第31話 復活
「あ、起きた!」
覗き込んでいた芸術品のように美しい顔がパッと輝き、まだ夢を見ているのだろうかと思ってしまう。
しかし、腿には内側から抓られるような痛みがあり、これは夢では無いと察しながら起き上がる。
記憶が確かなら幹部を名乗る輩に剣で足を刺されて気絶したんだったか。
ちょっと脚に穴開けられたくらいで気を失うとは、俺もまだまだ雑魚だったらしい。
「良かったあ……」
心底安堵した様子でため息を吐き、俺の頭をむぎゅむぎゅと抱き締める夏月。
たわわな巨乳が押し付けられ、煩悩と心配を掛けてしまった罪悪感が鬩ぎ合う。
と、お年寄りのように湯呑で茶をすするおーちゃんがしみじみとした口調で言う。
「危なかったのお、隼人よ。童がいなければ死んでおったぞ」
「え? 足に剣が刺さっただけだろ?」
「お主を攻撃した者は死に際に呪術を使っておったのじゃ。三流の呪術師じゃったが、放って置いたら死んでおったじゃろ」
「怖すぎだろ……。ありがとな、おーちゃん」
「童も助けてもらったからの、そのくらい容易いことなのじゃ」
生まれてこの方無宗教を貫いてきたが、これを機に大口真神を信仰するか。
そんなことを考えながら布団から起き上がった俺は軽く体を動かし、二日間も寝ていただけあって鈍ってしまった筋肉を解す。
と、布を掛けられた縦長な箱がある事に気付き、拠点を出た日には無かったように思えるそれを見て夏月に問いかける。
「アレ何?」
「死体から情報を得られる魔道具だよ。ぽちが頭吐き出してくれたから、あの中に入れて情報を集めてるの」
「おおう……。ぽちたまは大丈夫だったか?」
「あそこ」
夏月が指差した先、マキナと戯れる二匹のふわふわが見えて、怪我したのは俺だけだった安堵からホッと息を吐く。
「俺が寝てる間の進展はどんなもんだった?」
「何個か魔道具作ったのと、地下資源たくさん集めて来たよ。それとおーちゃんがお米作ってくれてるから、ちょっと経ったら食べれるようになるかな」
「米食えんの? マジで? おーちゃん様様やないか」
思わずエセ関西弁が出た俺をおかしそうに笑う夏月とおーちゃん。
生きてこの光景を見れたことに感謝しながら二人を撫で回していると、相棒三匹がこちらにやって来る。
「心配掛けたな。次は油断しないから任せとけ」
「「わふっ」」
「キシッ」
一先ずハグをして全員の無事を喜んだところで、俺は拠点内を見回して進展具合を見る。
確かに彼女の言う通り見慣れない魔導具や家具がいくつか増え、本格的に手狭な状態になって来ている。
「地上の拠点はどんな感じ?」
「粗方完成したよ。見る?」
「おう」
尋ねておきながら見て欲しそうな雰囲気を醸し出す彼女の分かりやすさでニヤケてしまいながら共に一階へ移動する。
すると日本では普通に見られそうな内装が施された空間が現れ、何となく夏月の実家のリビングを再現したのではないかと察した。
「どう? 結構いい感じじゃない?」
「夏月の家を再現したのか?」
「な、何で分かったのさ」
「夏月の考える事なら大体わかる」
俺が建物の建設を担当していたら同じことをしそうだったため、すぐに分かっただけだが黙っておこう。
そんなことを考えていると彼女は俺を少々強引にソファへ座らせ、膝に乗ってぎゅっと抱き着いた。
「ソファでイチャイチャしたかったのか?」
「……隼人とならどこでもイチャイチャしたい」
ジト目を向けられると思っていただけに、素直な本音を浴びせられて言葉が詰まり、一先ず背中と頭を撫でてお茶を濁す。
そうか、どこぞのバカが気絶している間の二日間、この子は俺に甘える事も出来ず、ただただ不安な毎日を過ごしていたのか。
きっと俺がその立場だったら心配で心配で、ずっと夏月のことだけを考えているだろうし、守れなかった悔しさで自害すら考えそうだ。
「ごめんな」
「そうじゃないでしょ」
「……ありがとう、夏月。油断してたバカの面倒見てくれて」
「私も……守ってくれてありがとう」
謝罪されるより感謝される方が嬉しいに決まっていた。迷惑を掛けた時は礼を言うようにしよう。
