第33話 川
戦車専用のワークベンチ『バトルタンクメーカー』。
そこに昨日と今日に集めた素材で作り上げた部品をぶち込めば、ついに戦車そのもののクラフトが始まった。
「十六時間……」
完成までに十六時間も掛かってしまうと表記が出て顔が引き攣る。
今日のうちに用意が出来るなら魔王軍の拠点に試射でもしに行こうと思っていたのだが、それは明日になってしまうらしい。
と、後ろでマキナを撫で回す夏月がワクワクした様子で。
「ねね、戦車はいつ出来るの?」
「明日の明け方とかだろうな。まあ、これでまた地下資源は集め直さないといけないわけなんだけどさ」
「地下籠ってばっかだねー。ムキムキになっちゃう」
そう言って自分の腕を触る夏月。
しかし俺から見ると良い具合に筋肉が付いたことで健康的な体となったように思える。
そのくらいの体形を維持してもらえると俺としては嬉しいが、地下に籠るのに飽きて来たのは俺も同じだ。
「ちょっくらデートするか。そのついでに魔王軍にどうやって攻撃するかも考えよう」
「うん、行こ」
どうやらデートしたかったのは夏月も同じだったようで、ニコニコと笑って頷いた。
マキナも一緒に行きたい様子で目を輝かせ、付いて来るかと尋ねてみると。
「ごしゅじん、いっしょがいい」
「しょーがないなー」
夏月が可愛がるような声色でニマニマと笑う。
昨日は俺が可愛いとマキナを褒めたら殺意マシマシな目を向けて来たのに、今は自分の方がべったりである。
それにしても、進化してからカマキリの面影は背の高さ以外はすっかり無くなってしまったな。
「ぽちたまも進化したら女の子になっちまうのか?」
「わう?」
自分の寝床でゴロゴロしながら何言ってんだと言いたげな赤い目がこちらを向き、少なくとも今の段階では人になるつもりは無いと分かる。
ずっともふもふしていて欲しいものだ。
「よーし、装備付けたら散歩すっぞ。おーちゃんはどうする?」
「童は外に出たくないのじゃ。畑仕事が一番気楽なのじゃ」
「引きこもりなのか仕事人なのか分かんねえな……」
「何とでも言えば良い」
「でも感謝はしてるぜ、おーちゃん」
そう声を掛けてみると垂れ下がっていた尻尾が急にぷりぷりと元気良く振り回され、その分かりやすさに夏月とマキナもニヤニヤ笑う。
「じゃ、犬の散歩がてら歩いて来るから。おーちゃんはここでのんびりしててな」
「うむ、拠点の守備は任せておくが良い」
そう言いながらお茶をずずずと飲む彼女に返事をした俺はぽちたまを呼び寄せて地上へ出る。
魔族やキマイラと言った面倒な相手と遭遇した時のため、機関銃と鎧を付けさせていると、夏月がマキナを前にどうしようか迷っている様子を見せた。
「ねね、マキナに散弾砲持たせるのってどうなの?」
「あ……小銃用意するか?」
女の子としてはガタイが良いとはいえ、厳つい散弾砲を持たせるのは抵抗がある。
鉄残ってただろうかと記憶を掘り返していると、マキナは散弾砲を手に取り、慣れた手つきで肩に装着させ始める。
「それで良いのか?」
「うん、なれてる」
「そうか? 無理すんなよ?」
「へーき。ごしゅじん、まもるから」
無邪気な笑みを浮かべてそんなことを言う彼女を思わず撫で回していると、夏月がジト目を向けていることに気付いて彼女も撫でる。
すると何とも言えないような表情を浮かべて。
「女誑しなんだから」
「ありがと」
「褒めてない」
そうは言いながらも撫でられるのは好きらしく、もっと撫でて欲しそうに手を重ねる。
マキナも負けてられないとばかりに背伸びして金髪を押し付け、女の子に取り合いされているような気分になる。
「よし、とっとと散歩するか」
「そーだねー」
何か言いたげな目を向けて来る夏月に安心しろと肩をポンポン叩き、ぽちたまに残りの装備を身に付けさせた。
グダグダと準備をしているとおーちゃんが扉からひょこりと顔を覗かせ、俺たちを見るなり呆れたように笑う。
「橋をどうやって降ろすつもりだったのじゃ?」
「あ、そうじゃん」
内側から閉めてもらう必要があったことに今更気付き、そりゃ呆れられるわけだと納得する。
短いあんよで後ろをちょこちょこと付いて来た彼女は橋の根元で立ち止まり、クランクに手を掛ける。
「気を付けて行って来るのじゃぞ」
「おう、行って来る。戻って来たら自分で開けるから中でのんびりしててな」
「うむ、畑いじってるのじゃ」
そう言いながら橋を上げ始めた彼女にはいよと返事をしながら俺はマップを開き、散歩のルートを決める。
「んじゃ、最近近寄ってないし、川の方歩こうか」
