第5話 シルク

 拠点に戻ったのは、下で一時間ほど話し込んだ後だった。

 あれだけ可愛らしい彼女が一度も彼氏が出来なかったことや、割とゲームや二次元コンテンツが好きだということが分かったのは大きな収穫だろう。


 思わず鼻歌を歌いたくなりながら用途ごとに分けたチェストの一つに鉄を除いた鉱石類を放り込み、その数と取れた鉱石の名称を確認する。

 一つ目は銅。今のところ作れるアイテムは鉄製ツールの下位互換や装飾品、何に使うのか分からない魔法関連の道具などで、使い道は無い。

 しかし、作業台という名のアイテム――コストが高すぎてまだ作れそうにないが――があることを考えると、今は作れないだけで、そのうち発電機も作れるようになるのでは無いだろうか。


 二つ目の鉱石はシルクストーン。この世界固有の鉱石と思われるそれは、専用のワークベンチを作ることで、服の材料となるシルクを入手出来るようになるらしい。

 見た目は灰色で薄汚れたような印象を受け、触った感触は石よりも少々柔らかいといったところか。

 

 そして三つ目は硫黄である。普通の岩石に混じっている形で入手したそれは数こそ少ないものの、発見した時はしっかりと卵の腐った臭いを発していた。

 今のところ、これを素材にして作れるアイテムは何も無いが、きっとこれも何かに使える時が来るのだろう。


「どれ精錬する?」


 自分のインベントリを開きながら問いかけて来た夏月に、俺は大半の枠を埋めている鉱石を指差して。


「とりあえず鉄鉱石やっちゃおう。色んな素材になるから」


 俺はそう言いながら、昨日は焼肉と水の煮沸消毒をしてくれた竈に近付こうとして、ふと思う。

 ――調理に使う竃へそんなものを入れて良いのかと。

 

「何個か作った方が良いよな」


「あー、そうだね」


 面倒くさく思いながら土と石で竃のクラフトを始め、やる事が無くなった俺はその場で少しだけ筋トレをする事にした。

 と、体の中を撫で回されるような不快感に襲われ、何だと周囲を見れば、夏月の顔の前に【鑑定】のパネルが現れていた。

 よく見れば俺の名前が書かれていて、彼女に見られるなら良いやと思った途端に不快感が消失した。

 何となく対抗心が生じて俺も【鑑定】を発動させてみると、「へぅ?!」と驚いた声が出た。


「こ、これ、隼人君もなった?」


「なったよ。お返しって事で」


「いじわる」


 言い方一つ一つが可愛らしい。

 外から差し込む僅かな光で夏月の顔が赤らんでいるのが分かり、保護欲が刺激されながら彼女のステータスを見る。

 昨夜、寝る前に見た俺のそれに比べれば全体的に一割ほど低いが、魔法関連の数値は彼女の方が二割高い。

 もしかしたら、肉体で何かするより魔法で何かをする方が得意なのかもしれない。


「私、弱くてごめんね」


「女の子なんだから仕方ないよ。それに魔法系の数値はかなり高いし、長所を生かしていこう」


「じゃあ魔法関係は私に任せて」


「なら物理は俺に任せとけ」


 そんなことを言って笑い合ったところで、彼女は何か思いついた様子でクラフトパネルを開いて操作を始める。

 そんな彼女を横目に俺も【鑑定】で出した画面を閉じ、とっくに作り終えていた竈を拠点の隅に並べる。

 その中に鉄鉱石と燃料になる木材を入れて精錬を開始してみると、一個当たり三十秒秒ほど時間が掛かってしまうらしく、俺はため息を吐きながら筋トレを始めた。

 しかし、採掘で鍛え上げられた体では筋トレ程度の負担では全く満足出来ず、暇潰しも兼ねて採掘場の入口周辺の拡張を始める。


 しばらく経ってチンとベルのような音が聞こえ、完成したと察して竈の元へ戻ると、鉄のインゴットが俺のインベントリに入り込んだ。

 ドキドキしてしまいながらそれで作れるものを見てみれば、多種多様な鉄製ツールの名前とアイコンが並び、早速今すぐに作れる鉄製のツールをいくつか作ってみる事にした。

 これからもたくさんの鉱石を採掘しなければならないため、ハンマーよりかは使い勝手が良さそうな鉄のつるはしを二つ、オークを安定的に殴り殺すため鉄製の棍棒を二つクラフトし、それぞれを手に持ってみる。


