一方その頃、勇者たちは 3
この世界に来て二週間が経ち、クラスメイトのほとんどと関わることが無くなった。
ヤークト平原に出没する魔物なら誰かの手を借りずとも一人で殺せるし、訓練終了後はメイドや召使がいるおかげで何も困っていない。
強いて困りごとを挙げるならば、あのカス共が俺をぼっちだと嘲笑している事だろうか。雑魚に見下げられることほど、腹立たしいことは無いというものだ。
「なあ、勇者って不逮捕特権ってあるんだよな?」
「はい、立場としては王族と同列ですので、多少の犯罪でしたら罰されることはありません」
ベッドに寝転がりながら問いかけると、セバスは部屋の片づけをしながら答えた。
「じゃあさあ、勇者の何人か殺しても問題ねえよな」
「それは流石に……。お悩みがありましたら私がお聞きしますので、どうかそのようなことはなさらないで下さい」
仕事の手を止めた彼に、冗談だと笑って見せると、不安そうだった表情を少し和らげて「そうでしたか」と呟く。
それにしても暇だ。こっちの世界に来る前はスマホやその辺の店で遊ぶことが多かったのに、こっちじゃそのどちらも出来やしない。
せめてもの娯楽にビリヤードやダーツなどもあったが、そこにはあの鬱陶しいクズどもが集まるし、バーはクソアマどもが占拠してる始末だ。
「なんか暇潰せる場所ねえのか?」
「そうですねぇ……」
朝に脱ぎ捨てたパジャマを洗濯籠に入れながら、悩む素振りを見せるセバス。
しかし、俺が娯楽施設や城内の飲食店が無理と知っている彼は答えを出せないらしく、うーんと唸るばかりで言葉を発しない。
「――しとけ! マジ、最強の魔獣出したるからな!」
「ネズミ出て終わりだろ」
廊下を十人程度の集団が歩いて何処かへ向かっているのが分かり、不快感から扉に背中を向け、近くの棚から読みもしない本を手に取る。
ちんぷんかんぷんな文章が羅列するそれに目を通してあいつらのことを気にしないようにしたが、足音は俺の部屋の前で止まった。
揶揄いに来たのかと苛立ちながらそちらに目を向ければ、セバスが扉を少しだけ開けて応対を始める。
小声で話しているせいで会話は聞こえて来ないが、隙間からはクラスメイトだけでなく、騎士も数人いるのが分かった。
何の騒ぎだと疑問に感じているとセバスがこちらへやって来て。
「
「あー、井駒か」
そういや、あいつのスキルは【魔獣召喚】とかいうスキルだったか。
初日で魔王軍の方が向いてると揶揄ってから一度も口を聞いていないせいですっかり忘れていた。
「強制ではございませんが、良き暇潰しになると思います。いかがなさいますか?」
「まあ、暇だし行ってやるか。どうせ出てくんのは雑魚だろうしよ」
そう言いながら立ち上がった俺はセバスから装備を受け取って部屋を出る。
外で待っていた十人ちょっとのクラスメイトたちは「来るのかよ」とでも言いたげな反応を見せたが、教育担当の騎士三人の方は嬉しそうな笑みを浮かべる。
この世界の人間は強者に対する態度が分かってんのに、こいつらは感情任せで幼稚なことこの上ない。とっとと死ねば良いのに。
「それでは、儀式の間へ向かいましょう。念には念を入れて戦争経験のある騎士と魔術師を十五人ほど用意しておりますから、余程の事が無い限りは心配いりませんよ」
クレイグは俺たちにそう呼びかけると、一階の部屋へと移動を開始した。
前を歩くと幼稚な嫌がらせでも仕掛けられそうなため一番後ろに付き、暇潰しにクラスメイト同士の会話を盗み聞く。
「どんなのが出て来るんだろうね?」
「可愛い子だったら嬉しいよね」
夏月ほどでは無いが、人気の高い女子二人の会話が聞こえて来て、混ざってみようかと少し考える。
すると誠司や幸英がその二人と会話を始め、雰囲気からもう付き合っているのだと察し、途端に興味が失せた。
思わずため息を吐きながら廊下の窓に映る城下町を眺めながら歩いていると、今度はいつメンだった奴らの会話が聞こえて来る。
「あいつ、ハブられてんのによく付いて来ようなんて思えたよな」
「メイドと召使がいるとかほざくんなら、そっちと仲良くやっときゃ良いのによ」
お前らじゃ戦力不足と騎士に判断されたのが分かんねえのか。
そう反論してやりたいが、七対一で口論なんて面倒な事をする気にはなれず、せめてもの反撃に大きなため息を吐いた。
