一方その頃、王国は

 国の中枢が集まる会議室の前までやって来た私は、ため息を吐きながら扉をノックして中へ入る。

 最奥に堂々と腰掛ける陛下やその隣に立つ宰相、そしてずらりと並ぶ椅子に座ってふんぞり返る軍や各省庁のトップたち。

 親のコネでその座に就いたくせして偉そうに振舞う彼らには鬱陶しさしか感じられない。


「魔王軍幹部ズール・マクシムスの死亡が確認されました」


 跪いて報告すると、彼らは大層喜ばしそうに歓声を上げた。

 どれだけ攻撃しても凄まじい回復力で体を再生し、人間離れした動きで兵士の首を切り裂いて回るヴァンパイア。

 そんな化け物を倒したとなれば、喜ぶのも当然と言えるか。


「ズールの首を持って来るよう命じろ。パレードをやるぞ!」


 陛下はウキウキしているのがよく分かる口調でそんなことを言って来る。

 

「それが……奴を殺したのは連合軍では無いのです」


「となると、同士討ちか?」


「天獄の森で何者かに殺害されたようです。同士討ちや魔物に殺された可能性も御座いますが……。私たちは追放した勇者たちによって討伐されたのではないかと予測しています」


 そう、何がヤツを倒したのか分からないのだ。

 前線の魔法使いたちがマーキングして居場所や生死を監視していたのだが、急に前線から離れて天獄の森へ行ったと思えば、たった二日で殺されたのである。

 兵士だけでも五千人以上、民間人を含めれば一万人以上の命を奪ったヴァンパイアを殺せる者なんて、王女殿下の命で追放したあの勇者くらいだろう。


「……マリー。貴様はどう思う?」


「き、きっと魔物ですわ! あの程度の勇者たちが倒せるはずありませんもの!」


 陛下の問いに対して、部屋の片隅に立っていた王女殿下は顔を真っ青に染めて必死に否定する。

 しかしその疑いを持っているのは陛下だけでなくこの場にいる全員で、そう言う視線がいくつも彼女に突き刺さる。

 ……あー、面倒くせえ。


「一先ず、今は原因が分からない以上、王女殿下を責めても仕方ありません。それに、勇者を追放したおかげで森を占領する魔族たちが殲滅された可能性があります」


 責め合いが始まる予感がして、そんなことに巻き込まれたくない私は一先ず彼女を擁護した。

 雰囲気が落ち着いたことでホッとため息を吐いた殿下には、後で給料を上げるよう交渉することに決めていると、アザレア参謀長が陛下に対して口を開いた。


「森へ兵を向かわせましょう。もしも勇者が生き残っていたら連れ戻し、最前線へ送り込めば戦力に出来ます!」


「聞いたな、シューベル。騎士と勇者数人で部隊を編成しろ」


「畏まりました」


 陛下に一礼した私は会議場を出て、ヤークト平原へ転移した。

 光で何も見えなくなった視界がすぐ元に戻り、緩やかな凹凸が延々と続く平原が映る。

 さて、戦力になりそうな者と上手く説得してくれそうな者をそれぞれ探すとするか。


「オラっ!」


 ただのゴブリン如きを相手にグダグダと戦う勇二人の姿を見つけた。

 こんなのが本当に魔王を倒せるようになるのか……そもそも、勇者と呼べるほどの器があるのか、疑問が湧いてしまう。

 面倒に思いながら一番近くで戦闘を終えたガキどもに近寄る。


「樋口様、山田様、少々お時間よろしいでしょうか」


「なんすか?」


 ゴブリンの返り血を拭いながらこちらを向いた二人に、天獄の森への遠征の話を持ち掛ける。

 樋口徹の持つ【無敵化】と山田健二の持つ【剣聖】の二つは、過去に魔王討伐も成し遂げた実績のあるスキルだ。

 レベルも三十五まで到達していたし、こいつらならそのまま連れて行っても変なルートを通らない限り生き残れるだろう。

 私が責められないよう責任転嫁しつつ、生存している勇者がいる可能性と、それの捜索を持ち掛ければ、樋口の方はあっさりと乗った。


「行かせてください! 夏月が生きてるなら絶対に助けないと!」


「ありがとうございます」


 女が目的か。まあ、やる気を出してくれるならどうでも良いか。

 ちょっと前まで孤立していた理由を察しつつ、山田の方へ目を向ければ、他の仲間を呼び集め始めた。

 こいつらとよく絡んでいる他の奴らはスキルが未知数で、事実として戦闘能力も微妙の一言に尽きる。

 何と言って断ろうかと悩んでいる間に山田はペラペラと事を話し、それを聞いた五人は小馬鹿にした目を向けて来る。


「マジっすか?」


「あんな理不尽な理由付けて追い出しといて、やっぱり連れ戻せってヤバない?」


「私もどうかとは思いますが……命令を受けてしまいましたので」


 参謀長と陛下に言って欲しいものだ。

 ……いや、こいつらも追い出すことになって、余計な仕事が増えるだけか。


「もし行きたく無いようでしたら無理強いはしません。ただ、樋口様ともう一人か二人、来て頂けると助かります」


 特に【剣聖】持ちが来て欲しいのだが、手を挙げたのは鳴海蓮人と新山和徳だった。

 二人が持つスキルは【短距離転移】と【巨人化】で、強い事は強いのだが、まだ扱い切れていない面が目立つ。

 仕方ない、こいつらだけじゃなくて、もう何人か戦力になりそうな勇者を探すか。


「分かりました。では挙手頂いたお三方には明日から別の訓練を受けて頂きます。もう何人か勇者を勧誘する予定ですので、その際はよろしくお願いいたします」


 頭を下げた私は他で訓練をする勇者の元へ向かおうとして、山田が思い付いたような声を出した。

 来てくれるのかと期待しながら振り返ったが、彼はニヤニヤ笑いながら前方を指差す。


「ガキに泣かされたあのバカも連れて行って下さいよ」


 そちらへ目を向ければゴブリンと戦う井駒雷音の姿があり、今度はあいつがハブられてるのかと呆れる。

 ただ、過去の資料から分かった事などはしっかりと教えていたのにもかかわらず、バカな事をして反撃を喰らったのだから、ああなるのも当然と言えば当然と言える。

 

 何とも言えずに苦笑していると、どこからか飛んで来た火球が彼の足元に直撃した。

 飛んで来た方向を見れば性悪な女どもがゲラゲラと下品な笑い声を上げ、私の想像を優に超えるほど嫌われているのが伺える。


「あそこまで溝が出来てしまった方を連れて行くのは危険ですから、無理があるでしょうね」


 あの魔獣を手名付けていて、かつ周囲との関係も良好だったら声を掛けたが、あのザマじゃあ無理だな。

 私の返答を楽し気に笑うガキどもから離れ、上手く説得してくれそうな女勇者たちの元へ移動する。


 男は頭のおかしい人間が多いのに対して、女は性格こそ悪けれど、比較的まともなのが多くて相手するのが楽だ。

 特に気の弱そうな女は少し強めに出れば大体言う事を聞くし、扱いやすさもある。

 ……森に追い出した勇者たちも扱いが楽だと良いのだが。

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