第15話 弾薬

 腹を晒してピクリとも動かないカマキリ、改め『ケーブ・マンティス』の死体。

 スキル【鑑定】で色々と調べて分かったが、こいつは地下世界で食物連鎖の頂点に位置している魔物だった。

 しかし、地下奥深くに住む個体の場合は動きが鈍くて簡単に捕食出来るような魔物や、そもそも無機物である岩石などを主に食べるため戦闘スキルが育たず、地上の生物との戦いになるとあっさり負けてしまうようだ。

 それ以外にも装甲配置と足の配置がミスマッチなせいで転びやすかったり、外骨格が邪魔して鎌を動かしにくかったり、視力が悪かったり……とにかく弱点が多くて、外敵の多い地上に出ると簡単に死んでしまうようだ。


 もしもまた遭遇した時は罠で捕獲してテイムしてみようかと考えながら【鑑定】の画面を閉じた俺は、つるはしを取り出して死体を解体しようとする。

 と、階段を下って来る足音が聞こえて振り返れば、銃を構えてこちらにやって来る夏月がいて、その後ろに怯えた様子のぽちとたまが付いて来ている。

 狼としてのプライドは無いのかと問い詰めてやりたく思いながら手を振って見せると、夏月は銃を仕舞いながら駆け降りて来た。 


「大丈夫だった……?」


「おう、人生最後の滑り台を楽しませてやったよ。頭はぺっちゃんこに潰れたしな」


 重量四百キロオーバーの巨体がソリの要領で滑り降りれば、カチカチの装甲に覆われている頭でも無事とはならないらしい。

 すると夏月は頭を思い切り下げて。


「本当にごめんなさい。私、腰抜かして怯える事しか出来なくて……さっきまでへたり込んだまま動けなかったくらいだったの」


「大丈夫、怯えてる夏月を見て奮い立たされたから突撃出来たんだよ。俺一人だったらとっくに殺されてた」


「……隼人君はずっと優しいね」


 ぐすんと泣き出しながらそう言った彼女はぎゅっと抱き着いて来た。

 薄い布でブラを代用している事もあって大きなマシュマロが押し付けられ、ドキッとしてしまいながら抱き締め返す。

 いつもは夏月のちょっとした時に覗く白くて肉付きの良い太ももや、シャツから時々見えてしまう横乳なんかを見て大歓喜していたのに、今は股間のブツが全く反応しない。

 どうやら空気を読める良い息子だったらしい。


「私みたいなモブキャラ、隼人君に見合う……?」


 アホな事を考えている間に夏月がそんなことを言い出し、さっきのことを相当悔やんでいるのがヒシヒシと伝わって来る。

 勝てたからどうだって良いというのが俺の正直な思いではあるのだが、ここはちょっと洒落たことでも言って、もっと俺のことを好きになってもらうか。


「夏月がモブなら俺もモブだろ? ってことで、モブキャラ同士仲良くしようや」


 センスの無い男が洒落たことを言えたら苦労しねえか。

 

「……大好き」


 冗談として捉えてくれたようで、彼女は目元を晴らしながら微笑みを浮かべる。

 ――今更ながら、好きな人を守ることが出来たのだという実感が湧き上がった。


 しばらくハグを続け、互いに気持ちが落ち着いたところで離れ、その間放置されていた死体に目を向ける。

 俺がこの死体だったらいちゃつくんじゃねえと文句を言っていただろうなと、どうでも良いことを考えながらナイフを取り出して突き刺そうとする。


「やべっ」


 バキッと音を立ててナイフの先端が折れてしまい、死体の方はと言えば傷一つ付いていなかった。

 想像以上の硬さに驚いていると、夏月がつるはしを取り出した。


「これで殴るしかないんじゃない?」


「お、やってみて」


 俺がそう言うと、彼女は勢いよくつるはしで死体を振り下ろした。

 剣で殴ってもかすり傷しか付かなかった装甲に穴が空き、今度戦う時はつるはしで殴ることに決める。


「どう、なんかゲット出来た?」


「んーとね、ケーブ・マンティスの外骨格の欠片っていうのと、お肉が何個か入ったよ」


「それで装備でも作れそうだな」


 鎧などの防具を作る事ができたらかなりの防御力を発揮しそうだ。

 もしも優秀なようなら、乱獲して素材回収でもするか。

 ……そういえば、ゲームでは敵モブを効率良く湧かせて落下死させ、ドロップ品を集めるトラップタワーなんてものがあったな。

 いつの日か作ってみたいものだ。


 俺もつるはしを手に持ち、夏月と共にマンティスの死骸を解体して回収していき、やがてそれは綺麗に消え去った。

 最終的に入手出来たのは外骨格の欠片が約五十個、肉が七十個、牙と鎌を二本ずつとなった。

 すると夏月は早速何が作れるのか調べ始める。


「何作れるかなー」


「色々作れそうだよな」


 一つ目、外骨格の欠片からは盾と防具がそれぞれ作る事が可能らしい。特徴としてはやや重たくて動きが阻害されてしまう代わりに、高い防御力を発揮するとのことだ。

 次に鎌と牙だが、こちらは武器としても使えるつるはしの素材に出来るらしい。基本的に岩石を砕く事にしか使わないこともあって、つるはしとしての性能は高いのに対し、鎌としての性能は低いようだ。


