第69話 研究結果

『……』


「……」

「……」

「……」



 いつもの戦闘指揮室は静寂で満ちている。



 ……。



『姿を現しました! ご飯です!』


「いや、適応体だろ!?」


 様子のおかしいサヨに俺は突っ込みを入れる。


 しかしサヨは俺の言葉が聞こえていない様で、自分の椅子から立ち上がると。


 戦闘指揮室の上段に設置された予備席に座って居る、目隠れロリっ子ドワーフ研究者であるスターデさんの元へと歩いて行き。


 そうして、サヨは両手で彼女の手を取ると。


『素晴らしい装置です、スターデさん』


 そう言って、スターデさんをキラキラとした尊敬を籠めた目で見ながら褒めていくのであった。



 その様子を見ている俺に、横の席に座っているクレアが話し掛けて来る。


「サヨさんすごい喜んでいるねぇ……あんな表情を見せるのは珍しいというか……」


「だな……まぁ数が少ない適応体は逃げ隠れする事があるからな、擬態して隠れられると厄介だしよ」



「『適応体誘引装置改』は上手く動作したみたいだねぇ……あ、待機していた艦隊に殲滅されたね」


 俺とクレアが見ている空間投影モニターには、擬態を解いて姿を現した適応体が、待ち構えていた味方の艦隊からの砲撃によって急所を打ち抜かれている姿が映し出されていた。


「これで適応体の掃除が随分楽になるからな、サヨが喜ぶのも判る話なんだが……」


「サヨさんってば、スターデさんの手を未だに握りしめて離さないね……」


 よっぽど嬉しかったんだろうな。


 だって俺の感覚で言うと……高級な天然マグロが広い海の中にも関わらず、釣り餌に自ら寄って来る装置を開発してくれた、って感じか?



 ……そりゃぁサヨも嬉しいだろうて。



「うんうん、良かった良かった」


「そうだねぇシマ君、良かったねぇ」



「……ちょ! ……た……助けて! シマきゅんっ! 只でさえあり得ない開発納期だったのに、サヨさんがすでに次の注文をして来るんだけどー!?」


 俺とクレアがほのぼのとしている所に、スターデさんの悲鳴が聞こえて来る。



 ……うんまぁ……。



「ちょいと前までは、一日中サヨがスターデさんに纏まりついていたらしいもんな……」


「明確な納期とかは無かったけど、あれは実質今すぐやれって脅迫に近いよねぇ……あれ止めなくていいの? シマ君」


 んー、サヨは両手で相手の手を握るだけでは止まらずに、嬉しいからなのか、それとも逃がさないという意思なのか。


 ガバッっと前からスターデさんを抱きしめて、ボソボソと小さな声で会話をしている。



 俺はほら、高性能な身体能力があるから小さい声も聞こえちゃうんだけども……ちょいと前の会話の内容はこんな感じだった。



 ◇◇◇


『これで適応体ごはんが隠れていても、いつでも釣り出せる様になりました、ありがとう御座いますスターデさん』


「う、うん、喜んでくれて僕も嬉しい……よ? ……というか、そろそろ手を離してくれないかなぁ?」


『という事で、次は適応体を見つける高性能なレーダーをお願いしたいのです』


「え? レーダー? いや、僕には色々と研究したい事が詰まっていてね……あの誘引装置も、どうしてもって言うから急いだけど……もう10日以上は寝てないんだよね僕……」


