第40話 ミルク

 一度も訪れたことが無かった川の上流側へとやって来た。

 魔素が良い具合に淀んでいるのが肌で感じられ、このくらいなら目的のアイツもいそうだと直感的に感じられる。

 薄っすらと霧が掛かって視界が悪く、不気味な雰囲気ではあるが、車内で聞こえて来る女子三人の会話のおかげでそれはあまり気にならない。


「委員長、一人残して来ちゃったけど大丈夫かな?」


「大丈夫。まんじゅう、強くなってるから」


 スライムが持つスキル【悪食】は食事を行うことで経験値を得られる効果があるため、餌を与えておけば勝手に強くなってくれるのである。

 愛犬たちもマキナも、レベル五十程度で進化していたし、あの子も近々進化するだろう。

 

「あの子が進化したらどうなっちゃうんだろう。マキナみたいに女の子になっちゃうのかな?」


「なるかも。人になりたいって思ってたら」


「人になりたかったの?」


「うん。言葉、交わしてみたかった」


 直接言葉を交わさずともコミュニケーションはある程度取れていたが、同じ日本語で会話をしたかったのかもしれない。

 純朴な可愛らしさに癒されながら周囲の警戒をしていると、大きな生物の影が遠くを横切って行った。

 四足歩行の動きをしていた気がするのだが、シルエットだけでは熊のようにも、デカい鳥のようにも見えた。


「何かよく分からん魔物いるから気を付けろよ」


「「はーい」」


 愛らしい二人の声に癒されながら機銃の準備をしていると、ぽちたまが尻尾を立てて前傾姿勢を取った。

 すぐさま射撃準備をするということは相応に危険な生物がいると教えてくれているようなものだ。


「警戒しろ、どっからか危ねえのが寄って来てる」


「分かった」


 夏月の返事を聞きながらぽちたまの見つめる方向を警戒する。

 薄っすらと掛かっていた霧がむわりと濃くなり、その不快感でキマイラを思い出してしまう。

 

