第42話 公認
勇者たちと遭遇してから三日が経った。
最初は香織を取り戻すため、あるいは俺たちを連れ戻すために急襲を仕掛けて来るのではないかと警戒していたが、どれだけ待っても攻撃どころか接近してくることも無かった。
そのため、既に撤退した可能性が高いとみて、警戒の度合いを下げて普段通りの生活を始めている。
そんな今は何をしているのかと言えば、発電に使うガソリンとプラスチックを作るため、オイルシェールの壁につるはしを叩き付けているところだ。
本当ならこれの採掘も魔族たちに任せたかったのだが、あいつらの使っている方の採掘場はここまで深い部分まで掘り進めていないため、俺たちがやらなければならないのである。
人数が増えた時にはより地下深くまで掘らせて、これの採掘もさせよう。
そんなことを考えながら脳死で手を動かしていると、マキナが鎌を持つ両手を止めた。
額の汗を拭っているのを見て疲れたのかと思ったがそうではないらしく、こちらを向いて。
「飽きた」
「気持ちは分かる」
本来、こんな作業を延々と続けていたら、飽きよりも先に疲れが来るのだが、鍛えられてしまった俺と人間離れしたマキナにとって単調な作業でしかない。
言うなれば、弁当にパセリを乗せるだけの仕事とほとんど同じだ。
「どんくらい集まった?」
「一段目の半分が埋まるくらい」
「じゃあ、今日はもう良いか。夏月と香織も回収して上に戻ろう」
そう呼びかけてマキナと共に長い階段を登る。
一体何百段あるのだろうかと疑念を抱いていると、細い女の子らしい手が俺の手を握った。
「……マキナにとって俺って何だ?」
「ご主人はご主人」
「そ、そうか」
この子の【日本語】のレベルはまだ五で、発音はそれらしくなって来てはいるが、知らない言葉の方が多い。
きっと他の言葉が分からないから『ご主人』という言葉で全て済ませてしまっているのだろう。
……可愛い女の子と手を繋げるのは素直に嬉しいし、何でも良いか。
そんなことを考えているとつるはしを打ち付ける音が頭上から微かに聞こえて来る。
香織も拉致った翌日にスキルの共有を行い、何故かレベルがカンストしていた【速読】と引き換えで、【サバイバー】が使えるようになった。
効果を知った彼女は「私も一緒に追放されればよかった」と、悔しそうな顔をしていた。
なんだかんだで喜んでいた彼女の顔を思い出しながら、上で頑張る二人に伝わることを願って天井を殴って音を立ててみると、採掘音がぴたりと止む。
「休憩!」
叫んでみるとしっかり聞こえたようで、夏月の返事が聞こえた。
可愛らしいその声を頭の中で反芻しながら登っていくと、クタクタな様子の香織と余裕そうな夏月が現れる。
「歩けないか?」
「うん……もう腕上がんない……」
「わ、私もちょっと疲れちゃったかな?」
何の対抗心を燃やしているのやら、そんなことを言ってくる天使ちゃんに苦笑する。
「夏月はその程度じゃバテないことくらい分かるっての。俺と何年付き合ってんだ」
「まだ一か月でしょ」
「……あ、そっか」
体感では五年くらい経っているような気がしていたのだが……まだ一ヶ月か。
案外、入試に間に合わせることも出来るのではと、そんなことを考えながら、息を荒くする香織をお姫様抱っこする。
汗ばんでいて柔らかい体をしっかりと抱き締めて階段を登ろうとすると、夏月がジト目を向けて来る。
「妻なのにー」
「戻ったら思う存分構ってあげるから我慢せい」
「しょうがないなあ」
寛大な女神様だ。魔物のように俺たちも進化出来るのなら、この子の背中には真っ白な翼が生えるに違いない。
馬鹿なことを考えていると香織がドキドキしている様子で首に手を回して来る。
「汗臭くてごめんね?」
「拉致った時よりずっと良い匂いだから気にすんな」
「忘れてよ……」
「それよりさ、香織ってこんな小さかったっけ? もうちょっと大きかった気がするんだけど」
その問いかけに彼女は苦笑する。
「私はずっと百五十六センチだよ。隼人君と夏月ちゃんが色々おっきくなっただけ」
「えっへん」
横で聞いていた夏月がちょこっと誇らしそうに胸を張り、立派に育ったそれがぷるんと揺れる。
セクハラしたい欲求が湧き上がるのを堪えていると、焼き魚の匂いが漂ってくる。
「おーちゃん、また美味いもの作ってくれてんだな」
「私たちはスキルに頼りっぱなしなのに、ちゃんと手作りができるおーちゃんって凄いよね」
「だな」
あの子は農業系のスキルがどれも育ち切っていて、共有を行うと何のスキルが使えなくなるのかが分からない状態だった。
そのため彼女には共有を行わず、欲しいものがあったら俺や夏月が作ることになっている。
思えばクラフトで物を作る事ばかりだし、たまには手作りしてみるのもアリかもしれない。
「ご苦労なのじゃ。もうちょっとで出来るのじゃ」
そう言う彼女の尻尾はるんるんと揺れ、何やら良いことがあったらしいと察せられる。
