第32話 燃料

 戦車のクラフトに必要なリストと自分のインベントリを見比べる。

 必要なのは鉄が二千五百個、銅が百個、ガラスと革がそれぞれ五十個ずつとなっている。

 それの他に軽油の素になるオイルシェールも見つけ出す必要があり、もう何日かは時間を要するだろう。


「この辺掘り尽くしたけどオイルシェールなんて見てないよなあ……」


「うん、一回も見てない。もっと掘らないとダメかもね」


「なら、もうちょっと深くまで掘ってみるか」


 言いながらつるはしを取り出した俺はマキナと共に、階段状の穴を掘り始める。

 鉄自体は俺が寝ている間に夏月たちが千個近く集めてくれたが、オイルシェールは一つも集まっていないのが現状だ。

 どこに埋まっているのかなんて学校の授業で習った覚えは無いし、深くまで掘り進めれば良いのかもイマイチ分からない。

 埋まっていてくれれば良いのだが……。


「夏月はオイルシェールってドンくらい深いところに埋まってるかとか知ってる?」


「うーん……一年生の時に地学の先生が語ってた気がする」


「大山か? それとも中西?」


「中西先生。本当に地学が好きなんだなーって感じの話し方するから私は好きな方だったなー」


 石階段を敷きながら夏月は昔を懐かしむような口振りで話し出し、ふと一年生だった時を思い出す。

 それなりに勉強を頑張って入学しただけあって同じクラスの人たちは良い人ばかりで、友人にも恵まれて部活以外は楽しかったものだ。

 

「あーあ、一年で夏月と同じクラスだったら良かったのにな」


「私のこと覚えてなかったくせに」


「いやあ……言い訳も思い浮かばんわ」


「素直でよろしい」


 何か面白い返しでもして誤魔化したかったが、言い訳すら思い付かなかった。

 後ろから向けられるジト目をなるべく気にしないようにしながら、つるはしで壁を全力で殴り付けていると、マキナが反応を示した。


「キシッ!」


 どうしたとそちらに目を向けると僅かに白っぽい岩が見え、つるはしを軽く打ち付けてみればオイルシェールがインベントリに加わった。

 

「え、あったやん」


「ホントッ?!」


 驚いた様子で夏月が後ろで叫び、その声が空洞に響き渡る。

 マキナが頷いて見せながら鎌をガンガン打ち付け始め、俺もそれに合わせて岩石を砕く。

 するとすぐに白い岩が現れ、俺は歓声を上げながらマキナの背中を撫でる。


「やったなマキナちゃん。これで戦車動かし放題だぜ」


「キシィ!」


「これ、オイルシェールの鉱脈かな?」


「でっかい鉱脈じゃねえと困るな。大量にあると助かんだけど……」


 そこまで言いかけて鉱石探知機のことを思い出し、それを取り出した俺は試しにオイルシェールへ向ける。

 しかし、これは鉱石ではないという判定らしく、全く反応を示さなかった。


「マジか、オイルシェールって鉱石として判定してくんねえのか」


「ウソ……すごく面倒じゃん」


「……とりあえず、見える範囲は採掘しちゃおう」


 そう言いながらマキナと共に採掘を再開する。

 薬品っぽさのある臭いに気持ち悪さを感じながら平行方向に掘り進めて見ると、二十メートル程度進んだところで普通の岩が出て来た。

 

「広くね?」


「広いね。足元も白い岩だし、しばらくは困ることなさそうじゃない?」


「そうだな。とりあえず、階段近くから正方形に掘り進めよう。崩落しないように柱作るの忘れるなよ?」


「うん、分かった」


 コクリと頷いて見せた夏月とマキナは手慣れた様子で採掘を始め、息ぴったりな二人を見て少しだけ寂しさを感じつつ、俺もつるはしを振り回す作業を再開する。

 

