第4話 採掘

「いででっ」


 全身に駆け巡った馴染みのある激痛。

 筋肉痛だと察して勇者パワーでどうにかならなかったのかと、この世界の神に対して不満を覚える。

 と、横ですやすやと寝息を立てて眠る中村の愛らしい寝顔がすぐそこにあり、あまりの無防備っぷりに色々と不安になる。

 

 なるべく近くで寝たいと言われて大歓喜したことを思い出しながら、動かすだけで痛む四肢に鞭打って起き上がり、痛みを我慢してストレッチを始めた。

 ある程度慣れて来たところで日課にしていた筋トレを始め、良い具合に体が温まったところでインベントリからお湯を取り出す。

 高校一年で部活を辞めてからというものの、学校が終わったらすぐ家に帰ってゲームをする生活になった。 

 そのためすぐに腰や首周りを痛める事になり、それをどうにかするため寝起きに筋トレを始めたところすぐに改善し、そこから一年と半年ほど日課として続いている。


「え、えっと……おはよ」


 どこか緊張したような声が聞こえて振り返ると、少しだけ頬を赤らめた中村が寝転がったままこちらを見ていた。

 起き上がろうとしないのを見て俺と同じなのだと察しながら。


「おはよう。筋肉痛ヤバイ?」


「うん、起き上がれないかも」


 そう言って苦笑いした彼女は頑張って起き上がり、体を大きく伸ばした。

 膝丈のジャージがめくれているせいで際どいところまでみえてしまいそうになっているが、本人は全く気付く様子が無い。

 昨日もそうだったが、この子は拠点にいる間は驚くほど無防備で、そのせいなのか性欲がかなりヤバイ事になっている。

 ……襲ってしまうことにならないよう、今日はトイレでも作るとしようか。


「ど、どうかした?」


「い、いや、なんでも無い。お腹空いてない?」


「うん、空いた」


 脚を見ているのがバレたかもしれない。

 気持ち悪いと思われてしまったのではと不安になりつつ、立ち上がるだけで四苦八苦している中村に手を貸して立たせてやり、一緒に席へ着いた。

 お湯と葉で挟んだ肉を取り出して、お腹を鳴らした彼女へ差し出す。


「これ、何の葉っぱ?」


「スカーって植物らしい。俺も詳しいことはよく分からないけど、クラフト出来るアイテムにあったから作ってみたんだよ」


「じゃ、じゃあ、食べてみるね」


 そう言いながら彼女はインベントリからフォークとナイフを取り出し、綺麗に切り分けて食べ始める。

 モグモグと咀嚼した彼女は少し驚いた顔をして、少しすると笑顔を浮かべながら。


「ちょっと苦いけどピリ辛になっててすごく美味しい。大澤君も食べてみて」


「そりゃ良かった」


 俺は昨日のうちにこっそりと味見して、美味しいことを確認したから出したのだが。

 彼女の喜ぶ顔を見て幸福を感じながら手を付けると、腹が減っていることもあって昨日より美味しく感じられた。

 大根に似たピリッとした辛さと、植物独特の苦味がちょっぴり加わり、肉の旨みを引き立てている。

 食欲のままに全て食べ切り、汚れた皿を洗い桶代わりの木箱へ放り込んだ俺は、インベントリから大型ハンマーを取り出す。

 全長は俺より微妙に小さい百七十五センチほどで、武器としての扱いは難しそうであるが、岩を砕くには最適だろう。

 

「今日はそれで戦うの?」


「いんや、地下に掘り進んで鉄とかの金属を集めるつもり。ゲームみたいに上手くいくかは分からないけど、見てる感じ金属集めないと何も始まらないっぽいからさ」


「そうなんだ?」


 興味を持った様子でクラフトパネルを開いた彼女は、並んでいるアイテムを見ると納得した素振りを見せる。

 何と言ったって、石や木材などで作れるアイテムで作れるのは初心者用ツールのようなものばかりで、まともに使えそうなのは鉄製などの道具からだ。

 今日の目標としては、二人分の金属製ツールを揃えられる程度に鉱石を集めることになるだろう。


「じゃ、中村さんはゆっくりしてていいけど、あんまり外には出ないようにしてね。もしかしたら、外で待ち伏せされてるかもしれないから」


「ううん、一緒にやる。大澤君にばっかり任せてられないもん。ゲームって協力して楽しむものでしょ?」


「ありがとう」


 嬉しいことを言ってくれる彼女に俺は礼を言い、スコップを取り出して穴を掘り始めると、中村も一緒に作業を始める。

 階段のように掘り進めて行くと、硬いものにスコップが当たり、バキッと嫌な音を鳴らして柄が折れた。

 耐久も限界に近かった上に、硬い岩石を殴ったのが止めとなったらしい。


「それじゃ、こっからはハンマーで殴って行こう。柄が長いから周りに気を付けて」


「うん、分かった」


 中村はコクリと頷いてハンマーを装備し、露出した岩に対して殴り付けた。

 鈍い音が空間内に木霊するのを横目に、俺もハンマーを叩き付ける。

 俺と中村には力の差があるらしく、後から始めた俺の方が先に石ブロックが壊れ、五秒後に彼女の方も壊れた。

 なるべく同じくらいのタイミングで壊れて欲しいものだが、それを求めるのは酷か。


 俺がペースを落とす事で彼女の採掘速度に合わせることにして掘り進めること三十分、インベントリの一段目が丸石で埋まった。

 他には使い道の分からない砕砂も二枠分入手したが、あってないようなものだろう。後で捨てておこう。

 呑気に考えていると――横で金属音が鳴り響いた。


「「え?」」


 二人して驚きの声を上げてしまいながら音の発生源に目を向ければ、暗くて分かり難かったが、僅かに周囲の石壁と色が違うのが分かる。

 

