第35話 戦車

 拠点の外へやって来た俺は、後ろをついて来た皆を振り返る。

 夏月は分かりやすいほどワクワクしていて、まるで玩具を買ってもらえることになった子どものように、くりっとした瞳を輝かせている。

 それ以外の子たちは戦車が何なのか分かっていないようで、何をするのか不思議そうな顔をしている。


「じゃ、出すぞ。めちゃめちゃデカいから、巻き込まれないように離れとけ」


「はーい!」


「うん」「うむ」


 夏月の元気良い返事に遅れてマキナとおーちゃんも返事をする。

 ぽちたまとスライムは何をしようとしているのか分からない

 手のひらサイズの玩具にしか見えない戦車を片手に皆と距離を取った俺は、それをぽいと地面に投げた。

 地面にぶつかるなり少しずつ膨らみ始め、それを見て俺は後ろへと下がる。


「案外、安全なように出来てんだな」


「おバカな人でも使えるように配慮されてるんだねー」


「俺のことか?」


「自覚あった?」


 生意気なことを言う夏月に、せめてもの反撃にほっぺを引っ張る。

 ふわふわなあまりびよーんと伸び、痛くは無いようでニコニコ笑いながら俺の頬を引っ張り返して来る。

 そんなことをしている間に戦車は少しずつ大きくなり、十秒程かけて最大まで大きく育った。


「かっこよ。これなんて戦車?」


「第二次世界大戦で活躍したソ連のIS-2だよ! 動く要塞みたいな浪漫の塊なんだから!」


「そ、そうか」


 大興奮な彼女はぺたぺたと戦車に触れ、凄い凄いと声を上げる。

 天使の喜ぶ姿を横目に燃料はどうやって補充するのだろうと手を触れてみれば、作業台と似たようなパネルが出現した。

 燃料を入れる枠に大量生産した軽油をぶち込み、前もって用意していた百二十二ミリ徹甲榴弾と普通の榴弾を半分ずつ積み込む。


「よし、多分これで動かせるな。操縦方法分かるか?」


「分かんない」


 なんでやねん。

 知っていると思っていただけに、思わず内心でツッコミを入れていると、おーちゃんがちびっちゃい体で車体をよじ登って操縦席を覗き込んだ。

 ふわふわな尻尾を揺らしながら「おっ」と声を出した彼女は上体を持ち上げこちらを向く。


「これならば童が操縦出来るのじゃ。屋敷で使ってたトラクターとほぼ同じじゃからな」


「最強か? 神社建てる?」


「余裕があったら頼むのじゃ」


 冗談として受け止めたのか、彼女はおかしそうに笑いながらそう言った。

 いつの日か本当に作って驚かせてやることに決めつつ、夏月と共に砲塔をよじ登った俺はハッチを開けて中に入り込む。


「狭すぎだろ」


「戦車だからしょうがない……痛っ!」


 天井に頭をぶつけて悲鳴を挙げる夏月。

 それを笑おうとして俺は肘をぶつけ、手先まで電流が駆け巡ったような痺れる痛みに悶絶する。

 

