第38話 邂逅

 魔族たちからミルクを出す魔物、『ヘルン・ブル』の存在を聞き出せたため、それの捜索に乗り出した。

 気性が荒くて動くもの全てに突進攻撃を仕掛ける、ある意味無敵の生物である反面、テイムに成功すると忠誠心の高い心強い味方になるのだと言う。

 ただ、通常よりも魔素が淀んだ場所にしか生息しないため難易度は高く、しかもキマイラなどの更に強い魔物が好んで狙うため、探し出すのは難しいとの情報もあった。


「見つかるかなー」


「きっと、見つかる」


 足元から聞こえて来る微笑ましい会話で口元が緩む。

 何にせよとっとと見つけ出したらテイムして、家で俺たちの帰りを待つ赤ん坊にミルクを飲ませてやらなねばならない。

 今日中に見つかると良いのだが……。


 と、左側を随伴していたぽちが尻尾をピンと立てて右斜め前を向いたことに気付き、俺は機関銃を構えながら目を凝らす。

 二百五十メートルほど先からこちらに歩いて来る人影が見え、魔族だろうと考えながら狙いを付ける。


「……ん?」


 木漏れ日を反射する鎧が見えて引き金に掛けた指を止めた。

 草木が邪魔くさくて分かり難かったが、あれは魔族では無く人間のように見える。

 嫌な予感がして望遠鏡を取り出してみると――腹立つ顔面がしっかりと見えてしまった。


「マジかよ……」


「どうしたの?」


「勇者とその護衛が来やがった。俺たちを始末しに来たんじゃねえの?」


「えっ」


 嫌悪感を隠し切れいないその声が聞こえたのか、おーちゃんは車体を停止させて下から覗き込んで来る。


「どうしたのじゃ? 忘れ物かの?」


「おーちゃんに酷い事した奴らが来てる」


「……ホントじゃの」


 耳をピンと立てた彼女は音が聞こえたのか心底嫌そうな顔をした。

 顔を上げて奴らの様子を伺うと、こちらに気付いている様子は無いが、その進路はこちらへ向かって来ている。

 

