第14話 襲撃

 __翌日。


 朝食と朝の筋トレを終えた俺は、作業台に鉄パイプと硫酸をクラフトするように設定して、つるはしと狐火、そして夏月が作ってくれた鉱石探知機を持って地下へやって来た。

 元々設置されていた狐火が明るく照らす岩壁に近付いた俺は、探知機を壁の方へ向ける。

 

「こっちか」


 南東の方角に金属がある事を知らせる光が出て、それをインベントリに突っ込んだ俺は早速つるはしで壁をぶん殴る。

 ガコン、ガコンと鈍い音が空洞の中に鳴り響き、もしも近くに洞窟なんかがあったらどうしようかと、少し怖いことを考えてしまう。

 

 これがゲームだったら動画でも再生して孤独感を紛らわせたり、そちらを楽しみながら採掘を進めていただろう。

 俺のスキル【サバイバー】に音楽の再生機能でもあれば最高だったのだが……スキルレベルが上がったらそんな機能が追加されたりしないものだろうか。


 ぼんやりとどうでも良いことを考えながら縦と横をニマスずつで掘り進めて行くと、金属音が鳴り響いた。

 それと同時にインベントリ内に鉄鉱石が入り込み、鉛の方がよかったなと考えながら採掘する。

 三十分ほどで鉄の鉱脈の回収が終わり、再び探知機を取り出して周囲に鉱石が無いか探す。

 すると、まあまあ離れていそうな方向に鉱石の反応があり、俺はそちらへ向けて掘り進め始めた。

 しばらく掘り進んで行くと色の違う岩石が現れ、その黒っぽい色から石炭であることが分かり、思わずガッツポーズを決めた。

 石炭は硝石と混ぜ合わせる事で銃弾の素材に必要な火薬のクラフトが行える。これで弾薬の制作にまた一歩近づいたと言えるだろう。

 

 ――どこからか岩を殴り付けているかのような音が聞こえた。


 身動きを止めて聴覚に全神経を集中させる。

 固く尖ったものを岩に打ち付けているような、そんな音が右前方から鳴り響いているのだとすぐに分かった。

 剣を手に持ち、音を鳴らす何かの様子を伺っていると、ガシャガシャと崩れ落ちたような音が聞こえた。


「キィー……」


 鳴き声と思わしき甲高い音。 

 それに続いて今度は硬いものをぼりぼりと砕く音が響き、まるで石を食っているかのような雰囲気がある。

 思い切って岩を殴って威嚇してみると咀嚼音らしきものは消え去り……数秒程でまたぼりぼり聞こえ出す。


 これで逃げ去ってくれたら石炭を回収しようと思ったのだが、こうなってしまったら敵のいる方へ向けて掘り進んで制圧して、安全を確保してから石炭に手を付けるべきだろうか。

 いや、例の蛾の体長は最大で三メートルになると【鑑定】で調べた時に書かれていた。もしも地底に住む生き物たちがみんな巨大だったら、鉄の剣如きで倒せるようになるとは到底思えない。

 ここは一度退却するべきだろう。


 そう考えなおした俺は石炭を幾ばくか回収し、音の主がこちらにやって来てしまった時のため、横穴を四つほど作ってから穴を塞いだ。

 つるはしで引っ掻いて目印を付けたところで階段を上がろうとすると、階段を下って来る夏月の姿があった。

 口元に手を当てて何か言おうとした彼女を見て、俺は慌てて口に指を当てて喋らないようジェスチャーする。


 察した様子で口を閉じた彼女の元へ駆け上がり、彼女を連れて拠点の方へ移動した。

 困惑した様子の夏月を一先ず座らせ、喉の渇きを潤したところで俺も腰掛ける。


「良い報告と悪い報告、どっちから聞きたい?」


「じゃ、じゃあ……悪い報告から」


「てきとうに掘り進んで行ったら岩食ってる奴がいた」


「だ、大丈夫だった?」


「岩壁越しだったから大丈夫だったけど、距離はかなり近かったな。もしかしたら俺が掘り進んでたところにもう来たかもしれない」


 もしかしたら寝ている間に階段を上がって入ってくるかもしれないし、岩を壊す手段を持っているということは防壁を用意しても効果は薄いだろう。

 と、夏月は不安そうな顔をしながら。


「良い報告は……?」


「銃弾の素材は揃った。後は火薬専用の作業台作っちゃえばショットガン撃ち放題だぜ」


「おぉ」


 歓声を上げた彼女にそう言って立ち上がった俺は作業台に近寄り、完成していた鉄パイプと硫酸を回収する。

 他に必要な素材のいくつかをチェストからインベントリに移して、再度作業台の前に立った俺は、火薬などの化学物質専用の作業台『ケミストリー・テーブル』のクラフトを開始させた。


