第44話 帰還

 基地の発見にまでは至らなかったが、七十四人の魔族を始末することが出来たため、今日は一度帰って休むことにした。

 本当は基地まで探し出しておきたかったが、殺しの経験が薄い香織を無理させるわけにもいかない。

 

「にしても、大漁だったな。戦利品も結構手に入ったし」


「だねー。まさか、あんなに魔道具持ってるなんて思わなかったー」


 夏月がホクホク顔でインベントリを眺める。

 そこには魔族たちの死体から回収に成功した魔導具の数々が並び、そこに入り切らなかった分は俺のインベントリにも入っている。

 それぞれの道具で出来ることは近辺の索敵や回復の促進、湯沸かし器など、そこまで制作難易度の高いものではない。

 ただ、解体してしまえば話は別だ。それぞれには銅や鉄、金などの様々な素材が用いられていて、有効活用できるのである。

 

「何個か取って置いて、それ以外は全部スクラップで良いよな」


「うん、良いよ。香織は何か欲しいものある?」


「うーん……。本は貰ったからそれで十分かな」


「魔族の本なんて読んで大丈夫かね」


 三人の魔族が持っていた五冊の本。

 指示書かと思ったが内容は普通の小説らしく、暇潰しのために持って来たのだろうと推測している。

 ただ、捕虜の魔族たちから聞いた話では、あちらの国は魔王の独裁政治が行われているらしい。

 本の内容も偏っていそうだし、読み過ぎたら香織の思想があちらに寄りそうで恐ろしい。


「読書はほどほどにな?」


「じゃあ、隼人君構ってね?」


「そりゃあ、もちろん」


「私は?」


「天使ちゃんたちに構う以外の暇潰し無いんだから安心しろって」


 マキナと夏月の構って欲しそうな視線に笑ってしまいながらそう言うと、「よろしい」とだけ言って彼女たちは前に向き直った。

 美しい後ろ姿をのんびり眺めている間に拠点が見え始め、やがて橋の前でゆったりと止まる。


「んじゃ、ちょっくら橋降ろして来る」


「はーい」


 砲塔に上った俺は立ち幅跳びの要領で防壁に向けて跳躍する。

 レベルがさっきの戦闘で二百を超えたこともあり、楽に壁の上へ上がった俺は、橋の根元へぴょんと飛び降りる。

 クランクをクルクル回して橋を下ろしていると、背後で扉の開いた音が聞こえ、誰かいるのかと振り返る。


「……饅頭、なのか?」


 扉からひょっこりと現れたのは、どす黒く変色した楕円形の何かで、思わず手を止めてまじまじと見つめる。

 その生き物はぽよんっ、ぽよんっとこちらに跳んでくると、お帰りと言いたげにぷるぷるする。


「ちょ、ちょっと待っててな?」


 一先ず橋を下ろしてしまおうと手を動かし、完全に降り切ったところでもう一度凝視する。

 何か変なものを食べてしまったのかと思ったが、中が真っ黒なのではなく、体を構成している粘液そのものが黒くなっているように見える。


「進化したか?」


 そう問いかけながら【鑑定】を使ってみると、種族名は『ダーク・スライム』に変わっていた。

 スキルには【擬態】と【高速消化】が加わったほかは、全体的にステータスが高くなったくらいで、そこまで大きな変化は無いようだ。

 

「どうしたの、それ!」


 夏月が心配した様子で駆け寄り、前よりももっちりとした感触が強くなった饅頭を持ち上げる。

 ぷるんぷるんとゼリーのように揺れるそれはまるでコーヒーゼリーのようで、ミルクを掛けたら美味しく頂けそうだ。

 

「もしかして進化しちゃった?」


「……」


 彼女の問いかけに対してぷるぷるするだけの饅頭。

 それで通じたらしく彼女は安心した様子でぎゅっと抱き締め、それを見ていた香織が何か思い出したような顔をする。


「隼人君って今レベルはいくつ?」


「さっきの戦闘で二百七まで上がったな。それがどうかしたか?」


「進化で思い出したんだけど、私が前読んだ本にレベル三百で進化した人がいるって書いてあったの。もしかしたら隼人君も進化出来るんじゃないかなって」


「人外にはなりたくねえな……」


 生物の授業で猿と人の間に子どもを作れないと習ったし、もしかしたら子供が作れなくなるかもしれない。

 もっと言えば、姿形が人間と呼べないようなものになってしまったら、日本に帰った時が面倒になりそうで恐ろしい。

 と、横で聞いていた夏月が不思議そうな顔をして。


「良いじゃん、進化してみたら」


「どうすんだよ、子供作れなくなったら」


「それはイヤ」


「だろ?」


 そんな会話を横で聞いていた香織が頬を赤らめ、おーちゃんはにゃははとおかしそうに笑う。

 ぽちとたまがゆったりとした足取りで中に入ったところで橋を上げていると、レーヴェを背中に乗せたヘルン・ブルが拠点裏から現れた。

 