「おーちゃん、左後ろの岩まで下がって。ぽちたまは左右に展開」


「分かったのじゃ」


「「わふっ」」


 各々が返事をして行動を始める。

 斜め後ろの大きな岩に車体を隠させ、ぽちたまはちょっと離れたところに伏せて待機した。

 砲塔から岩の上に移動した俺は頭だけを出し、奴らの動向を見ようと双眼鏡を覗き込む。


 すると動いているところが見えていたのか、剣や弓を構えてこちらに近寄って来るのが見えた。

 奴らの身に付けている装備はズールが身に付けていた鎧と同じように光を発していて、何か魔法が施されているのだと分かる。

 と、背後でハッチの開く音が鳴った。


「どう? 来てる?」


「ばっちりバレてる。発砲したら飛び出すように伝えて」


「分かった」


 夏月はすぐに中へと戻り、砲塔の向きを飛び出したらすぐ使えるように角度を変えた。

 その音はしっかり聞こえていたようで彼らは歩みを止め、騎士団長といった風貌の男が声を上げる。


「そこにいるのは分かっている! さあ、出て来い!」


 彼のお望み通り、俺は空へ向けて銃弾をぶっ放し、鋼鉄の獅子へ合図を送った。

 瞬間、背後で控えていたソレは勢いよく飛び出し、それに合わせてぽちたまも左右から雄たけびを上げ、人間どもは分かりやすいほど怯えた様子で後退る。


「武器を捨てて投降しろ!」


 大声で叫びながら威嚇として彼らの足元へ鉛玉を撃ち込む。

 大柄な男共が揃って情けない声を上げながら後退り、反対に元クラスメイト達は驚いた顔をしている。

 と、一番嫌いな男と目が合った。


「お、おい……夏月は? 夏月はどこにいる!」


「お前に関係無いだろ」


 こいつ、一回告白して振られたってのにまだ諦めてなかったのか。

 驚きと呆れの板挟みにされてそれしか言葉が出ないでいると、後ろで大人しくしていた委員長が弓をその場に置いて手を挙げた。


「大澤君、落ち着いて。私たちは二人を助けに来たの」


「追い出したのに?」


「勇者様、お怒りの気持ちは分かります。しかしこちらとしてもやむを得ない事情があったのです」


 見覚えのある魔術師風の男の「仕方ねえだろ」とでも言いたげな態度には鉛玉をぶち込みたくなる。 

 しかし、殺し合ってばかりの生活というのも疲れて来ているのは確かだ。

 俺を親の仇のように睨み付けるボンクラたちのように、優雅でのんびりとした生活が出来るなら、それはそれで良いのかもしれない。

 しかし、心のどこかで納得し切れない自分がいて、自然と声を荒げる。


「やむを得ない事情って何だよ。言ってみろ」


「それは――」


「待て! それよりも夏月だ! 夏月はどこにいんだよ!」


「勇者様、落ち着いてください! 彼が生きているなら彼女も生きていますから……」


 猿みたく騒ぎ立てる樋口を横に立っていた騎士が宥めに掛かる。

 心底面倒くさそうにため息を吐く護衛の騎士たちと魔術師たちに同情していると、戦車のハッチから夏月が姿を現した。

 ロシア軍で使われていたという丸っこいヘルメットを被っていて髪の毛は隠れているが、女神のように美しい顔を見れば、夏月だとすぐに分かるだろう。


「何?」


 心底不愉快そうな問いかけ。しかし、ボンクラはそんな事にも気付いていない様子で目を輝かせる。

 やっぱり脳天ぶち抜いてやろうかと思いながら戦車に飛び乗り、眉間に皺を作る彼女に問いかける。


「あいつら、どう思う?」


「用済みになったらまた同じことするよ、あの人たち。おーちゃんも絶対に戻りたくないって言ってるし」


「そらそうだな」


 よく考えれば、この世界の事を知らない俺たちをこんな森に追い出したのは、殺そうとしたのと同じだ。

 今度は最前線に送り込まれてボロ雑巾になるまで使われることになったって不思議ではない。

 と、そんな話し合いをしているなんて思ってもいないのか、さっきの腹立つ魔術師が口を開く。


「勇者様、お怒りなのは分かります。ですが魔族が跋扈するこんな森で生活するよりは、我々の城で生活する方が良くはありませんか?」


「こんな森で生活してんのは誰のせいだ?」


「……命令でしたので」


「俺たちを殺そうとした人間を信用すると思ってんのか? そんなことしといてやっぱり戻って来いって、人のことを人と思ってねえだろ」


 イライラをそのままぶつけてやれば、魔術師の男は黙り込み、委員長がその通りだと言いたげに頷く。

 

「じゃ、そう言う事だから帰れ」


「ま、待って下さい! 話を――」


「あー、そうだ。ミルク持ってねえか? うちの赤ん坊にくれてやんなきゃいけえねえんだよ。持ってたら純金と交換するぜ?」


 魔道具の作成に金は使うのだが、今はそれよりもミルクの方が大事である。

 と、何か勘違いしているのか、クラスメイトたちはざわざわと騒ぎ始めた。

 頭だけ出してる夏月が察したように頬を赤らめ、物を言いたげなジト目を向けて来る。


「な、中村さん? 子供いるの?」


「それなら尚更私たちの所に来た方が良いよ! こんな危ない場所で子育てするなんて危険すぎるってば!」


 ずっと空気だった仲良し三人組の女子たちが慌てたような声を上げる。

 そこでふと、どうしてこの面子を連れて来たのだろうかと疑問が湧き上がる。

 ボンクラ共とオタク共は戦力として連れて来たのだろうが、真面目な女子三人組と性悪女三人を連れて来る必要性が分からない。

 そんなことを考えている横で夏月は心底面倒くさそうな顔をして。


「いつ裏切られるかも分かんない場所で子育てなんてするわけないでしょ。それに、私の子どもって言っても魔物――」


「ふざけんじゃねえよ! クソが!」


 黙り込んでいた樋口が金切り声で叫ぶや否や、こちらに駆け出して来た。


「止まれ、撃つぞ!」


「樋口様、落ち着いて下さい!」


 俺と騎士たちがほぼ同時に声を掛けるが、ボンクラは聞く耳も持たずに距離を詰める。

 よっしゃ、これで腹立つ顔面に玉をぶち込める。そう思いながら機関銃を乱射すると――


「は?」


 銃弾が肉体に命中する嫌な音が鳴り響くものの、それを無視するかのようにこちらへ突っ走って来る。

 その事には驚いたものの、弾が当たると移動速度が急激に下がっていて、完全に無効化しているわけでは無さそうなのが分かった。

 と、機関銃が弾詰まりを起こし、俺は慌てて運転席へ叫ぶ。

 

