第16話 『皇国の英雄譚』
そこは戦闘艦の指揮官室いわゆるCICという奴だ。
下段には様々な種族の女性がモニターに向かい作業をしている。
そしてそこから一段上がった場所にある、指揮官用の椅子に座るイケメンな男と、その横に立って居る金髪ロングのエルフ女性が会話をしている
「ククツ艦長、敵マザー級適応体まで、後1ショートワープの距離まで来ました、観戦武官はこの宙域で待機をする事になります」
「クレア皇女が見ているなら張り切ってやらないとなサヨ」
「はい、では作戦の説明をします」
「ああ頼んだ」
「敵マザー級適応体の近くでは銀河ネットジャマーが発動しています、ですので我が艦の戦力は遠隔操作が出来ません、なので全ての艦に搭乗員を乗せて運用します」
「それは……他に方法は無いのか? サヨ」
「ありません、ですがご安心下さい、その艦隊戦力達は我が補給艦を護衛する為の役目なので損害は軽微で終わるでしょう」
「ふむ……すると攻撃は?」
「はいククツ艦長、私がやります」
「だがサヨ、お前は補給艦だろう? 戦闘能力はほとんど無かったはずでは?」
「私は旧銀河帝国の遺産である補給艦です、その機関部を暴走させればこの銀河すら吹き飛ばせるのですククツ艦長」
「おいおい……冗談にしては……冗談では無いのだな」
「マザー級適応体を倒せても銀河が吹き飛んだら意味ないですからね、奴の近くで被害が出ない様に上手くやる必要があります」
「そうか……じゃぁ一緒に突っ込むかサヨ! これが終わったら皆で休暇とって遊びまくるぞ!」
「はいククツ艦長、では皆に士気を上げる為の挨拶をお願いします」
その金髪エルフの言葉と共に、下段にいたすべての女性が立ち上がり、指揮官に向けて真剣な目を寄せてくる。
そして空いているスペースに空間投影モニターが大量に出てくる。
そこには小さく区切られた升目に様々な種族の美人の上半身が映し出され、その小さな升目の下部には名前が映し出されている。
恐らく護衛をする戦艦達の搭乗員なのだろう、彼女達は一切無言で只々艦長の事を見て来る。
「言える事はただ一つだ、あのくそったれな適応体を倒して皆で帰還をする、無事に帰還できたら美味い酒でも飲むぞ!」
空間投影モニターに映る女性達や、指揮官室にいる女性達に少し笑みが漏れる、そこに。
「では作戦開始の号令をお願いしますククツ艦長、ついでにその時に、私の正式な名前をおっしゃって下さいませんか?」
「ん? ああ、じゃいくぞ、作戦開始だサヨウナラ!」
男がそう言うと彼の座っている椅子が黒い何かに覆われる。
その中は真っ暗で、暫くすると空間投影モニターが男の前に現れて、指揮官室にいた金髪エルフ女性が映し出される、すると。
「ククツ艦長の最後の命令『サヨウナラ』を受諾、緊急脱出装置にて艦長を後方の観戦武官の船へと誘導します」
「まて! どういう事だサヨ! ここから出せ! 俺はお前らと一緒に戦うって言っているだろう!?」
男の声は彼女らに届かない、音声が届いてない様だ。
「申し訳ありませんククツ艦長、そちらからの音声回線の調子が悪くて映像しか見れない様です、間もなく我らは敵マザー級適応体に対して突撃をしかけます、もうそろそろ銀河ネットも繋がらなくなるので……これでお別れですククツ艦長……総員ククツ艦長に対して敬礼!」
「まてふざけるな聞こえているのだろう? 命令だ俺を戻せ! おい!」
男が何を言っても彼女達には聞こえない、命令が届く事は無いのだ。
そして男の前では空間投影モニターが乱舞する、今まで真剣な顔で俺を見ていた女性達がみんな泣きそうな……いや実際に泣いている娘もいる、そうして泣き笑いの表情を見せ、綺麗な敬礼をしながら一言声をかけては消えていく。
『おさらばです艦長』
『元気でね艦長』
『生きて下さい艦長』
『バイバイ艦長』
『楽しかったよ艦長』
そう言っては消えていく敬礼をした女性達のモニター画面、これが最後の別れなのだと男は気づく。
……。
……。
そして最後の空間投影モニターに、ツインテールの美少女が映し出され、その画面の下部にはトウトミと書かれていた。
『ククツ艦長、最後なんだしトウトミちゃん可愛いって言ってくれませんか? あ、音声聞こえて無い設定でしたっけ、では失礼しますククツ艦長! お元気で!』
そうして、涙を流し笑顔を浮かべながら敬礼をしていた、ツインテール美少女の空間投影モニターも消えていった。
「ふざけるな! なんだよ設定って! 聞こえているなら俺の命令を聞けよ! サヨ! 聞こえてるんだろ!? サヨ!」
男の前にモニターが出てきて、金髪ロングのエルフが映し出される。
「はい、貴方のサヨですククツ艦長、私の我儘でこんな事になり申し訳ありません」
「サヨ! 俺を戻せ、俺はお前らと――」
「クレア皇女はどうするのですかククツ艦長、大丈夫、貴方の未来は私が守ってみせますから、時間の様です、ではククツ艦長サヨウナラで――」
発言の途中でモニターが消えてしまった。
彼女達は銀河ネットジャマーの範囲に突入したのだろう。
