第33話 温泉回

「ふぃー極楽極楽」


 温泉旅館の目玉とも言える巨大露天風呂の一つに浸かり、そんな声をあげる俺。


 午前中に旅館についた俺達はお昼は簡単に各自の部屋で済ませ、夕飯を大宴会にして歓迎の証とする事にした。


 地球だと迎賓館にお客を迎えて、夜はマナーの必要なコース料理ってな感じになるんだろうけどね、細かい事は気にしない。


 ここは俺の領地なので、俺のおもてなしが宴会だと言えばそうなるんだ。


 こういうのは迎える側に合わせるのは宇宙のルールだからね。

 ……まぁそんな訳だから俺も素っ裸で樹人の惑星に行った訳だし……。


 とまぁ夕方まで自由に休憩時間だから混浴の巨大露天風呂に来ている。


 この巨大露天風呂では裸は禁止で、湯浴み着必須のルールがあり。

 水着か、簡易浴衣っぽい湯浴み着かで選べる様になっていて、俺は短パン水着にしている。


 風呂も遊べる場所も様々な種類の物があるこの巨大な遊園地のごとき露天スペースなんだが。


 俺がいる位置からかなり離れているプールの様なウォータースライダーとかがある方は、ガヤガヤと休暇を取った皇宮の関係者で騒がしい。


「元気だよなぁあいつら」


 俺の横で一緒に温泉を堪能しているクレアに話し掛ける。


 ちなみにクレアは水着だ。


「他のお客が居ないからでしょうねぇ……ほら、皇宮の一員が馬鹿な事をしているとか思われるとあれだから、人目のある所だと大人しくなっちゃうらしいし」


 あーうん……お堅い職業の人が旅先だとはっちゃけるという話は聞いた事があるかもな……。


「まだオープンしてない俺の所にあいつらが来たのも、そういう思惑があったとか?」


「うーん……というよりもシマ君ならタダで飲み食いもさせてくれそうだから、じゃないかなぁ?」



「……図太いというか何というか……それくらいの神経の太さが無いと皇宮勤めなんてやってられんのだろうな、俺に領地の事を言う時はあんなに怖がってたくせによ……」


「あー、ほらシマ君ってば、その時の有翼人さんに送り物とかしたでしょう?」


 ん? あの人か、周りから仕事を押し付けられた人っぽくて哀れだったからね


「したけど、それがどうかした?」


「あれでシマ君の性格分析が進んでね、まぁほら……あはは」


 途中で言い淀むクレアは、頭の狐耳がヒョコヒョコと動いている。


「大丈夫だから言っちゃいなクレア、なんとなく判ったからさ」


「あーうん……優しいというか甘いというか……ね……あはは」


 クレアの狐耳はペタンと項垂れている、言葉を濁しても感情が出ちゃうから丸わかりだよね。


「まぁ俺は多少周りに侮られているくらいで丁度いいんだよ、クレアや他の皆が後ろできっちりフォローしてくれるのを知っているしさ」


 そう言って俺は湯の中にあるクレアの手を取る。


「シマ君……」


 取られた手を強く握り返してくるクレア、狐耳はピンッっと立っている。。


「クレア……」


 クレアが俺を見る、俺もクレアを見る、二人の顔の距離は少しづつ近づき。


「「ムチュ――」」


『こちらにシマ様がおられるはずです』


 俺とクレアの背後の方から、サヨの声と複数人の歩く音が聞こえてきたので即座に離れる俺とクレア。


 くぅ、後5センチも無かったのにぃ! サヨの言い方からして他にも誰かが……。



【ククツ様! ご一緒してもいいですか?】


 サクラの会話メッセージが俺の前に空間投影されたので、俺は温泉の中で立ち上がって振り返りつつ。


「ああ、勿論いいよサクラ、ここの温泉は……――」


 温泉の中で立ち上がった俺、サクラやサヨ達を見て動きが止まってしまう……ビキニな水着姿のサヨはいつものごとく飄々とした感じで佇み……。


 有翼人さんやお付きの人達もビキニの水着姿だ、そしてサクラは……。


「サクラさんアウト! サヨ! クレア! 着替えさせてきてくれ!」


 俺は大きな声でそう指示を出す。


【どうかしましたか? ククツ様?】


『何か問題でもありましたでしょうか? シマ様?』


「ああうん、サクラちゃんそれは駄目かな、はい、私と一緒に着替えに行こうねー」