「おーちゃん! 急速後退!」


「分かったのじゃ!」


 エンジン音を唸らせ後退を始めたが、前進でも大したスピードの出ないこの戦車で逃げ切れるはずがなかった。

 車体に飛びついてよじ登ろうとするのを見て、ふと思い付いた俺はキューポラから出る。


「夏月、隠れてろ」


「イヤ」


「絶対勝つから任せとけ」


 俺が自信を持っていることに気付いたのか、彼女は渋々ながら頷いてハッチを閉めた。

 呑気な会話をしている間に主砲へ手を掛けながら登ろうとする樋口の顔面に蹴りを入れる。

 

「効かねえよ、バーカ!」


「そうか?」


 まるで岩を蹴ったような硬さであるが、それでも蹴られた瞬間に頭が動いたのを見逃さなかった。

 

「雑魚が俺に勝てると思ってんのか! 俺の夏月に手出しやがって――」


 喚きながら登ろうとする樋口の腕を掴み、背負い投げの要領で戦車から投げ落とした。

 頭から着地したのに全くダメージを受けていない様子を見るに、こいつのスキルはダメージを受けなくなるだけであると分かる。

 

「この程度で俺に――」


「うるせえ雑魚が」


 立ち上がろうとした彼の片腕をひねり上げ、胴体を地面に抑え付ける。

 それだけで上半身を動かせないようで、足をジタバタ振り回しながら暴れることしか出来ない。


「悪いな、夏月はもう俺と結婚することが決まってんだ。それと、あの子の苗字はもう大澤になってるからな?」


「ふざけるなあ! 横取りすんじゃねえよ! クソ陰キャがあ!」


 ダメだコイツ、話が通じねえ。

 と、ひねり上げていた彼の腕がメキメキと骨の割れるような音を立て始め、それと同時にギャアギャアと悲鳴を上げ始める。

 スキルの効果に時間制限があったらしいことを察し、首を蹴り付け気絶させてからピストルを取り出す。


「じゃあな、クソ野郎」


 銃口を突き付けると同時、殺気を感じ取って後ろに飛び退く。

 その瞬間、さっきまで俺の頭があった位置を土の槍が貫き、飛んで来た方を見れば魔術師が片手を突き出していた。


「交渉決裂とあらば、この場であなたを殺します。ズールを殺せるほどの危険人物を放って置くと思いますか?」


「へえ……棒立ちで良いのか?」


「は?」


 魔法で追撃しようとした彼は、両側から七・六二ミリのAP弾が飛んで行き、下顎が吹っ飛ばされた。

 すぐに騎士たちが防御に入ったことでトドメは刺せなかったが、あの様子ならそのうち死ぬだろう。

 今のうちに樋口を殺そうと銃を向けたが、さっきまでそこに倒れていた間抜けの姿が無く、いつの間にやらクラスメイト達の元に移動していた。

 ……短距離を転移出来るスキルを持った奴がいたのか。


 そう察して下がろうとした時、後ろからおーちゃんの叫び声が聞こえた。

 ――後ろにいるぞ、と。


「は?」


 思わず間抜けな声を出しながら振り返れば、樋口とよく一緒につるんでいた鳴海の姿があり、ピストルを撃つよりも先に体を触られた。

 その刹那、視界は一瞬にして切り替わり、さっきまで二十メートルは距離があったはずの、クラスメイト達の中心に移動していた。

 