 それから約二時間、インベントリの半分をオイルシェールでパンパンにした。

 これによって得られる軽油の量がどの程度になるのかは分からないが、戦車を動かすのに十分な量であることを願おう。

 ……それとついでに発電も出来る程度だと嬉しいものだ。


「よし、とっとと上に戻ろう。臭過ぎて鼻が曲がる」


「はーい」


「キシッ」


 インベントリの整頓をしていた夏月とマキナが返事をしながらこちらへやって、彼女らを連れて階段を上がる。

 それにしても酷い臭いだった。ぽちたまやおーちゃんが嫌がって距離を取ろうとしそうでちょっと不安だ。

 そんなことを考えながら階段を登り切ると部屋には誰もおらず、地上でザクザクと耕すような音が聞こえて来た。


「夏月、チェストにオイルシェール入れたら風呂入って来ちゃいな。あの子たち俺らの臭い嫌がるだろうから」


「分かったー」


 疲労の感じられる声色でそう言った彼女はマキナを連れて地下資源を収納しているチェストの方に移動する。

 それを横目に俺はケミストリーテーブルの操作を始め、インベントリにあるオイルシェールで軽油の大量生産を設定した。

 背後で夏月が風呂に入って行く音が聞こえて後で匂いを嗅がせてもらおうなんて考えつつ、インベントリの整理をしていると。


「キシ……」


「どうした?」


 後ろで元気の無い鳴き声が聞こえ、振り返ればマキナが床に座り込んでいた。

 駆け寄ればオークに殴られても傷一つ付かないはずの外骨格がビシッと音を立てて亀裂が入り、それは徐々に全体へ広がって行く。


「進化か?」


 尋ねてみても返事は無く、その余裕が無いことが伺え、【鑑定】を使ってみればしっかりと『進化中』の文字があった。

 そうなると俺に出来ることは傍に寄り添ってやることだけになる。安心して進化できるように、背中を摩ってやれば良いだろう。


「ゆっくり進化せえ。頑張れよ」


「……」


 コクリと頷くだけのマキナの外骨格がビシビシと音を鳴らし、やがて脱皮のような現象が始まった。

 

「……え?」


 鎌の外骨格が割れ始めると人間のそれにそっくりな手が現れ、徐々に中から人間の部位にそっくりなものが姿を見せ始める。

 着ぐるみを着ているような状態だったのかと驚きながら脱皮を手伝っていくと、ちょっとずつ女の子っぽい体が見えるようになり、察した俺はタオルと服を取りにチェストへ向かう。


「ごしゅじん……?」


「え?」


 後ろから少女の声が聞こえて振り返れば、甲殻を全て脱ぎ捨てた少女が息も絶え絶えな様子でこちらを見つめていた。

 胸や局部は辛うじて剥がれた甲殻で隠れているものの、それ以外は全て丸出しの状態で、目のやり場に困りながらタオルを先に渡す。


「ありがとうございます……」


 ALTの先生を彷彿とさせるたどたどしい発音に保護欲が湧き上がる。

 どうしようかと悩んでいると風呂場の扉が開き、夏月が中から出て来た。


「隼人ー、お風呂……えっ?!」


「マキナが進化したぜ。かわいいだろ?」


「浮気?」


「滅相も御座いません」


 ジト目はジト目でも殺気を感じられ、慌てて否定する。

 チラと目を向ければ彼女の姿は俺と同じ十八歳程度に見え、この子を可愛いと言ってしまったら、そりゃそう思われるかと納得する。

 

「マキナ、立てるか?」


「はい」


 よろよろと疲労感満載で立ち上がろうとする彼女の体を支え、駆け寄って来た夏月に頼み込む。


「悪いんだけどさ、この子をお風呂に入れてあげてくれない?」


「ふーん、浮気じゃないアピール?」


「けんか……よくない」


「あ、ごめん」


 いつものように俺を揶揄おうとした夏月を、マキナがふらふらしながら制し、二人はお風呂の方へ歩いて行った。

 ……まさか、マキナが北欧美女に化けるとは思わなかったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る