静かに泣きだした彼女を安心させてあげようと背中をゆっくり撫で、つられて俺も泣かないようにグッと堪える。
「飯ができ……失礼したのじゃ」
「いや、ごめん。今行くよ」
地下階段からひょこりと顔を見せたおーちゃんにそう声を掛け、涙を拭いながら夏月に「行こう」と声を掛ける。
静かにすすり泣きながら立ち上がった彼女は意地でも離れたくないとばかりに俺の腕をがっちり抱き締め、嬉しくてニヤニヤしてしまう。
「良き夫婦じゃの」
「だろ?」
嫌味ではなく純粋に褒めているように聞こえる彼女の発言で、夏月がかなり参っていたのだと察した。
今後も彼女を守るためならば何度だって肉壁になってやるつもりだが、余計な心配を掛けないためにも立ち回りをなるべく気を付けるようにしよう。
と、ぽちたまがこちらに駆け寄り、夏月と俺を心配そうに見上げ、くーんくーんと鼻を鳴らす。
大丈夫だぞと伝わるように撫で回していると、テーブルに焼き魚の定食を並べるおーちゃんの姿が目に留まる。
「ほれ、冷める前に食べるのじゃ」
「これ手作りか?」
「うむ、手作りなのじゃ。二日間何も食っておらぬお主のために作ってやったのじゃぞ」
「至れり尽くせりだなぁ……。ありがとう」
しばらく会っていない祖母を思い出してしまう面倒見の良さで心がポカポカしてしまう。
感謝の気持ちを込めて茶色いふわふわな耳をナデナデして椅子に腰掛けると、夏月がぽちたまとマキナに餌を与えた。
「それ、ただのオーク肉じゃないよな」
「うん、魔石の粉末を混ぜたお肉みたい」
「魔石って食えんのか?」
「よく分かんないけど食べれるみたいだよ?」
彼女がそう言う横で三匹は美味しそうに肉を喰らい、人間はともかく魔物たちにとっては食い物なのだと分かる。
「まあ、俺たちも食べようか」
「そうだね。それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
夏月の掛け声に合わせて俺とおーちゃんも声を出し、共に料理に手を付けた。
久しぶりの和風な魚料理の味と、鼻を通り抜ける素晴らしい味付け。
まるで日本に帰って来たかのような気分に陥り、美味しいご飯が食べられる喜びで泣きそうになる。
「美味いかの?」
「おーちゃんの信者になりたいくらい美味いな」
「信仰されても飯しか出せないのじゃ」
「十分だよ。私も信者になっちゃう」
夏月も同調すると嬉しそうな、でもちょっと恥ずかしそうな顔をする。
彼女の背後では尻尾がびたんびたんと忙しなく揺れ動き、その分かりやすさを見ていると本当に神様なのか疑いが湧く。
そんな会話を楽しみながら美味い料理で腹も満たした頃、俺はようやっと調子を取り戻し、チェストの中を見る。
建築だけでなくしっかりと素材の収集をしてくれたらしく、鉄や銅などの不足気味だった鉱石のみならず、硫黄やシルクストーンなどがたんまりと用意されていた。
「すっげえな。よくこんなに集めたな?」
「マキナが凄く張り切ってたの。隼人が起きたら驚かせたかったみたいだよ?」
「偉いぞマキナ」
「キシッ」
いつの間にやらすぐ近くにまで来ていたマキナが嬉しそうな声を出した。
そこから必要な分を取り出した俺は作業台で新しいワークベンチのクラフトを開始する。
「何作ってるの?」
「ヒントはワークベンチ」
そう言ってみると彼女は考える素振りを見せ、すぐに思い付いた顔をした。
「核兵器作れるようになるって本当?」
「殺意高すぎない?」
魔王軍どころか、魔族そのものを滅ぼそうとしているのだろうか。
まさかの回答に噴き出してしまいながら、ジト目を向けて来る彼女に正解を教える。
「戦車だよ、戦車。素材足りるか分からんけど、戦車作るぞ」
「ホント?!」
子どものように目を輝かせた彼女は、興奮気味に俺の手をぎゅっと握る。
どうやら彼女は銃よりも戦車の方が好きなようだ。
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