第30話 御目見
「気を付けて行って来るのじゃ」
橋の根元でこちらに手を振るおーちゃんに俺たちも手を振り返す。
あまり戦闘に向いているわけでは無い彼女を魔王軍との戦闘に巻き込ませるわけにもいかないため、留守番を頼むことにした。
スキルは全体的に防衛戦に向いていそうなのはもちろん、畑の作成をしたいという彼女の要望に応えるためでもある。
ゆっくりと持ち上がっていく橋桁をのんびりと眺め、完全に閉じたのを見届けた俺は皆を連れて魔族の拠点へ向けて歩き出す。
ぽちたまが歩く度にガチャッガチャッと鎧の擦れる音が鳴り、その頼もしさには惚れ惚れする。
「作戦上手く行くかなー」
「まあ、何とかなるだろ。警戒しないといけないのは待ち伏せだな」
「私が待ち伏せするなら拠点近くに張るけどなー」
そう言いながら辺りをキョロキョロと見回す夏月だが、ぽちたまに反応が無いだけあって周辺に敵の姿は見えない。
俺だったらどこで待ち伏せを仕掛けるだろうかと考える。
出待ちは警戒されるし、敵拠点と自拠点の中間、丁度油断し始めそうな辺りを選んで、じっと息を殺して潜むかもしれない。
「ちょっと止まって」
既に油断がある自分に気付いて俺は全員に制止を呼びかけ、周辺を見回し、耳を澄ませて索敵を行う。
スキルレベルが上がっただけあって前よりも良く聞こえるようになった俺の聴覚は――葉擦れに交じる足音を捉えた。
「あっちだ。何かいる」
北の方角を指差して全員に小声で伝えると、夏月は望遠魔法を使ってくれた。
ふわふわと空中に浮かび上がる水晶を覗き込んで敵がいないか見てみれば、草木が邪魔で見えにくいが百メートル程度離れた場所に動く者が見える。
AKを水晶の下で構えた俺は、軍服を身に纏っているように見える人型の生物へ狙いを付け、茂みの中でしゃがんだところを射撃する。
「やべっ」
思っていたよりも弾が逸れ、標的から数十センチ離れた木の幹に命中し、慌ててもう一発放ったが逃げられてしまった。
しかし、あちらも相当焦ってくれたようで、狙っていたのとは別の魔族が見え、そちらを射撃して攻撃する。
「よしっ」
腕に命中したことで悲鳴が聞こえ、動きが鈍くなったところに単発射撃で連射する。
三発程度が当たって完全に動かなくなったのを見て死んだと判断した俺は急いでマガジンを交換して接近戦に備える。
「もしかしてさ、AKって精度悪い?」
「量産性と耐久性に極振りした銃だからな。アタッチメントも木製のフォアグリップしか付いてないし、そんなもんだ」
「H416使いたくなっちゃう」
「現代的な銃火器って全体的にコストめちゃめちゃ重いからもうちょっと我慢してくれな」
「はーい」
戦時中から戦後の期間に開発されたような銃は五十から百個の鉄インゴットで作れるが、現代兵器はその十倍必要だ。
しかも銃弾の薬莢は鉄で作っているため、鉱脈をいくつか見つけても次の日には無くなっていることも珍しくない。
と、のんきな会話をしている間に魔族たちが木々の向こう側で騒ぎ始め、ぽちたまが前傾姿勢を取って射撃準備をする。
マキナは特に動じている様子は無く、あんなにビクビクして臆病だったのが嘘みたいに思えてしまう。
「マキナ、敵が固まってるところにぶち込め」
「キシッ」
短く答えながら散弾砲を構え、いつでも発射出来るように構える姿を見て、頼もしさしか感じられない。
すると五十メートル程度離れた木陰から魔族が両手を上げて現れ、それに追従する形で他の魔族たちもゆっくりと近付いて来る。
しかしよく見れば爬虫類の顔ではなく、肌が紫色になった人間のような見た目をしていて、身に付けている黄金色の鎧も格の違いを現しているように見える。
「待ってくれ! 俺たちに攻撃の意図はない!」
必死に呼びかける彼に対し、俺は引き金に掛けていた指を止める。
「こっちには攻撃の意図しかねえぞ!」
揺さぶりをかけてみると追従する魔族たちが見るからに怯え、何人かが立ち止まった。
それでも体長格らしい魔族は止まらず、少しだけ声を震わせながら歩み寄り。
