一方その頃、勇者たちは 5

 転移部屋。

 そこは転移で城へやって来る人間のために用意された空間だ。


「お、おかえりなさいませ、皆様。お風呂を御用しております」


 出迎えた執事から見ても酷い雰囲気を漂わせていたらしく、動揺を隠せない声色で言う。

 後ろから睨んで来る全員の視線を感じ取り、俺は軽く頷くだけにしてその場を後にする。

 先に風呂へ入りたいのが本音であるが、そんなことをしたらあいつらから余計に恨まれて面倒な事になりそうだ。


 その場から逃げるようにして立ち去った俺は真っすぐに自分の部屋へ向かおうと足早に廊下を歩く。

 すると俺の専属執事が駆け足で付いて来た。


「何があったんです? 尋常ではない空気でしたけど……」


「うるせえ。全部失敗したんだよ」


「そうでしたか……もしや、過程で樋口様が失敗をなされたのですか?」


「……ああ、そうだよ」


 すべて失敗した。

 夏月を助け出すどころかあのクソ野郎に孕まされていたし、挙句には格闘でねじ伏せられた。

 しかも、本来加勢すべきだったあいつらの行動が遅すぎたせいで、左腕の骨を捩じられる羽目になった。


「何なんだよ、クソが……」


 あいつら、自分たちの判断ミスを全部俺のせいにしやがって。

 しかも左腕がいてえ。あのクソ野郎にへし折られて骨折した箇所を魔法で無理矢理治したせいで、骨が変な形で癒着しちまった。

 

「樋口様、通り過ぎてますよ」


「あ? ああ……」


 考え事をしている間に部屋のすぐ前まで来ていたらしく、俺は思わず間抜けな声を出してしまいながら後退る。

 部屋へ入ると相変わらず小綺麗に整理整頓された空間が広がっていて、それを見て安心感に包まれる。


「あー、疲れた」


「ご入浴はよろしいのでしょうか?」


「あいつらが使わない所があるならそこを使う。でもねえだろ?」


「申し訳ございません」


 深々と頭を下げられ、そんなに謝るなよと内心で愚痴る。

 しかし口を開く気力も無い俺は何も言わずにソファへ寝転がり、眠気に促されるまま瞼を閉じる。

 やっと、気持ちを安らげて眠ることが出来る――。


「樋口! おい、樋口!」


「何だよ……うるせえな」


 ぎゃあぎゃあと喚く声で無理矢理現実に戻された。

 時計を見れば既に三時間程度は経過していたらしく、窓の外には星空と暗闇に包まれた城下街が見える。

 俺を睨み付ける山田を殴りたく思いながら起き上がった俺は。


「何だよ、気持ち良く寝てたのに」


「報告会。呼んで来いって言われたんだよ」


 呼びたくて呼んだんじゃないと言いたいのが冷ややかな目から良く伝わり、もう全員に知れ渡ったのだと察する。

 思わずため息を吐きながら起き上がると山田の他に数人の騎士たちの姿があった。


「樋口殿。これから報告会を行いますので、いらしてください」


「……」


 見下げた態度を腹立たしく思うが、スキルを使っても勝てないかもしれないという不安があるせいで強くは出られない。

 ギリッと歯噛みしながら彼らの後に続くと、山田が深々とため息を吐いた。


「お前何やってんだ?」


「……ああ?」


「夏月ちゃん、大澤と結ばれたってのに邪魔しようとしたんだってな? しかも連れ戻すっていう目的も無視して襲いかかるって……何しに行ったんだよ」


「違う」


「何が」


 苛立ちを隠さないで聞き返して来る山田。

 