「このクソ兵器解体してやる……」


「それで困るのは隼人もじゃない?」


 全くもってその通りである。

 反論の余地の無さに笑えて来る中、ようやく痛みが引き、目前の主砲に触れてみる。

 どうやら俺の座った席は砲手のものだったらしく、丁度見やすい位置に照準器があり、それを覗き込めば三角形型の照準と四種類の目盛りが描かれていた。

 縦に伸びる幅の違う目盛りが三本、横方向に伸びる目盛りが一本となっている。


「何かごちゃごちゃ目盛りあんだけどこれ何?」


「弾がどのくらい落ちるかの目盛りだと思う。横方向は砲塔と車体の向きね」


「ほえー。撃ってみて良い?」


「やっちゃえやっちゃえ」


 夏月の許しも得たところで、マップを頼りに魔王軍の拠点がある方角へ砲塔を向ける。

 夏月が巨大な砲弾と装薬をそれぞれ主砲に装填し、閉鎖機を閉じたところで、主砲を少しずつ上へ向けて調整する。


「まあ、こんなもんか」


 目盛りに書かれているロシア語と数値を頼りに角度を決めたところで引き金を引いた。

 ズドンッと凄まじい砲撃音と共に射出された砲弾は日の光を反射しながら飛んで行き、数秒ほどで着弾音が聞こえて来た。


「当たったかね?」


「そう当たらないでしょ。それよりさ、私も撃ってみたい」


「交代だな」


 狭苦しい車内から一度出て席を交代し、今度は俺が主砲を装填する。

 使用済みの薬莢を排出して足元の弾薬箱から二十キロ程の弾頭を先に込め、続けて装薬を後から入れる。


「よし、良いぞ」


 閉鎖機を閉めながら声を掛けると彼女は緊張した様子で頷き、ぎこちない動きでマップを頼りに狙いを付ける。

 

「行くよ!」


「おう!」


 再度、轟音が周囲に鳴り響き、しばらくしてから着弾音が遠くで鳴り響いた。


「一発でも当たってると良いな」


「だな。よし、これ以上は弾を無駄に出来ないし、明日までに作戦決めて攻め込むぞ」


「はーい」


 元気な返事をした彼女と共に戦車を出ると、頼もしい兵器が現れて心強いのか、外で待っていたみんなは興奮気味な面持ちをしていた。

 

「ごしゅじん、すごい!」


「これに関して凄いのはスキルだけどな」


「ううん、がんばってあなほった、ごしゅじんはえらい!」


「かわゆいなあ、もう」


 知っている言葉を総動員して褒めようとしてくれるマキナの金髪を撫で回していると夏月が妬いた顔で、後ろから抱き着いて来た。

 

「私は?」


「安心しろって。マキナのカワイイと夏月のカワイイは別だから」


「ほんと?」


「おう、マキナは愛娘、夏月は嫁。そこんところ弁えてるから」


「ウソだったら許さないから」


 そう言いながら背中に顔を埋めた彼女に続き、マキナも真似するように俺の胸に顔を埋める。

 前後からくんくんと嗅がれるのは存外悪い気分ではなく、もうちょっとやって欲しいとすら思ってしまう。


「何をしておるのだ」


「人間ってのは、好きな人にべたべたくっつきたい生き物なんだよ」


「それはお主らを見ていれば分かるが……」


 と、後ろで夏月が呆れ気味のおーちゃんに気付いた様子で口を開いた。


「人目を気にして後で後悔するより、やりたいことちゃんとやっておきたいじゃん。死んだらそこで終わりなんだしさ」


「納得じゃのう。ならば、童も後悔しないよう生きるとするのじゃ」


 その口振りから何か後悔したことがあったのだと察し、健気に振舞う獣耳を優しく撫でる。

 ふわふわな感触を楽しみつつ、戦車で出撃する日を楽しみに思いながら、戦車や乗り物などの回収が可能というツールのレンチで、主砲を持ち上げるIS-2を小突いてみた。

 すると、大きくなった時の動きを逆再生するかのように少しずつ小さくなり、やがて元の手のひらサイズまで戻った。


「戦車にハマった時、こんな感じのフィギュア集めたなー」


「そもそも何で戦車にハマったんだよ? 元カレとか関係してんのか?」


「それはその……。元カレはいないって事だけは断言しとく」


 頬を赤らめて恥ずかしそうに目を逸らす彼女を見て、ふと戦車が主体となるゲームにハマった時のことを思い出す。


「あ、もしかして俺と友達の会話盗み聞きした?」


「……ちがうもん」


「ホントに? そうだったら夏月のこともっと好きになる」


「うぅ……。好きな人の声だったら聞いちゃうじゃん……」


 久しぶりに見た羞恥で染まる夏月を前に、キスをせずにはいられなかった。

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