 よく判ってないサクラと、たぶん判っていて判らないふりをしているサヨ、そして素直に駄目出しをしてくれるクレア、三人は俺から離れて女子の入口方面へと向かって行った。



 残された有翼人さんと様々な種族のお付き皇宮文官女性の皆さんが、変態を見る眼差しで俺を見ている。


「……ククツ様の指示では無かったと?」


 有翼人さんがそう口火を開いた。


「当たり前でしょう! 樹人本来の姿なら兎も角、あの人類種に近い姿の時に裸には駄目でしょ! しかもサクラは幼木で幼いのに!」


 俺はきっちりと否定していく、なんで俺がそんな指示を出さないといかんのだ!


「そうですか……実はサクラ様は下着を好まれませんで、服変わりの葉っぱの下はあれだったのです」


 え、てことは最初に会った時から荒縄を体に巻いていたの?


 植木な樹人の時の姿なら冬囲いの一種と思えたが、あの中学生な姿の時は駄目だ!


 足のふともも辺りから下がまだ根っこっぽいとはいえ、上半身は人間と同じ見た目だったし……。


「誰か止めてやれよ、樹人の惑星ならあれでいいけど、よそへ行くならそちらの流儀に合わせるべきだってさ」


「ええ、ですが、サクラ様はククツ様に褒められた姿で居たいとおっしゃられましたので……あの姿はククツ様の要求だったのかと思って居たのですが……」


「俺が……褒める?」


 ごめん意味判んない……そんな事……あ……樹人の惑星に行った時、長との会話の中でそんな答えを言ったかもしれない。


 確か『素晴らしい荒縄ですね』って……いやあれは見た目が植木な彼女らに巻いてある縄の事だったし、そこまで深く考えないで答えた事だから……。



「うぐぐ……すまん……、樹人との交渉の時に深く考えないで、良い荒縄ですねって言ったかもしれん……」


 俺は有翼人さんと他の面々に頭を下げつつ、思い出した事を伝えた。


「なるほどそういう……では後でククツ様からサクラ様へとそれとなくフォローをお願いします」


「ああ……人の姿になったのなら人の服を着たサクラが見たいな、とか言っておくよ、それで良いか?」


「はいそれで大丈夫かと思われます……本当にククツ様が変態で無くて良かった、これで疑惑の一つがまた晴れました」



 ん? 全部じゃなくて、また一つ?



 ……ねぇ……その俺に対する疑惑って何個あるの? ちょっと後で個人的に聞かせてくれない?



 ……。



 ……。



【お待たせしましたククツ様、これでどうですか? こういうの初めてなので少し恥ずかしいのですが】


 サヨとクレアに連れられて戻って来たサクラ。


 上着はおへその出て居るセパレート水着といった感じで、下は足が根っこなので履くのが難しいのだろうね、大き目のパレオが巻かれていた。


 クレアが俺のそばに来てこそっと耳打ちしてくれる。


「安心してシマ君、パレオの中はふんどし水着にしたから」


 おそらく翻訳でそう変換されたのだろう、一本の布を上手く使った水着って事かね……?

 いやまぁ深く考えるのはよそう、履いているのなら問題なしだ。



「ああ、すごく可愛いよサクラ、とっても似合っている」


 俺がそう褒めるとサクラに咲いている桜の様な花の色が濃くなった。

 ……頬を赤く染めている感じなのかなぁと思う事にした。


 そうして皆でお風呂に入りに……行く前に、サヨだけにはデコピンをしておいた。

 お前は絶対にサクラの事に気付いていただろうからな!


 小さめの露天風呂を選び、皆で輪になって向かい合う様にお風呂に浸かる。



「サクラは暖かいお湯に浸かって大丈夫なのか? 今更の話なんだが」


【はい、特に問題はありません、でも最後にだけ樹人用のお風呂に入る事をお許しください】



「許すも許さないも無いけど、そういや樹人には癒し専用の遺産があるんだっけか」


【はい、これですククツ様】


 そう言ってサクラがお湯の中から左手を出して見せてくれたのは、彼女の手首に嵌っている腕輪だった。


「これが遺産? なぁサヨ、これにも意思があるのか?」


 確か遺産には意思があって、銀河ネットで出会った適合者じゃないと使えないはずだよな?


