第65話 面と面を合わせて

「おおおおおおぉぉぉぉ、これはあの企業が出している……こっちも最新の! ふぅぉぉぉおおお! これなんて半年前に発表されたばかりの! あっちは――」



 うん、おかしいなぁ……。



 今日は例のドリドリ団からの離反者とやらと、面接というか生で会ってみるという予定だったんだけど……。


 俺の目の前には学園都市の研究施設で、奇声をあげながら各種最新の研究用機器に、頬ずりしたり触ったり舐めたりしている女性? が居るのみだ。



 ……いやまて! なんで研究機器を舐めてるの!?



「なぁサヨ」


『なんでしょうかシマ様』


「……あれどうすんだ?」


 俺は未だに興奮冷め止まない様子の女性? を指さす。



『そのうち落ち着くと思いますが、相手の要望に応えて面接場所をここにしたのはシマ様なのですが?』


 いや、そうだよ? 確かにドリドリ団からの離反者であるスターデさんとやらが、どうしても学園都市の研究施設を見学したいって言いだしたらしいからさ。


 皇国からは保護観察対象にまで警戒レベルも落とされた訳だし、まぁいいかなーって思ったんだけども……。


「まさかあそこまで興奮して、話も出来なくなるとは思わないじゃん?」


 今だに研究用機器の周りをグルグルと回ったり弄ろうとしたり、あ、護衛で来ている『くのいち忍者部隊』のサヨ姉妹達に止められているね、まぁ勝手に機器の起動はさせないよね。


 おっと、自由に動かせない事が判ったのか、こちらにスターデさんとやらが歩いて来た。


「ふぅふぅふぅ……ごめんなさい英雄さん、最新鋭の研究用機器が揃っている事に少しだけ興奮をしてしまった様です、僕の名はスターデ、英雄さんの元でなら好きなだけ研究をしていて良いと聞いたのでこちらに来ました」


 俺とスターデさんとは『少し』の意味が違う様だな。


 俺とサヨと『くのいち忍者部隊』護衛の前で、そう自己紹介をしたスターデさんが手を出して来たので握手で応える。


 ちなみに彼女の事はドローンやらでも監視は常にしていて、その映像チェックなんかには側付きの子らも参加している。


 うーむ、しかしまぁ小さい手だなぁ……背もかなり低いので握手をするのにちょっと近づく必要があった。


「初めましてスターデさん、俺はククツ・シマイ・リ・ヘキサグラム、まぁ落ち着いて話をしようか」


 そうして研究室に準備をしておいたテーブルと三人分の椅子に、俺とサヨとスターデさんが着いた訳だけど……。


「あ、ごめん、椅子にクッションか何かを持って来て貰うから少し待ってくれ」


「お心遣いに感謝するよ、英雄さん」


 く……ちゃんとフルネームで挨拶したのに、まだ俺を英雄と呼ぶのかこの人は。


 しかしまぁスターデさんは思ったより小さかったな、ソファーにしておけばよかったかもしれん。


 スターデさんは少しだけ尖った耳だし、恐らくドワーフ系種族の血を引いているという話で。


 その身長は地球の日本地区で言えば小学生高学年くらいだ。


 手入れが為されていない少しボサボサ気味で天然パーマっぽい紫色の髪は、スターデさんの肩くらいまで伸びていて。


 目はその髪の毛に隠れていて見えない、胸も小学生の平均? とかは知らんが大きくは無さそう。


 ただの僕っ娘系目隠れロリっ子にしか見えない。


 着ている物はジャージっぽい上下に白衣という、小学生の保健委員さんかなって感じの野暮ったさだ。


 急遽運ばれた厚めのクッションを二枚ほど尻の下に完備したスターデさんは、ようやく顔の位置が話しやすい高さになった様だ。



「さて、ではスターデさん、貴方はドリドリ……正式名称なんだっけサヨ」


 俺はスターデさんへの質問の途中に、サヨに質問をするはめになった。


 なぜなら、ドリドリ団は俺らの中でしか通用しない単語だからだな。


『彼らは自らの事を『道を正す物』と呼んでいましたし、皇国側は単に内乱を仕掛けた生き残りでテロリスト集団の『公爵派残党』という呼び方をしていますね』


 ああ、かっこいい名前も付けず、相手の名乗りも許さず、ただただ公爵の名を貶めていく為か……。


「じゃまぁスターデさんは、その『残党』からの離反という事らしいですが、彼らへの想いを聞かせて頂けますか?」


 皇国軍の取り調べの資料も貰ってあるのだけど、もう一度しっかり生で聞いておかないとね。


「何度も言っているのだけど……これも必要な事だよね、うん、僕は彼らに仲間意識なんて一欠けらも抱いてない、単なる研究の予算を出してくれるパトロンだったし、それも予算というか物資を融通してくれなくなった時点で契約違反なので、離反というよりは、契約の解消と言って欲しい所かな」