「……来た!」


 ドシンッ、ドシンッと重厚な音を立ててこちらへ駆けてくる大きな生物が見え、引き金に指を掛ける。

 ヘルン・ブルかと期待を寄せたがそんなことは無く、二十メートルまで距離が縮まったことでその全容が見えた。

 頭は鷲、体は熊というカッコいいようなそうでも無いような、何とも言えない容姿をした化け物。

 肉はどっちの味がするのだろうかと疑問に思いながら引き金を引く。


「ガァッ?!」


 頭と前足に弾が命中すると、熊と鳥の狭間にあたる悲鳴が上がり、大慌てな様子でその場から逃げ出す。

 ぽちたまの銃撃を受けても痛がる素振りを見せるだけで、ついに夏月が砲撃を行った。

 詰められていた徹甲榴弾は化け物の尻を吹き飛ばし――下半身が無くなったにも関わらず、這いずって逃げようとする。


「どうなってんだよ……」


 しぶとすぎる生命力に言葉を失いながら【鑑定】を発動すると、『バード・ベアー』の名が出た。

 ステータスの数値を見れば耐久力と防御力がずば抜けて高く、スキルも筋肉関係と回復系のものが大量に揃っている。

 チラと目を向ければ吹っ飛んだはずの下半身が徐々に回復を始め、筋肉がもりもりと溢れ出る。

 と、それを見ていた夏月が照準を合わせながら。


「捕獲して毎日体削ぎ落したら食料問題解決じゃない?」


「病んでんのか?」


 魔族でもドン引きしそうなことを言い出した夏月に驚きながら、人の道を外させまいと側頭部に弾をぶち込む。

 十発ぶち込んでやっと動かなくなったそれに戦車を近付けさせ、飛び降りた俺は急いで解体を始める。

 魔素の濃度が下がったのを肌で感じながら全長三メートルほどの巨体にナイフを突き立てるが、皮膚が硬すぎて中々切ることが出来ない。

 と、マキナが戦車から降りて来た。


「手伝う?」


「悪い、頼む」


 ナイフを手渡そうとして、彼女の手に赤黒い鎌が握られていることに気付く。


「マキナ、それなんだ? いつの間に作った?」


「スキル。進化した時に覚えてたみたい」


「そういや、見てなかったな」


 見た目が妖艶な西欧美女ということもあって、今までのように【鑑定】を使おうとは思えなかった。

 帰ったら彼女の持っているスキルについてしっかり調べるとしよう。

 そんなことを考えている横でしゃがみ込んだマキナは鎌でスパスパと硬い毛皮を切り裂き始める。


「切れ味良いな、それ」


「これでご主人、守る」


「頼むぜ、マキナたん」


「結婚もする」


「それは……要相談だな」


 砲塔上部からこちらをじいっと見つめる夏月に気付いていない振りをしながら答え、マキナに解体を任せて周囲の警戒を行う。

 死体が完全に消失したところで戦車に乗り直していると、夏月がマキナのほっぺをむにむにしているのが見えた。


「隼人は私と結婚してるの。横取りはダメだよ?」


「ごしゅじんはみんなのもにょ」


 ほっぺを摘ままれたまま口答えされているのが聞こえ、吹き出しそうになるのを堪える。


「ホント、男って女にだらしないんだから」


「そんな俺を好きでいてくれる夏月って女神だよな」


「……そんなこと言ったって意味無いし」


「良い嫁を持てて幸せだよ」


 畳みかけながら車長席に腰掛けると、彼女は無言でぎゅっと抱き着いて来た。

 拗ねたような顔をするマキナも一緒に抱き締めていると、運転席から顔を出したおーちゃんが呆れたように笑う。


「女の扱いが上手いものじゃな。そうやって落としてきたのかの?」


「いいや? 俺は本気で好きになった女の子にしかこんなこと言わない。おーちゃんも大好きだぜ」


「幸せなやつなのじゃ」


 小馬鹿にするような口調でそう言った彼女は尻尾をぷりぷりさせながら席に戻る。

 こんな可愛らしい神様がいた世界に俺も行ってみたいなと、そんな事を考えながら外の様子を伺う。


「霧、晴れてきたな」


「だねー」


 あの脳筋生物が霧を発生させていたのは間違いないらしい。

 ふと左右を随伴するぽちたまに目を向ければ、普段よりもしゃっきりした目をしているのが分かる。

 

「ご主人、ここ気持ちいい」


「魔素が満ちてるからか?」


「多分。頭が冴える感じする」


 どうやら、魔物である彼女たちは魔素の淀んだ場所の方が過ごしやすいようだ。

 それならばこの子達のためにも、このような場所へ引っ越してやったほうがいいのだろうか。

 一人悩みながら周囲を見回していると、左側の百メートルほど先を歩く角の生えた四足歩行の魔物が見えた。


「お、あれ牛じゃね?」


「どれ?」


 方角を教えてやると夏月は砲塔を回転させ、そちらに主砲を向ける。

 すると彼女にもそれが見えたようで、テンションが上がった様子でこちらを振り返る。


「じゃ、俺が挑発して引き寄せるから。タックルされるだろうけど耐えてな」


「うん」


「おーちゃん、車体回転させて尻の方向けて」


「分かったのじゃ。でも、良いのかの?」


「おう、真正面からぶつかったらおーちゃんが怪我するかもしれないだろ?」


 それで納得してくれたようで彼女は車体を回転させ、魔物が見える方向へ尻を向く形になった。

 キューポラから頭を出した俺はぽちたまに隠れるよう指示して、魔物へ向けて数発射撃する。

 ゴブリンやオークであればすぐさま逃げ出すが、動く者を見つけ次第突っ込んで来るならこれで来るはずだ。


「来た!」


 夏月が照準を覗き込みながら叫ぶ。

 その言葉の通り牛のように見えるそれはこちらに勢いよく駆け出し、闘牛のように見える頭が少しずつ鮮明になる。

 

「衝撃来るぞ!」


「うん!」


 耐衝撃体勢を取りながら叫ぶと同時、四十六トンの車体が鈍い音と共に大きく揺れた。

 しかし防御姿勢を取る必要があるほどではなく、この程度かよと拍子抜けしながら外の様子を見る。


「あれ?」


 思い切り頭突きしたことで角は一本が折れ、そして目が回っているのかフラフラしている。

 今のうちにと【鑑定】を発動してみればヘルン・ブルのメスであることが分かり、俺はガッツポーズを決めながら戦車から出る。


「何やってんだ、アホめ」


「ブモォォゥ……」


 一トン弱の雑魚が戦車に勝てるわけが無いと言えば、当たり前のことではあるか。

 そんなことを考えながら倒れ込んだ狂牛の体に縄を巻き付け、戦車の背面に取り付けられているフックに引っ掛ける。

 しっかり固定されたことを確認した俺は戦車の中へと戻り、おーちゃんに拠点へ戻るよう指示する。


「これであのおチビちゃんも満足してくれるよな」


「うん、きっとね。お腹空かせて待ってるよ、きっと」


 そう言いながらニッコリと微笑む女神。

 そのうち背中に白い翼が生えそうだなと、アホなことを考えながら、周囲の警戒を再開した。

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