第34話 掃除
デートから戻って来ると、拠点周辺で謎な行動をする魔物たちの姿があった。
まるで見えない何かを必死に殴り付けているかのようで、幻覚でも見ているかのようだ。
「あれっておーちゃんの仕業か?」
「そうじゃない? 私たちには何も影響無いし」
そう言いながら銃を構えた夏月は、虚空に向かって棍棒を振り続けるゴブリンの頭を撃ち抜いた。。
俺とぽちたまも残りの魔物たちを射殺して回り、一掃が完了したところで、死体の処理を彼女に任せて隠し通路へ向かう。
目印を元にハッチを見つけ、狭苦しい通路を通って地下拠点に入ると、キッチンに立つおーちゃんの姿があった。
「ただいま。外の魔物が変な事してたんだけど、あれっておーちゃんがなんかやった?」
「うむ、童の幻影じゃ。間抜けじゃったろう?」
「めっちゃ間抜けだったな。処理が楽で助かったよ」
お礼の意味も込めて獣耳を撫でると気持ち良さそうに目を細め、尻尾をご機嫌そうに揺らす。
可愛らしい姿に癒されてニヤケが止まらない俺に、彼女はもっと撫でて欲しそうにしながらも。
「嫁とわんこたちをほっぽらかして良いのか?」
「あ、そうだった」
もしかしたらまだ死体の処理をしているかもしれないが、早めに橋を下ろしてあげた方が良いのは確かだ。
おーちゃんも一緒に来るようでエプロンを外し、踏み台から降りてちょこちょこと後ろを着いて歩く。
地上へ上がって橋の根本へ移動した俺はハンドクランクを使って橋を下ろした。
するとスライムを抱っこする夏月と、つまみ食いでもしたのか口元が赤黒く汚れたぽちたまが姿を現し、橋を渡ってこちらにやって来る。
「む? あのゼリーみたいな生き物は何じゃ?」
「スライムって言って、死体とか枯れ葉とか、何でも食べてくれる自然界の掃除屋みたいな生き物だよ」
「ほう」
こちらにやって来た夏月の腕の中でプルプル震えるそれに興味津々な様子で手を触れるおーちゃん。
独特な心地良い触り心地に魅了されたのか感嘆の声を上げながら撫で回す。
すると、スライムから触手のようなものが伸び、おーちゃんの獣耳に勢いよく突っ込んで行った。
「ふにゃ?!」
「な、何だ?」
突然のその行動に飛び退いたおーちゃんを落ち着かせながらよく見ると、触手の先端に小さく黒い物が見えた。
「あ、ノミ取ってくれたのか」
「びっくりしたのじゃ」
ほっと安心した様子のおーちゃんにごめんねと言いたそうにプルプルするスライムに、彼女は気にするなと撫でる。
可愛いもの同士が戯れる姿はいつ見ても良いもので、その愛らしさには癒されて仕方ない。
「可愛いって素晴らしいな」
「「ありがと」」
俺の一言にマキナと夏月が口を揃えて同じことを言った。
お互い驚いた顔をした二人はツボに入ったのか楽し気に笑い出し、何だかんだで仲は良さそうで安心する。
そんなこんなで全員が橋を渡り切り、橋を上げ始めた時、おーちゃんが耳をピンと立てた。
「む? また何か来おったな」
「敵か?」
「うむ、ただの雑魚では無さそうなのじゃ」
「ってなると魔族か?」
問いかけながら急いでクランクをぐるぐる回し、こちらにやって来ようとしている何者かが入れないよう急ぐ。
すると鎖の巻き上げられる音に交じって足音が聞こえ、その音が気付かれないように工夫しているのが分かった。
「魔族だろうな。音立てないように歩いてやがる」
「私、上から見てみるね」
「おう、頼んだ」
俺がそう言うと彼女はすぐ傍の梯子で上って行き、ぽちたまも見事な跳躍で後に続いて行く。
するとすぐに銃撃が始まり、外ではあんなに静かだった壁の外が魔族の言語で騒がしくなる。
「何でアンデッドがこんなにいんだよ! あいつ、ネクロマンサーだったのか?!」
「撤退だ! 撤退しろ!」
怒号と悲鳴のやかましさから、俺が行くまでも無さそうだとほっとしていると、銃撃を止めた夏月がこちらを見る。
「魔族、全員撤退したよー」
「ナイス!」
「おーちゃん何かやった?」
「動く死体を見せたのじゃ」
アンデッドがどうこう叫んでいたのはそう言う事だったか。
そりゃ賑やかな訳だと納得していると、一人と二匹は外壁から飛び降り、おーちゃんを囲んで偉い偉いと褒め始める。