 ……報告書と同じか……俺はそれを聞いて少し考える。



 どうにもこの人は研究さえ出来れば何処でも良かったっぽいんだよなぁ……。


 公爵派の研究所に参加した時点では、彼らが内乱を起こすかどうかなんて知らん訳だし。


 そうなってしまった頃も、ただひたすらに研究所に籠っていたみたいだ。


 まぁそこらを調べたからこそ皇国も重い処罰にはしなかった、というかこれからの利益の事を考えて出来なかったという事みたいなんだが……。



「それはつまり内乱に対する罪の意識もまったく無いと?」


 ここらも皇国軍から貰った資料の中には書いてあるのだけど、一応もう一回聞いておかないとね。


「いや、僕の研究がなんらかの役割を果たしていたという時点で、罪の一部を背負わねばならないとは思っている、だからこそ所持していた自分の研究結果を皇国に渡して賠償の代わりと為したのだしね……まぁ古巣では僕の研究の大半は資金源にしかなってないとは思うのだけど」


 うん、俺もそう聞いている、この人の研究はは食料の増産やら資源獲得の効率化なんかに寄っている様に思える報告だったんだけど……。



「なぁスターデさん、皇国軍に引き渡した以外の研究情報は無いのかな?」


「ん? 僕があそこから逃げ出す時に持ってきたデータストレージは、全部皇国に渡したよ?」


 うん、まぁそれはそうなんだけどさぁ……皇国の報告書にも注意書きがあるし、彼らもそれをなんとなく判った上で俺に丸投げしてんだよな……。


 はぁ……美味しい所だけ貰おうって事なんだろうけどさ。



「スターデさん、正直に話してくれるのなら、ここでの研究予算を事前に提示した物の5倍にしてもいい」


「英雄さん? なにを……5倍? 元々の数字でも前に居た場所とほぼ同様……いや使える機器を考えたらそれ以上とも……いやいや! そもそも! 持ち出したデータストレージは全て皇国側に渡しているってば!」


「ああうん、俺はね、データは無いのか? と聞いているんだ、ねぇ? 遺産の継承者さん?」



 俺が最後にそう聞くと、彼女はビクッっと体を硬直させる……。



「……」

「……」



 しばしの時間沈黙が漂い、お互いの視線は逸らされる事は無く……そして彼女は溜息を吐きながら視線を下げて俯く。



「……はぁ……さすがは英雄さんという事かぁ……僕これからどうなっちゃう?」


 スターデさんはこちらから視線を外しつつ俯き、俺にそう聞いて来るけど。


「事前の約束通り、学園都市で教授として他の生徒の監督をしつつ自分の研究をやって貰いますよ? 勿論監視はつけるけど」


 と、前から決まっていた内容を、そのまま相手に伝えてあげる俺。


 それを聞いたスターデさんは顔をガバッっと上げ、ポカーンと口を半開きにして俺を見つつ。


「な……んで? 僕こんな大事な事を隠していたのに……」


 そう言って彼女は自分の髪の片側をかきあげる。


 それによって根元まで露出した片耳には、鈍い色で光るピアスがはめられていた、あれが遺産?


 いやまぁダミーかもしれんがそれはどうでもいい。


「それが自身の思考と記憶の拡張が出来る遺産、ですか?」


「……そこまで細かくバレてるのかぁ……さすがは英雄と呼ばれるだけの事はあるね……古巣の同僚達だって気付いてなかったのに……皇国も……」


 えっと……皇国からの資料にはピアスの表記がある。

 調べた限りではただの装飾品だが……まぁ遺産の可能性な注意喚起の但し書きがある時点で。


 彼らも多少は気付いていたけど、スターデさんから得られる利益を優先したんじゃないかね?


 皇国はそんなに甘くないよスターデさん。



 まいいや。



 ちなみに遺産の性能に気付いたというか、性能の予想をしたのはサヨだ。

 その予想は見事に合っていたみたいだねぇ、さすがサヨさんだ。



 身体強化でも脳の機能は拡張されるけども、その手の遺産だと規模が違うらしい。


 ただし、問題もあって、それ系の遺産は脳以外の身体強化のレベルを下げる必要とかもあって、本人の肉弾戦能力は落ちてしまうとかなんとか……。


「つまり、に兵器転用されそうな危険な研究情報がたっぷりあるって事だよね」


 スターデさんは俺の話を聞くと、居心地が悪そうに体をモジモジとしつつ。


「うん……そうだけど、それは興味があったから研究しただけで……表に出す気は……ええと……」


「そうですか、ではそれらには、これからも蓋をしておいて下さい」


「え!? ……いいの? 皇国軍の戦力を数倍くらいになら余裕で出来ちゃう研究情報なんだけど……」


「今の所いりません、まぁ何かに対処するのにそれが必要とスターデさんが思えたら、その都度教えて下さいよ、俺はねスターデさん、あえてその情報を『残党』にも『皇国』にも伝えなかった貴方のやり様を支持します」


