第36話 反撃

 拠点の留守番と殺虫の任務をスライムに任せ、それ以外の全員で魔王軍の拠点に向けて出発した。

 ――もちろん、戦車に乗って。


「いやあ……クッソ暑いな」


「話には聞いたことあったけど、サウナみたいな暑さだよね」


 タンクトップ姿になりながら魔法で風を起こして涼む夏月と、同じくタンクトップ姿になって木の板で自分を扇ぐマキナ。

 各部に取り付けられている乗り込み口のハッチはある程度狭めているとはいえ開けているのだし、もう少し涼しくても良いような気がする。

 ゆくゆくはもっと快適な戦車を作りたく思いながら、車長席から立ち上がった俺はキューポラから上半身を出し、左右を随伴するぽちたまの様子を見る。


「どうだ、何か気配あるか?」


「くーん」「きゅぴー」


 ないよーと言うように二匹は鼻を鳴らし、戦車の排ガスと騒音であまり五感が働いていないのではと、少しだけ不安を覚えた。

 自分はどうだろうかと耳を澄ませてみると、真後ろでガタガタとうるさいエンジン音が鬱陶しいが、それでも思っていたよりは聞こえるのが分かる。

 

「なるほどな」


 排ガスの臭いは嫌そうにしていたが、音そのものには大きな影響は無いようで安心した。

 と、そんなことを考えていれば遠くに建物の影が見え始め、マップを出せば目的の基地であることが分かる。


「おーちゃん、止まって」


「分かったのじゃ」


 くぐもってしまった可愛らしい声が下から聞こえると同時にゆっくりと戦車は停車し、その丁寧な運転から彼女の性格がよく分かる。

 そんなことを考えながら砲手の夏月に狙いを付けるよう言い、戦車と一緒に作った双眼鏡でおおよその距離を測る。


「三百メートルくらいだな。徹甲弾の目盛りに合わせるんだぞ」


「はーい」


 返事が聞こえると同時、砲塔が敵拠点の方へゆっくりと動き、やがて主砲が調整されていく。

 狙いが定まったのか動きが止まり、俺はぽちたまに距離を取るよう指示して中へ入り、音を減らすためハッチを閉めた。


「撃つよー」


「ちょっと待ってな」


 二匹の音がある程度離れたことを確認し、夏月にゴーサインを出す。

 瞬間、あの凄まじい轟音と共に徹甲榴弾が撃ち放たれた。

 キューポラから覗き込めば、拠点全体を覆っている石製の防壁を易々とぶち抜き、内部で爆発したのが見えた。

 どういう構造になっているのかは知らないが、装甲を貫通した後に爆発するというあの砲弾の性質は、想像以上に便利なものだ。


「おーちゃん、前進!」


「うむ!」


 エンジンが唸り声を上げながら再び走り出し、キューポラから頭を出した俺はぽちたまに戦車の護衛をするように呼び掛ける。

 少し離れていたところで待機していた二匹はある程度の距離を取りながら随伴を再開した。

 それを見た俺は邪魔くささから後ろへ向けさせていた機関銃の取っ手を掴んで前を向かせ、十二・七ミリ弾を装填する。

 すると、正門からぞろぞろと魔族たちが出て来た。

 いつもは盾使いと剣士が四割ずつ、残りが弓兵なのだが、今日は弓兵と盾使いが五分五分のように見える。


「よっしゃ、榴弾撃ったれ!」


「うん!」


 車内から耳の癒される声が聞こえるや否や、ズドンッと凄まじい衝撃が体を駆け抜ける。

 放たれた榴弾は真っすぐ魔族の群れの中心に飛んで行き――盾持ちの一人をぶち抜きながら破裂した。

 直撃した者はただの肉片と化し、周囲にいた三十人も飛んで来た破片で体中をズタズタに切り裂かれたのが分かる。


 戦車でゆっくりとそちらに近付くと魔族の大半は拠点の中へ逃げ帰り、腰の抜けた魔族たちはトカゲ顔を恐怖で歪ませている。

 当たり前と言えば当たり前だが、殺されると思っているようで泣き叫ぶ者まで現れ、ちょっとだけ罪悪感が湧き上がりながら戦車から降りる。

 

「降参しろ。そしたら殺さないでやる」


「降参する! 降参します!」


「お、俺も……」


 涙を浮かべながらすぐさま武器を捨てた彼らは、戦闘の意思なんて微塵も残っていないのが明白だった。

 その場に残っていた五人の腕と脚を縄で縛り上げ、木に結んだところで拠点側に目を向ける。

 百二十二ミリ砲が石壁をぶち抜いたことで出来上がった大穴の先では、武装した魔族たちが慌ただしく動いているのが見え、まだ抵抗の意思は消えていないと分かる。


「マキナ、徹甲榴弾詰めろ!」


「うん!」


 半開きのハッチから幼げな返事が聞こえ、弾を込める金属音が聞こえて来る。

 それだけで戦意喪失してくれりゃいいのにと思いながら見ていれば、二度目の砲撃が拠点に叩き込まれた。

 