「オンッ! オンオンッ!」


 急に後ろでぽちが吠え始め、それに続いてたまも慌てたように吠え出し、尻尾を垂直に立たせて臨戦態勢を取った。

 ぞわっと嫌な予感がして剣を手に取ると同時、地上拠点に設置していたセンサーブロックがブザーを鳴らし始め、地下にいたあいつがやって来たのだと察した。

 

「夏月、下から来てる! 俺が前張るから援護して!」


「はい!」


 魔道銃を手にした夏月を後ろに、ぽちとたまの二匹と並んで地下の方を凝視する。

 耳を済ませればカツンッ、カツンッと足音らしきものが聞こえ、続けて昆虫っぽさのある臭いが漂い始めた。

 小学生の頃に飼育していたカブトムシを思い出しながら剣を握っていると、それはゆっくりと姿を現した。


「……キィ」


 あの時に聞いたのと同じ鳴き声を発したそれは、一言で言うならば体長が三メートルを超えたカマキリだろうか。

 拠点の明かりを反射する金属を纏った三日月状の鎌と逆三角形の頭……そして異様に発達した牙。

 ぎょろぎょろ気色の悪い目玉と目が合うと同時、後ろで魔導銃を構えた音がした。


「てやっ!」


 夏月の放ったエネルギー弾がカマキリの顔面に命中した。

 ゴブリンを戦闘不能にさせるほどの威力がある一撃だが、全く効いていないらしく、ヤツは軽く頭を振って鎌を勢いよく広げた。


「キシャァァァッ!」


 迫力たっぷりな威嚇に俺と二匹が後退る。

 と、後ろでドテッと転んだような音が聞こえて振り返れば、夏月が腰を抜かして尻餅を突いていて――

 

「絶対殺す」


 自分の中で湧き上がっていた恐怖が消え去り、闘争心が燃え上がった。

 ここで夏月を守らねば、俺だけでなく彼女まで死んでしまう。

 

「来いよ、雑魚! てめえの肉でシチュー作ってやる!」


「キィ……」


 距離を詰めると、さっきの威勢はどこへやら、弱々しく鳴き声を上げながら後ろへ下がった。

 と、よく見れば足先が巨大な針のように尖っている事に気付き、一つ思いついた俺はじりじりと距離を詰めてカマキリを下がらせる。

 階段まで下がったタイミングで駆け出して急接近すると、ヤツは慌てたような鳴き声を上げながら鎌を振り上げる。


「遅いんだよバーカ!」


 回避した一撃が床の木材を粉砕したのを横目に、剣で腹を殴り付ける。

 まるで岩を殴ったかのような鈍い音と共に、カマキリは足を踏み外し、キシャーと叫びながらひっくり返って無様に滑り落ちて行った。

 それを見た俺は、インベントリにある鉄と木材で盾をクラフトしながらバカの後を追う。

 

 あの頑丈さなら階段から落ちただけじゃ死ななくとも、かなり痛いダメージが入っているはずだ。

 ここでトドメを刺して穴を完全に塞いでしまわなければ、今度は奇襲を掛けられてしまうだろう。


 それにしても、奴は一度ひっくり返ると自分ではどうすることも出来ないらしく、階段と甲殻の擦れる音が響き続け――やがてバコーンと勢いよく壁にぶつかった。

 その轟音でこれは死んだのではないかと期待を馳せて駆け降りて行くと、頭が潰れて動かなくなった巨体が寝転がっていた。

 念のため【鑑定】を使ってみれば既にHPはゼロになっていて、続けて異様なほど高い攻撃力と防御力を見て顔を引き攣らせる。


「あぶねえ……」


 もしもさっきの一撃を避けることが出来なかったら一撃で俺は殺され、続けて夏月ともふもふたちが殺されてしまったに違いない。

 運良く上手くいけた安堵からため息を吐きながら石ブロックで塞いだ穴に目を向ければ、案の定破壊されていた。

 盾を構えながら穴の先を見てみると、狐火で照らされる穴の先にあいつの仲間の姿は無く、そして足跡などの痕跡は一つしか無いのを見て、単独で行動していたのだと察する。

 念入りに石ブロックで穴を塞いだ俺は緊張から解放され、ヘナヘナと壁に寄り掛かる。


 今回は危なかった。

 火事場の馬鹿力でどうにか切り抜ける事は出来たが、もしもこいつが積極的に距離を詰めて来たら勝てなかったに違いない。

 それに、ショットガンやピストル如きでは、こいつの装甲を貫通することも出来なさそうだ。

 ……もっと強くならないと、夏月を守り切れないな。

 

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