『ありますね、ただしそれは人の様な意思ではなく……そうですね、ペットの犬や猫の様な意思だと思って下さい』


「明確な言葉を話す物では無いって事か、サクラも銀河ネットで出会ったんだよな?」


 そういや遺産持ちときっちり話すのってサクラで3人目だな、あんまり遺産関係の人と親しく話す機会は無かったし。


【はい、ネットの奥深くでこの子と出会えました】


『その遺産は特別製で銀河ネット接続の機能もあるんです、樹人は優遇されているみたいで、あの惑星には大量の同型遺産があるそうですよ』


 サヨからの補足もあった、なるほど? それはもうご主人様が欲しくてたまらないペットって事なのかもな、自分に会いに来れる手段も内包してる訳だし。


 樹人は旧銀河帝国の技術者に優遇されてる気がするね、理由は判らないけどさ。


「ちなみにその遺産をどんな感じに使うのか見せて貰っても?」


【いいですよ、あ、でも、私が入れるくらいの液体を溜めておけるような入れ物が要るのですが……】


「サヨ」


 サクラの話を聞いた俺は、そう一言だけ告げる。



『畏まりました』



 サヨがそう返事をしてから10秒後。



 ガランッ! と音がして俺達の風呂の横の床に、大きなヒノキで出来た桶が降って来た。

 サクラが十分に入れる大きさの物だ。


 さすがサヨさん、俺が何を言いたいか名前を呼んだだけで理解してくれる。

 物質転送の精度も上がって来ているよね。



「これでいけるかな? サクラ」


 人が一人は入れる様な大きな木の樽が急に現れた事に驚いている面々、彼女らは唖然とした表情を見せて来る。

 ってかなんでクレアまで驚いているんだよ……物質転送はクレアも知っているだろ?



【は……はいククツ様……えと、では行きますね】


 サクラが温泉からあがって桶の側に行き、手を桶の上に持ってくると、腕輪から液体が勢いよく飛び出してくる。


 そうして桶にそれが溜まるのを待って居るサクラ、サヨが俺の横に来て耳打ちをする。


『あれが解析の出来ない液体です、フー』


 内緒話をするついでに耳に息を吹きかけるな! くすぐったいだろ。


 ったく……なるほど、その謎な液体は光の反射具合がおかしいというか虹色に見えるな……すごく体に悪そうなんですけど……。



【こんな感じに貯めましたら後は入るだけです】


 そうしてサクラがドプンっと木の桶の中の虹色の液体に浸かる。


 ちょっと温泉の中で背を伸ばして樽の中を見てみると、しばらくしてその液体の色が変わってくるのが判る。

 確か樹人の樹液なんかと反応して特殊な素材に変化するとかなんとかだっけ?


 今はほとんど人の姿のサクラの場合……汗と反応でもするのだろうか?



【こんな感じですククツ様、いかがでしたか? 樹人はこれに入ると元気になるんです】


「ありがとうサクラ、とても興味深い物だったよ」



【ククツ様のお役に立てたのなら幸いです、では一度あがってそちらに戻ろうと思うのですが、この液体はここに流してしまっても良いですか?】


「ああ、そうだな、まぁ捨ててしまっても大丈夫……だよな?」


 一応隣のサヨに聞いていく俺。


『特に問題はありませんが……』


 サヨが言葉を濁す、どうした?