「とりあえず、上に戻って休もう。拠点もちょっと壊されちゃったしな」


「そうだね。この子たちも怖かっただろうし」


 そう言いながらぽちとたまを撫で回す夏月。

 二匹は嬉しそうに尻尾を振り回してもっともっとと甘え、狼としての威厳は完全に消失してしまっている。

 こいつらには経験値稼ぎでもさせて、カマキリ如きに負けないくらい強化させてやる必要がありそうだ。


 一人と二匹を連れて拠点へ戻ると、実家のような安心感に包まれ、寝転がりたく思いながら作業台の方へ向かおうとして、床が濡れていることに気がついた。

 そこはさっきまで夏月がへたり込んでいた場所で、チラリと振り返れば頬を赤く染める横顔があった。


「来るの遅かったのはそう言うことか?」


「はい……」


 恥ずかしそうに認めて俯いた彼女に思わず吹き出す。

 涙目になってぽかぽかと無言で叩いて来る夏月にごめんごめんと謝りながら濡れた範囲と、カマキリに壊されたブロックを破壊して回収し、新しく木材ブロックを敷き詰めて修理を行った。

 と、作業台が完成を知らせるベルの音を鳴らしたことに気付いて、不服そうにジト目を向けて来る夏月の手を取ってそちらへ向かえば、ケミストリーテーブルが完成していた。


「よーし、弾薬作るか」


「ふーんだ」


「悪かったって。夏月が聖水漏らしちゃったって嫌いにならないから安心しろよな」


「聖水っていうな!」


 ぷんすかぷんと擬音語が付きそうなほどお怒りな割に、彼女の手は恋人繋ぎのまま離そうとしない。

 早く日本に帰ってのほほんとした生活を送りたいなと、そんなことを考えながら作業台の横にそれを設置した俺は、インベントリに入ったままだった硝石と石炭で火薬の制作を始めさせた。

 機嫌悪そうに俺の腕へぎゅっと抱き着いた夏月は横からパネルへ手を伸ばして。


「ガソリンとか薬とか、色々作れるんだね」


「惚れ薬とか作れないのか。残念だな」


「もうとっくに惚れてますけど?」


「可愛い」


 不機嫌そうに答えた彼女をぎゅっと抱きしめてやれば嬉々として抱き締め返され、実際のところはそこまで怒っていないらしいことが伺える。 

 そんなことをしている間に完成した火薬を回収して、次に弾頭と薬莢を竈でクラフトさせる。

 今度はもこもこな二匹も巻き添えに戯れて時間を潰し、出来上がった中間素材を組み合わせてバックショット弾を完成させた。

 

 本来は鹿や猪などを狩ることを目的に使用される散弾で、一度に十二発の鉛玉を広範囲に飛ばすよう作られている。

 ゲームだと距離が離れたら使い物にならなくなることが多いが、現実では五十メートル離れても身動き出来なくなるほどのダメージを与えられるとネットで見たことがある。

 さっきのカマキリはともかく、地上の柔らかい敵ならボロ雑巾に出来るだろう。


「お?」

 

 センサーブロックが警告音を鳴らし始め、俺は夏月と二匹を連れて地上へ上がる。

 壁を棍棒で叩き付けるような音が外から聞こえ、ゴブリンだと察しながら外の様子を伺い、敵の数が三体だと分かったところで玄関を蹴り開ける。


「ギャギャッ!」


 見覚えのあるゴブリンが叫び声を上げ、棍棒を掲げながらこちらへ駆け出し、他の二匹がそれに続く。

 俺はしっかりとショットガンを構えて狙いを付け、先頭を走るバカ目掛けて引き金を引いた。


 ズパンッ!


 耳がキーンとなるほどの轟音と共に散弾が放たれ、標的にした個体はミンチになって吹っ飛んだ。

 コッキングして後ろの二匹を撃ち殺そうと構えるが、目の前で仲間が死んで完全に怯えたらしく、武器も捨てて逃げ出し、片方に狙いを付けて再び引き金を引く。


「ギャアッ?!」


 アイアンサイトすら付いていないせいで狙いが外れ、下半身を吹き飛ばすだけに留まった。

 コッキングをしている間にもう一匹の姿は見えなくなってしまい、足元でグチャグチャになった死体を一瞥する。


「夏月、使う時は反動強いから気を付けろよ」


「う、うん、気を付ける」


 怯えてしまったオオカミ二匹にしがみつかれ、苦笑気味に頷いた彼女は、まるで自分の子どもを宥めようとするかのように声を掛け始める。

 最近、二匹が夏月の方に懐いているような気はしていたが、これが理由だったらしい。

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