第39話 情報

 お風呂から出て来た香織はとても心地良さそうに体を伸ばす。

 連れ去った時は色々な臭いが混ざってお世辞にも良い匂いとは言えない状態だったのだが、今はほのかに良い香りが漂っている。


「お風呂ありがとう。久々のお風呂で感動しちゃった」


「どのくらい風呂入って無かった?」


「うーんと……三週間くらい?」


「そんなにこの森の中歩き回ってたのか?」


 だとしたら、少し悪い事をしてしまったかもしれない。

 そう思ったのも束の間、彼女はタオルで額の雫を拭いながら首を左右に振って見せて。


「ううん、この森に来たのは四日くらい前だよ。お城だと水が貴重だからってお風呂は全然使わせてもらえなかったの」


「ケチすぎだろ」


 てっきり、風呂は入りたい時に好きなだけ入れるものだと思っていたのだが、その様子だと水道系のインフラが未発達なのかもしれない。

 付いて行く決断をしなくて良かったと安堵していると、夏月がテーブルの上で丸くなるキマイラをナデナデするのが目に入る。


「あー、そうじゃん。ミルク探してたんじゃん」


「忘れてたの? パパは酷いねー」


 そんなことを言いながら獅子の頭をよちよちと撫で、みゃおーと猫っぽい鳴き声が上がる。

 作業台でガソリン発電機のクラフトを始めたところで食卓に向かう。

 

「ほら、ミルク飲みたいって言ってるよ?」


「ホントか?」


「ママですから」


 えっへんと威張って見せる彼女を見て、我慢ならなくなった俺は堪らずナデナデする。

 それにしても困ったものだ。外に出て魔物の捜索をしたいのに、敵とも味方とも言えない奴らが近くをウロウロしているせいでそれも叶わない。

 いっそ、全員敵対していてくれれば何の迷いもなく殺せたのだが……嫌っていたとはいえ、中立的な立場を取る相手を殺すのは抵抗がある。


「どうすっかなあ」


「どうしようねー」


 俺と夏月の目がチラリと香織を向くと、ほえっと変な声が上がった。

 申し訳なさそうな顔をする彼女に、俺は疑問を一つ投げかける。


「あいつらさ、俺の拠点突き止めてんの?」


「ううん、どこに転移させたのかって情報しか無かった。痕跡を元に探せば見つかるだろうって感じかな?」


「もしも俺が拒否して暴れたらどうするつもりだった?」


「うーん……拒否されることは考えて無さそうだったかな。ちょっと下手に出れば付いて来るだろって思ってそうな感じだった」


 となると、俺たちがここまで色々と発展させているなんて思っていなかった可能性が高いか。

 道理であんな舐めた態度を取れるわけだ。これを機に関わらないで欲しい物だ。

 と、香織は空いてる席に腰掛け、俺と夏月を交互に見やる。


「それにしてもさ……二人ともムッキムキになったよね」


「だろ?」


「ムキムキとか言わないで」


 俺が筋肉自慢する一方で、夏月はちょこっと恥ずかしそうなジト目を向ける。

 香織はそんな反応をおかしそうに笑い、腕まくりして自分の腕を見ながら。


「私たちがのんびり訓練してる間も二人は苦労してたんだよね……」


「何であの時止めに入らなかったの?」


 夏月の直球な問いで彼女は痛いところを突かれた様子で目を逸らし、迷いのある様子を見せる。

 しかし、彼女はすぐに覚悟を決めた顔をして。


「ごめん、怖くて声出せなかったの。隼人君が呼び出された時、止めなきゃって思ったんだけど……足が震えて出来なかった」


「まあ、それが普通だわな」


「委員長もいっしょにきてくれて良かったんだよ?」


「地獄に引き込もうとするな」


 とはいえ、自分たちばかりが地獄を見ているのが悔しいという気持ちは理解できる。

 俺だって城の中でぬくぬくとブルジョワな生活をしたかったし、夏月とのんびりイチャイチャしたかった。

 ……いや、俺も夏月もヘタレだったし、そうなったとは言えないか。


「む? また行くのかの?」


 ぽちの腹を枕代わりにするおーちゃんの問いに俺はすぐ答えることが出来ない。

 クラスメイトたちが手に入れたスキルがまだ何なのか分かっていない以上、奇襲を掛けられたら危険だ。

 かと言ってミルクを入手できないと赤ん坊が腹を空かせてしまう。

 

