第19話 修繕 

 魔族による襲撃の後片付けを終えて風呂へ入った頃、外は真っ暗になっていた。

 本当は愛犬たちの散歩でもしたかったのだが、こんなに暗くなってしまっては、それも危険というものである。


「ごめんな、もふちゃん」


「わうぅ……」


「くぅーん」


 不満そうに、でも納得はしていそうな鳴き声を出したぽちとたまの背中を撫でる。

 哀愁漂う二匹の愛らしさに癒されていると、珍しく普通の作業台の方で何やらクラフトしていた夏月が、見たことの無いブロックを手に持った。


「それ何のブロック?」


「調理台っていう料理特化の作業台。お肉もいい加減飽きちゃったし、美味しいもの食べたいじゃん」


「それはそうだけど……素材は何使った?」


「うーんと、中間素材の鍋とか包丁とか作るのに銅と鉄をちょっとずつって感じ。ダメだった?」


「銅使う時は言って欲しかったけど……まあ、良いか」


 今回の一件で電動の防衛設備をいくつか作ろうと考えていただけに、銅はあまり使わないで欲しかったのだが、作ってしまったのなら責めても仕方あるまい。

 それに、焼いただけのオーク肉に飽きたのは俺も同じだ。


 と、夏月は台所にそれを設置して、早速何やらクラフトを始める。

 それを見て俺も何か仕事をしようと思い、地上拠点の強化に役立ちそうなものは無いかと作業台の前に立つ。

 元から目を付けていた電動の罠の他に、ブロックを強化することが出来るという釘抜きハンマーなるツールがあると分かり、一先ずそれをクラフトする。

 以前に作った金槌とは違うのだろうかと疑問に思いながらすぐに完成したそれを手に取り、すぐ近くの木材ブロックを叩いてみた。


「お?」


 インベントリに入っていた鉄が消費され、目の前のブロックが金属っぽい見た目になった。

 試しに手で触れてみると木材の温かみは消えてひんやりとした金属の触り心地が指に伝わり、耐久力もかなり高くなっていそうなのが伺える。


「隼人、塩とか胡椒とか……何やってるの?」


「これ、ブロックを強化出来るツールなんだよ。ほら、これ見て」


「すごーい。それで拠点もカチカチにするの?」


「おう、時間あるしちょっとやって来る。そんで、夏月は何言おうとしてた?」


「後で大丈夫。調味料欲しいねって言おうとしただけだから」


 そう言って微笑みを見せた夏月だが、その目には疲労が溜まっているように感じられた。


「先に寝てて良いからな?」


「イヤ」


「疲れてるだろ? 早めに寝ちゃいなさい」


「やだもん。隼人と一緒に寝たいもん」


「……分かった、早めに戻るよ。ぽち、おいで」


 おこちゃまな発言と拗ねた顔は脳みそが破壊されそうなほどの破壊力を持っていて、一瞬だけ思考が停止してしまった。 

 今すぐ抱き締めたいという欲求を何とか抑えて、見張りをしてもらうつもりのぽちと共に地上へ向かう。たまは夏月の護衛である。

 

「夜の空気って良いもんだな」


「わふ」


 そうだねと肯定された気がする。

 頭を撫でながら敵が来た時に知らせるように言って、ハンマーで木材ブロックの強化を始めた。

 本来ならセンサーブロックが敵の存在を知らせてくれるのだが、魔族のカス共にぶっ壊されて、まだ修復出来ていないのである。

 金や宝石系の鉱石が無いと魔法系のアイテムはほとんど作れないと夏月は話していたし、銃火器関係のものばかりでなく、今は不要なものであろうと集めた方が良いか。


 ぼけーっと考え事をしながら木材ブロックを殴って強化していると、ぽちが一声吠えた。

 目を向ければ「あっちにおるで」とでも言いたげに前足を持ち上げて見せ、耳を澄ませてみれば確かにそちらからガサガサと音が聞こえる。

 ショットガンを手にした俺は扉を開け、拠点の裏手から聞こえて来る物音の方へ近寄る。


「ブゥ?」


 オークの鳴き声と分かり、ショットガンでワンパン出来そうなことに安堵しながらそちらへ駆け寄る。

 茂みから拠点の方を様子見する猪の頭が見えて、こちらに気付いていない内にと狙いを付ける。

 