「俺は魔王軍幹部、ズール・マクシムスだ。話し合いをしに――」
「キシャァァァッ!」
マキナが威嚇の声と共に散弾砲をぶっ放した。
バラバラになって吹き飛んで行くズール・マクシムス、巻き添えを喰らって手足を吹っ飛ばされる魔族たち……。
「キシィ!」
悲鳴を挙げて逃走を開始する魔族たちを気にする様子も無く、達成感に満ち溢れた鳴き声を出すマキナに、俺は苦笑することしか出来ない。
集団で近寄って来る奴を撃てと命じたのは俺だ。まだ撃つなと制止すべきだったか。
「いってえなあ……」
バラバラに粉砕したはずのズールがみるみるうちに肉体を再生しながら立ち上がり、そこらの魔族とは格が違うのだと察した。
鎧や衣服が無くなったことで俺といい勝負をしていそうな鍛え上げられた筋肉が見え、少し対抗心が湧き上がる。
「あー、うちの相棒が失礼した。そんで話し合いすんのか?」
今度こそマキナを制止して問いかけてみると、彼は額に青筋を浮かべ、両手に剣を出現させた。
魔法で作られた剣なのか強いエネルギーを感じ取れて、あれで切り裂かれたら容易に死ぬことが察せられる。
「てめえ……俺様の体をこんなにしやがって、話し合いなんざすると思ってんのか! 野蛮なガキが!」
そりゃそうだ。
「じゃあサヨナラだな」
マキナとぽちたまに射撃命令を出しながら俺も銃を構え、一斉に射撃を開始した。
その瞬間、奴は地を這う虫のように低い姿勢で攻撃を避け、木々を跳躍して銃撃を交わし始めた。
気色の悪い非現実的な動きを見て、弾幕が減ったところを奇襲するつもりだと察し、頑張って射撃する夏月に指示を出す。
「夏月、俺が射撃する間はあまり撃つな」
「うん、分かった。スイッチってやつでしょ?」
「正解」
すぐに察してくれた夏月の頭の良さに感心しながらズールに鉛玉を放つ。
と、ぽちたまの軽機関銃の弾が切れ、約七秒の長いリロードに入ってしまった。
「死にやがれ!」
弾幕が薄くなったタイミングでズールは一気にこちらへ接近し、弾切れした俺は慌てて盾を取り出して夏月の前に立つ。
ガゴンッと凄まじい衝撃が体を駆け抜け、背中に柔らかなものがぶつかる。
「どうなってやがるッ……!」
慌てて離れようとしたところを夏月が俺の背後からショットガンをぶち込み、今度は胴体に風穴が開いた。
石油のように黒い体液を吐き出したズールはそれでも一度距離を取ろうと立ち上がろうとする。
「「ヴォン!」」
「ぎゃあっ?!」
恐ろしい鳴き声と共に左右から襲い掛かったぽちたまが彼の両腕を食いちぎり、ばりぼりと咀嚼を始める。
「美味いか?」
「わふ」
美味いらしい。
と、夏月が何かに気付いたような反応をしたことに気付き、目で問うと「何でもない」とだけ答えた。
後で聞いてみる事にして悲鳴を挙げる彼に目を向ければ、既に下半身が無くなっていた。
「狼風情が、調子に……ガアッ!」
暴れて藻掻くズールだが、その抵抗もむなしく回復を続ける体をむしゃむしゃと食われ、やがて頭も残さずに食い切ってしまった。
衣服などをぺっと吐き出した二匹のもふもふは、満足気な顔をしてこちらを向き、真っ黒になってしまった二匹の口元を見て戦慄する。
「お前ら、腹大丈夫か?」
尋ねながら二匹に【鑑定】を使おうとして、急に右足の感覚が無くなった。
その場に倒れ込むと同時に激痛が腿を襲い、見ればぽっかり穴が開いているのが見えた。
「だ、だいじょ……えっ?!」
夏月が慌てた声を上げて止血しようとするのを横目に、すぐそばで空を仰ぐ盾を見れば貫通した跡があり、貫かれたのだと分かった。
「あー、やばい。めっちゃ吐きそう」
「よ、余裕ぶらなくて良いから! ぽち、こっち来て……」
夏月が涙声で叫び、ぽちに運ぶよう指示しているのが聞こえて来る。
クソ、魔族が簡単に殺せるからと油断していた。まるで学ばねえな、俺は。
激痛で意識が遠のき始める中、自分に対して悪態を吐かずにはいられなかった。
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