「委員長、あいつらの情報どのくらい持ってる?」


「みんなが持ってるスキルくらいなら分かるかな。でもその程度だから期待はしないで欲しいけどね」


「十分だよ。リストにしてくれたらそれを元に作戦考えるから」


 言いながら紙とペンを差し出すと、彼女はそれを受け取って思い出す仕草をしながら箇条書きでクラスメイト達のスキルをまとめ始める。

 五分も掛からずに書き終えたそれを覗き込むと、思っていたよりも厄介そうなものを持っているのが複数人いた。


「樋口と鳴海は何となく分かってたけどよ、オタク共が厄介だな」


「うん……この三人は何考えてるのか分からなくて私も恐かった。ずっと体ジロジロ見られてたし……」


 思えばあの三人だけは一切取り乱していなかった。樋口ばかり見ていて気付かなかったが、一番注意しないといけないのはオタクたちだったらしい。

 そんな彼らが持つスキルは【透明化】、【腐蝕】、【洗脳】の三つだ。

 効果は順番に、自分と触れている人間を透明にする、触れたものを高速で劣化させる、そして触れた相手の認識を書き換えるという、極悪なものが揃っている。

 

「香織、印藤に手触られなかったか?」


「寝てる間に何かされたとかじゃない限りは大丈夫だと思うけど……もしも私が変な行動してたらとっ捕まえてね」


「その時は魔族たちと仲良く地下労働ね」


「怖いこと言わないでよ……」


 夏月の恐ろしい発言で香織は顔を蒼褪めさせる。

 無論、そこまでの事をするつもりは無いが、もしも手に負えないようであれば牢屋のようなものに入れる必要は出て来るだろう。

 そんなことを考えていると、たまをブラッシングしていたマキナが俺の膝に座った。


「……そう言えばさ、その女の子は誰なの? 魔族にさらわれたところを助けたとか?」


「元は魔物だったんだけど、進化したら美女になったってだけだな」


「ご主人に拾われました」


「日本語話せるんだ……。きょ、今日からよろしくね」


 美女が相手で緊張したのか、震えた声でそう言いながら香織が差し出した手をぎゅっと握ったマキナは、新しい友人が出来たのが嬉しい様子ではにかむ。

 と、おーちゃんも構って欲しそうにやって来て、夏月の膝の上にちょこんと座った。


「あの……この子って井駒君が召喚した魔獣とすごく似てるんだけど、関係性ってあったりする?」


「おう、そうみたいだな。暴力振るってきたバカに反撃したら追い出されて、命からがら俺たちの元に逃げて来たんだとよ」


「そうだったんだ……」


 立ち上がった彼女はおーちゃんに近寄り、ふわふわな獣耳を撫で回す。


「こんな可愛い女の子に暴力振るうなんて最低だよね。何も出来なかった私も最低だけど……」


「気にするでない。童とて戦の経験が無いわけでは無いからのう」


 流石は我らの女神だ。心の広さが段違いというものである。

 と、卓上で赤ん坊がにゃあおと鳴き声を挙げ、ぎゅるると腹の虫を鳴かせた。


「よし、探しに行くか。腹空かせてる赤ん坊のためだ、あいつらを見つけたら威嚇挟んでから攻撃しよう」


「そうだね。そうしよっか」


 コクリと頷いた夏月は椅子から立ち上がり、部屋の片隅でぴくりとも動かない饅頭に乗っけた。

 ぷるんと揺れたそれは自分の体を上手く変形させてクッションのような形を取り、触手でよちよちと撫で始める。


「子守り、お願いね」


 夏月の言葉にぷるぷる揺れて反応した饅頭を見て微笑んだ彼女は俺の手を引いて外に向かう。

 今日中に腹ペコベビーのお腹を膨らませてあげたいものだ。

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