 縛り上げた兵士たちが情けない悲鳴を挙げながら失禁したことに気付き、臭いから逃れようと戦車の方へ駆け寄る。

 砲塔の後ろに立ち、もう一発叩き込めと指示しようとしたところで、正門から一人の魔族が両手を上げて現れた。

 頭が見慣れたトカゲ頭では無く、赤鬼のような顔と角を持っている事や、軍服が他とは違う点から補充部隊のトップなのだろうと察する。


「こ、降伏します……攻撃はおやめください」


 鬼のような顔をしているくせして恐怖で顔面が引き攣り、雰囲気的には今にも泣き出しそうである。

 

「あんたは?」


「ま、魔王軍魔物補充部隊、レイド・グランハと申します」


「名前じゃなくて階級だよ。ここにいる奴の中ではトップか?」


「た、大佐です。この拠点では最高位です」


 ぽちたまがゆっくりと近寄って来たことに気付いた彼はひいっと怯えた声を出す。

 何となく気になった俺は彼に【鑑定】を発動してみると、この前に殺したそこらの魔族たちよりも弱っちく、代わりに戦略などの知能系スキルが育っている。

 どうやらこいつは直接戦うよりも、指示を出して貢献するタイプの人間だったらしい。


「まあ、ええわ。後ろのお仲間に武装解除するよう命令しろ」


「は、はい! お前たち、武器を下ろせ!」


 声を上擦らせながら彼が命令すると、魔族たちもほぼ戦闘の意思は無かったのかすぐに武器を捨ててその場に跪いた。

 よし、これでこいつらを鉱夫として働かせれば鉱石集め放題だな。地下に連れ込んでみて有用そうなら待遇も良くしてやれば良いか。

 そんなことを考えながら捕縛用に用意していた縄を取り出していると、ぽちたまがワンワンと吠えて騒ぎ始めた。

 少し遅れてハッチからおーちゃんが頭を出し、慌てた様子で。


「大群が来ておるぞ! ハメられたのじゃ!」


「てめえ、騙したな?」


「へ?」


 レイドの胸倉を掴んでグッと引き寄せると、両手を上げたままガクガク震え始める。

 もしやと脳裏に浮かんだ疑念から後ろに控える魔族たちに目を向けるが、どうやら仕組んだわけでは無かったらしく、困惑気味に震えている。

 となると、音を聞きつけた周辺の拠点から魔族がやって来ただけかもしれないな。


「お前ら、俺たちと戦うとどーなるかよく見とけ。後、逃げたら殺すから」


「は、はひ……」


 声を上擦らせながらその場に尻餅を突いたレイドと、見るからに怯えている魔族たち。

 ぽちたまに彼らを見張るよう指示した俺は戦車に乗り込み、たくさんの足音が聞こえる方へ目を向ける。

 すると百メートルも無いほどの距離に騎馬隊が見え、俺たちの前で正座するこいつらよりも格上の部隊らしいことが伺える。


「マキナ、榴弾詰めて」


「うん」

 

 短く返事した彼女は弾薬箱から榴弾と装薬を軽々と手に取り、合計で二十キロを超えるそれらを砲の中に突っ込んだ。

 閉鎖機が閉じたことを確認した夏月はゆっくりと照準を合わせ――迷いのない一撃が魔族たちを吹き飛ばした。


 巻き込まれた馬に対しては同情しつつ、機関銃を構えた俺は背中を向けた魔族たちに容赦無く鉛玉をばら撒く。

 第二射がぶち込まれるとたくさんの悲鳴が聞こえ、見える範囲で動く者はいなくなった。

 見えただけでも八十人はいたのだが、大砲が一つあるだけでこんなに処理が簡単になるとは驚きだ。


「レイド君、拠点にいる魔族の名簿持って来い。後、隠れてる奴も連れて来い」


「か、かしこまりました!」


 拠点の中へ駆け込んで行った彼の背中を見て、やっと労働力を手に入れられた達成感が湧き上がる。

 と、ハッチを開けて頭を出した夏月がご満悦な顔をする。


「なんか、すっごくスッキリした」


「そりゃあ……良かったな」


 砲撃することで鬱憤を晴らしたのか、それとも魔族を粉砕したのが快感だったのか……知らない方が良いか。

 と、そんなことを考えている横でレイドが名簿と思わしき冊子と魔族たちを連れて現れた。

 それを受け取ってその場にいる人数と殺したと思われる人数を計算してみると、大体数字が合うことが分かったため、俺は魔族たちの方を見る。


「じゃ、後付いて来い。俺の元でみっちり働いてもらうからな」


 威圧気味に言い放つと彼らは絶望した顔をしながら、三列になって戦車の後ろを付いて歩き出した。

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