第57話 くろーん
『サヨウナラ、そこに居るのは俺の偽物なんだ! お前は騙されている、早く本物である俺を助けに来てくれ! 俺は君ともう一度出会う事を――』
空間投影モニターに、そんな事を大げさな身振りで話す若者が映し出されている。
見た目は20歳前後で、なんとなくイケメンに見えない事も無いような、イケメンだったらいいなとは思う若者だ。
俺はその映像の続きを見ながらも、側に居るクレアやサヨに話かける。
「こいつって俺に似ているのか? 自分だとよく判んないんだよな……どうなんだ?」
「見た目なんていくらでも弄れちゃうからね、結局は銀河ネットに使われる生体パスが問題に成って来るんだけど……んーと……この個体とシマ君との生体パスの一致率は99%くらいで低めらしいね」
そりゃ1%も違ってたらまったくの他人だわな……。
『何を利用して作ったのか判りませんが、出来の悪い贋作です、ゴミですね』
お、おう、俺の偽物な訳で見た目は似ているらしいのだが、サヨに冷たい目つきでゴミだとはっきり断言されると、ゾクゾクっと背中あたりが冷たくなるね。
学園都市の運営もぼちぼちこなれて来た今日この頃、次は観光客受け入れだと思っていた所にこの話が舞い込んだ。
銀河ネットに、俺を語る俺が何人も現れたそうだ。
こう見えても俺は皇国の英雄である訳で、そういう悪質な成りすまし詐欺とかが今まで無かった訳じゃないんだけども。
今回のは偽装が今までより手が込んで居たという事で皇国軍から連絡があった。
まぁサヨは少し前から気付いていたみたいだけど無視していたんだそうだ、ゴミに関わる必要も無いって。
「やっぱりこれはドリドリ団の仕業だよなぁ?」
「そうだろうねぇ、遺産と適合したシマ君をスカウトに行った時にシマ君の行動範囲内は全部一回掃除してあるので……親戚とかの細胞を使ったか……それとも……、まぁあれだよね、催眠暗示のかかった人員を片っ端から解除しているから焦ったのかなぁ?」
皇国各所で発見される怪しい人材とかは、皇国軍が任意同行でうちまで連れて来て、サクラの姉さん方にチェックをして貰って居るのよな。
今の所当たりは3割くらい、まぁ外れた人や催眠暗示が解かれた人は、うちの観光惑星や要塞都市にあるカジノ街なんかで、費用を皇国持ちで遊べるという方式にしている。
なので任意同行を断る人はほとんど居なく、ものすごい勢いで皇国内が浄化されているからな。
インフラを各地で壊された事で、ドリドリ団に対する民の怒りもすごい事になってるから、結構強権的な事もし易い状況だ。
そんな状況の中で偽物の俺が何人も同時に現れたら、そりゃドリドリ団の仕業だろうと思う訳だ。
焦ってアホな事をしているだけならいいけども、何かの布石の可能性もあるし、動かない訳にもいかないやね。
もう何人もの俺の偽物というかクローン? ……いや俺の細胞を使って無いっぽいので偽物っていう表現の方がいいか。
そういった偽物は皇国軍にバシバシ捕まっている。
「なんの為にやっているのだろうな?」
「うーん、ちょっと判断付かないかなぁ……ドリドリ団の潜伏先を見つけた訳じゃないから時間稼ぎって事は無いだろうし……」
『こちらの反応を見て生体パスの一致率を上げる気の様ですね、そんな事にまったく意味が無いのに』
「ふむ、双子でも一致はしないって聞くが……もし一致するとどうなる?」
「シマ君名義のお金が使われたり、銀河ネット上の個人のデータストレージを漁られたり、そんな所かな?」
ん? それって俺の秘密なムフフアーカイブの危機では?
