第59話 日常的に訓練をしないといざという時に

「へ? 『ククツクジ』の売り上げというか参加数が爆上がりしたの? なんで?」


 俺はサヨが渡してくれたタオルで汗を拭いながら、そう問いかける。


 今はサヨの本体である兵站用補給艦の中にある、フィットネスジム的な場所でトレーニングをしていた所だ。


 身体強化も極まると、一切動かないでも飯さえ食っていれば体形を最適に維持してくれるんだけども、まぁたまには体を動かしたくなるからさ。


 今はほらあれ、動く床の上で時速70キロくらいでのんびり走りながら、側に居たサヨと軽い雑談なんかをしていたって訳。



 その動く床から降りて、汗を拭きつつサヨの返事を待つ俺。



『少し前に皇国軍に『サクラーユ化粧水』を大量に渡した事は覚えていますか?』


 ああ、あれな。


「お仕事を頑張ってくれている彼女らに賄賂ってーかプレゼントした奴な、出来ればドリドリ団なんて俺らが出る間もなく皇国軍の手によって消滅して欲しいからなー、それで?」


『はい、まぁ男性にも無性な方にも嗜好品か『サクラーユ化粧水』か選べる自由を与えたので、結局皇国軍の7割近くの人員に『サクラーユ化粧水』を配ったのですが、その情報が民間に漏れてしまいまして、そのうえで要塞都市へ無料招待された庶民の方々からお土産として『サクラーユ化粧水』が買える事が情報として各地に流れましたので……』


 なるほど……まぁ女性はこぞって欲しがる品だしな……いくらでも買える学生と違って、招待をした庶民の場合、お一人様一本の制限付きだったけど、かなりの確率で買ってたよな……。


「皇国軍向けで男も選べる様にして7割か……もっと数字が高くなりそうだけどな、奥さんや恋人にプレゼントしちゃってもいいんだしよ」


 恋人じゃなくても、気に成る人にプレゼントしたら好感度上がるんじゃね?


『それはまぁ……皇国軍には『お肌』が無い人種も居ますので……』



 あ、そういやそうだな。



「機械生命体とか鉱石系の人も居るもんな、そりゃそうか」


『いえ、鉱石人種の場合でも『サクラーユ化粧水』は効きます……彼ら曰く鉱石肌が元気になるとか……、科学的な事を聞かれても答えられない事を予め言っておきます』



 ……。



「そういやプールから垂れ流しにすると惑星が元気になるとかいう、訳の分からない返事をされたっけか……ほんと謎物質だよなぁ……」


『……』


 あ、この話はタブーっぽいか、えーと。


「『ククツクジ』の参加が多いと困る事は……特に無いよな? 当たり率が低くなるってのはあるかもだが」


『そうですね、始めた頃はシマ様のファンクラブ会員がメイン層でしたが、今は老若男女機器木石獣魚虫菌まで、ありとあらゆる、アリアード皇国に知的生命体と認められた種族が『ククツクジ』に参加している様です』


 俺のファンクラブかぁ……もうあれって桁がおかしい事になってるんだよな、地球の感覚で言うと数字バグってますよ? ってなもんでさ。


「有難いが……あんまり当たらないと不満が出そうだよな」


 俺はそう言いながら次のトレーニングを始める、片手で逆立ち腕立て伏せだ、ほいほいさっさっと。


『そうですねぇ……現状一等の観光要塞都市ご招待以外にも、粗品程度の当たりを出しているのですが、その規模を拡大しようかと思っているのです』


 いっちにーいさーん、こんな訓練でもまったく負荷が無いのがなんともな……準備運動だと思えばいいか。


「今って二等から下はどんな当たりにしてんだ?」


『そうですね……『シマ様デジタルフィギュア』とか『シマ様デジタルポストカード』とか『シマ様ささやき声おはようボイス』とか『シマ様壁ドンこっちを見ろよボイス』とか『シマ様』――』


 ゴロンと、バランスを崩して床に倒れてしまった俺。


「待て待て待て、なにそれ? そんなのを当たりと言われても……ああ、ファンクラブなら良いだろうけど、それ以外の層には嬉しくないんじゃね?」


 俺のファンクラブに、当然の様に入っていると宣言している天然ポンコツアイドルのニナさんあたりなら……すっごく欲しがりそうだけどもな。


『私の足元に寝転がるなんて、シマ様は私のパンツを覗きたいのでしょうか? スカートの裾を持って少し広げましょうか?』


 何故そうなる、すぐさま立ち上がる俺だった。


「俺はそんな偶然を装った姑息な見方はせんわい」


『そうでした、シマ様は堂々と相手のパンツを見るお方でした、申し訳ありません』



 ……その言い方はちょっと違くね? もっとこう……いやまぁこの話は深く堀らない方が良いな。



「えっとクジの話に戻す……俺の声とか姿絵だけじゃファンじゃない人には嬉しくないだろう? って話だったな」


『すべての当たり商品にはデジタルタグが付いていますので、複製が不可能……いえ……銀河ネット上に載せて運用をするには複製品では不可能となります』


「ふむ……それで?」


『つまり、クジで当たった物を銀河ネットで売る事が出来るという事です、たしかあのニナ何某とかいうポンコツアイドルが部屋に飾っている様々なシマ様のデジタル映像もそうやって買い集めた物が多いのではないかと、こちらでファンクラブ向けに数量限定で販売した物以外のデータを銀河ネット上で流通させる事は不可能ですので……』