「夏月は……結ばれてなんか無い。すっげえ不幸せそうな顔してて……」


「お前と会話したく無かっただけだろ。諦めろ」


「……違う」


「あんなあ、お前一回振られてんだから男らしく諦めろよ。てか、あの子が大澤ばっか見てんの噂になってたろうが」


 容赦の無い追撃で反論が詰まる。

 確かにそんな噂は流れていたが、そんなのはただの噂話、偶々そう見えただけだと言い返したい。

 しかし、それを言ったところで次に来る言葉は容易に想像出来た。


「大体、追放された時のアレ見てればそんなの一目瞭然だろ。現実見ろバカ」


「……うっせえよ」


 反論せずとも帰って来たそのセリフに、俺は苦し紛れの一言しか出なかった。

 そうこうしている間に講堂へ到着し、中に入ればクラスメイト全員だけでなく、王族や宰相などの姿まであった。

 嫌な予感がしながらクラスメイトとは離れた席に座ろうとするが、山田と騎士に腕を引っ張られる。


「逃げんな」


 何故だか逆らう気にもならず、クラスメイトたちのすぐ近くに腰掛けた。

 数人がチラチラとこちらを振り向き、その嫌悪感ある雰囲気には不快感しかない。

 コソコソと、それでも俺に聞こえるような声量で陰口を言い始める彼らを後でボコろうかと思っていると、司会席に座っていた身なりの良い男がマイクのようなものを手に取る。


「では、これより報告会を行います。色々と想定外のことがあったようですが、今回は大澤隼人氏と中村夏月氏の二人について、分かったことを述べていきます」


 その言葉でチラチラと数人がこちらを見やる。

 俺が隠すように命じたとでも思っているのだろうと察したが、否定する気力もない俺はため息を吐くだけに止める。

 と、黒板のような板に、プロジェクターのような魔道具が光を照射する。


 それを見た途端、室内がざわざわと騒がしくなる。

 そこに映し出されたのは戦車に乗る大澤と、車内から頭だけを出す夏月の姿だった。

 どうやら雑用係が撮影していたらしいそれは、直接現地に行っていなかった人間にとって、驚かない方が無理な話だろう。


「彼らは鋼鉄の魔獣を大小合わせて三体も従わせていた他、携行可能なほど小型化した大砲を装備していることが分かりました」


 色々とツッコミを入れたくなる。

 と、写真が大澤の射撃する姿に切り替わった。


「この武器はとんでもない威力を持っていることが分かっています。我が国が誇る連合軍最強の防具に、易々と穴を開けたのです!」


 その言葉を聞いた貴族や魔法使いが驚いた声を上げる。 

 騎士や魔術師が凄い魔法技術を使った最強の装備なんだと自慢して来る事が良くあったが、この様子だと本当に世界最強クラスの防具だったらしい。

 

「また、今回の交渉に失敗した際、完全な敵対関係を持つに至りました。このままでは攻め込まれるかも分かりません」


「ランセル君、それは本当かね?」


 司会進行が不安を煽るようなことを言うな否や、国王が不安そうに尋ね返す。

 それに対して深く頷いた彼は、次の写真に転換する。

 それは気絶した俺に銃口を向ける大澤で、その目は殺意で染まっていた。


「はい、間違いありません。そして、彼は喧嘩に発展したとは言え、同じ世界からやって来た同胞である樋口様を射殺しようとしたのです!」


 その言葉で数人がチラチラとこちらを見て来る。

 その視線はさっきまでの嫌悪感丸出しなそれでは無く、どちらかと言えば困惑が混ざっているように感じられる。

 ……これはチャンスか?


「おい、どういうことだよ」


 小声で尋ねながら小突いて来る山田。

 さっきまで死ねば良いのにと言いたげな目を向けて来ていたのに、今は困惑した目をしている。

 これはイケる……そう確信した俺は苦笑しながら。

 

「まあ、俺も悪いところあったけどよ、あいつはマジでおかしくなってたぜ? 最初から威嚇して来たしな」


「マジで?」


「そんなヤバい奴が夏月と一緒だと思ったらよ、突っ込みたくもなるだろ?」


 山田のみならず、その会話が聞こえていたらしい周囲のクラスメイトたちが効いていた話と違うといった素振りを見せる。

 遠征に来ていたあいつらがどう言いふらしたのか知らないが、この様子だと上手く誤魔化せそうだ。

 内心でほくそ笑んでいると、オタクの一人が挙手した。


「大澤君が使っている武器は全て我々の世界で一般的に使われている武器です」


「……この威力の超兵器が?」


「はい! しかし、私には彼の使っている武器の知識があります! 共に開発をしましょう!」


 ……ああ、あいつはミリオタの築山か。

 スキルが戦闘向きじゃないとかで戦闘訓練には参加してないという話は聞いていたが、武器の開発でもしていたのか?

 妙に気取った話し方は腹立つが、あいつが武器の開発に成功すれば今度こそ大澤だって殺せる気がする。


「奴が使う武器の開発にどれくらい時間が掛かる?」


「最低でも一ヶ月は掛かります。しかし、それだけの時間を掛ける分、彼の使うものよりも上位の武器を作り上げて見せます!」


 王の問いに対して自信満々な様子で答える築山。

 ……剣と魔法の世界で銃撃戦するつもりなのか、こいつら。


 呆れながら様子見を続けていると、写真が再び入れ替わった。

 そこには香織を抱き締めながら戦車に飛び乗る大澤の姿が映し出され、こんな風に連れ去って行ったのかと驚く。

 ランセルと呼ばれた司会役は指示棒でそんな二人を指して。


「話が脱線してしまいましたが、今回の遠征に出た渡邊香織様が連れ去られてしまいました。人質に危害を加えられたくなければ、攻撃をするなという事なのでしょう」


 ランセルの発言で講堂内はすぐさま響めいた。

 自分から連れて行かれたようなことを女子たちが話していた覚えがあるのだが、ちゃんと報告していないのか?

 そう思って彼女達に目を向ければ、困惑した様子でキョロキョロしていて、伝達ミスが向こうで起きたらしいことが伺えた。

 これも俺の名誉挽回の口実にしてやろうと、ここぞとばかりに周囲へ聞こえる声量で山田と会話する。


「――ってわけよ。あいつ、間違いなく性欲の化け物だぜ?」


「マジかよ……。香織ちゃん連れて行かれちまったのか」


 気絶していた間の事は知らないため、適当に誤魔化して教えてやれば、山田を含めたダチどもはすぐに信じた様子を見せる。

 周囲のクラスメイト達も何が何だか分からない困惑した様子を見せ、口々にああじゃないのか、こうじゃないのかと会話が広がる。

 アホ過ぎて笑えて来ていると、宰相がすくっと立ち上がって。


「陛下、彼女を取り戻すべきです! 勇者に勇者を拉致されるなんて失態、同盟国に知られれば笑われます!」


「分かっておる。参謀長、奴隷軍で威力偵察をしろ」


「かしこまりました」

 

 確か、犯罪を犯した人間や昔の戦争で捕虜になった獣人なんかで結成された部隊があると聞いたことがある。そいつらを使い捨てにして、情報を収集するつもりなのだろう。

 本当は俺がリベンジしてやりたいものだが、スキルを使って真正面から殴り合っても、俺に勝機が無いことは分かってしまった。

 癪だが、勝てる時を待つしかない。

 

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