第74話 数年後のお話

『超長距離移動用空間跳躍ゲート』


 これは実際やばかった。


 アリアード皇国の版図外である銀河外縁部からでも、一日もかからず帰って来られる事が判明した。


 その一日というのも『空間跳躍ゲート』を設置する時間がかかるという話で。


 スターデさんがもっと素早く設置やら調整が出来ないかの研究をしているので、しばらくしたら何らかの成果を見せてくれる事は間違いないだろう。


 そしてさすがに一年も過ぎると、アリアード皇国各地で始まっていた移住用惑星のテラフォーミング祭も次第に落ち着いて来た。


 サヨが恒星系を丸ごと食べる事幾度かで物資は十二分に溜まり、必要物資を欲しがる相手の要望にも全て高値で応えてやる事が出来た。


 買い手の方も開発用の初期物資さえ手に入れば良いので、後は時間をかけてテラフォーミングをするだけだしな。


 多少落ち着いた資源の値上がりも、宇宙での掘削業者達の儲け話に成るので俺達が最後まで付き合う必要はないしな。



 そうしていつもの日常に戻る俺達だった。



 ……。



 嫁とイチャイチャしたり。


 学園都市の研究室が爆発したり。


 お見合い相手とイチャイチャしたり。


 海賊を討伐したり。


 お肌プルプルプールでプルプルしたり。


 ククツファンクラブ会員相手に銀河ネットを介した交流をしたり。


 自前の観光惑星でのんびり観光視察をしたりと……。



 そうして日々は過ぎていき。



 ……。



 ……。



 ――



 俺がサヨという補給艦に出会ってからもう何年だ? とばかりに。


 皆との生活が当たり前になっていた頃に……。



 サヨの義体が倒れた。



 ……。



 サヨが倒れて銀河ネット経由でも意思の疎通が出来なくなった事で様々な支障が出ている。


 情報収集能力がガクンと落ち、現状サヨの本体とも言える補給艦の航行が不可能に成った。


 補給艦内部の各施設は問題無く動いては居るのだが……。



「それでサヨは一体どうしたんだ?」


 補給艦の医務室の治療ポッドにサヨの義体である体を浮かべ、その側にいるサヨ姉妹の女医に質問をしていく。


 白衣を纏ったサヨ姉妹は特に焦った様子も無く。


『義体には何の問題もありません、今は治療ポッド内で寝ているだけなので大丈夫です……』


「サヨが一切反応しないのは義体は関係なくて……本体の方になんらかの異常があるという事か?」



『……艦の生命維持やらは問題無く動いてますので……これは医療分野ではどうしようもありません……これは……くっ……』


 女医なサヨ姉妹は何かを言おうとしてそれを詰まらせ、申し訳無さそうにしている。


「どうしようシマ君……サヨさんがサヨさんが……」


 医務室に一緒に居たクレアもその狐尻尾や狐耳をペタンと項垂れさせながら、どうしたらいいのかが判らないといった様子だ。


 いや俺だってどうしたらいいかなんて……でもここは……。


 俺の隣に立っているクレアを横から肩を抱く様に抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だクレア……サヨならすぐに何でも無かったかのように戻ってくるさ、そしてサヨはこう言うんだよ『ご安心ください』ってさ……」


 クレアは俺の言葉を聞いて涙を少し流しながらも。


「そうだよね、サヨさんだものね……すぐに……」


 泣いているクレアを強く抱きしめてさらに慰めてようとした時に、医務室の扉が開き。


 そこから中に入って来たのは。


「どうしたトウトミ、まだサヨが倒れた原因は判って無いんだ、皆の動揺は理解出来るが新しい情報はまだ――」


「サヨ様は大丈夫ですよ、シマ様」


 黒髪ツインテールで地球の日本地区のアイドルっぽい見た目をしたトウトミは、至極真面目な表情でそう言って来た訳だが……。


「何故そう言い切れるんだ? というか……お前はなのか?」


 前にもこんな違和感を覚えた事があったよな?


 あれは確か『お肌プルプルプール』の飛び込み演技で優勝をしたトウトミと、高級ホテルでお茶をしていた時で……。


「……私は私ですよシマ様、一緒にあれやこれやを一杯したじゃないですか、クレア様の居る前で詳しい内容を話しますか?」


「おーけー! お前はだ! 間違い無い、だから話を戻そうか」


 うん、まずはサヨの事を話さないとな!


「シマ君? トウトミさんと何をやったの?」


「それでトウトミ、サヨが無事だというのはどういう事だ?」


 クレアからの質問は聞こえなかった事にして、トウトミに話の先を促す俺だった。


 痛い、俺のお尻を抓らないで下さいクレアさん! ……後で二人っきりの時に白状するので勘弁して下さい……。


 俺の想いが伝わったのか、クレアは俺のお尻から手を離してくれた。


 そうしてトウトミの話を待つ俺とクレアとサヨ姉妹の女医だ。


「今サヨ様は自身の進むべき道を選んでいるのです」



 む?



「意味が良く判らないんだが……学生時代に自分探しの旅に出かける様な事がサヨの身に起こっているという事か?」


 学生の頃ってそういう事考えたりしない?


 俺も一人で日本一周グルメの旅とかに行きたかったし。


 ……それはちょっと違うか。


「旧銀河帝国の技術者はサヨ様や私達に様々な禁則事項を設けましたが、それらがアンロックされる条件も設定していたのです」


 ……サヨの事だしお笑い的な何かで終わるかと思ったんだが、シリアス方面の話だったか……。


「それで?」


「それらのアンロック条件がクリアされた為に、サヨ様が自由に成られたのです」



「サヨはいつも自由奔放だった気がするが……まぁ続きを聞こう」


 というか、サヨの言動が自由気ままじゃなかった事があるだろうか?