「捨てて良い訳無いでしょうシマ君!」

「そうですククツ様! 何を言っているんですか!」


 それまで特に言葉を挟む事の無かったクレアと有翼人さんが、お風呂からザパッっと立ち上がる。

 その他のお付きの面々も一緒にだ。


「サクラちゃん!」


【は、はいクレア様! ……どうしました?】


「そのサクラちゃんの残り湯は、うちが貰ってもいいのよね!?」


 すごい真剣な表情でそう聞いているクレア……あ、そうか、これって重要物資だったな。


【勿論構いませんが】


「良し! では零さない様に運ぶわよ! 皆手伝って頂戴!」

「任せて下さいクレア様! それで……多少分けて貰う事は?」


 有翼人さんの質問にクレアは大きくコクリと頷いていた。

 それを見たお付きの面々は歓声をあげると、サクラが入ったままの木の樽風呂を前後左右から持ちあげて運び始める。


【え、ちょ、何を!? ククツ様~~~~】


 サクラ風呂を神輿にして、急速に離れていくクレアと有翼人さんとその他の面々。


 彼女達の喜びと真剣さの混じった表情を見るに……俺の方へと腕を伸ばして助けを求めているサクラを置いていけとは言えなかった……。


 ごめんサクラ、後でお詫びはする、彼女達は一滴ですら無駄にしたく無いんだと思うから……。



 合掌してサクラを見送る俺だった。



 ……。



 チャポンっ、俺の横にぴったりと着く様にサヨが近付いて来た。


 横並びで露天風呂を堪能する俺とサヨ。


「どうしたサヨ」


『いえ、二人っきりだなぁと思いまして』



「そうだな」


『そうです』


 せっかくのお風呂なんだしノンビリしないと損だよな、サクラには後でフォローしておこう。


 またお風呂を満喫する元の体勢に戻る俺とサヨ、はぁいいお湯だよなほんと……。


「なぁサヨ」


『なんですかシマ様』



「あのサクラの残り湯って、これからはいくらでも手に入るよな?」


『そうなりますかねぇ』



「あいつらもそれを理解してない訳でも無いんだろうになぁ……ここに来るまでも御座艦の中とかでも手に入ってそうな気もするし」


『その分は皇国の物になっていそうですが……女性の美に対する執着を甘く見ると痛い目に遭いますよ、シマ様』



「そんなもんかねぇ?」


『そんなものです』



「その理屈だと、今ここに残ったお前は女性じゃないのか?」


『私の分は前回の時点で数万年使える単位で確保してありますから』



「……さすがサヨだ」


『お褒めに預かり恐悦至極』



「褒めてはいない」


『そうなのですか?』



「サクラには報酬を出してもいいかもなぁ……ちなみにさっきの風呂の残り湯でどれくらいの価値がある?」


『……これくらいでしょうか?』


 俺の前に出た空間投影モニターに書かれているお値段を見て、目が回りそうになった……。


 ……お湯に浸かり過ぎてのぼせたかなぁ……。


「同じ体積の希少金属と同等じゃねぇか……」


『化粧水へと加工するので、消費して無くなってしまう物ですから、お値段も安定していますしね』



「旧世界でいうなら移動する油田の様な物だな……もしかしてあの御座艦って護衛の意味もあったのか?」


『そうなりますが大丈夫です、シマ様と婚約された訳ですから、潜宙艦であるエイシェル型で構成された護衛は常につけていましたので、ご安心下さい』


 ……こいつは……まったく……。


 俺がそこに気付かなかったら、ずっと黙っていた可能性あるよな。


「俺はほんと考えが及ばないよなぁ……」


『シマ様はシマ様らしくあればよろしいのですよ、私やクレアさんが必ずフォロー致しますので』



「……ありがとなサヨ」


『いいえ……』



 ……。



 ……。



「なんで俺の方を向いて唇を尖らせているんだ?」


『さきほどのクレアさんと同じ流れでしたので、この先も同じ流れかなと思いまして』



 こいつは……あれに気付いてたのかよ。


 仕方ねぇなぁ……。



「いつもありがとうなサヨ」


『当然の事ですシマ様』


 俺はサヨに近づいて……。


 チュッっと軽いキスをしてから離れた。



 サヨはフフっと軽く笑うと、特に何かを言う事も無く、俺の肩にそっと頭を乗せて来るのであった。



 はぁ、良いお湯だよなほんとに。




































「あ、そうなると樹人の惑星は海賊とかに狙われたりしないのか?」




『あの惑星には他にも遺産がありますから……』






 なるほど……サヨの表情を見て遺産の詳しい内容を聞くのはやめておいた。


 彼らが無事ならそれでいいしな。


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