「ナイス過ぎる」


「ありがと」


 嬉しそうな返事をした彼女と共にハンマーを振り下ろしてみると、インベントリに鉄鉱石が入ったのが分かった。

 想像よりもあっさりと獲得出来てしまったことに安堵と共に活路を見出せた気がして、自分の中で明るいものが溢れかえる。


「思ってたよりあっさりゲット出来たね」


「だな、しかもかなり大量に」


 一度殴っただけで入手出来た量は二個、もう一度殴ってみると三個回収出来た。

 回収量が安定しないのは木と変わらないらしいことに気付きつつ、鉄鉱石の取れる岩石とその周囲を採掘していると、今度は俺の方でも甲高い音が鳴り響いた。

 空洞内に反響するせいで耳にキーンと残り、もう少し何とかならないものかと思いながら、渋々ハンマーを振り下ろす。

 ガキーンと大きな音が再び鳴り響き、インベントリを見てみれば欲しいと思っていた量の鉄鉱石と、銅鉱石も一緒に回収されていた。

 もしやと思いながら岩石に【鑑定】を発動してみれば、鉄の鉱脈のすぐ隣に銅鉱石があったらしく、何に使えるのか分からないが集める事にした。

 ふと、中村と会話をしていないことに気が付き、彼女に話題を振る。


「中村さん、銅って何に使えると思う?」


「うーん……理科で銅線って使ったし、機械とか作る時に必要なんじゃないかな」


「あ、そうじゃん」


 中学の理科の実験を思い出し、電気を作れるかもしれない期待で胸を膨らませる。

 スマホは体育の授業中だったこともあって持って来ることは出来なかったが、もしかしたら自力で作れる日も来るかもしれない。

 

 そうして約二時間、休憩を挟みながら採掘を続けた俺たちは、今のところ十分な量の鉱石を入手出来たため、一度拠点へ戻ることにした。

 何百段もある石階段をヒイヒイ言いながら登っていると、中村が横に居ないことに気が付いた。


「中村さん?」


 名前を呼びながら振り返ると、すっかりバテテしまった彼女の姿があり、俺は慌てて彼女の元へ駆け降りる。

 採掘中もかなり疲れた様子だったし、やはり一時間程度が経ったところで休ませておくべきだった。

 未知の鉱石を見つけて夢中で掘り進んでいた自分が恥ずかしくなりながら、息を荒げる中村の背を摩る。


「大丈夫?」


「う、うん。ちょっと疲れちゃった」


「無理させてごめん。おんぶするから背中乗って」


「そんなの悪いよ……先に行ってて」


「じゃあ、一緒にここで休もうか」


「……ごめん」


 心底申し訳なさそうにする彼女に、俺は気にしないよう言いながら段差に腰掛ける。

 すると彼女は少しだけ体を動かし、すぐ隣へやって来ると、ジャージの袖をちょんと摘まんだ。

 まるで手を繋ぎたいけど繋いで良いのか分からないと言ったその様子に、ドキドキさせられながら手を重ねてみる。


「へうっ」


「あ、ごめ――」


 変な声が出たため嫌だったかと手を離そうとしたが、それよりも先に細い手が「離れないで」とでも言うかのようにぎゅっと握った。

 俺のことが好きなのでは無いかと、昨日から持ち続けていた疑念を直接ぶつけてみたくなるがグッと堪え、さりげなく他の会話を振ってみる事にした。


「中村さんはさ、あのクラスどう思ってた?」


「ふぇ? クラス?」


 へんてこで可愛らしい声が出て、俺の中にあったクール美人な印象がおっちょこちょい美人に少し移ろいだ。


「そ、あのクラス。俺はずっとぼっちでちょっと寂しかったけどさ、中村さんはどう思ってたのかなって」


「……ホントはすごく寂しかった。なんか、話しかけてみてもみんな冷たいし」


 表情があまり変わらないから少し恐いと思っていたし、もしかしたら女子たちもそうだったのかもしれない。

 

「そっか。ってことは中村さんもぼっちだった?」


「うん、独りだった。他のクラスに友達はいたから良かったけど、一人くらいはあのクラスに友達欲しかったなって思う」


「もしも俺が話しかけてたら友達になろうって思った?」


「思った」


 即答された。

 それならば学校祭の時にでもとっとと話しかけてしまえば良かったと、今更ながら後悔してしまう。

 と、今度は中村からの問いが投げ掛けられた。


「……隼人君はさ、私には一匹狼みたいに見えてたんだけど、もしかして寂しかった?」


 下の名前で呼ばれたむず痒さと嬉しさで言葉が詰まりそうになる。


「め、めっちゃ寂しかったよ。でも、男は極端過ぎてちょっと近付く気になれなかったし……夏月さんに話しかければ良かったってちょっと思うな」


「そ、そっか。私も話しかけてみれば良かったなあってちょっと思ったかな」


 手を握る力が強くなったのを感じ、恥ずかしがっているのがよく分かる。

 真っ暗闇なせいで彼女の顔は見えないが、反対を向いて隠しているという事は見せられない状況なのだろう。

 もういっそ告白してしまおうかとすら思ったものの、もしもただの早とちりだったらどうしようという不安から何も言えない。

 そうしてしばしば無言の間が続いた頃、俺は諦めてもう少し会話を続けることにした。


「もっと色々余裕が出て来たら個別の部屋作ろうか迷ってるんだけど、夏月さんはそういうの欲しい?」


「欲しい……けど、独りで寝るのはちょっとイヤ」


「じゃ、じゃあ、個室とは別に寝室も作ろうか?」


「うん」


 やっぱり俺のこと好きだよな。

 そう思ったものの、やはり彼女に対して思いを告げる勇気は出ず、たわいもない会話が続いた。

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