 なぁ……いつのまに俺の姿絵とかを販売してんだ? ……いやまぁ公式ファンクラブ的な物を管理してるならそれくらいやってて当然なんだけどさぁ……。


 一度どんな商品を売っているのか確認を……すると俺の精神上良く無さそうなので辞めておこう、知らない事が幸せな事だってあるよね。


 ニュースで流れた映像を加工して自作で所持してる人とかは居そうだけどな、それを銀河ネットに載せる事は出来ないんだよなぁ。


 まぁつまり、クジで俺の姿絵が当たれば、俺のファンに売れるって事か。



「普通に少額な当選金とかにする訳にはいかないよな?」


『規模が銀河中となりますので……さすがに資金的に勿体ないかなと、シマ様の画像ならバージョンを変えていけば無限に作り出せますのでお得なのです……例えば運動をして汗を拭いて居るシマ様の図とかは、ファンクラブからの要望板に多かったので採用しようかなと思っております』



 ん?



 おいまてサヨ。



「サヨ……まさかお前、今日急にこのトレーニングを勧めて来たのって……映像データを取る為とか言わないよな?」



『ご安心くださいシマ様――』

「安心できねぇよ?」



『……』

「……」



『最近シマ様の反応が早すぎて私はちょっと寂しいです……ネタは最後まで言わせて頂けませんか?』

「あ、ごめん、確かにそうだったな、ちゃんと聞くわ」



『はい、ありがとう御座いますシマ様』

「聞いたうえでお仕置きするわ」



『……その程度で私が怯むとお思いですか?』

「まったくもって思わないな、それで? ご安心下さいの後は?」



『ご安心下さいシマ様――』

「安心出来ねぇよ?」



 ……。



 あ、サヨがその場でしゃがみ座りして床に『の』の字を書き始めた、ご丁寧に空中投影技術を応用して床に『の』の字が増えている、技術の無駄遣いだな……。


 まぁあれだ。


「すまんサヨ、天丼も時と場合によるよな、ごめんな? 許してくれ」

『次やったらドボンでシマ様の負けですからね?』


「おっけー何の勝負か判らないが了解した」


『コホンッ……ご安心下さいシマ様!』


 ちょっと元気よく言って溜めを作って俺を見るサヨ、だからもう言わないってば……警戒すんなよ、それとも来て下さいというフリだったのか?


『……ちゃんと映像には修正を入れておきますのでご安心下さい』



 ふむ、修正?



「修正とな?」



『はい、シマ様のムダ毛等は……ありませんでしたね……』

「ああ、ちょいちょいダークエルフ美容師4姉妹が全身の処理してくれるからな……」



『お肌のシミも……ありませんね……』

「『お肌プルプルプール』というものすごい物があるしな……いつでも俺の肌はプルプルで艶々だ」



『無駄な贅肉も……ありませんね……』

「身体強化をしていて飯もきっちり計算された物を食べて、時たまこうやって運動すればそりゃなぁ」



『となると修正するべき場所が……』

「顔をイケメンに修正するとかいう落ちはナシな」



 一応俺は先にそこを潰しておいた……。



 おや? サヨが何かを言おうとしたまま固まり、額から汗が滲み出る……表現が細かいなぁサヨは、終わったら褒めてあげよう。



『く……そこを潰されたら……』

「潰されたら?」



『もうそのピッチリした運動着の、股間部分のもっこり度を上げるしか無いじゃないですか!』



「なるほど確かに俺の弱点はそこだしな、ってなるかアホウ!」



 俺はそうやってサヨに突っ込みを入れていく、紙ハリセンでもあれば良かったのにな。



 ……。



 ……。





『うーん……もうちょっと他の方が良かったですか?』


「そうだな、股間ネタは下ネタに入るから受ける層がバラつく可能性があるな、後で落ちを皆から募集してみたらどうだ?」



『それもいいかもですね、……後は一部の人種向けに髪の毛を修正してハゲにするとかはどうでしょうか?』


「それはネタというよりも実際にある話だろ……元々髪が無い種族とか結構いるし」



『それもそうですね……難しいです……』


「お互いの空気感を合わせておかないと、いざって時に皆の前で上手く出せないしなぁ……」



『これからも練習は不可欠ですね、シマ様』


「そうだな、サヨ」



 そうして俺とサヨは毎度の下らない雑談を交わしながら、トレーニングの続きをしていく訳だ。



 このトレーニングの最後にある『くのいち忍者部隊』相手の組み手がめっちゃ辛いのよな……身体性能では俺が勝っているのに技の質で負けちゃうからなぁ。


 ……俺が負けるとシマポイントゲットだから彼女達も手加減しないしさ……。



 いざって時の為には、こっちの練習もちゃんとしとかないとな、頑張るべか。

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