「ブヒィ?!」


 こちらに気付いてしまったようで、錆びた鉄剣を片手にこちらへ猪突猛進する。

 俺も夏月に対してそのくらいアタックした方が良いのかなと、そんなことを考えながら引き金を引く。

 微妙に狙いがズレて外れかけたが、拡散した数発の弾が頭部に命中し、ズシンと音を立てて崩れ落ちた。


「いってえな……」


 コストが一番安いショットガンということもあり、射撃する度に肩への衝撃が凄まじい。

 もうちょっと資材が集まって余裕が出来たら、もっと肩へのダメージが少なさそうな武器を作るとしよう。


 倒れて動かなくなったオークの死体を解体しながら、次は何の武器を作ろうかと考えていると、拠点に置いて来たぽちが隣にちょこんと座った。

 どうやら見張りをしてくれているようで、鼻をヒクヒクさせて周囲を見回している。


「お前もレベル上げしないとだな」


「くーん?」


「魔族にやられっぱなしは腹立つだろ?」


「わふ」


 次は殺すと言ったような気がした。

 軽い怪我だけだったとはいえ、一方的に切り傷を付けられたのは癪なのだろう。

 そのうち、また魔王軍とはぶつかることになるだろうし、その時のためにも二匹を強くさせる必要がありそうだ。

 

「よし、解体終わったな。帰るぞー」


 お座りして周囲を見張っていたぽちはすくっと立ち上がり、尻尾をふりふりしながら隣を歩く。

 親戚が飼っていたハスキーを思い出しながら拠点へと戻った俺は、ブロックを強化してから地下へ戻る。


「ただいま」


「おかえりー。味気無いだろうけど、一応ご飯できたよー」


「良い妻になりそうだな」


「そうやってすーぐ口説こうとする」


 そう言いながらぎゅっと抱き着いて来る夏月。


「言ってる事とやってること違くないか?」


「これが私の口説き方なの」


「俺以外にやったらダメだからな」


「やんないもーん」


 甘えん坊な姿を見ていると、クールな美少女だと思っていた頃を懐かしく思ってしまう。

 きっと、学校の人間がこの姿を見たら、イメージと違い過ぎて腰を抜かすに違いない。  

 嫌がらせをして来たあの不良どもにこのイチャイチャ具合を見せつけてやりたいものだ。


「あ、ご飯食べよっか」


「だな。何作った?」


「見て驚きたまえー」


 さっきは疲労の溜まったような顔をしていたのに、なぜか元気いっぱいな口振りの彼女は、インベントリから取り出した木の皿をテーブルに置いた。

 その中にはさいころステーキ風のオーク肉と野菜が入り、美味しそうな匂いがふんわりと漂う。

 

「美味そうじゃん。流石だな、夏月」


「えっへん」


 揉みしだきたくなる胸を見せつけるかのように張った彼女にセクハラしそうになるのを堪えて席に着き、テーブルの足元に置かれた二匹の餌皿に焼いたオーク肉を入れる。

 とことことやって来た二匹はむしゃむしゃと美味しそうに食事を始め、ゆっくり食べるよう言いながら、早速俺たちもスープに手を付ける。


「うん、美味い。調味料無いのによく作れたな?」


「あの作業台に材料ぶち込んだだけだよ?」


「じゃあ、そのうち夏月の手料理食わせてな」


「任せて。隼人のために料理はたくさん練習したから」


「こっちの世界来てからそんなことしてた?」


「あっ」

 

 スープをすくったスプーンの動きを止めて硬直した彼女を見て、俺もハッとして動きが止まる。

 

「もしかして、こっち来る前から俺のこと好きだったのか?」


「ち、ちがっ……!」


「だからあの時、必死になって王女を止めに入ってくれたのか?」


「ち、ちぎゃうもん!」


 焦り過ぎて呂律が回らない彼女が可愛くてドキッとしてしまう。


「こ、こっち来てから好きになったわけであって、あの時に割り込んだのは王女が気に食わなかったっていうか、隼人がかわいそうだったからというか……」


「落ち着け」


 早口でペラペラと言い訳をする夏月に笑い掛けると、頬を真っ赤にして俯く。


「こんなこと聞くのもあれだけどさ、俺のどこが良かった?」


「……すごく優しいところ」


「俺、なんかやったっけ?」


「言わせようとしてるでしょ」


 ジト目を向けてぷいと目を逸らしてしまった彼女は、黙々とスープに手を付ける。

 しかし、動揺を隠すのは苦手らしく、コップを倒して盛大にお湯をこぼした。


「その……ごめんな?」


「うるしゃい……」


 心底恥ずかしそうに言った彼女と共に、びちょびちょになってしまった床を掃除する。

 ……それにしても、俺何やったっけ?

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