相手にされなかったのが悔しかったのか、奴らは笑って誤魔化し、そんなやり取りをしている間に儀式の間へ到着した。
それなりに広い円形の空間に十五人の騎士と魔術師がそれぞれ待機していて、中には大澤と夏月を追い出したあのシューベルの姿もある。
「それでは皆様、中央を囲む形で戦闘態勢をお願い致します。雷音様は中央にお願いします」
何度聞いても笑いそうになるキラキラネームで呼ばれた井駒だが、特に気にする様子無く部屋の中央へ移動した。
陰口叩かれて気分が萎え切っていた俺は入り口近くの壁にもたれ掛り、何か言いたげな騎士の視線を無視する。
「……では、雷音様。早速ですが、始めましょう!」
「はい、やっちゃいます!」
媚びるのが得意なだけあって井駒は騎士たちに好かれているらしく、ハハハと笑いが湧いた。
狂暴な化け物でも出て来て殺されないだろうかと期待しながら見ていると、井駒は深く呼吸をして。
「【魔獣召喚】!」
スキルの名を叫ぶと同時、井駒の正面に光の球体が浮かび上がった。
人の頭ほどの大きさだったそれは徐々に大きくなり、やがてそれは二メートルを超え――パンッと音を立てて破裂した。
「……は?」
地べたに座って困惑気味に周囲を見回す幼女を見て、俺の口から困惑の声が漏れ出た。
頭には犬っぽい獣耳、尻には背丈と同じ程度にデカい尻尾が生え、身に纏っている服は和服っぽく見える。
女子が可愛い可愛いと騒ぎ始める中、ちびは困惑した様子で問いを投げ掛ける。
「ここはどこなのじゃ?」
日本語で喋り始めたちびに驚いていると、井駒は困惑した様子ながらも目線を合わせて手を差し出す。
「今日から俺がお前の飼い主だ。よろしくな?」
「やかましい」
ぺちっと差し出された手を叩いた彼女は、彼になんて興味は無い様子で部屋をキョロキョロと見回す。
「とっとと童を屋敷に返すのじゃ。これから野菜の仕分をせねばならぬのじゃ」
「無理だって。少なくとも魔王ぶち殺すまでは帰れねえから」
握手を拒否されたのに腹が立ったのか、井駒が強い口調で言うと、幼女は特段怯える様子も無く、呆れた口調で言い返す。
「ふざけておるのじゃ?」
「良いから、お前は俺の言う通りにしとけって。召喚主の言う事聞けねえのか?」
「童を誘拐したということじゃな?」
「はいはい、そうかもな。ほら行くぞ」
小さな手を掴んだ彼だったが、すぐに振りほどかれる。
「ふん、幼女誘拐でしょっぴかれるが良い。ロリコンめ」
まさかの反論に数人が噴き出し――井駒は彼女の頬を引っ叩いた。
笑っていたクラスメイトも、騎士も、魔術師も……そして俺も、全員がその行動にドン引きして言葉を失う中、井駒は気付いていない様子で追撃の蹴りを加える。
流石に見ていられなくなった俺は、目の合った下田と共に止めに入ろうと駆け足で近付く。
「いい加減にしろよガキ。ぶっ殺されてえのか?」
「……ふむ。童に手を出したな?」
「だからなんだよ!」
俺と下田に脇を抱えられても夢中で言い返す井駒に、幼女は深々とため息を吐いた。
「死ぬが良い」
瞬間、彼女は片手を前に突き出すと手のひらをちょっとずつ握り始め、それに合わせて井駒の頭からメキメキと嫌な音が鳴り始める。
「ぎゃぁぁぁああ?!」
殴られた程度じゃ悲鳴も上げないこいつが両手で頭を抱えて倒れ込み、尋常ではない悲鳴を上げながらのたうち回る。
よく見れば天然パーマの髪の毛が見えない巨大な手に掴まれているかのように凹んでいて、何となくどういうことなのか察した。
「ほれ、さっきまでの威勢はどうした。童の主を名乗るのなら――」
瞬間、視界の端でピカッと光が放たれ、幼女の姿がパッと消え去った。
目を向ければシューベルが杖を前方に突き出す体勢を取っていて、疲れたようなため息を吐く。
「魔獣は飼い慣らした犬では無いと警告したはずです。アホなんですか?」
苛立った口調で言い放ったシューベルに、井駒は反応する余裕も無いのか頭を抱えて蹲る。
そんな彼を担架に乗せた騎士たちは心底呆れた顔をして部屋から連れ出し、残された俺たちは顔を見合わせる。
仲間意識のようなものがふつふつと湧き上がり、俺は照れ臭く感じながら六人の元へ向かう。
仕方ねえ、少しは此奴らのレベルに合わせてやるか。
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