と、部屋の片隅で気怠そうにしていたぽちたまがのそのそとこちらへやって来た。
「ただいま。散歩行きたいか?」
「わふ」
「分かった、飯食ったら軽く歩こうか」
そう声を掛けながら俺は二匹の餌を出し、先に食べるよう言ってケミストリーテーブルに近付く。
オイルシェールでガソリンとプラスチックの生産を始めたところで、女子たちが料理を食卓に並べ終えたのが見えた。
みんなが席に着くとおーちゃんが箸を手に持つ。
「それじゃあ、いただきますなのじゃ」
その声に続いて俺と女子三人は「いただきます」を言って、川魚の開きに手を付ける。
大根が無いため辛みがある根菜で代用したおろしを身に乗せ、それを白米の上に乗せる。
「異世界で米が食えるとはなあ……」
「もう食べられないと思ってた」
香織がそう言いながら料理を口にして、美味しそうに微笑む。
それを見ておーちゃんは満足気に耳をピンと立てる。
「童も頑張った甲斐があったのじゃ」
「そういや、どこで白米なんて見つけたんだ? この辺は練り歩いてるけど見た覚え無いんだよな」
「品種改良じゃよ。プロならば容易いものじゃ」
「流石は神様」
夏月に褒められると小さな体の後ろで揺れる尻尾が元気に動き回り、パタパタと音が響く。
神社はどこに建てようかと考えながら箸を動かし、空腹に美味い料理とお茶を注ぎ込んでいく。
あっという間に食べ終わり、程よい満腹感を心地良く思いながら皿を下げる。
「散歩、童も行って良いか?」
「お、珍しいな」
戦車に乗る他で外に出たがらないおーちゃんが行きたがるのは初めてだ。
「品種改良も畑もひと段落着いて暇になったのじゃ」
「なるほどな。それなら俺たちがしっかり守るから、安心して歩いてな」
「心強いのぅ」
嬉しそうに尻尾をふりふりする彼女のおかげで自然と笑みを浮かべてしまう。
癒されたところで出発の準備をすべくインベントリを整理していると、後ろから夏月がぎゅっと抱き着いて来た。
胸が挟まれてぺったんこになっているのが感触から分かり、ドキリとしてしまいながら振り返る。
「お散歩コースはどうするの?」
「川の下流側に行ってみようかと思ってる。釣りもしたいからな」
なるべく冷静な振りをしてそう言ってみるが、夏月の大きな胸の感触ばかりが気になって仕方ない。
いっそのこと正々堂々と揉んでやろうかとすら思っていると、くんくんと鼻を動かし始める。
「妻を無下にしちゃだめだぞー?」
「可愛いからって何でもして良いと思ってるな?」
「隼人の奥様は可愛くて当たり前なの」
それは俺を褒めているのか、それともただの自画自賛なのかは分からないが、事実であることに違いは無い。
お望み通り夏月の体を抱き締めて撫で回していると、香織が羨ましそうな目を向けているのが視界の端に映る。
そんな彼女に気付いたマキナが手を引いてこちらへやって来た。
「ご主人、香織もぎゅってされたいって」
「しょうがねえな」
「あ、いや、その……」
あわわと慌てる香織とマキナも一緒に抱き締めると夏月が苦笑した。
「堂々と浮気するんだからー」
「これで許してくれよ」
文句を言う夏月の唇にキスをすると、頬を赤く染めて目を丸くする。
「へ、へんたい……」
「もっかいするか?」
「……うん」
素直過ぎる彼女のご所望通りもう一度キスをすると、マキナがそれを真似するようにして頬にキスをして来る。
背中をよしよしと撫でてやりながら夏月の柔らかい唇と舌を堪能していると、今度は香織も頬に控えめなキスをして来た。
「見逃すと思った?」
「ほえっ?!」
夏月がイジワルな笑みを浮かべてそんなことを言い、チラと見れば耳まで真っ赤に染める香織の顔がすぐそこにある。
かなり勇気を振り絞っての行動だったと察し、オロオロと目を泳がせる彼女の唇を軽く奪ってみると。
「えうっ」
変な声を出してあっさりと気絶した。
デジャブを感じていると夏月が同情するような顔をして。
「もう、この子は初心なんだからもっと段階踏んで上げないとダメでしょ。私だって……そんなことされたら気絶しちゃうし……」
言葉尻を弱くする彼女を笑ってしまう。
「前科あるもんな」
「誰のせいだと思ってるのさ!」
せめてもの抵抗とばかりに頬を抓って来る夏月に謝罪しつつ、幸せそうな顔で失神する香織を横にさせる。
……あれ?
「なあ、今さ、香織を彼女にしても良いようなこと言わなかった?」
「反応遅くない?」
そう言って苦笑した彼女は香織の頬を両手で挟み、むにむにと揉んで遊びながら。
「この子、隼人の事しか考えて無いんだもん。ここまで純粋に好意を持ってる子にイジワルするのも悪いかなって」
「そっか……。なら、みんなを幸せに出来るくらいの良い男に成んねえとダメだな」
「もっと好きになっちゃうじゃん」
「ご主人、大好き」
夏月とマキナの甘々な言葉で俺もクラッとしてしまう。
――もっと頑張らねば。
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