第3話 宇宙に進出する様になった地球人には強化処置は必須なんです

「どわぁぁぁ!!」


 ドゴーーンッ。


 俺が壁に衝突した音が響く……。


 そう、衝突した音だ。


 サヨに勧められて処置をしてもらった強化処理とやらなんだが、その効果はすさまじく、100mを数秒で駆け抜ける事が出来る。


 が、そのまま止まれずに壁に衝突した。


 俺自身はまったく痛くも痒くもないが、何故かレンガで組まれている壁はめちゃめちゃに壊れて大惨事だ。


 ガラガラと崩れ落ちる壁から抜け出し、体についたレンガの欠片を手で叩いて落とす。


 そこにスタスタと靴音をさせて近寄る者がいる、金髪ロングヘアをカチューシャで纏めて背後に流し、長い耳に青い目、整った顔にスラっとしたスタイルに運動用のジャージを着こんだ……。


「サヨか、壁壊しちまったよ、すまんな」


『大丈夫ですよシマ様、これは壊れる事が前提で設置してありますから』



「そうなのか?」


『はい、シマ様の力の影響を視覚として解り易くするためですね、つまりここに地球人類が居たらペシャンコですハート』



「なんで語尾にハートと付けたのか分からんが、言っている事はまったく愛らしくないな」


『凄惨で悲惨なイメージを少しでも和ませようとした結果です』


 手になにやらペンの挟まったボードのような物を持ち、首にはストップウォッチをヒモでぶらさげでいる……。


 こいつ絶対に日本の漫画とかアニメを調べやがったな……きょうび地球では使わなくなった品物だが、古い漫画やアニメで登場する物だから、知識としては俺なんかの世代でも知っている。


「それでサヨ、今日のお前はどんな設定なんだ? てーか医師の時より胸が小さくなってねぇ? むしろ最初に会った映像と似ているような?」


『医師の時とは違う義体ですから、これはシマ様の初恋相手で幼馴染のお姉さんな先輩で、運動成績の良いタイプという設定になります、なので初めて会った時の姿に似せています』


「勝手に俺の初恋を捏造するな、いやまて……新しい義体を作ったのか? 俺は許可を出してねぇぞ?」


 サヨは不思議そうに首をコテンと倒してから、指をスッと動かす。

 すると、俺の目の前に空間投影モニターが現れた。


 俺がその空間投影モニターを見ると、そこには……。



 ◇◇◇


 白衣を着た女医の恰好をしたサヨと、それに向き合う素っ裸の俺の映像が映し出されていた。


 ちなみに俺の股間にはモザイクがかかっている。

 その中では会話が為されていて。


 サヨ

『シマ様の幅広い性的嗜好に対応するべく義体データも各種揃えております、ちょっと多すぎてデータを圧迫してるので順次作っちゃっていいですか?』


 裸の俺

『なるほどな、それだけ種類があれば俺の幅広い性的嗜好にも対応できるよなウンウン、すべてサヨにまかせる! 勝手に、何とかしてくれ!』


 ◇◇◇



 という映像が何度か流された。


『といった風にシマ様の許可もありましたので義体は各種は製造済みです』


「ふざけるなよお前! どう聞いてもセリフの中のテンションが違うじゃねーか! セリフつぎはぎで捏造してんじゃんかよ! 高性能なくせにわざと分かる様に作るんじゃねーよ! 突っ込み待ちかよ!」



『しかし実際に勝手にしろという許可は得ていますので、もう遅いです、すでに義体は各種揃えて運用を開始しております……まさか新たに生まれた子らを破棄しろなんて言わないですよね?』


「おま……はぁ……もう作っちゃったなら破棄しろとまでは言わないが、もう勝手に義体を作るのは無しだ、生まれたって言うけどお前が全部動かしているんだろーに」



『……? 私のモード選択は全て人格的に新たな物を作り出していますので、この義体に完全に乗せてしまえば、それは一個の人格ある個になるのですが……あれ? 言ってませんでしたっけか』


「聞いてないよ!? てっきりサヨが遠隔で動かしているものと思っていたんだが、だって見た目も対応も同じじゃんか」



『今は色々試している所ですから……ですがそのうち人格達を完全に義体に固定して乗せてしまおうかと思っているんですけどもよろしいでしょうか? それと、今はまだ情報的に連結もしてるので似てしまうのは仕方ないですね』


「待って! 固定で乗せるのは待って! なんだかちょっと怖くなった……俺の一言で新たな生命が生まれるようなものだろ?」



『……よく理解できません、シマ様はすでにそういう意味で個を生み出しているのですが、何が違うのでしょうか?』


「んん? 俺がすでに個を生み出している? どういう意味だサヨ」



『アエンデ型駆逐艦の思考AI……ブレインユニットは個といえるべき性能を持っていますので……アリアード皇国の基準でも人権を得るクラスの機械生命体ですね、性格も皆違いますけど、みんなシマ様の事が大好きな娘達ですから安心して下さい』


 まじ……か……俺はもうすでに気軽に人を作り出していたのか……クソッ。


 俺はショックのあまりその場で跪いてしまった。


『シマ様と私ことサヨの共同作業で作り出した訳ですし、子供のような物ですね、キャッ』


 キャッと言いつつ、まったく恥ずかしそうじゃなく無表情のサヨであった。

 その義体壊れてねぇか?



 ……。



 クソッ、生命創造なんて……俺はなんて事をしてしまったんだ! 俺は憤る心のままに拳を地面に叩きつける。


 ドゴォォォォンンッ!


