第29話 信実

 夏月に洗われてほかほかと湯気を出し、シルクのワンピースを身に纏った大口真神、略しておーちゃん。


「……ということがあったのじゃ」


「ひっでえな」


 事情説明を受けて、思わずその一言が出る。

 中身はともかく見た目は小さな子供なのだし、ちょっと煽られた程度でそれは酷い。

 そして、そんなクズのためにこんな可愛らしい子どもを死地へ追いやるあの国の人間たちも理解出来ない。


「大変だったな、おーちゃん。癒し枠は何人いても良いから、ここで良ければずっと居て良いからな」


「しばらく世話になるのじゃ」


 ぺこりと頭を下げた彼女を、夏月はついに我慢ならなくなった様子で抱き締め、良い子良い子と撫で回す。

 嫌がるのかと思いきや嬉しそうに尻尾を振り回し、えへへと見た目相応な笑みを浮かべる。

 と、テーブル横に伏せていたぽちたまが構って欲しそうに俺を見上げ、頭を撫でてやればもっと撫でてとばかりに目を細める。


「見た目は恐ろしくとも、可愛いものじゃの」


 夏月に撫でられながらわんこたちを見ていたらしく、触れてみたそうに手をワキワキさせる。

 ぽちたまもおーちゃんには興味津々なようで、笑っているように見える顔でそちらをじいっと見つめる。

 すると、彼女は耳をピクピクさせて。


「ほう、撫でられるのが好きか。仕方ないのう」


 ニマニマしながら夏月の膝から降りた彼女はトコトコとぽちたまに近付き、背中や頭を撫で回して遊び始める。

 満更でも無さそうにお腹まで晒して尻尾を振り回す二匹と、同じく尻尾を振りながらじゃれつくちびっ子のトリオは見ていて笑いを禁じ得ない。

 と、夏月がおーちゃんに【鑑定】を使った。


「むぅっ?!」


 尻尾と耳をピンと立てて反応した彼女だったが、夏月に不服そうな顔をする。


「断りも入れずにそのようなことをするでない。無礼じゃろうが」


「あ、ごめん……」


「親しき中にも礼儀あり、それを心得るのじゃぞ」


「はい、気を付けます」


 孫を叱る婆ちゃんを眺めている気分になり、その微笑ましい光景をのんびりと眺める。

 叱られた夏月は断りを入れ直し、俺も同様に声を掛けてから【鑑定】を使う。

 意外なことに彼女のステータスはレベル十五であることを踏まえても全体的に数値は低い。

 その反面、農業系のスキルが沢山育っていたり、【念力】や幻を見せるスキルを持っていたりと、様々な面で活躍出来そうだ。

 それ以外で目に付いたのは年齢が文字化けしていたり、種族名が神になっていたりと、あちらこちらに強キャラ感がある。


「可愛いだけじゃなくてサポートも攻撃も出来るのか。ここの守り神になってくれよ」


「仕方ないのう。童が守ってやるのじゃ」


 満更でも無さそうに彼女がそう言うと、目の前のちびっこと何かが繋がったのを感じ取る。

 神様がそんなにあっさりとテイムされてしまって良いのかとツッコミを入れたくなるが、可愛い笑みを見ているとそんなことはどうでも良くなる。


「じゃ、飯食ったらとっとと寝るか。おーちゃんも疲れたろ?」


「うむ、童も疲れたのじゃ」


 そう言いながら椅子に座り直した彼女の前に、俺はインベントリから取り出したオーク肉のスープを差し出す。

 ビックリした様子で耳をピーンと立てた彼女だったが、細かいことは後にしたいようで、パクパクと勢いよく食べ始める。

 この森へ来てから二日が経ったと話していたし、飲まず食わずでここまで来たのかもしれない。


「おかわりいるか?」


「うむっ!」


 ほっぺをリスのように膨らませて皿を寄越した彼女に、おかわりのスープをくれてやり、夏月にもご飯を渡す。

 

「じゃ、先食べてて。相棒たちにご飯配るから」


「分かった」


 返事をした夏月も早速手を付け始めたのを横目に、俺の足元でお利口にお座りしていたぽちたまのフードボウルへオーク肉を三枚ずつ入れる。

 