「よう、何も無かったか?」


「ぶもぅ」


「がぅ!」


 子ライオンの頭が元気な鳴き声を挙げる。

 うっすらと首周りに鬣らしきものが、背中の山羊は角が、尻尾の蛇は鋭い牙がそれぞれ生え始め、本格的に成長してきている。

 俺たちが遭遇した個体と同じほどの大きさに追い付くのはまだまだ先であろうが、もう一週間経ったらゴブリンやオークぐらいは食い殺せるようになりそうだ。


「ぶるちゃん、後で牛乳飲ませてねー」


「もーぅ」


 夏月の言葉に「はいよ」と答えるかのように一声鳴く。

 この子は知らない間にぶるちゃんと皆に呼ばれるようになり、今ではそれが名前となっている。

 ちなみに、彼女の出す牛乳は餌が変わったためなのか、臭みが無くなって甘味が増した。日本で飲めるものに比べると味は数段落ちるが、それでも十分に美味しい。


「夏月って牛乳好きだったんだな」


「まあね」


「胸が大きくなるって言うもんね。私も牛乳飲んだらおっきくなっちゃったし」


「挑発してるよね」


 悔しそうに香織の胸を揉みしだく夏月のせいでムラムラしてしまっていると、マキナが俺の腕にぎゅっと掴まる。


「お風呂、一緒に入ろ?」


「抜け駆け禁止! マキナでもそれは――あうっ?!」


「一方的に揉みしだくなんて許されないからっ」


 後ろから胸を揉みしだかれて可愛らしい声を漏らす夏月。

 ……もういっそのこと、今夜は三人とも襲ってやろうか。


 そんなことを考えていると、饅頭が夏月の腕からぴょんと地面に飛び降り、体をクネクネさせ始める。

 何をしているんだと眺めていれば、段々ともっちりした体が大きく膨らみ、次第にそれは人の姿になり始める。

 スキルの【擬態】だと察しながら見ていれば、やがて見覚えのある腹筋が現れ――


「マジかよ……」


 俺と夏月が思わず目を見開く前で、あの男の姿になった饅頭は、片膝を突いて頭を下げる。


「ワガ、アルジ。イッショニ、ネタイ」


「お、おう。スライムの姿で頼む」


「ワカッタ」


 全裸のズール・マクシムスの姿でそんなことを言われても困るというものである。

 ふと気になった俺は【鑑定】を使ってみると、僅かながらステータスが上がり、【超回復】や【短伸縮】など、レベルは低い状態だが、ヤツの物と思われるスキルがいくつか使えるようになっている。


「食った奴に擬態出来るのか」


「ハイ。コノカラダ、スゴク、ツカイヤスソウダッタ」


 カタコトの日本語で喋るズールに萌えを感じ始めていると、先に拠点へ入っていたおーちゃんが何かを察知したような顔をして出て来た。


「魔族の臭いがするのじゃっ!」


「こいつか?」


 俺が指差すとズールの姿をした饅頭がそちらを向き、それを見るなりおーちゃんは尻尾をピンと立てて戦闘姿勢を取る。

 

「落ち着け、こいつ饅頭だから」


 慌てて間に入ってストップを掛けると、彼女は「ほえっ」と変な声を出す。

 ズールの姿を纏っていた饅頭は申し訳無さそうな顔をすると、その姿を元の真っ黒な粘液の体に戻した。


「す、すまぬ。緊急事態かと思ったのじゃ」


 あわあわと謝罪を口にする彼女の元へぴょんと跳ねた饅頭は、「気にしてないよ」と言いたそうにモニョモニョ体を動かす。

 ちびっ子同士が戯れる姿を見て癒されていると、夏月がぎゅっと抱き着いて来た。

 

「助けてっ、この子触り方いやらしいのっ」

 

 ……どうやら、おーちゃんと饅頭にお構いなしで揉み合っていたらしい。


「それは夏月ちゃんも一緒だからね!」


 胸をもみもみされてくすぐったそうな、また違った何かのような声を出す夏月と、自分だけ変態扱いされたくなさそうなことを言う香織、そしてそんな二人を気にせず頬ずりするマキナ。

 ただでさえ色々と溜まっているのに、そんなことをされたら拍車がかかるというものである。

 自然と欲望の部分が出て三人の事を抱き締めてみると、柔らかな感触と共に甘い香りで鼻腔が埋め尽くされ、ぐふっと変な声が出る。


「おんなたらしー」


「す、すけべー」


「あんぽんたーん」


 夏月と香織に続いてマキナもそんなことを言ってくる。

 しかし、体は正直なようで彼女たちは抱き着いたまま離れようとせず、その微笑ましさでにやにやしてしまう。


「可愛いからって何をしても良いと思ってんな?」


「うん、思ってる」


 にんまりと満足気な笑みを浮かべて即答する夏月と、褒められて嬉しそうに頬を赤らめる香織とマキナ。

 ぱっちりとした眼が六つ、じいっと見つめて来るこの時間を大切にしようと、俺からも彼女たちを順番に見つめ返していると、今度はぽちたまが構って欲しそうに近付いて来た。


「異世界来てからモテ期来るとはなぁ……」


 三人を放してぽちたまをもふもふしながら呟くと、香織がクスクスとおかしそうに笑う。


「私、お持ち帰りされて良かった」


「俺もお持ち帰りして良かった。もしかしたら、あいつらと一緒に殺してたかも分からんからな」


「私は? ねえねえ、私は?」


「ご主人、私は?」


「一緒に来てくれて嬉しいに決まってんだろ、言わせんな恥ずかしい」


 三人はおかしそうにケラケラと笑い、ぽちたまは何だかよく分からないと言った様子で俺を見上げる。

 ……敵のいない場所で、この子たちと戯れる日々を送りたいものだ。

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