第37話 休日

 丸一日掛けて完成した魔族専用の採掘場兼生活の場。

 そこに夏月特製の『奴隷の首輪』を装着し、作業着を身に付けた魔族たちを連れ込む。

 その首輪の効果は主である俺の命令に背くとジリジリ締まり、その行動を続けていくと窒息死するという、中々恐ろしい代物だ。

 そんな物が鉄をいくつかと魔石だけで作れてしまうのも、恐ろしいポイントである。


 そんなことを考えていると居住空間に辿り着いた。

 人数が丁度三十人ではあるのだが、今後も魔族が増えることを予測して二人部屋を二十個作ってある。


「ここ、お前らの部屋な。全部二人部屋だけど、空いてる部屋は一人で使っても良いから、その辺はお前らで決めとけ」


「ふ、二人部屋ですか? この広さで?」


 扉の開いた部屋の中を覗き込んだ魔族が驚いた声を上げる。

 

「ああ、お前らの寮くっそ狭いもんな。あれが異常なだけだよ」


 一人で生活するにも狭い部屋に、二段ベッドが左右に二つ並べられていたのを思い出す。

 後は日差しを浴びられる環境を作ってやれば、こいつらの抱える不満は無くなるかもしれない。


「飯はそこのチェストに入ってる、減ったらそこのベルを鳴らせ。採掘した鉱石はそっちのチェストに入れろ」


「かしこまりました!」


「よろしい」


 スキル【サバイバー】を制限付きで譲渡したことで、彼らは採掘とアイテムを使うことだけが出来る状態になっている。

 そしてそれについての解説は昨日のうちに済ませたし、後は自分たちでどうにも出来るだろう。

 これで勝手に資材が集まる環境を整えられそうでワクワクしながら、更に地下まで伸びる採掘場へ連れて歩く。


「ある程度掘って置いたけど、ここで採掘をしてもらう。インベントリが埋まったらさっきのチェストに入れろ。満杯になった時もベルを鳴らせ」


 あのベルは『伝達ベル』という魔道具で、片方が鳴らされると、もう片方のベルも一緒に音を鳴らす便利グッズだ。

 と、魔族の一人が恐る恐る挙手し、何だと問いかける。


「その……採掘量が多かったら待遇を良くして頂けるとのお話でしたよね?」


「おう、良くしてやる。でも働きが悪かったら間引きするからな」


「……肝に銘じます」


 ビクッと怯えたように震えた彼は、つるはしをインベントリから取り出すなり、すぐさま作業に取り掛かった。

 それを見た魔族たちも各々採掘を始めたのを見て、俺は声を掛ける。


「俺が教えた採掘方法忘れるなよ? 崩落して死んでも生き返らせることは出来ねえからな?」


「お任せください、私が指揮を執りますので!」


 俺の言葉にすぐさま明るく答えたのは大佐だった。

 服装は他の魔族と同じ作業着であるが、胸元には班長であることを示すバッヂを付けている。


「何か、元気だな」


「ご飯が美味しかったもので……。それに魔王軍よりは、同じ生きるものとして接して頂けたのが嬉しかったのもあります」


「間引くとか言ってる時点でそれは無いと思うんだけどな」


「魔王軍だと村を新兵器の実験台にすることも珍しくありませんから……」


「そ、そうか。ここ、任せたぞ」


 思っていたよりも悪役らしいことをしていた魔王軍という存在に思わず顔を引き攣らせながらその場を後にした。

 拠点と繋がる曲がりくねった地下通路を歩いて拠点へ向かうと、何やら騒がしい声が聞こえて来る。


「おーちゃん強すぎるよー。少しは手加減してよね?」


「童は相手が誰であろうと全力で挑むのじゃ。それが礼儀というものじゃろう?」


「言ってることがお婆ちゃん……」


「まだピッチピチの幼女じゃぞ?」


 アホな会話で噴き出しそうになりながら地下拠点へ入れば、案の定将棋をやっている夏月とおーちゃんの姿があった。

 ご老人が異様に将棋が強いのはあるあるだが、おーちゃんもその例に漏れずめちゃめちゃ強いのである。

 俺も何度か挑んだから分かるのだが、飛車と角を貰った状況で挑んでもぼろ負けしたほどだ。


「お楽しみのようで」


「ぼろ負けしたけど、おーちゃん可愛いから許せちゃう」


 そんなことを言いながらぷにぷにのほっぺたを撫で回す夏月。

 されるがままのおーちゃんの顔は不服そうであるが、尻尾は嘘を付けないようで嬉しそうに揺れている。


「魔族たちの方は一先ず放置で良いな。様子見て食料と鉱石の回収したら良い」


「まさか、奴隷の確保に力を貸す時が来るとはのう」


「しゃーねえだろ。あいつらはこっちを殺すつもりでいたんだしよ」