「マキナ、おいで」


「キシッ」


 作業台で何か操作をしていたマキナが返事をしてこちらへやって来た。


「ほい、肉と野菜な」


「キシッ」


 皿に盛り付けられたオーク肉二枚を鎌で器用に切り分けて食べ始め、そのお上品さは夏月に負けず劣らずだ。

 そんなことを考えながら俺もスープを出し、早速手を付ける。


「美味しかったのじゃ」


「そんな腹減ってたのか?」


「うむ、飲まず食わずで二日間を過ごしたからのう。お主らの臭いを見つけられなかったら餓死したじゃろうな」


「魔族とか魔物に遭遇した時ってどうしてた?」


 スープを口にしながら問いかけると、彼女はお湯を口に含んで。


「幻覚見せて追い返すか、頭を潰して始末してたのじゃ」


「やるなあ」


「それよりもお主らはどうしてこんな恐ろしい場所に住んでおるのじゃ?」


「じゃあ、説明すっか」


 俺は飯を食べながらこの世界へ来るまでの経緯と、こんな森で生活している理由を説明した。

 お湯をちびちび飲みながら話を聞いていた彼女は段々と顔を顰めて。


「そっちもそっちで酷いものじゃの。子どもをこんな場所へ追いやるとは、どんな教育を受けたのか気になるものじゃ」


「だろー? 夏月もブチギレて殴りかかったくらいだからなあ」


「ちょっと待った」


 おいコラとジト目を向けられ、ごめんごめんと謝れば、むすっとしたままスプーンを動かす。

 そんな俺たちを見たおーちゃんはおかしそうに笑って。


「絵に描いたようなバカップルじゃの」


「うぅ……」


 夏月は恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らし、そんな初心な姿を見ているとニヤニヤが止まらない。

 

「折角じゃ、夏月が隼人を好きになった理由を聞かせて欲しいのじゃ」


「ほえっ?!」


「俺も知りたいから教えてよ。ちなみに俺は一目惚れね」


「あうぅ……」


 さっきから意味のある言葉を話していないような気がする。

 すると、夏月はお湯の入ったコップを傾け、恥ずかしそうに目を泳がせながら口を開く。


「私、バドミントン部だったんだけど、先輩にイジメられてたんだよね」


「バド部だったの? っていうか、イジメってマジ? そいつの名前は?」


 同じ部活だった驚きと共に、夏月をイジメていたという誰かに対する怒りから思わず質問攻めにしてしまった。

 彼女はむすっと頬を膨らませると、不満そうな口調で。


「隼人さ、私が先輩に八つ当たりされてるところに割って入って追い返してくれたじゃん」


「いつ?」


「一年生も終わるって時」


「あっ」


 その言葉で俺は全てを思い出した。

 中途半端に強豪校ということもあって先輩たちのプライドが高く、試合で負けると後輩に対して八つ当たりを繰り返すことが沢山あった。

 そんな部活に嫌気が差して二年上がる前に部活を辞めようと決めた時に、気の弱そうな女子を責め立てる先輩数人を見つけたんだったか。


「え、あれで惚れたの?」


「……カッコ良かったんだもん」


「うぐふ」


 耳まで真っ赤にしてそっぽを向いた彼女を見ていると心臓がうるさいくらい騒ぎ始める。

 

「あれは……部活やめるから最後っ屁にやってやろうと思ってさ。気弱そうな女子ばっかり狙ってんのも腹立ったしよ」


「あれがあってからさ、私頑張ったんだよ? 隼人に振り向いてもらえるように自分磨きしてたんだから」


「あー、何か色々納得」


 一年生では一度も名前を聞かなかったのに、二年生に上がって数か月程度経ってから急に名前がよく出て来るようになったのはそういうことだったらしい。

 

「そっかあ、俺のために頑張ってたのかあ」


 夏月が美女と化した理由が俺にあったという感動と喜ばしさでニヤニヤが止まらないでいると、心底恥ずかしそうにジト目を向けて来る。


「だから言いたくなかったのに……」


「ごめんごめん。知らない所でそんなに努力してくれてたのが嬉しくてさ。地球帰ったら夏月をイジメてたゴミ共殺して回るか」


「あんな人たち構わなくて良いよ。それにあの人たちがいなかったら隼人のお嫁さんになれなかったし……」


 恥ずかしそうに目を泳がせながらも、嬉しそうに微笑む彼女を見て、どうやらその点ではちょびっと感謝しているらしいことが伺える。

 するとおーちゃんがぽちたまとじゃれ合いながら。


「イチャイチャタイムは終わったかの?」


「悪かったな」


「……童は邪魔か?」


 耳をペタンと伏せて不安気な様子で尋ねて来た彼女に、夏月が先に答えた。


「ううん、私と隼人の子どもとして接するから平気。こんな恐い世界で子ども産むなんて無理だしね」


「なるべく子供らしく振舞うのじゃ」


 耳と尻尾で喜びを表現するちびっ子のせいで、俺も夏月も自然に笑ってしまう。

 さて、可愛らしい家族が増えたことだし、もっと頑張らないといけないな。

 

 そう考えながら食事を終えた俺は、おーちゃんの頭をヨシヨシと撫で回し、本当に子どもが出来たらこんな感じなのだろうかと思いを馳せた。

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