……。
ガコン、何かにぶつかった音がする。
しばらくすると男が座っていた椅子を覆っていた黒い障壁が解かれていく、そこは戦艦の物資搬入口であった、そしてそこには。
「シマイ君!」
「クレア皇女……俺はいらないそうです……」
「そんな言い方をしないで! 理由なんて判っているのでしょう? 彼女達は貴方に生きていて欲しいのよ! そして貴方には彼女達の奮闘を見守る義務があるはずよ!」
「……そうだったな、こんな俺でもそれくらいは……行きましょうクレア皇女! 貴方はいつも俺の背中を押してくれますね」
「嫁に成るんだから当然よ!」
男は女性と手を繋いで艦橋まで移動をする。
……。
手を繋いだ二人が艦橋に着いた瞬間だった。
艦が細かく揺れ動き、そのせいで倒れ掛けたクレア皇女を男が抱きかかえる。
その船の艦長である髭の生えたカエル爬虫人のお爺ちゃん艦長が大きな声を張り上げる。
「どうしたケロ、何があったケロ」
その艦長の指示に答えるように、オペレータ達が一斉に報告をしてくる。
「強力な時空震の様です」
「無人の観測機からのデータ来ました……戦場であった辺境伯領の恒星系が……丸ごと消えた様です」
「どうしますか艦長」
「確認をしにいくケロ、危険だがついてきてくれケロ」
「了解しました艦長、辺境伯領に向けてショートワープを開始します、カウントダウン5・4・――」
――
ショートワープが終わった辺境伯領の星系があるはずの地点、だがそこには何もなかった、それを茫然と見る男と女性。
「クレア皇女、サヨはマザー級適応体をやっつけたんですね……」
「そうね彼女は主人の未来を、そして人類の未来を守る事に成功したのだわ……」
二人は抱き合いながら亡き戦友で部下で友を想い泣くのであった。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
「出力40%軌道修正よし!」
「エンジン良好、問題ないぜ」
「周囲に艦影無し問題有りません」
「艦長『シマ級練習用巡洋艦』進発できます、発進許可を!」
若い、そう、若いひな鳥達が元気よく声を掛け合いながらこの船を動かしている。
俺が椅子に座ってそれを聞いていると、横に立って居る女性が俺に声を掛けてくる。
「あの……ククツ教官殿、最初の号令だけでいいのでやってくれませんか?」
「どうしたニナ艦長、私はただの君らの教育係であってその権限はないよ、ちゃんと自分でやりなさい」
「でもあの……」
ひな鳥達に艦長と呼ばれている美少女が、手の指先を組んでモジモジとしながら、何かを言いあぐねている。
「ふひひ、あの氷結と呼ばれてるニナが照れてる姿なんて滅多に見れないよな」
「くく、確かにな、並み居る優秀な男子学生達を押しのけて艦長役になるほど優秀なのにな」
「なによそれ、女性蔑視で訴えるわよ! ニナはただ憧れの人が教育係になって嬉しいだけなんだから」
「ちょっと貴方達私語はやめなさい! あの人類を救った英雄であるククツ様が側にいるのよ!? 緊張しない方がおかしいでしょ!」
ニナ艦長が大きな声でひな鳥達を諫める。
「ククツ様ね……」
俺はついそう呟いてしまった。
「あわわわ、えっとその違うんです! いや憧れているのは本当なんですけど! そうじゃなくて、あのその! にゃー--!」
「おいおい氷結のニナってあんなに可愛かったのかよ……」
「びっくりだなこれは」
「ばっか貴方達は知らないだけでニナはククツ教官の大ファンで、グッズとか映像とか一杯持ってるし、部屋の壁はククツ教官の艦長時代の画像投影で一杯なんだからね?」
「ちょっとケイト! それは内緒にって……あううう……」
俺はそのあまりの慌てぶりに笑ってしまう、だがこれ以上放置するのは可哀想か。
「なら、最初だけは君の憧れの英雄である私が号令をかける事にしようか」
「あ……はい! ありがとうございますククツ……艦長!」
艦長役は君だろうとは思うのだけど、まぁいいか。
「では諸君、行こうか」
俺が声を掛けると、全員が椅子をぐるりと回し前を向き姿勢を正す。
「ククツシマイが命じる! 『シマ級練習用巡洋艦』発進せよ!」
「「「「「了解!」」」」」
「出力40%から70%へ」
「進路オールグリーン」
「エンジン出力問題なし」
「『シマ級練習用巡洋艦』発進します」
「はわわククツ様かっこぃぃ……キュンッ」
一人だけちょっと別な世界に行ってしまっているが、まぁ問題はないだろう、艦長なんて決断と号令が仕事であって細かい事は他の人がやるものだからな。
そうして俺は昔の事を考える。
英雄か……この世界を救ったのはサヨであって俺は……いや俺を憧れの目で見てくる子がいるのならそれを演じねばなるまい。
あれからもう百年はたっている、強化措置をされた俺の寿命はまだまだあるだろう、俺はこの寿命を使って……。
サヨウナラ‥‥‥お前の守ったこの世界を見守っていこうと思う。
Fin
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