「夏月、敵の数はどのくらいだった?」
「んーとね、見えただけだと二十人くらいだったけど、聞こえて来た声とか足音的に三十人以上はいたと思う」
「特攻しろって命令されるあいつらも大変だな」
「だねー」
実際、攻撃を受けてから逃げるまでが以上に早かった。急襲に失敗したらすぐさま逃げる作戦で来たのだろう。
そんな予測を立てつつ、ぽちたまとマキナの装備を解除して拠点へ入ろうとすると、建物の後ろ側から草が風で揺らされている音が聞こえた。
「そう言えば米はどんな感じ?」
「まだ一食分だけじゃが収穫はしたのじゃ。他も良い感じに育っておる」
「てことはもう食べれんのか? 寿司もいけっか?」
「食べたいのかの? ならば酢も作らねばならんなあ」
「ありがとう。手伝えることあったら言ってくれな。それとあんまり無理しないようにな?」
そう言いながら彼女の小さな体を抱っこして玄関扉を開けると、スライムがぴょんと飛んで部屋の中をウロウロする。
餌でも探しているのだろうかと思ったがそうではないらしく、地下への階段を見つけるなり、開けて欲しそうにこちらへ目を向ける。
「何探してんだ?」
問いかけながらトラップドアを開けてやれば、スルスルと階段を降りて行き、部屋の片隅に移動して行った。
どうやら探していたのはズールの頭が入れられた記憶抽出機だったらしく、中身が見えないように掛けていた布と蓋を触手でどかすと中に入った。
「な、何やってるの?」
「死体があると食いたくなるんじゃね?」
ぽちたまを撫でながら困惑気味に問いかけて来る夏月に、適当に答えながら捕食の様子を見つめる。
入れ物が透明であるため中で腐った頭を捕食するスライムの姿は良く見えるのである。
コポポと泡立つような音を立てながら死体の頭を分解吸収する姿を見て、おーちゃんは恐ろしく感じたのか俺の背後に隠れた。
「怖い奴じゃのお。あの男の姿に化けるようなことは無いじゃろ?」
「スキルは【悪食】と【急速消化】、あと【水泳】くらいだったから出来ないだろうけど、それが出来たら心強いな」
みるみるうちに溶けて消えて行き、けぷっとゲップしたスライムはどこか満足そうな雰囲気を漂わせてこちらに戻って来た。
「美味かったか?」
「……」
体を上下に伸縮させて満足の意を示し――今度は部屋の端っこで放置されているキマイラの卵の方を向いた。
存在を忘れていただけに、食わせてやっても良いかと一瞬だけ考えたが、夏月がスライムの視界を遮るように立つ。
「あれはダメ。私が飼うんだから」
「……」
ごめんなさいと言いたげに身を縮こませたのを見て、夏月は安堵したような顔をする。
夏月がかなり面倒を見ていた事を思い出し、「食って良し」と言わなくて良かったと、俺も別の安堵が湧き上がる。
「よろしい。もしもあれ食べたら私がスライムちゃん食べるからね」
「……!」
ビクッと身を震わせたスライムは俺の体をするすると登り、背中に張り付いて身を隠した。
ひんやりとした冷感が伝わって来て心地良く思っていると、おーちゃんは再びキッチンに立った。
それを見た夏月は装備を外してインベントリへ入れ、その手伝いを始める。
「何作ってるの?」
「生姜焼き定食なのじゃ。童の自慢の料理じゃ、期待せい」
俺が帰って来た時は何かをかき混ぜているところだったのだが、生姜焼きということはタレを作っていたのかもしれない。
さて、料理音痴な俺が下手に手伝って台無しにしても悪いし、大人しく掃除でもして貢献するか。
「マキナ、掃除でもするぞ。美味い料理食おうな」
「うん!」
箒とちりとりを手にした彼女はニコニコと大人びた見た目にはそぐわない幼い笑みを浮かべる。
それを見ると同年代の女の子というよりおーちゃんと同じ幼女のように感じられ、恋愛対象というよりも愛娘としての感覚が湧き上がって来る。
夏月との間に娘が出来たらこんな気分なのだろうかと、まだまだ先のことを考えながら、雑巾を手にした俺は床拭きを始めた。
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