「自身を縛る禁則事項が無くなるという事は……シマ様に盲目的に従う事も無くなるという事です」



 ……え?



「つまり?」


「サヨ様が思う様に動く為に、シマ様と離婚も有り得ます」



 はぁ?



「え? 俺とサヨが?」


「はい」



 ……。



「いや、そりゃねぇよ」


「どうしてそう言い切れるのですか?」



「ただ遺産との相性がいいからと選ばれた最初の頃なら兎も角……今現在のサヨは俺の愛しい嫁で、俺もサヨの愛しい夫だからだ」


 当然の様にそう言い切る俺だ。


「すごいねシマ君……自信があるとかじゃなくて、それが当然とばかりな……ちなみに私の事は?」


 クレアが横からそう聞いてきたので、勿論俺はこう答える。


「クレアも俺の愛しい嫁だよ、クレアは?」


「私もシマ君と一緒に居る時間が大好きだよ」


「クレア……」

「シマ君……」


「「ムチュー……――」」



 ……。



 ……。



 ――



 ……突っ込み役が不在だった為に、俺とクレアは十分に時間をかけ、キスでお互いの愛情を確かめ合ってしまった。


 その間律儀に待ってくれていたトウトミに声をかける。


「すまんトウトミ、話の続きを頼む」


「あ……はい、えーと、まぁ私もサヨ様がシマ様を手放すとは思って居ません、最悪の未来もあったという事を教えておきたかっただけですので」


 確かにサヨが俺から離れていくのは最悪ではあるなぁ……サヨが居ないと人生がすごい詰まらなく成りそうだもんな。


「そうか、まぁ俺とサヨはラブラブだからな、さっきの話で動揺したりはしないさ」


「ええ知って居ます、だからこそアンロックがこんなに早く来た訳ですし……」


 禁則事項の話か?


「そういや、その禁則事項が解ける条件ってのは何だったんだ?」


「細かい設定もあるのですが、簡単に言うとサヨ様とシマ様が一緒に過ごした経験が数万年と、遺産の主であるシマ様が数万年以上生きているという所が主だった部分になります」



 ん?



 いやいやいや。



「待て待てトウトミ、俺がサヨに出会ったのは数年前だし、俺が生きて来た時間だってまだ皇国年齢で24年くらい? だぞ」


 まぁ身体強化措置のお陰で見た目はまったく変わってないけどな。


「普通ならこんな事は数万年先に起こる予定だったのでしょうけど……シマ様とサヨ様はすでに無量大数的な人生を過ごしていますし、シマ様も数万年を超える主観時間を過ごしておられますよね?」



 ……それって。



「それは……サヨがやって居たという俺とのラブラブ人生シミュレーションと……」


「シマ君が皆と交流する為にやっていた思考分割の事だね?」


 俺の言葉をクレアが補完していくのだが、まぁそういう事だよなぁ?


「その通りです、まさか旧銀河帝国の技術者も実質数年でアンロックの条件がクリアされるとは思ってもみなかったでしょうね」


 そりゃ……いや、でもさぁ。


「シミュレーションでも良いって、ガバガバ判定じゃね?」


「サヨ様の計算能力を十全に使った物ですよ? ある意味シミュレーション内の人格も皇国の基準ならば知性体として認定されかねない程ですから……」


 うえ、それってばさ。


「下手したら無量大数な俺という人格が存在した可能性があるのか……こわっ!」


「それは……人格データが欲しい様な、別人な様な……微妙なラインだねシマ君」


 俺を模した人格を欲しがらないで下さいクレアさん、俺は自分自身の影に嫉妬とかしたくねぇからな!?


 ……何にせよだ。


「その旧銀河帝国の技術者も詰めが甘いってーか……そもそも解放条件が一緒に数万年過ごすとか……ロマンチストだよなぁ……」


「そうかもしれませんねシマ様」


「だねぇシマ君」



 俺の言葉に賛同するトウトミとクレアだった。



 そりゃさぁ、『こんな事もあろうかと』なんて言い出しそうな技術者だもの、ロマンは大事にしそうだよね。


 そもそもサヨが作り出すアエンデ型駆逐艦を初めて見た時に、その古臭い戦艦を感じさせるフォルムは宇宙では無駄であろうに敢えてそれを為す部分にロマンを感じたものな。


「まぁサヨは禁則事項が解けて……あー……再起動をかけている様な状況か?」


「……いえ、サヨ様自身の存在を何処に置くかの選択しているのかと思われます」


 ありゃ予想と違ったか、えっと……サヨ自身の存在?


「サヨという存在が?」


「はいシマ様、サヨ様は元の世界に帰るのか残るのかを選択中なのです」


 まだよく理解は出来て無いが……サヨは残るだろ? 残るはずだ……それはそれとして。


「元の世界ってのは……銀河ネットの奥底か? もしかして俺と出会う前の状態に戻るとかなのか?」


 俺とは居たく無いという判断をする事があれば、全てが元に戻る事もあるかもしれんか?


「いえ……そうですね、簡単に説明をすると」



 そこでトウトミが一旦言葉を止める。



 確信部分なので溜めを挟んだのだろう。



「すると?」


「サヨ様は神です」



「は?」



 ……。



 ……。

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