第35話 人とのお別れってのは大抵が寂しいはずなんだけど……

「出会った時から決めていました! どうかお願いします!」

「ごめんなさい」


 断られた皇宮の男性文官が、首根っこをうちのサヨ姉妹に掴まれて運ばれて行く。



「ククツ様の側付きに加わりたいと思っていました! お願いします!」

「ごめんなさい」


 俺に断られた皇宮の女性文官が、うちのブレインユニットに俵担ぎをされて運ばれて行く。



【もうあんな残業ばかりある仕事場に帰りたくないんです! どうかお慈悲をお願いします!】

「今度はお金を払って遊びに来て下さいね」


 俺にそう言われて項垂れた皇宮の文官さんが、御座艦へのエスカレーターへとトボトボと歩いて行く。


 言葉を発せないタイプの鉱石系人種だったので、性別は判らんかった……無性かもしれないし。



 こんな感じで、樹人のVIPであるサクラをここに送って来てから休暇を取っていた彼らが、帰る日になったのだけど。



 散々と、ほんと……散々とタダでうちの観光惑星で遊び散らかした彼らなんだが。


 五月病とも言うべき物にかかったのか、帰りたくないとダダを捏ねる者もいるので、うちの屈強なサヨ姉妹やブレインユニット達に御座艦へと放り投げこませている所だ。


 一応挨拶をしたいと言うので一人一人相手にはしているが……ほとんどがさっきみたいな事を言って来る。


 ……お前らが遊びまくった観光コースの料金を、正規で徴収したら小さな国の国家予算に匹敵するからな?


 まじで遠慮しねーのあいつら……しかもワリカンにしたら安くなるって事に気付いたみたいで……。


 俺がサクラを海へ山へ森へ深海へと案内している間にも、彼らは遊びまくってたみたいで……。

 大変に参考になる意見や感想を大量に貰えたから、ある意味助かったとも言えるんだけどねぇ。



「ククツ様! どうか俺を雇って頂きたく~~!!」

「仮にうちの職員として雇っても、何もかもが格安でさらに観光コースをタダとかにならんからね? 現状外から雇い入れる予定の人達のお給料も常識的な額で設定しているしな」


 俺の返事を聞いた皇宮の男性近衛兵は下げていた頭を元に戻し、敬礼をして俺に挨拶をすると、ささっと身を翻して御座艦へと帰っていった……。



 ……今回は特別扱いだったって事を、もう少し周知するべきだったか……。



 俺に挨拶したいという名目な行列に、その話を周知するようにと側に居るサヨに頼んだ。


 そうしたら行列に並ぶ彼らの前に、空間投影モニターを出して説明を初めてくれた、さすがサヨさん仕事が早い。



 しばらくすると挨拶行列から人がぞろぞろと抜け出し、御座艦へと向けて歩き出した。



 ……いや……お前らほんとにさぁ……ちょっと考えれば判るよね?



 ったく……厚かましさが強くなければ生きていけないのが宇宙世界なのだろうか?


 ……それなら俺も厚かましく生きていこうと思う……今までの様にな!


