第28話 追跡

 夏月が作り出した空中に浮かび上がる水晶玉のような、球状の物質。

 それは俺の知らない間に彼女が開発した望遠魔法なる技術で、その中を覗き込めばそれなりに距離の離れた場所にある魔王軍の基地が見える。

 木の枝から落ちないように気を付けつつ、設備の配置や魔族の数を確認する。


「うーん、見張りは面倒だけど、それさえ何とかしたら入り込めそうだよね」


「穴掘って下から攻めればいいんじゃね?」


「天才じゃん」


 他の廃棄された拠点を見て回ったから分かるが、屋外の施設は基本的に土が剥き出しで、建物の床などもせいぜい石材を使っている程度。

 それならば下から突き上げてやれば完璧な奇襲を仕掛けることが出来るに違いない。


「でもさ、良いの? 卑劣とかって言われちゃうかもよ?」


「命掛かってんのに真正面から突っ込むのはバカがやることだろ」


「それもそっか」


「後さ、地中に爆弾仕掛けて建物倒壊させるのも面白そうじゃね?」


「楽しそう!」


 ウッキウキなご様子を見せた天使ちゃんのせいで頬が緩んでしまう。

 思えばこの子は魔族たちに対して容赦を見せたことが無いし、下着の件や殴られたことに関して、心底恨んでいるのかもしれない。


「じゃあ、爆弾作ってから出直すか。穴掘るのも時間掛かるしな」


「はーい」


 早く爆破解体したい様子で枝から飛び降りた彼女は、ぽちたまの下顎を撫で回し、くーんと気持ちよさそうな声が聞こえて来る。

 相変わらず呑気なものだなと笑いつつ、まだ残っている水晶玉を覗き込むと、外で楽し気にカードで遊ぶ魔族たちの姿が見えた。


 何が書かれているのかは見えないが、ババ抜きのようなゲームをしているらしく、机には硬貨が置かれている。

 ふと、竈のレシピに硬貨があったことを思い出し、上手くやれば魔王軍の数人を賄賂で手懐けることが出来るのではと、邪な考えがちらつく。


 今度、別の拠点で試してみようと考えながら俺も木を下りようとして、甲高い笛の音が聞こえた。

 水晶越しに遊んでいた魔族たちがこちらを向いたのを横目に音の発信源へ目を向ける。


 刹那、二人の魔族が粉微塵になる瞬間を捉え、おっふと変な声が出た。

 奴らの拠点側から鐘を打ち鳴らす音が聞こえ始めたことに気付き、マズイと察して俺も木を飛び降りる。


「一回退避するぞ。あいつらの想定通りってのは流石に危ない」


「分かった」


 笛の音が聞こえてから鐘を打ち鳴らすまでの判断は早かったし、哨戒兵が笛を鳴らした時の訓練がきっちり成されているのは間違いない。 

 俺たちの拠点側へ向けて下がり始めたみんなの最後尾に付き、AKを雑に乱射して威嚇しながら後退する。

 

「煙幕!」


 夏月が叫ぶや否や、何も無い場所から煙がむわっと湧き上がり、後で開発した魔法についてしっかりと尋ねることにした。

 そんな彼女たちの後を追う形で下がっていると、後方から魔族たちの声が聞こえた。


「あっちだ!」


「あいつら逃げてんぞ! 追いかけろ!」


 チラと振り返れば煙幕を鬱陶しそうにしながらもこちらへやって来るのが見えて、俺は立ち止まりAKを構える。


 ――ドンッ!


 後ろで凄まじい砲声が轟き、大粒の鉛玉が魔族たちに穴を開けた。

 盾を構えていた者ですら衝撃でぶっ倒れ、攻撃を受けなかった魔族たちは怯えた目をこちらに向けながら後退る。


「死にたくなかったら手を挙げてその場に跪け!」


「う、うるせえ!」


 捕虜にして採掘でもやらせたかったのだが、そうもいかないらしい。

 盾を構え直して立ち向かって来た魔族に対してマキナが散弾砲をぶち込み、後ろにいた他数人も巻き込んで挽肉に変えた。

 粉砕された盾を見て股間のブツが縮み上がるような感触を覚えると同時、魔族たちは悲鳴を上げて逃げ出す。

 