「分かった。足滑らせて転ばないでよ?」
「その前科あるの夏月だろ」
まだ風呂を作れていなかった頃、夏月は濡れた地面で足を滑らせて盛大に転んだことがある。
手足の細さから骨が折れたのではないかとかなり心配した懐かしさを思い出しつつ、頬を赤らめて悔しそうにする夏月と手を繋いで歩き出す。
反対の手をすかさずマキナが掴み、美女二人に挟まれる夢のような展開に心が躍る。
「そう言えばさ、川で水を汲んでたら何かに襲われそうになったよね。あれ何だったんだろ?」
「そんなことあったなあ……。今なら勝てんじゃね?」
「もしもお魚だったらお寿司にしようよ」
「それ最高だな。サーモンみたいな刺身だと嬉しい」
日本で家族と一緒に行った回転寿司を思い出す。
妹が馬鹿みたいに高い寿司ばっか取って、父の奢りだったはずが三分の一を負担させられていた思い出が蘇り、元の世界へ帰りたい思いが強くなる。
「夏月はあっちに戻ったら何したい?」
「んー、大学には行きたいかな。それと結婚は絶対したい」
「俺も結婚は最優先でしたいなあ……。大学は全然勉強出来てないし、入試にも間に合うか分からんよな」
「それならさ、浪人して同じ大学に入ろうよ。私合わせるよ?」
「それ最高だな。戻れたら勉強頑張ろうぜ」
「うん!」
にっこりと笑った彼女は俺の頬にキスをして、ご機嫌な様子で鼻歌を歌う。
と、そんな会話をしている間に川が見えて来た。
ぱっと見ただけでは魚影や魔物の気配は無く、離れたところで狼たちや小鳥が水を飲んでいる姿が見える。
「あれ、お前たちの仲間じゃねえの? 挨拶しなくて良いのか?」
ヘルン・ウルフと思わしき狼たちを指差して尋ねてみると、たまは気だるげにそちらを向いて。
「ヴァンッ!」
明らかに威嚇の声を上げ、狼も小鳥も怯えた鳴き声を挙げながらその場から逃げ去って行った。
「わふ」
ほら、仲間じゃないでしょ? とでも言いたげな顔をするたまに、乾いた笑いが出る。
気を取り直して散歩を再開すべく歩き出そうとして、マキナが何かに気付いた様子で川を指差す。
「なんか、いる」
「ん?」
この前も見た大きな謎の陰が怪しく揺れ動き、それを見て俺はドキドキしながら【鑑定】を使う。
するとそこに出た種族の名は『スライム』で、拍子抜けしてしまいながらそちらをもう一度見る。
「あ、なるほど」
川底まで透き通っていて良く見えるのに姿が見えないのは不思議に思っていたが、どうやらゼリー状の体が影のように見えていただけだったらしい。
ビビって全力で逃げ出した時の記憶が蘇って笑いそうになっていると、それはゆっくりと陸に上がって来た。
「スライムって本当にいるんだねー」
「危ないから気を付けろよ?」
ショットガンを手にしながらしゃがみ込む夏月に注意を促すが、あまり聞いていないのか興味津々な様子でじっと凝視する。
「あ、これって魔石だよね」
「ん? あ、ホントだ」
体の全てがゼリー状の物質で構成されているわけでは無く、魔石だけはしっかりとあるようで、体の中心で紫色に輝く石が浮いている。
生態を調べてみれば生物の死体や枯れ葉などを食べ、川の浄化をしてくれるようで、一部の地域では水の神の使いとして崇められているのだという。
「偉いな。川の浄化頼んだぞ」
「またねー」
立ち上がった夏月と共に別れを告げて立ち去ろうとして、見えない何かが繋がろうとするような、不思議な感覚が芽生えた。
振り返ればスライムがじっとこちらを見ているような気がして、もしやと察した俺は尋ねる。
「テイムされたいのか?」
「……」
体をぷるぷるさせる以外は何も言わない液状生命体。
残飯処理を頼むのもアリだろうかと考えると同時にテイムが完了した時の感覚が芽生えた。
「お前、それはちょろいなんてものじゃないぞ?」
「どうしたの?」
「こいつ、自分からテイムされに来た」
「えっ」
言いながらぷるぷるな体を抱っこしてみると、ぺったんこだった体が丸みを帯び、楕円形に変形した。
「割と万能なのか……?」
「まあ、可愛いし良いんじゃないの? ぷるぷるだし」
夏月に撫でられると嬉しそうに震えるスライム。
飼い慣らされるまでが早すぎる有様に呆れて笑っていると、マキナも興味津々な様子で手を触れる。
「ぷるぷるー」
「仲間は多い方が良いし、飼育してやるか」
「やったね」
嬉しそうに喜ぶ美女二人を見て、まあいいかと納得した俺はぽちの背中にスライムを乗せ、AKを手にする。
さて、デートの続きといこうか。
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