 ふわふわな獣耳を撫でながらそんな会話をしていると、視界の端でぽちたまと戯れていたマキナがこちらにやって来た。


「ご主人、今日はひま?」


「おう、今日はちょっと休もうと思ってる。明日は防衛設備の増設を考えてるくらいだな」


 ちょっとだけ発音が良くなった彼女にそう答えると、目をきらりと輝かせて手を引っ張って来る。

 付いて行ってみる事にすると作業台の前まで来て欲しかったらしく、そこから何かを取り出した彼女は。


「これ、あげる」


「鉄装備なら持ってるぞ?」


 差し出されたのは鉄製の頑丈そうな装備一式だった。

 しかし、俺は鉄装備なら持っているし、予備だって複数ある。作ってくれたのは嬉しいが、使いどころが無い。


「これ、私の体つかった」


「体?」


 もしやと思い当たる節があり、【鑑定】を使ってみると、マキナが脱皮した時に出た外骨格が使われているという説明が表示された。

 鉄装備よりも衝撃を吸収してくれるだけでなく、耐久性もぐんと上がっているのだそうだ。

 ……その分、重量はかなりのものになるが。


「ありがとうな、マキナ」


 折角だということで試着してみる事にした。

 鉄製のバイザーが取り付けられた丸っこいヘルメットはどこぞのゲームのネタキャラを彷彿とさせるが、それ以外の部位に装着するものはかなり良く出来ているのが分かる。


「これ、凄いな。ちょっと試しに殴ってみてくれよ」


「分かった」


 コクリと頷いたマキナは握りこぶしを作り――パキパキと音を立てて金属を纏う。

 まともに食らったらヤバイ、そう察して踏ん張ると同時に凄まじい衝撃が腹を突き抜け、がふっと息が漏れる。

 鳩尾に入ったせいで少し呼吸が苦しくなったが、鎧のおかげなのか、はたまたレベルが百を超えてステータスが高くなっていたおかげなのか、ダメージはそこまで大きくない。


「マキナ? それ、俺じゃなかったら死ぬからな?」


「ごめんなさい……」


 表面の鉄はがっつり亀裂が入ってしまったが、内側に縫い付けられた外骨格には傷一つ付いていないのが見える。

 装備の有用性が分かっただけ良かったかと思いながら装備を外し、クラフトの機能で鉄数個を使って修復していると、夏月がおーちゃんを抱っこしてやって来た。


「何やってるの……?」


「防具の実験。すっげえ優秀な装備作ってくれたんだよ」


「死にそうな声出してたのじゃ」


「うっせ」


 まだちょっと苦しいのを咳払いで誤魔化し、水を飲んで気分を落ち着かせる。

 と、夏月のたわわに実った果実を頭に乗っけたおーちゃんが、何かに反応してキョロキョロと辺りを見回す。


「どうしたよ?」


「今、殻が割れるような音が聞こえたのじゃ」


 その言葉で俺と夏月の眼が部屋の片隅に保管されているキマイラの卵に向かう。

 柔らかいクッションを敷かれているだけでなく、可愛らしいおくるみまで付けられているそれは、確かに罅が広がっているのが見えた。

 慌ててそこに駆け寄った夏月はおくるみを脱がせ、頑張れ頑張れと声を掛け始める。


「唐突だな、おい」


「そんなものなのじゃ」


 今までちょっとだけ動くことがあってもその程度で、卵から孵る様子は無かった。

 いきなり暴れ出したりしないだろうかと不安を覚えながら夏月の後ろから眺めていると、小型犬サイズの前足が殻を突き破って出て来た。

 

「偉い、偉いよ! ほら出ておいで」


 優しい声を掛けながら応援する夏月。

 その声に呼応するようにしてもう片方の前足が穴を更に広げ、やがて獅子の頭がうにゅーっと出て来た。


「おお……」


 感嘆の声を上げながら、夏月は卵から出て来たちびっ子キマイラをタオルで包んで抱っこした。


「この子の名前、どうしよっか」


「スライムは饅頭になったし、そっちはおもちでどうよ」


「うーん……ライオンって意味のレーヴェでどう?」


「中二病」


「うるさい」


 ムスッとしながらも、にゃーにゃーと鳴くキマイラを夏月は我が子のように撫で回す。

 獅子の頭も、山羊の頭も、蛇の尻尾も、気持ち良さそう反応を見せ、自分の母親であると認識していそうなのが伺える。


「……ミルクってどうするのじゃ?」


「「あっ」」


 マキナに抱っこされていたおーちゃんの素朴な疑問に、俺と夏月は揃って間抜けな声を上げた。

 ……明日の予定は、ミルクの調達になりそうだ。

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