第17話 洞窟探検

「あいつ、こっから入って来たのか」


「そうみたいだね」


 俺が石炭を掘っていた場所に、真っ暗な洞窟へ続く穴がぽっかりと空いていた。

 夏月が狐火を穴の中へ投げ込むと、あのカマキリが岩を食っていた跡などが見え、そしてかなり奥の方まで続いているのが分かる。

 

「どうする? 先にこの中制圧する?」


「いや、一番の目的は石炭だから先にこっちを回収しよう。火薬大量生産出来たらTNTとか手榴弾とか作れるようになるしね」


「分かった。もしも来たら知らせるね」


 夏月がショットガンを構えて洞窟の警戒を始めたのを見て、俺は急いで石炭の回収を始める。

 驚くほど静かな空間に石炭の鉱脈を殴る音だけが響き、カマキリがまたどこからかやって来るのではないかと不安を覚える。

 しかし、洞窟の方角を見ている夏月は退屈そうな顔でショットガンを構えていて、少なくともそちらから来ている生物はいないと分かる。

 

 インベントリの枠が二つほど埋まり、そろそろ撤退しようかと思い始めた時、またあの音が聞こえた。

 夏月にそのことを伝えながらその場でしゃがんで耳を澄ませてみると――すぐそばの壁がぼろぼろと崩れ落ちた。


「キシャアァァァ!」


 ちょっと慌てたように腕を広げて威嚇を始めたカマキリ。

 夏月がビックリして尻餅を突いたのを横目に、俺はつるはしを持ち直して殴りかかった。

 

「キシッ?!」


 鎌でガードしようとしたカマキリだったが、俺のつるはしの方が強かったようで、黒茶色の鋭利な片腕に大きな罅を入れた。

 カウンターの鎌が飛んで来たが、横薙ぎに振るえない攻撃なんて当たるわけが無く、容易にバックステップで回避した。

 もう一度殴れば完全に無力化出来そうで、これは勝ったなと確信すると同時、夏月がショットガンを構え直して引き金を引いた。

 

 バスンッ!


 静かな銃声と共に飛んで行った鉛玉は、カマキリの装甲を容易に粉砕した。

 緑色の液体を噴き出しながら悲鳴を上げ、逃げようと下がり始めたところに間髪入れずに追撃が加わり、あの巨体が体液を撒き散らしながら倒れた。

 狐火を穴に投げ込みながらショットガンを手に取り、此奴の仲間が居ないか確認した俺は、穴を塞いでカマキリの死体を解体する。

 

「ナイスだ、夏月」


「ありがとう。ショットガンでも倒せるもんだね」


「だな。防御力高いから警戒してたけど、ショットガンの方が強かったか」


 てっきり、散弾如きでは勝てないのではないかと思っていたが、あっさりと装甲を砕くことが出来てしまった。

 ひょっとしなくても近接武器より遠距離武器の方が強いのではないかと思ってしまいながら、死体につるはしを打ち付け、解体が終わったところで石炭の回収を再開した。


 昨日はテイム出来たらテイムしようかとも思っていたが、あの程度なら殺して経験値と素材に変えてしまった方が良いか。

 さっき確認したら一体倒しただけで七千もの経験値、死体の解体も合わせれば一万も入っていた。

 結局、採掘や伐採をしている方が経験値効率は高いのだが。


「夏月、そっち敵来てないか?」


「うん、来てないよ。ぽちとたまも連れて来て、二人で作業の方が良かったかもね」


「だな。次はそうしようか」


 サプレッサーのおかげで音も思っていたよりは小さかったし、あの子たちが耳を悪くしてしまうことも無いだろうし、夏月のレベル上げや効率などを考えるとそれが一番良いか。

 と、石炭は全て掘り尽くしたらしく、どこを掘っても石しか出て来なくなった。


「よし、せっかくだし洞窟の方見てみるか」


「分かった」


 緊張した様子できゅっと抱き着いて来た彼女をこちらからも抱き締める。

 早く結婚してしまいたいとすら思ってしまいながらしばらく抱き締めたところで、俺はショットガンを取り出す。


「よし、洞窟制圧するぞ」


「うん!」


 狐火で明るく照らされる洞窟の中へ踏み込むと、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 ここの気温は十二度くらいか。寒いかもしれないと上着を持って来ておいて良かった。

 

