を強打した時に比べればまだマシだった気もするが。


「そういやよ、あいつら俺が幹部殺したの知ってたよな? 何で知ってんだ?」


「それは知らないけど、かなりの数の兵士を殺したとかで、凄い額の懸賞金掛けられてたみたい」


「……あいつ、強かったのか?」


 慢心していたせいで死にかけただけ、本来なら無傷で勝てた……そのくらいに思っていたのだが、もしかして奇跡だったのだろうか。

 と、香織は思い出した顔をして。


「もしかしてさ、日中に戦った?」


「おう、日中だったな。それがどうした?」


「ヴァンパイアって日の光を浴びると弱体化するみたいなの。それで、ズールって人は日光を遮断する防具を付けてるって聞いたんだよね」


「あ、そういうこと」


 初っ端からマキナに鎧を吹き飛ばされ、日の光を浴びながらの戦いであっさりと負けたということだったのか?

 弱体化するならとっとと逃げりゃ良いのに、わざわざその状態で戦ったのは、あいつもあいつで油断していたのかもしれない。

 そんなことを考えている間に戦車は拠点のすぐ真横で止まり、俺はとっとと降りて魔族たちの方を向く。


「付いて来い」


 俺の言葉に頷いて見せた彼らはのそのそと後ろを歩き、ぽちたまがその後ろを見張りとして付いて歩く。

 建設途中の寮へ真っ直ぐ進んでいると、後ろで魔族たちがひそひそと話し始める。


「俺たち、あそこで生活すんのか?」


「何か、恐くね?」


「悪かったな」

 

 聞こえているとは思っていなかったのか、コソコソ話していた二人がすぐに謝罪した。

 だが、石ブロックだけで作ったため建物は灰色一色、窓もあるにはあるが鉄柵で塞いでいて、確かに不気味と言えばその通りだ。


「まあ、作ってる途中だからな。改善しといてやるよ」


「ありがとうございます……」


 心底怯えた様子で礼を口にする魔族たちを建物の中へ連れ込み、すっからかんな屋内の最奥に位置する地下階段へ向かう。

 ハッチを開けた俺は魔族たちに入るよう指示し、列を為して中へ入り始めたのを横目に、ぽちたまの装備を外す。


「暑かったろ。水浴びさせてやるからな」


「「わう!」」


 目をきらりと輝かせ、尻尾をふりふりする二匹は頭を擦り付けて好き好きアピールをしてくる。

 魔族たちから化け物を見るような目を向けられているのを感じながら、先を進む彼らの後に続く形で俺も進む。

 すると、この前作ってやった楽器で演奏でもしているらしく、奥から古典的な音楽が聞こえて来る。


「しょ、処刑でもしているんですか……?」


「んなわけねえだろ」


 基地内で奇襲を仕掛けようとしたあの魔族が前でホッと息を吐き、それでも少し警戒した様子で階段を下っていく。

 するとあちらも俺たちの存在に気付いたようで音楽が止まり、やがて興味津々な様子の鉱夫たちが見えた。

 すぐに立ち上がった彼らはその場で俺に向けて敬礼を行う。


「楽にして良い。こいつら新入りだから教育頼むぞ」


「かしこまりました」


 一礼したレイドは新入りたちに付いてくるよう言って奥へ案内を始め、それを見た俺はスキルの共有を彼らに対して行い、制限の設定をしてからぽちたまと共に上へ戻った。

 拠点の方へ向かうと既に橋は下されていて、手のひらサイズの戦車を回収する夏月と、香織に撫で回されるおーちゃんの姿があった。

 撫でられるのが大好きなようでふわふわな尻尾が左右に揺れ、それを見たからなのかぽちたまが撫でろと言わんばかりに頭を押し付けてくる。


「分かった分かった」


 二匹の大きくふわふわな頭を撫でてやりながら門へ近付くと、四人の女の子がこちらを向く。

 全員撫で回してやりたい気分になりながら彼女たちに集合するよう手招きして。


「これから襲撃に備えて急ピッチで準備する。絶対に誰も死ぬんじゃないぞ」


 俺の言葉に四人はやる気のある返事をしてくれて、嫌がる素振りが無いことに安堵する。

 さて、幹部の情報は名前くらいしか無いし、どんな奴なのか分からない以上、やれるだけのことは全てやらねばならない。

 ……絶対にこの子たちは守らねば。

 

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