「すっげ」


 まるで俺の手の形に合わせて作ってあるかのように持ち手がフィットしていて、その素晴らしさに感動すらしてしまう。

 石ツールでもこれがあってくれれば良かったのにと考えたが、とある事を思い出して【鑑定】を自分に掛けた。

 案の定、俺のステータスには小さな変化が起きていて、【サバイバー】というスキルの底知れなさにワクワクと共にちょっとだけ恐ろしさを覚える。

 ――【サバイバー】のスキルレベルが上昇したのである。


「一つ上がっただけでこれか」


 スキルレベルが何を理由に上昇するのかは不明であるが、きっとやっていくうちにそれも分かって行くのだろう。

 そんなことを考えながらもう一度地下へ行って筋トレついでに採掘でもして来ようかと考えていると、急に明るい光が拠点に舞い込んだ。

 敵かと身構えたが、その原因を作ったのは夏月だったらしく、その手には青く燃ゆる人魂のような何かが乗っている。


「熱く無いのか?」


 少し心配しながら尋ねると、彼女はこっくりと頷く。


「ほんのりあったかいだけだよ。拠点真っ暗で隼人君とおばけの見分けも付かなかったし」


 揶揄おうとしているのは伝わって来たが、「おばけ」というワードチョイスが可愛らしくて笑ってしまう。


「な、なにさ」


「揶揄い方が可愛くてつい」


「もー!」


 恥ずかしかったようで顔を少し赤らめる彼女がまた可愛らしく、今日の疲れが全て吹っ飛んでしまう。

 

「悪かった悪かった。夏月さんが可愛いことは分かったからさ、それが何なのか教えてよ」


「……狐火って言って、見た目はちょっと怖いけど明かりになってくれるの……待って、今なんて言った?」


 時間差で顔を真っ赤に染めた彼女を見て、無意識に言っていた自分に気が付く。

 気持ち悪いと思われてしまったかと焦りを覚えたが、どちらかと言えば嬉しそうな雰囲気があり、内心でホッとため息を吐きながら笑って見せて。


「じゃあさ、それ一つ貸してくれない? まだもうちょっと鉄とかの金属がいるからさ」


「……私も行く」


「疲れたでしょ? 無理して体壊したら危ないし、こっちで休んでて良いんだよ?」


「ここで待ってる時に襲われたりしたら私死んじゃうもん」


「分かった分かった」


 何としてでも一緒に行きたいという強い意志を感じ、隣で俺の手元を照らしてもらうことにした。

 薄暗い階段を夏月の明かりが照らした事で地下深くまで続く階段が露となり、どことなくゲームっぽいをそれを見ていると――ふと家族のことが脳裏を過った。

 こっちに来てから考えないようにしていたが……両親と妹は今頃、俺のことを警察と一緒に探し回っているのだろうか。

 ……いや、父はファンタジー系のアニメや漫画が好きでよく読んでいたし、俺が行きたかったと文句を垂れているかもしれない。

 

「夏月さんはやっぱり早く日本に帰りたい?」


「うーん……帰りたいには帰りたいけど、このゲームみたいな世界を楽しんでみたいなってちょっと思うかな」


「俺が残るって言ったらどうする?」


「んー、仕方ないから一緒に残ってあげる」


 小生意気な言い方をしているのに分かりやすいほど恥ずかしがっていて、隠し切れない彼女の優しい性格が見て取れる。

 もういっそのこと結婚したいとすら思っている内に最下層まで到着し、俺は鉄のつるはしを手に取る。


「じゃ、夏月さんは狐火で照らしててね」


「分かった」


 コクリと頷いた夏月は俺の斜め後ろに腰掛け、狐火で俺の周囲を明るく照らしてくれた。

 すると、さっきは暗くて全く気付いていなかったが、すぐ隣の壁の色が周囲と違うことに気付き、何の鉱石だろうかと気になりながらつるはしを打ち付ける。

 どうやらこれがシルクストーンというものだったらしく、石より柔らかい感触がつるはし越しに伝わる。


「それ、何の鉱石なの?」


「シルクストーン。衣服作るのに使えるらしいんだよ」


「シルクって蚕の繭から作る布だよね? 何でそんなのが石になってるんだろ?」


「調べてみるか」

 

 異世界なんてそんなものかと、そのくらいにしか考えてなかったが、言われてみれば気になる話だ。

 どんな結果が出て来るのだろうかとワクワクしながら【鑑定】を発動させてみると、少し長い説明文が現れた。


「……え」


 読み進めていくうちに恐ろしいことがサラッと書いてあり、変な声が出た。

 隣から覗き込んで来た夏月も同じ場所まで読むと顔色を悪くし、俺の背後にすっと隠れた。

 

「洞窟見つけても入らないようにしとこうか」


「うん……」


 洞窟で大量に生息している三メートルほどの体長を持つ蛾の蛹が、崩落などによって生き埋めとなり、化石となったものであるという説明文から目を逸らし、それをそっと閉じた。

 敵対的であるか否かなんて関係無く、虫という生き物は大嫌いだ。もしも洞窟なんて見つけても、絶対に入らないとこの場で誓うとしよう。

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