 研究者だものな、出来ると思ったら研究しちゃうのは仕方ないやね。

 それは、何処の歴史を見ても判る事だ、研究者というのはそういう人種なのだから……。


 でも、その危険性を理解して研究結果を声高に外へ向けて発表をしない、その時点で俺は彼女の事が好きになれる。


「……英雄さん……いえ、ヘキサグラム卿、僕は、貴方の下で誠心誠意働かせて頂きます!」


 うんまぁ嬉しいんだけども。


「英雄呼びも貴族の方の名で呼ばれるのも好きじゃないんだよね」


「そうなの? えっとじゃぁ……ククツ様?」


『シマ様が受け入れた時点で貴方は嫁候補になりましたので、『シマきゅん』呼びとかでも構わないのですよスターデさん』


 サヨが俺達の横から爆弾を放り投げて来た。


「はぁ!? ちょっと待てサヨ、それはいくらなんでも急だろ? それにスターデさんは見た目も幼いしさ!」


『身内として取り込むなら嫁が一番ですし、それが無理ならそもそも学園都市に受け入れる事を私達は反対をしているはずですよね、それに彼女は正式な年齢を明かしておりませんが、恐らく皇国歴で100歳は超えているかと』


 サヨが俺の叫び声に説明をしながら、スターデさんの年齢をばらして来た。


 え? この小学生高学年女子っぽい見た目で?


 いやまぁ……宇宙だしドワーフっぽいし有り得るか、どうにも身体強化された人の年齢ってのは判り辛いもんだよな。


「ちょ! なんで急にお嫁さんなんて話になるんですか! そういうのは……もっとこうデートとかしてから? ……じゃなくって! 僕はまだ90歳を過ぎたばかりですよ! 100歳とか酷い言いがかりです!」



 ……ああうん、24歳の人に30歳くらい? って聞く様な感じなのかなぁ? デリケートな問題っぽいので俺はあえて踏み込む事は一切しない。



「落ち着いてくれスターデ


「なんで急に『さん』付け部分が強調されたんですか!? 僕が90歳を超えているから? ククツさ……シマきゅんっだって似た様な年齢でしょう!?」



 ……急にシマきゅん呼びになった……サヨの提案が気に入ったのか?



 っと一つ訂正しないといけない部分がある。


「あ、俺は皇国年齢で20歳ちょいです」


「え……うっそでしょ……英雄なんて呼ばれる割りに老成してないから100歳前後なのかなって……」


 へー、宇宙的な感覚だと100歳は若造を少し抜けたくらいなのかなぁ?


『まぁまぁお見合いなんですし、もう少し落ち着いてやりましょうかお二方』


「お! お見合い!? め、面接じゃなくて? シ……シマきゅんっはこんな僕をお嫁さんに欲しがったから皇国軍から引き取ったの? その……ドワーフ族の女性特有な幼い見た目が好きな性癖とか……あるのかな?」


 サヨのぶっこみに過剰に反応するスターデさん。


 サヨの冗談に素直に反応しちゃう人かぁ……クレアあたりだと最近はスルーする技術も磨かれて来たんだけどねぇ。


「ああいやスターデさん、これはサヨの――」


『ご安心ください、私も嫁ですしあそこの護衛でセクシースタイルな女性も嫁です、シマ様はスターデさんの内面も見て決めたのかと思われます』


 サヨが指さしたのは『くのいち忍者部隊』の一人だ、ああうん、忍者ゴッコしながら結ばれたから嫁の一人になった子だね……見た目は大人セクシーな感じの娘だ。


 いや、そんな事はどうでもいいんだ、やっぱりサヨの『ご安心ください』は信用ならねぇなぁ……。



 どうしようかこれ。



「僕の? は! さっきの危ない研究情報は表に出さない部分とかって話? そりゃ確かに僕はそういうの好きじゃないけど……いやでもふふふ……急に言われても困るというかふふ……心の準備? 的な物も必要だと思うんだけどくふふふ」



 スターデさんの言動に、笑い声がちょいちょい入る様になっているな……。



『確かにそうでした、申し訳ありませんスターデさん、でしたら一旦休憩を入れて再度お見合いをやり直すというのはどうでしょう? ついでにお着換えとか美容師の手配もしましょうか?』


 もうサヨとスターデさんは俺を無視して会話をしている。


 なんか今、話に入るのは良くない気がして黙っている俺も俺だけど。


「あ、ああそうだね、僕ったらなんでこんな酷い恰好で……お願い出来ますか? えっと……」


『私はシマ様の筆頭嫁のサヨウナラと申します、サヨとお呼び下さい』


「あ、はい、僕はスターデです、不束者ですがよろしくお願いします、サヨさん」


『はい、ではあちらで一旦お着換えや髪を整えましょうか』


 何故かサヨに頭を下げているスターデさん。


 そのままサヨの案内で何処かへと歩いて行ってしまった。



 ……。



 ……。



「俺は置いてけぼりか、寂しいな」


 そう呟いた俺に。


「本音は?」


 護衛の『くのいち忍者部隊』のサヨ姉妹の一人が、そう問いかけて来たので。


「ちょっと美味しい」


 本音を返しておくことにした。


 いやさぁ、スターデさんが面白い人ってのが判って良かったわ。


 まじで、実際に会わないと判らないよなあ、こういうのってさ。


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