「俺名義の金はそもそもほとんど無いだろ、つーか皇国軍からのお給料くらいじゃね?」
普段使われている金はサヨが管理してるからな。
ていうかもう一年以上自分の軍人としての口座の残高を見てない気がする。
皇国軍からの給料もすごいっちゃすごいんだが、今扱っている各種予算からすると鼻くそみたいな額に思えちゃうからなぁ……。
「まぁサヨさん達遺産との適合を目指しているんだろうとは思うけど……」
クレアは繊細な内容を聞いていいのか悩みつつも、サヨの方を見ながらそう言った。
まぁそういう事なんだろうなぁ、てーかさぁ。
「俺とサヨが会ったのは確かに銀河ネットだけどよぉ、たかが生体パスの合致だけで相性が決まるのなら、皇国だってあんなに遺産適合者を増やすのに必死にならんのではないか?」
皇国がそういう研究をしてないはずは無いと思うんだよな。
それなのに銀河ネットに接続出来る知的生命体を増やすという、迂遠な方策を皇国が取っているという事はだ……。
『例えシマ様の生体パスと一致した個体を作れたとしても、銀河ネットでシマ様の口座残高分の買い物をしたり、もしくは秘密なムフフデータをBL物にすり替えるくらいしか出来ません』
いや待て、それは結構なダメージな気がするんだが……精神的に。
「それは地味に俺にとって嫌な攻撃だけどな……」
『シマ様と私の繋がりはそんな物では無く……』
……。
……。
「サヨさん?」
セリフの途中で黙ってしまったサヨに、クレアが怪訝な表情を浮かべながら名前を呼んでいる。
「サヨ、無理して言おうとしなくていい」
俺はそう言ってサヨの硬直を解いてあげる。
この間トウトミが言っていた奴かな、クローンでも生き別れの双子でも遺産の権利の移行は有り得ないとかなんとか……。
そしてその詳しい内容はサヨには言えない様にブロックされている、というか禁則事項に触れるっぽいんだよな。
あの後ホテルでの宿泊中にトウトミに再度聞いてみても、本人は発言そのものを覚えて無いのか首を傾げるのみだったもんな……よく判らん話だ。
「シマ君? どういう事?」
『私とシマ様の絆は強固だという話ですクレアさん』
まぁ確かに。
「それが判っていれば良い話だな、俺の偽物は皇国軍に徹底的に狩って貰おう、そんでもって彼らの功績稼ぎにしてもらおうぜ……皇国軍はドリドリ団に関してはあんまり成果を出せていないしな」
「あー、民から結構突き上げ食らってるよねぇ、そのせいで皇国軍の皆にはすっごいストレス溜まってそう……シマ君名義で何か差し入れでもしておく?」
ああ、それもいいかもな。
「そうだな……頼むよサヨ」
『畏まりましたシマ様、では『サクラーユ化粧水』と共に天然物の産物でも盛大にばら撒いておきます』
皇国軍はケンカしたい相手じゃないからな。
賄賂とは言わないでくれよ? 見返りに何かを頼む訳じゃねーんだしさ、って待ってあれを渡すの!?
「大丈夫かそれ? 女性将校の間でケンカにならねぇ?」
「もし私が近衛の将校として向こうに居た頃に、そんな話が流れてきたら……部下への化粧水の分配量ですっごい悩みそう……」
クレアが自分の言った事を想像しているのか、自身の可愛い狐耳がペタンと閉じていて、尻尾もシュンッっと垂れ下がってしまっている。
まぁ実際問題、あれだけ人気のある物だと、下手な分配の仕方をしたらケンカになりそうだわ。
ちなみに現状のクレアは俺の嫁でもあり、そして近衛として特級大佐の俺の部下へと出向しているという立場でもある。
近衛の側付きの娘達も同じで、近衛でもあり俺の部下でもあるって感じに変わっている。
クレア達は俺の嫁になったら軍を辞めるはずだったんだけどねぇ……俺の存在が大きく成り過ぎたとかで近衛続行とかなんとか、まぁいいんだけどさ……。
クレアが有り得た苦労を想像して尻尾がピーンと立っている所に、サヨが口を開き。
『ご安心くださいシマ様――』
「安心できねーよ」
俺は即座に返事をした。
「ものすごいかぶせ気味な返事だったね……シマ君ってば……」
『くっ! シマ様からの信頼が崩れて……まさか貴方は偽物!』
「な訳あるか、それで安心させたい内容はなんだって?」
『あ、はい、皇国軍にはサクラーユ化粧水を望んだ全員分の本数を送りつけますので、足りなくなった場合は途中で誰かが横領をしたという事になりますから、安心かなと思いまして』
おいおいおい。
「本気かサヨ……一体何百いや何千万本?」
「シマ君桁が違うよ、事務方を含めたら億の桁かなぁ? まぁ貴族の領地軍とかは別だしね」
ええ? ……いや皇国軍の艦隊戦力が確か……あれくらいで、一つの船に……予備戦力が……治める領地が貴族の物だと別扱いの軍もいるから全てでは無いし……。
それに宇宙港や地上にも後方勤務がいるだろうから……ああうん、億単位で収まる……か?
もう一桁増えるかもだが、それくらいかな?
俺がいつも言っている皇国軍ってのは主に宇宙戦艦を運用する軍隊の事でさ。
惑星の地上とかの治安を守る組織は、ちょっと別名義扱いで言っているのよね。
結局の所、宇宙を押さえている勢力が勝ちだからさ。
『許可を頂けますでしょうか?』
「んーまぁいいか、彼らには頑張って貰ってドリドリ団を早く排除したいしな、許可だ!」
『畏まりました手配をしておきます』
「サクラちゃんのお姉さん方の残り湯のおかげで、在庫がすごい事になってるからねぇ……『お肌プルプルプール』でいくら使っても余っていくし」
ブレインユニット達が順番に『お肌プルプルプール』を使っているから毎日盛況らしいあれか。
てーかクレアもサヨも結構な頻度で遊びにいっているみたいだしな、俺はまぁ……行くと毎回空中で演技をする羽目になるからな……。
あれはあれで意外と楽しいからいいんだけどさ。
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