 俺がいた場所を中心にクレーターが出来た……。

 どうやら地面も壊れやすいようになっているらしい。


 近くに居たサヨも巻き込まれたが、コイツは咄嗟にジャンプしてから上手い事クレーターに着地していた。


 すごい反射神経だな……運動が出来るタイプだからか?


「……そういや強化された運動能力の調査と実感を得るための調整中だったっけか……悩むのは後にするか」


 俺はスクっと立ち上がると、そうサヨに声をかけた。


 実際問題、この身体能力は上手く制御出来てなくて危険なんだよな。

 例えばこのまま地球に里帰りしたら、俺は周囲にいる相手を怪我させるだろう。


『地球人種は誰しも最初は動く事の出来ない赤子です、彼らも成長をして四つん這いで這いまわり、そしてつかまり立ちをし、最後には二足歩行になるのです、その強化された身体能力も使い続ける事で同じく強化された脳が勝手に手加減や制御をしてくれるようになるはずです、頑張りましょうシマ様!』


 そうだな、まずは自分の事をどうにかせねば、AI達の……ブレインユニットとか呼んでたっけか、彼女らの事はまた別の機会に考えよう……。


「お手伝い頼むなサヨ、頼りにしているよ、んで次は何するんだっけか?」


『! ……そうですね走ったり飛んだり投げたりの運動全般は終わりましたし、次は細かい制御をしてみましょう』


 そうして連れてこられた部屋は、レンガが大量に置かれた部屋だった。


「これで何をするんだ?」

『積み木です』



「これで何をするんだサヨ?」

『積み木です』



「これで何をするんだサヨさん?」

『積み木です』



「なんでそうなる! それに積み木と言う割に、これレンガじゃねーか!」


『あ、気になるのはそこでしたか、では積みレンガでいきましょう』



「そうじゃなくてこんな遊びの……あ……」


 俺がサヨに文句を言おうとして、レンガを掴んであいつに見せようとしたら……レンガが壊れた……。


 なんだこの柔らかいレンガは……。


『特製のレンガではありませんよ? シマ様の地球でも古い建物なんかではまだ見かける程度の耐久力を持ったレンガです、お分かり頂けましたか? その制御のされてない手で知り合いの手を握ったらどうなるでしょうか?』


「骨が折れちゃうな……」



『はい、では知り合いのつまらないギャグに『いい加減にしなさい!』と手で引っぱたいて突っ込みを入れたら?』


「錐もみ状態で吹き飛びそうだな……」



『はい、では私の胸を揉んだらどうなるでしょう?』

「無い物は揉めないだろう?」



『……』

「……」



『シマ様……その制御の利かない状態で、ご飯とかどうするんですか?』


「そりゃ普通に食べるよ」



『スプーンとか普通に持てるとでも思っているのでしょうか? 金属製でもすぐ壊れますよ?』


「じゃぁ……手づかみで?」



『文明人としてそれは私が許しません、シマ様のお食事は制御が利くまでは私が全て手ずから食べさせてあげます、義理のお母さん義体で人格モードも同様にして、こうアーンってして、シマ君は甘えんぼちゃんデシュネーという風な赤ちゃん言葉でやりますね……』


 サヨの目は本気だった……こいつは、絶対にそれをやるという意志を籠めた目で俺を見てきた。


 それなら俺はこうするしかない。


「ごめんなさい、俺が悪かったです、サヨの豊満な胸を揉んだら怪我させちゃうので、制御訓練を頑張ります!」


 頭を直角体勢で下げてサヨさんに謝る事にした……てか怒るって事は、やっぱりあの最初に会った時のペッタンな身体データがサヨの基礎データなんだろうな……。


『はい……ではシマ様、レンガを積んでいきましょう』


「あいあいマム」


 俺はそう答えてレンガを掴んでいく。


 バゴォォ! と弾け飛ぶレンガ。


 ……俺には豆腐より柔らかい何かを掴んでいるとしか思えないんだが……。


 これはしばらく馴染むまで時間かかりそうだな……。


 俺は長い時間掛かりそうな力の制御訓練に、内心で溜息を吐くのであった。



 ……。



 ……。



 ――



『はいシマ様あーんして下さい』


 ジャージ姿のサヨが、スープを掬ったスプーンを俺に向けて差しだす。


 ちなみに周囲には壊れたスプーンが大量に散乱している。


「俺は謝ったじゃんかよサヨ‥‥‥」


『だから普通に初恋相手義体のアーンで許してあげているのです、それにシマ様はスプーンすら持てなかったじゃないですか』



「いやだから初恋を捏造するなっての……俺の初恋は小学生の低学年頃に見たアイドル歌手だ……仮想空間アイドルだったからアバターだったけどな!」


『……今調べましたがアイドル本人の現在のリアルな姿を見ますか? 恐らく後悔すると思いますが』



「やめて! 思い出は薄れた記憶だから美しいの!」


『ならば初恋は私と会った時という事にしといて下さい、そしてアーンも受け入れて下さい、この後も訓練があるんですから早く食べますよ、それともお義母さん義体で赤ちゃん言葉がいいですか?』



「分かったよ……アーン」


『はい、いい子ですね、お姉ちゃんが食べさせてあげますからね~はい、アーン』



 ……。



 ……。



「もぐもぐ……俺だけじゃなくお前まで恥ずかしがってどうすんだよサヨ……」


『……申し訳ありませんシマ様、シミュレーションではなんともなかったのですが、実際にやってみたら私の基幹動力炉がドキドキと暴走しかけまして……危なかったです、危うく銀河が吹き飛ぶところでした』



「……照れ隠しの冗談にしては面白くないな」

『冗談? 何がですか?』



「……お前やっぱどっか壊れてねぇか?」


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