第45話 正面戦闘

 今までに襲撃した魔王軍の基地の中では一・五倍ほどの大きさがあるそれへ向けて、いつものように徹甲榴弾が撃ち込まれる。

 面倒だからとっとと降参してくれないかと思いながら、茂みに隠れたまま周囲から奇襲が来ないか警戒していると、機銃を構える香織が魔導式のマイクで話しかけて来る。


『壁の向こうは地獄なんだよね?』


『多分な。建物も崩れたっぽいし』


 見張り台が足元を吹っ飛ばされた事で倒壊し、騒音と共に土煙がもくもくと上がる。

 しかし、反撃の意思は消えていないようで、裏口から出て来たと思わしき兵士が弓や魔法で遠距離攻撃を仕掛けようとする。


「ぎゃぁっ!」


 隠れていたぽちとたまがすぐさま弾幕を張り、バラバラになった体が吹っ飛んで行った。

 そんな彼らに同情していると、西側から足音が聞こえ、そちらに目をやれば息を殺して近付いて来る十五人ほどの魔族が見えた。

 俺に全く気付く様子無く戦車の方へ近付いていくが、デカいもふもふの鼻を誤魔化せるわけが無く、あっさりと気付かれて弾をぶち込まれ始める。

 

 逃げ惑う魔族たちの背中に鉛玉をぶち込んで殲滅した頃、急にあれだけ騒がしかった魔族たちの拠点が静かになった。

 どうしたと目を向ければ、軍服にいくつかの勲章を付けた魔族たちが白旗を掲げて現れた。


「こ、降伏する! 攻撃をやめろ!」


 プライドが高いのか、口の利き方がなっていない魔族にイラッとする。

 しかもよく見れば武器を装備したままで、油断したところを攻撃する可能性すら考えられる状態だ。

 

「降伏するなら武器を捨てろ! 脳天撃ち抜くぞ!」


 茂みに隠れたまま怒鳴ると、白旗を掲げる魔族がキョロキョロと周囲を見回し、武器を捨てるどころか俺を探し始めた。

 それを見てあれは嘘だと察した俺はマイクで夏月に攻撃するよう伝え、彼女は少し困惑した様子ながら榴弾を叩き込み――それを合図とするかのように五十人以上の魔族たちが中から雪崩れ込んで来た。


『おーちゃん、下がって!』


『分かっておるのじゃ!』


 急速後退する戦車に張り付こうとする魔族へ向けて、内心慌てながら銃撃を行う。

 ぽちたまも機関銃で掃射を行うが、さっきまで撃ちまくっていただけあって弾切れを起こした。

 チェーンソーのようだった銃声が鳴り止んだ事で彼らはチャンスと捉えたのか、雄叫びを上げながら戦車に向かって猪突猛進する。


 装填が間に合ったようで榴弾が叩き込まれ、爆心地にいた五人の体が百を超える肉片へと成り果て、その後方にいた者も破片でズタズタに切り裂かれる。 

 そんな光景を直で見てしまった香織を心配して目を向けるが、全く動じる様子なく十二・七ミリ弾を叩き込んでいた。


「勇者ああぁぁ!」


 愛する妻たちの方に注意が向いていたせいで、回り込んで来ていた魔族に気付かなかった。

 剣を片手に突っ込んで来た魔族に慌てて銃口を向けるが、引き金を引く前に銃を跳ね飛ばされた。

 

