第51話 そんな事もしてます
「本当に! 本当に! ありがとうございます!」
目の前の空間投影モニターの中で、中間管理職的な軍人さんが頭を下げている。
「いえ、こちらもきっちり対価は頂いてますから」
ちゃんとお金を払って貰っているんだけどね。
「こちらも本当に困っていたのです、兵の士気は下がる一方で……しかも軍事物資の納入となると資格も必要ですし、近くの惑星の民間に一時的に委託するにも無理やり割り込むのは政治的に……」
本当に苦労をしたのだろう、こんなにハゲちゃってまぁ……。
『トド系の種族なので元々ハゲかと』
俺の横でサヨがポソッっと呟いた。
あ、そうなの? すごい立派なハゲだから気苦労が絶えないのかと思った。
まぁそうだよねー、今の技術力なら普通のハゲは防げるもんな。
今俺は、アリアード皇国のとある軍港に来ている。
ドリドリ団のドリシティと同じ様に、巨大な都市を内包して宇宙に建造されたそれは。
数千万規模の人口の大人のほとんどが軍関係者という、とんでもない規模の施設だ。
駐留する皇国軍艦船が常に数千隻居るというもので、皇国軍の戦艦達の修理や改修の要とも言われている。
そんな軍港なのだが、先日催眠暗示を受けた技術将校によって、一部の施設が壊滅的な被害を受けた。
なもんで、うちのサヨさんに物資の融通依頼が来たんだ。
被害を受けたのは戦艦の部品の中でも生活用施設の建設工場だったので、監視や警備が武器用の所よりちょこっと低めだったのが良く無かったみたいだね。
まぁ苦労したであろう、このトド獣人な将校さんは慰めておこうかね。
「まさかテロで戦艦のトイレを狙ってくるなんて思わないですよね、対応ご苦労様です」
「はい……おかげで既存の艦船のトイレの修理も行えず、各戦艦内ではトイレに行列が出来て士気が下がってしまって……様々な種族に対応する特殊な形なので民生品だと代替えも難しく……かといって近くの星の民間施設にも被害が出てますので製造ラインに割り込むのは……」
ああうん、確実に狙ってやってるよな……いやらしい攻め方だよ……。
今も日本で行われるリアルのお祭り会場とかでよく見られる、トイレの行列を思い出した……。
戦艦内部でそんな事になったら嫌だわ、すべてが人間種だったら設計も楽なんだけどな。
うちも様々な種族が居るが……皇国軍はそれに比べても多種多様だから、無駄に通路が広かったり各種施設が複雑な構造になったりするんだよねぇ……。
種族ごとの配属にするという意見はたまに出るらしいんだけど……。
差別がどうたらって言いだす奴は何処にでも居るし……それに元々他種族国家であるのだから、許容するべき不便って事なんだろうね。
トイレ一つにしても民間の宇宙船の単一種族用の物より、軍は十数倍のコストがかかっているとかなんとか……。
うちには居ないけど、皇国軍には巨人系の宇宙人種とかもいるからなぁ……。
「他にも何か必要だったら言って下さいよ」
今回はトイレだし戦闘用武器とかでは無いので、サヨも好きに作れちゃう。
なので、それなりの数を納入してあげたんだけど、可哀想だし他にも何か欲しいなら助けてあげたいと思って必要な者が無いか聞く事にしたよ。
皇国軍の将兵に恩を売っておいてもいいだろうしさ。
そうして俺のその言葉を聞いたハゲたトド獣人将校さんは、泣きそうだった顔を真剣な物に変え、キラーンと目を光らせて……。
「ほ、ほほう? よろしいのですかククツ特級大佐殿? では、まず食料なのですが――」
そこから先は怒涛の長台詞だった……。
さっきまでの消耗した貴方は何処行った? という感じで……。
食料はもとより物資や水や、それに嗜好品や、なぜか服やら化粧品やら……いやもう、頼まれてない物が無いんじゃね? というくらいの要求が来た。
あ、武器関係だけは一切要求が無かったか。
全部きっちりお金は支払われたからいいんだけど、なんでそんなに? と聞いてみたら。
トイレの部品と一緒に他製品の材料庫なんかも一部吹き飛んでいるらしく。
住人が数千万人規模の都市を支えるのが、いかに大変かを滔々と語られてしまった。
あーうん、ご苦労様です、うちのサヨさんは兵站用補給艦だからな、そういうので苦労した事ないから、改めてサヨに感謝だな。
……。
……。
――
「うへぇ……さすがにすごい稼ぎだな」
トド獣人将校さんに頼まれた物資の納入が終わって、納金された金額を自室のソファーに座りながら確認してそう呟いた。
『サクラさんの残り湯の何回分でしょうか?』
「やめて! その単位は字面がなんかモヤっとするし、その単位を採用すると小さい数字に収まりそうで世の無常を感じちゃうから、このゼロが多い数字でいいと思うんだ!」
実は俺もちょっとサクラの残り湯の値段の事が頭に浮かんだけど、口に出して言わなかったんだよ?
「シマ君って、いつまでたっても庶民の頃の感覚が抜けないよねぇ……」
クレアがベッドに寝転びながらそう言って来る、今はお仕事時間じゃないからノンビリしていて、枕に頭を乗せてうつ伏せのクレアは、尻尾を少しだけ持ち上げてユラユラと左右にゆっくりと振っている。
リラックスしている時の動きだね。
『ご飯も普通ですしね、大量に色々と作らせてちょこっとずつ食べたりとかもしませんよね』
「何その無駄の極み! 普段のご飯で十分美味しいじゃんか! 色々食べたいならブレインユニットやら側付き集めてビュッフェレストランでやるわい」
「そんなシマ君だから私や近衛のみんなも側付きに立候補したんだけどねー、ふぁぁぁ」
欠伸をしながらそう言ったクレア、俺が庶民的だから? 貧乏な青年を支えたい的な?
『シマ様はどうせ見当違いな事を考えていると思われます、クレアさん達は普段から金使いの荒い人は嫌だったのでしょう、遺産適合者のお給料は多いですし、急にお金を沢山手に入れた事で性格が変わる事も多いみたいですから』
そんなもんか? 自分の才覚で手に入れた訳でもない金なんて、またいつ急に無くなるか判らないじゃんか……それなら周りの人間の為に使うくらいで良くね?
「うん、よく判らん、俺も寝ようっと」
どうせ考えても答えが出ないので、ベッドに居るクレアの横に飛び込んで昼寝をする事にした……今が昼って訳では無いけどね。
「シマ君もおいでおいでー」
クレアがうつぶせたまま尻尾でオイデオイデするので、その横にゴロンと潜り込んだ。
「じゃサヨも一緒に休もうぜ」
『はい、ではお邪魔します』
サヨは寝る必要が無いっぽいんだが、人の様に扱うのがいいだろう。
さて、三日ぶりの睡眠でも取っておこうか。
「おやすみクレア、サヨ」
「おやすみーシマ君」
『おやすみなさいませシマ様』
……。
……
――
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