『現状の私のレーダーですと星系全体を確認する事が出来ないのです、ですので、ここは是非スターデさんの優秀な頭脳をもって、新たなご飯レーダーをお願いしたいのです』


「いや、さすがにそれは難しい注文かなって……あの……なんで僕を抱きしめて来るのかな? さ、サヨさん? ……ちょ! ……た……助けて! シマきゅんっ! ――」


 ――


 ◇◇◇



 スターデさんが俺に助けを求めた時の会話は、こんな感じだった。



「……うーん、仲が良い事は良い事だと思おうか」


「あ、シマ君が諦めた……」


 ええ? その言い方は酷いなぁクレアさん。


「じゃぁクレアが、あの状態のサヨを止めるか?」


「え!? ……あ……うん……抱きしめ合うくらい仲が良くなって……良かったよね!」



「……そうだよなぁクレア」


「……そうだねぇシマ君」


 よし、実験も上手くいったし、終わりにしようか。


「はい、出撃してた艦隊の皆も実験終わり~、撤収していいよ!」


「おつかれ~今日の出撃メンバーと観覧メンバーは、打ち上げでシマ君と宴会出来るからね~」


 クレアの言葉を聞いた出撃中のブレインユニット達の喜びの声が、空間投影モニターに乱舞する。


 そして俺とクレアは席から立ち上がり、実験お疲れ会な宴の準備へと向かう。


 俺達の動きに合わせてこの実験の見学をしていた他の子達も、戦闘指揮室から出ていく流れが出来る。



「いやぁ上手く行って良かったよな、誘引の効果範囲を限定的にするとか、言うは易しだろう?」


「シマ君の言う通り、普通こんな短い期間でここまでの使いやすさに改良するなんて……難しいと思うんだけどね?」


【スターデさんは優秀な方なのですね? ククツ様】


 今回も戦闘指揮室での見学抽選に当選していたサクラが、俺にそう話しかけて来た。


 サクラに咲く花は今日も綺麗だねぇ、ナデリコナデリコ、なんとなく頭を撫でておく俺だ。



 ポポポポンッ、うむ、満開の桜だ。



「サクラの言う通りだな、優秀な研究者が来てくれて嬉しい限りだ、まぁ……あれが終わったらお休みなりご褒美なりを奮発してやらんとな……」


「……そだねぇ……」


【サヨ様があんな風になるなんて思いませんでした……】



 そうして。



 俺達は背後から聞こえるスターデさんの救援要請を放置するという、苦渋の決断をしながら部屋を出ていくのであった。



 全員が部屋を出て背後の扉が閉まると、部屋の中からの悲鳴に似た救助要請の声が聞こえなくなった。



 ……俺達は、君の犠牲の事を忘れない!



 ……。



 ――



「さってとクレア、宴は何処でやるんだっけか?」


「別荘惑星に新しく作った……カラオケ施設? を模したお店でやるみたいだよ」



「ああ、宇宙だと騒音対策で仮想空間内が主流だもんな、地球だと今だに生で歌う文化が残ってるからなぁ」


「自分の歌声を調整をしないで生で周りに聞かせるのって、ちょっと恥ずかしい気がするよねぇ……」


【私は声が出せません……】


 サクラがちょっと悲し気に、空間投影モニターに心情を文字で表して来たので。


「サクラ、地球の文化でいうと、デュエットっていう男女二人で歌う文化があってな」


【男女でですか? でも私は声が……】


「そこは心配するな! 鳴り物という手に持つ楽器で盛り上げる事が可能なんだよ」



【鳴り物ですか?】


「そうだ、しかも普通なら人の手で持てるのは最高でも二つなのだが……サクラはそのツル毛で何個でも持てるだろう?」



【あ、はい、自分の意思で動かす事は出来ますけども……】


 そう言ってサクラは、緑のツル髪の毛をウニョウニョと自由自在に動かしてみせる。


 うむ、これならいけるだろう。


「サクラなら一人で合奏団とも言える演奏が出来る……その力で、俺の歌を盛り上げてくれないか? ……二人の音楽を皆に見せつけようぜ!?」


【……ふたり……は、はい! ククツ様と私の絆を見せつけます!】


 サクラは新たに花を沢山咲かせながら、笑顔でやる気を出している。



 ふぅ、良かった良かった。



 そうだよなぁ、声が出せない子の事も考えてしかるべきだった……。


 そしてこんな会話も、皆で通路を歩きながらしている訳だが。


 そこにクレアが一言。



「勿論シマ君は、私とも一緒に歌ってくれるんだよね?」


「ん? あ、ああ、勿論だよ、一緒に歌おうなクレア」


 そうクレアに返事を返す俺なんだけども……。



 なんだろうか……。



 宴に参加する事が決まっている、今日の観戦クジに当たっている周りの子の目が、一瞬ピカーンッと光った様な幻覚が見えた気がするんだよなぁ……。



 ……この後のカラオケで、俺の喉が酷使されそうなんだが……これは俺の気のせいだろうか?



 ……。



 ……。



 身体強化さん、貴方には毎度毎度ありがとう御座いますと伝えたい、そんな俺がここに居ます。




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