「寒いね……」


「寒いの嫌いか?」


「暑いよりかはいいけど、寒いのもいやー」


 いちいち口調が可愛くてまた抱き締めたくなってしまう。

 絶対に守ってやると心に決めて前に出た俺は、狐火で洞窟の中を照らしながらゆっくりと歩き出す。

 想像よりも曲がりくねっているため、待ち伏せの警戒として決め撃ちを入れたり、時々立ち止まって音を聞いたりと、確実で安全な方法でクリアリング作業を進める。

 と、夏月が立ち止まったのが分かって振り返る。


「これ鉄の鉱脈じゃない?」


「ナイス発見。ここに狐火置いとくか」


「あそこにも何か金属の鉱脈ある!」


「鉛だな。洞窟って資源の宝庫だったりするか?」


「かもね! これでたくさん銃とか作れるかな」


「夏月は何の武器欲しい?」


 俺の問いに彼女は考える素振りを見せる。


「うーん……軽機関銃とか使ってみたいなー」


「さては脳筋プレイしてたな?」


「乙女になんてこと言うのさ」


 否定はしないあたり図星らしい。

 かく言う俺もショットガン担いで突撃する脳筋プレイばかりしていたし、日本に戻ったら一緒にゲームをしたいものだ。

 目印の狐火を設置しながら考え事をしていると、夏月が銃を構えた音がした。


「隼人、カマキリ!」


「マジ?」


「うん! こっち見てた!」


 夏月の見ている方向に目を向ければ、丁度死角となる位置に穴がぽっかりと口を開けていた。

 耳を済ませれば逃げて行くような足音が聞こえて、本当に何かがいたのだと分かり、全く気付かなかった自分に呆れる。

 

「ごめん……油断してて逃げられちゃった」


「それは良いよ。俺も気付いてなかったから。それより、何であいつ逃げ出したんだ?」

 

 一応、地底では最強の名を欲しいがままにしている生物だ。

 生きている者がいたら速攻で殺しに来そうなものだが……腹いっぱいだったのか?


「あ、解体した時にカマキリの臭いが付いたんじゃない?」


「同胞を殺せる程度には強いって分かったから逃げたってことか?」


「多分。目が悪い代わりに聴覚と嗅覚が良いみたいだったし」


「次から臭い付けてここ来るか」


 もう安全だと分かってしまった俺はつるはしを取り出し、鉛の採掘を始めた。

 約三時間でインベントリの半分を埋め、新たな銃の製作と弾薬の安定生産へ踏み込めるようになった達成感に包まれる。

 レベルも二つ上がって五十六になり、スキルもいくつか育った。


「一回帰ろう。そんで、地上の拠点をもっと大きくしようか」


「建築は任せて。私、そういうの得意だったから」


「子ども部屋多めに作っといてくれな」


「ば、ばかっ……」


 頬まで真っ赤に染める夏月。

 頬に手を伸ばしてやればジト目を向けながら自ら頬を押し付け、あまりの可愛らしさで吐血しそうになる。

 と、背後から物音が聞こえ、邪魔された腹立たしさでキレそうになりながら振り返れば、こちらにコソコソと近寄ろうとしていたカマキリと目があった。

 

「キシャァァァ!」


「うっさいんじゃぼけ」


 鎌を広げて威嚇してくれたおかげでがら空きになった胴体へ容赦なく散弾をぶち込む。

 

「ゴブッ」


 装甲がバキバキに砕かれて剥がれ落ち、臓器のようなものが丸見えになる。

 口から食ったばかりらしき石を吐き出しながら後退ったカマキリに、夏月がすぐさまもう一撃を放ち、体液と臓物が飛び散った。

 

「うへぇ……」


「さっきよりグロいな……」


 思わず顔を引き攣らせながら、死んだか確認するため近付くと、辛うじて息があったらしく、頭に銃口を突き付ける。


「悪く思うなよ」

 

 魔道銃の攻撃を容易に無効化した頭はあっさりと砕け散り、銃火器の強さを改めて実感する。

 さて、死骸を解体したら、ぽちとたまに餌やりと散歩をしてやるか。

 

「……ん?」


 つるはしを取り出していると、四足歩行の聞き慣れた足音が俺たちの通って来た方から聞こえて来た。

 念のため武器を手に持つが、曲がり角から現れたのは二匹のふかふかな生物で――よく見れば血で体が汚れていた。


「ぽち、たま! どうした、血を流しちゃって」


「くーん……」


 怖かったよーとでも言っていそうな鳴き声を上げた二匹を撫でながら、どこから血を流しているのか探す。

 すると、ぽちは耳を軽く切っただけ、たまの方も背中に小さな切り傷があるだけであることが分かり、二匹とも見た目ほど大きな怪我では無いことが分かった。


「拠点を襲撃されたか。夏月、警戒して行くぞ」


「うん」


 どうやら愛犬に酷いことをした存在に対して怒りが湧いているらしく、王女と言い合いになった時の目付きを見せた。

 ……カマキリよりも怖い。

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