「撃ち込め!」


 ぽちたまが俺の両斜め前に現れ、前傾姿勢を取って弾をばら撒き、俺と夏月も奴らの背中目掛けて容赦無く弾をぶち込む。

 無抵抗の生き物を殺している罪悪感を無視して次々に撃ち殺し、やがて俺の視界には動く者が無くなった。


「追撃する?」


「いや、音で俺たちのことは分かっただろうし、建物で待ち伏せされたら流石に危ない。手榴弾は何個か作ったけど、あのデカさを制圧するには足りないだろうしさ」


「分かった。私も魔法の開発頑張るね」


「お互い頑張ろう」


 血の臭いでいい加減気持ち悪くなってきた俺は、夏月と共に帰路へ着いた。

 魔族を大量に射殺出来たのが嬉しいのか、左右を挟む形で歩くぽちたまの尻尾はルンルンと揺れ、一体何の恨みがあったのだろうかと気になる。

 最初に出会った頃からやけに人に慣れていたような素振りがあったし、飼い主を奴らに殺されたのか、それとも仲間の狼をあいつらに殺されてしまったのか。

 もしも会話が出来るようになったら、その時に色々と尋ねてみるとしよう。


 そんなことを考えながら二時間歩いたところで、俺たちの拠点が見えて来た。

 変わった様子が無いか周囲を見回してみるが特に変わった様子は無く、みんなには橋の近くで待つように言って隠し通路へ向かう。

 目印のある木を見つけた俺は周りの地面を軽く足で踏みつけ、ギシギシと軋んだハッチを見つけて開ける。


「……ん?」


 通路の角に設置していた狐火が小さな足跡を照らしている事に気が付いた。

 大きさはゴブリンほどの小さなものであるが、どうにも俺の直感が別のものだと告げているような気がして、念のためピストルを手にゆっくりと通路を進む。

 いくつか設けた曲がり角を警戒しながら、狐火で照らされる二×二ブロックの息苦しさがある道を歩いて行くと、半開きになった扉が見えて来た。


(やっぱ、なんかいるな)


 出た時は閉めたはずのそれが全開になっていて、バカな魔族が侵入したのだろうかと予測する。

 すぐには入らず拠点の中を見回して敵の姿が無いことを確認し、角待ちしているのではと身を乗り出すと――


「は?」


 俺の布団に包まってすやすや眠る幼女の姿が目に留まった。

 しかし、ただの幼女ではなく、頭には茶色っぽい犬耳があり、頬などの見える範囲は泥で薄汚れている。

 

「もしもーし?」


「んむ?」


 ぱっちりと目が開いたちびっ子は耳をピーンと立て、俺に気付くと飛び上がった。

 それによってぼろぼろで粗末な和服に包まれた小さな体とふわふわな尻尾が現れ、獣人という奴だと察しながら様子を伺う。


「す、すまぬ、これは……」


 日本語で喋った彼女のせいで思考が停止しそうになったが、俺は一先ずピストルを仕舞って攻撃の意志が無いことを伝える。

 すると、ホッとした様子で彼女はため息を吐き、その場でちょこんと腰掛け、自分の尻尾をぎゅっと抱き締める。

 ピストルが何か分かっているその様子を見て疑念が確信に代わりながら問いかける。


「どうしてあそこが分かった?」


「童の嗅覚ならば何だって分かるのじゃ」


「のじゃロリ……」


「む?」


 目の前のちびっ子のせいで、確信が疑念に逆戻りした。

 すると外で二発の銃声が鳴り、外で夏月たちが俺たちのことを心配しているのだと察した。


「とりあえず、上来て。それから色々話すから」


「分かったのじゃ」


 髪の毛が白く顔立ちも整っていたせいで気付かなかったが、目の色は黒で顔立ちも日本人らしさがある。

 手を繋いで地上へ出た俺は真っすぐ橋の根元へ向かい、ハンドルを回して橋をゆっくりと降ろしていく。


「お主、中々の筋肉じゃな」


「だろ? こんくらいムキムキじゃねえと嫁も守れねえからな」


「若いのに立派じゃのお」


 田舎に住む祖母を思い出す口調のせいで噴き出しそうになる。

 やがて橋が降り切ると件の嫁が姿を現し、ぽちたまとマキナを引き連れてこちらへ駆けて来る。

 ちびっ子はデカい生物を見るや否やすぐに俺の背後へ隠れ、夏月もその存在に気付いた様子で。


「その子は?」


「分からん。なんか、俺の布団で寝てた」


「可愛い……」


 夏月がゆっくりと、怖がらせないように近付き、俺の背後でぷるぷる震える幼女の前でしゃがみ込む。

 怖がらせている自覚はあるようで相棒三匹はちょっと悲しそうな雰囲気を醸し出し、後でその無邪気さを紹介することに決める。


「あなた、お名前は?」


「童の名は大口真神おおくちのまかみなのじゃ」


「……あれ?」


 日本語で話していることに気が付いた様子で、彼女も困惑気味に首を傾げた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る