 つまり俺はあいつらと同類って事なんだよなぁ……俺のがほんの少しマシだと思いたい。



 そうして、本当に挨拶だけしたいという人達だけが少し残ったので、一人一人挨拶を交わしていく。



 ……。



 俺への挨拶は終わり、今はサクラがお付きの女性達にお別れの挨拶をしている。


 この間サクラに聞いたんだよね、このまま樹人のVIPな婚約者として扱われたいか? ってさ。


 そうしたら普通に他の人達と同じ様に扱ってくれって事なので、サクラの側付きを皇宮へと帰す事になった訳だ。


 挨拶を終えて俺の側に戻って来るサクラはメイド服を着ている……いやまぁ可愛いからいいんだけどね。


 そうしてサクラとの挨拶を済ませた子らが御座艦へと帰っていくのを見ながら。



「もうお別れはいいのか? サクラ」


【はいククツ様、彼女達には大変お世話になったのでお礼をきっちりと伝えました】


 俺を見上げるサクラの赤目は少し寂し気で、頭のツル毛に咲く花も元気が無い。

 それなりの期間ずっと一緒に居たんだろうからな、仲良く成っていたんだろうね……。


 俺は慰めるようにサクラの頭をナデリコしておく、ナデナデ。


 そうしてサクラの頭を撫でながら、もう一人ここに残る彼女にも語り掛ける。


「エンゼさんも本当に残るのか?」


 サクラの側付き筆頭として働いていたエンゼさんだが、このままここに残る事を選択した。


「はい、もう決めましたし……それとシマ様の側付きとして残る訳ですから、私の事はどうぞ呼び捨てでお願いします」


 サクラの側付きの仕事が終わったエンゼさん……いや、エンゼは俺の側付きを希望した。


 それはつまり、俺の嫁候補に立候補する事でもあるのだが、気心の知れた相手だったので勿論俺はそれを受けた訳だけど……。


「俺への疑惑とやらはもういいのか?」


「はい、今回の観光案内中にほとんど全てが偽りだった事が判りましたので問題ないです、有名人の噂ほど当てに成らない物は無いと思い知りました」


 まぁ俺が英雄なんて呼ばれてる時点で偽りだものな……ほとんどサヨが為した事だしよ。


 世間の噂なんてものが適当で曖昧な物だってのは良く知っている。

 ……だからそんな話は気にしない様にしてるんだけども、ってちょっと待って。


「ほとんど?」


「ええと……疑惑の残りはシマ様の性癖の話なので特に忌避するべき事では……なので……私、頑張りますね」


 そう言ってエンゼはのスカートを詰まんでカーテシーを披露してくれた。



 ……うん、優勝です。



 サクラだけでは無くエンゼにも、この間着てくれたメイド服をプレゼントしておいたんだよね。


 観光案内中はサクラの付き人って事なのか、いつもの皇宮文官服だったんだけど。

 付き人のお仕事が今日で終わって、これからは俺の側付きになるからなのか、エンゼはメイド服を着て来てくれたみたいだ。


 って、最高なメイドさんの事は置いておくとして、俺の疑惑の話をやっぱり聞いておいた方がいいのかもしれん。


 メイドだけに留まらずに俺の性癖が何処からか漏れているって事だろ?

 家族とかにそれが流れたらどんな顔して会いにいけばいいのさ……。


 俺の性癖の話なんて外でした記憶はねーんだけどなぁ……。



 ……あっ!



 ……。



 ……俺はこそっとサヨに、俺の秘密なムフフアーカイブの情報って、今はどうなっているのかを聞いてみた。



 ……そしてそれを聞いた事を後悔した。



 売上ってナニ? 聞いてないんだが?



 俺の秘密なムフフアーカイブを元にしたあれこれが売れると、その大元のネタの権利者に支払われる代金から俺に宣伝費として少し入るんだとさ……。


 で、俺は世間では英雄なんて呼ばれてる訳で……それに興味を持った人がムフフなデータ関連のあれこれを一杯買うという流れ……その総額を聞いたら泡を吹きそうになった……。



 どんな世界でもエロコンテンツは強いのかなぁと俺は思いました。



 ……。



 俺やサヨやクレア、そしてサクラにエンゼを地上に残して、ラグビーボールの様な形の御座艦が重力制御で少しづつ浮かんで大気圏外へと向かう。


 手を振ったりしながらそれを地上から見送りつつ。


「じゃぁしばらくの間エンゼはサクラと一緒に行動して貰えるか? お付きとまでは言わないが人の生活に慣れていないサクラを助けてあげてくれ、勿論他にもサクラをフォローする人員は考えておくからさ」


「畏まりました、サクラ様の事はお任せくださいシマ様」


 むむむ、美人でちょこっとクールっぽく見えるエンゼは、皇宮文官特有の所作の綺麗さも相まってメイド長っぽく見えるなぁ。


 ……俺専用のメイド部隊カテゴリーとか作っちゃおうかな……。



 よし作ろう!



『シマ様のお世話は譲りません』


 メイド服じゃなくいつもの洋服を着たサヨがそう宣言をしてきた。

 俺はまだ何も言ってないのに、この察しの良さは実にサヨさんっぽい。


「へ? 急にどうしたの? サヨさん」


 そしてサヨのセリフの意味をまったく理解出来ず、困惑している狐耳のクレアは存在するだけで可愛い、頭ナデナデしておこう。



 ナデナデ。



「なんで私は急にシマ君に頭を撫でられてるの? ……いやまぁ嬉しいからいいけど……あっ……その耳の付け根のナデナデはすごく良い……」



 ついでにサヨの警戒を解いてあげなきゃな、という訳で。



「安心しろサヨ、メイドさんはメイドさんであるからメイドさんな訳で、お前の仕事を奪う様なメイドさんには成らないから!」


 そう言ってサヨを安心させる俺。


『成程……メイドは概念がメイドだからメイド足り得ると? ……つまり仕事の内容は関係が無いとシマ様はそう仰るのですね?』


「うむその通りだ! さすがサヨ」


 完璧に俺の言いたい事を理解してくれるサヨさんはさすがだなぁ。


 サヨは自分の仕事が奪われない事が理解出来たのか、安心した表情で頷いている。


 俺もそれに合わせて笑顔で頷きを返す。





 ……そうして世界は今日も平和に過ぎていく。












「え? メイド? 概念? え? ……サクラちゃん、エンゼさん、今の会話の意味判った?」

【申し訳ありませんクレア様、私はまだ人の機微という物に疎くて……】

「成程……つまり私がメイド長になるという事ですね? 謹んでお受けします」



「どこからそういう話になったの!?」

【サヨ様もエンゼさんもククツ様と仲良く通じ合っていて羨ましいです……】

「シマ……ご主人様の表情を見れば何となく判りませんか?」



「判らないよ!?」

【精神感応の強度を上げればいけそうかも? ……心を深く覗くのはマナー違反らしいので我慢しているのですけど】

「それはやめておいてあげて下さい……ご主人様の為にも、サクラ様の為にも」

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