「話し合おうや、な?」


 体育祭の練習中、樋口と一緒に絡んできて鬱陶しかった新山が怯えた様子ながら声を掛けて来る。

 しかし、そんなことがどうでも良くなるほどの不快感から、俺は思わず顔をしかめる。


「……お前らくっせえんだけど」


「仕方ねえだろ! 風呂入れてねえんだからよ!」


「大澤君が良い匂いする方がおかしいんだって」


 鳴海に続いて委員長がちょっとだけ楽し気にそんなことを言って来る。

 どうやら樋口を除いてクラスメイトたちに攻撃の意図は無いらしいが、騎士たちは敵意しか無いようで、剣を抜き放ってこちらに駆け出す。

 ピストルをインベントリに突っ込んでAKを取り出した俺は、迷いなく二人の騎士の頭を撃ち抜いた。

 委員長は慌てた様子で騎士たちに向けて。


「み、みなさん落ち着いてください! 私が説得を――きゃっ?!」


「悪い」


 特に恨みがあるわけではないが、彼女を抱き寄せて首にナイフを突き付けて見せた。

 流石に勇者を殺されるわけにはいかないようで、騎士と魔術師たちは動きを止め、忌々しそうに睨んで来る。


「こいつを殺されたくなかったらその場に武器を置け」


「……貴様は死ぬべき人間だったな」


 心底悔しそうな顔をしてそんなことを言いながら武器を下ろす団長風の騎士。

 それに続いて他の騎士たちも武器をその場に落とし――そんなタイミングで戦車が突っ込んで来た。


「避けろー!」


「何なんだよ!」


 逃げ遅れた数人を轢き殺し、真っ直ぐ突っ込んで来る戦車。

 大の男が揃って悲鳴を挙げて逃げ出す中、俺は委員長を捕縛したままその場で待機する。


「お、大澤君?! 避けないと死んじゃうよ?!」


 真っ直ぐこちらに突っ込んで来るのを見て叫ぶ委員長。

 しかし、運転席の小窓から見える愛くるしい目を見れば、止まるつもりであることはすぐに分かった。

 案の定急ブレーキが掛かって俺のすぐ目前で停車し、おーちゃんが頭をぴょこんと出す。


「早く乗るのじゃ! 魔族が来ておる」


「あ、あれ? あの時の……」


「悪かったな委員長。気を付けて帰れよ」


「え?」


 解放しようとした途端、何故か驚いた声を出し、連れて行ってくれないのとでも言いたげな目を向けて来る。


「連れて行かれたいのか? 魔族に殺される前に逃げろよ」


「……ついて行きたい」


「は?」


「早くするのじゃ!」


 まさかの発言で困惑し、脳みそが固まりそうになるが、砲塔から顔を出している夏月が渋々と言った様子で頷いて見せ、俺は委員長をお姫様抱っこして飛び乗った。

 慌てた様子で攻撃を仕掛けて来た騎士たちだったが、主砲横に取り付けられている機銃が火を噴き、数人の体に穴を開けた。


「良かったんだよな、委員長?」


「香織って呼んで」


 ちょっと怒ったようにそんなことを言う委員長、改め香織。

 疲労が溜まっているのがよく分かる顔をしている彼女を横目に、音を聞きつけてやって来た魔族たちの襲撃を受けるクラスメイト達を様子見する。

 騎士と魔術師が数人ずつ死に、樋口も気絶している状態なのにも関わらず、五十人を超える魔族相手に戦っているのを見て、巻き込まれなかったことに安堵する。

 と、夏月がジト目を向けて来る。


「女誑しなんだから」


「すんません……」


「大体、人質取るなら他の人でも良かったじゃん。みんなレベル低かったんだしさ」


「近かったのと、あんまり抵抗しなさそうだったからつい……」


 ぷんすかぷんと擬音語が付きそうなほど可愛らしく怒る彼女に頭を下げる。

 すると、それを横で見ていた委員長はおかしそうに笑った。


「ごめんね、邪魔しちゃって。でも諦められないの」


「何が?」


「隼人君の事」


 ドストレートな告白。

 俺は何と言葉を発せば良いのか分からず言葉を失う一方で、夏月は分かっていたような顔をする。


「隼人君は私と結婚するの。婚約だってしてるんだから!」


「ず、ずるいよ、そんなの。私だって隼人君みたいな人と……お、お付き合いとか……」


 自分で言っていて恥ずかしくなったのか徐々に言葉尻を小さくする香織。

 言っていることは樋口とそこまで変わらないというのに、なぜこんなに嬉しいのだろう。

 ……俺はダメな男なのかもしれない。

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