「コソコソしてんじゃねえよお! 臆病者があ!」


 一方的に怒鳴りながら剣を振り回す魔族から距離を取り、インベントリに入れていた武器に何があったかと記憶を探る。

 道中で鹵獲した魔族の剣があったことを思い出し、すぐさまそれを取り出して構えた。


「手品してる余裕あんのかあ?!」


「黙れ雑魚が!」


 うるさい彼に苛立ちを募らせながら上段の構えから振り下ろされた一撃を防御する。

 互いの剣に魔法が付与されているせいで派手な音が鳴り響き、それによってこちらに気付いたぽちがすぐさま駆け付ける。

 そんなことに気付く様子なく、俺を殺そうと必死で剣を叩き付ける彼に俺は目を合わせる。


「こんなことやってて良いのか?」


「怖気付いたか! 勇者ってのは肝がねえなあ!」


 そう言って性格の悪そうな笑い声を上げた彼は次の瞬間、頭をガブッと噛まれた。

 その隙に心臓へ剣を突っ込み、すぐに引き抜けば、青っぽい血液がドバドバと溢れ出す。


「食ってよし」


「わぅ」


 ぽちは頭を噛んだままブンブンと振り回し、さっきまで俺と互角の戦いをしていた彼の体が血を撒き散らす。

 それを横目に戦車の方へ目を向けると、あれだけいたはずの魔族たちは既に壊滅していて、魔族の死体や瀕死の者たちが呻き声を上げていた。


「やるなあ……」


「わう」


 思わず呟いた横で、ぽちが死体を咥えたままぶんぶん頭を振り回し、首がもげて体がぽーんと飛んで行った。

 近接戦においては俺といい勝負をしていたあいつが、もふもふにとってはただの玩具らしい。

 ……接近戦だったら、今の俺はぽちに勝てないらしい。


「隼人、大丈夫?!」


「平気だ! そっちは?」


「大丈夫、戦車にちょこっと傷付けられちゃったくらい」


 よく見れば車体前面に剣で殴られた跡があり、十ミリ程度削れてしまっている。

 剣に付与されている魔法は殴った時の威力と耐久性を上昇させる効果を持っていると夏月が分析していたが、戦車の装甲にここまでの傷を付けるとは驚きだ。

 この戦車の正面装甲は百から百二十ミリ程度はあるため、同じ個所を十回殴られても問題は無いだろうが……安全を求めるなら、より頑丈な戦車が求められるな。


「こ……降伏します……」


 思考している横で基地の中から白旗を掲げた数人の魔族が現れた。

 また欺瞞かと疑ったが、彼らは鎧や武器を身に付けておらず、旗を土に突き刺すとその場に跪いて見せた。

 さっきのアレとは豪い違いで、今度こそ本当だろうと見つつ、夏月には主砲を基地の中へ向けるよう指示する。


「そこにいるだけで全員か?」


「いえ……中に十人ほど残っています……」


「……ここの基地、何人いるんだよ」


「い、一番多い時で二百人ちょっとです」


 確かに基地の面積は俺たちの拠点よりは広そうだが、そんな人数が生活出来るようには到底思えない。

 何となく想像は出来ていたが、魔族も魔族で苦労しているらしい。


「中に残ってる奴も全員連れて来い」


「は、はい!」


 非戦闘員なのか、涙を浮かべながら基地の中へ戻って行った魔族から目を離し、疲れた様子でため息を吐く香織に声を掛ける。


「大丈夫か?」


「うん……すごくドキドキしちゃった。それより隼人君の方こそ大丈夫だった? 魔族に奇襲仕掛けられてたよね?」


「見てたのかよ」


 あの無様な姿を見られてしまった恥ずかしさから思わず目を逸らす。

 棍棒や剣などの近接武器は森へ来たばかりの頃しか使っていなかったせいで、【剣術】のレベルは未だに二で止まっている。

 使う機会のあった【盾術】の方は五まで上がっているが、ズールに貫かれたのがトラウマで全く使っていない。


「隼人君でも苦手なことってあるんだね」


「俺は完璧じゃねえよ。銃でしか戦って来なかったんだから」


「じゃあさ、剣の使い方とか教えてあげよっか? 私、これでも弓と剣の両方使えるからさ」


 すっかり忘れていたが、この子は近接戦のスキルは俺よりも育っていたな。

 教えてあげたいというより、ただただ俺と一緒に何かをした様子の純粋な目を見て、その微笑ましさに自然と笑ってしまう。

 

「分かった。じゃあ、明日にでも教えてな」


「うん、任せて」


 ぱあっと顔を輝かせる彼女を、後ろで見ていた夏月がヨシヨシと撫で始め、なんだかんだで仲は良いのだと分かる。

 と、基地の方から両手を頭の後ろに当てた魔族が十人程度現れた。

 何度もぶち込まれた砲弾の破片が命中していたのか、そのうちの五人は血の滲んだ包帯で頭や腕などをグルグル巻きにしている。


「それで全員か?」


「は、はい! 中にいる者は全員連れて来ました!」


 震えた声で答える彼の後ろで、元気無く座る魔族たちを見やる。

 

「お前ら、回復魔法とか使えないのか?」


「か、回復魔法が使えるなんて魔法使いの中でもごく一部ですよ……」


 となると、夏月はこの世界でも上位の存在なのか。後でこれをネタに口説いてやろう。

 頭の片隅で考えながら彼らに動かないよう命じた俺は、ぽやーんと明後日の方向を眺めていたマキナを呼び寄せる。


「基地の中見てくるから、夏月と香織はいつでもそいつら撃てるようにしてて」


「「はーい」」


「ぽちは香織と夏月の援護、たまは俺たちに付いて来い」


「わう」


 しっかりと指示を理解出来ている様子の二匹はいつもの返事をして、ぽちは戦車近くの茂みに隠れ、たまは俺たちの後を付いて来る。

 鎌を二つ構えたマキナと鎧で身を固めたたまを引き連れた俺は、インベントリに手榴弾が十二個ある事を確認し、基地の中へ足を踏み入れた。

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