第21話 ベクタード・スラスト

 ◇◇◇


 前書き

 本筋で映画を見た少し後からの話になります


 ◇◇◇






「くそくそくそ! この×××がぁ!」


 俺は罵詈雑言を放ちながらもスクィード1号戦闘機を操作していく。


 敵は俺の後ろにぴったりと張り付いて振りほどけない、不規則な上下左右への急旋回、逆噴射を使用しての急減速すら読まれていた。


 俺の強化された反射神経は、スクィードのフルスペックを使い切った機動も余裕でこなせているはずなのに!


 敵機体の性能が高い訳ではない、技量で負けているんだ……くそ!


 時折背後から放たれるビームによってこちらのバリアが削られていく、このままだとバリアの修復が間に合わなくなる……なんでこんな機動について来れるんだよ!


 仕方ない一対一を諦めて、前方で繰り広げられている味方と敵のドッグファイトに飛び込むしかない。


 敵味方合わせて一万機以上が飛び交う乱戦の戦場だと、想定外が怖いので外周部で戦おうとしたのが失敗だったか?


 いや……きっと俺の後ろに憑いて来ている奴が敵のエースに違いない。


 すまんエースを抑えられない俺を許してくれ! 俺は激戦区の中へとフルスロットルで進入していく。


 飛び交う戦闘機のビームに誘導ミサイル、その中を容赦なく最高速度近くで飛び交うスクィード1号戦闘機達……。



 ムリムリムリムリ、これは無理だって!



 認識は出来るし避ける事も出来るけど、じゃぁどっちに避ければいいのかの判断が判らん!

 って俺の後ろに憑いていたエースが爆散した!?


 そして俺の周囲に逃げ道が塞がれる様にミサイルがバラまかれた!

 くそっ! 回避できる穴がこっちにしか無いじゃんか!



 ……。



 ……。



 パチっと目を見開く俺……目の前は何か大きな物に視界を塞がれている。


「シマ様負けちゃいましたね、お疲れ様です」


 俺の目の前の大きな二つの物体がそう声をかけて……いや膝枕中だったなそういや。


 大きな大きなお胸様が邪魔で今は相手の顔が見えないが、彼女はスクィード戦闘機のブレインユニットで。

 その義体は綺麗な緑色の髪のボブカットで、胸がスイカみたいな僕っ子の犬獣人で、すごく可愛い子です。



「ああ、敵に撃墜されたんだと思う」


 銀河ネットに繋ぐが如くフルダイブで電脳空間へと入り、この僕っ子のスクィード戦闘機を借りて戦闘演習をしていた訳だ。


 遠隔操作がどんな物か知りたかったのもあるが、ラグも無いし実機を使った臨場感はすごかった。


「初めてにしてはスクィード1号を良く動かせていたと思いますよー、頑張りましたねシマ様、ナデナデナデ」


 緑髪ボブカットの僕っ子に、膝枕をされて頭をナデナデされて褒められる俺だった。


 起き上がろうとしたら、オデコと肩を両手で押さえ付けられてしまった……。

 もう少し膝枕のままでいろって事か、仕方ないので力を抜き、目の前に見えるプルプルと揺れるスイカを見ながら話しをする。


「敵のエースっぽい機体と一騎討ちになったんだが勝てなかったな、乱戦に飛び込んで勝機を得ようとしたが駄目だった、でも敵のエース機も味方が撃墜してたみたいだし、これならうちの陣営の勝ちになるんじゃね?」


「えーと……」


 目の前の二つのスイカが困った声を出している、そして俺の頭へのナデリコは未だに続けられている。


「どうした?」


 言葉を止めていたスイカを促す。


「シマ様と一対一で戦っていた子はその……最近ロールアウトした子で実戦経験も無いし、シミュレーターでの訓練時間も少ない新兵でして……あはは……」


 プルプルと申し訳なさそうに振れる二つのスイカだった。



「なんだ……と……俺の精一杯の操縦でも勝てなかった相手が新兵? 期待の新人とかそういう?」


 俺は目の前のスイカに質問をしていく。


「訓練の成績が悪い子なので、一番弱い相手に勝たせて自信をつけさせようとしたみたいですね」


「成程なぁ……ん? 一番弱い? それって……俺の事か?」


「……」


 俺が目の前のスイカに疑問をぶつけるも返事は帰って来ない、いやいやまさかそんな……ねぇ?



「なぁスイ……君があの新兵と戦ったらどうなる?」


 危ない危ないスイカと言いそうになってしまった。


「僕がですか? そうですねぇ……一対一で1号装備のスクィードなら20秒以内には倒せるんじゃないでしょうか、ガン逃げされない限りですけど」


「それはすごいな! もしかして君はエースなのか?」


 相手が新兵とは言え、あの技量の相手に20秒以内ってすごい事だと思うんだが。


「もう! さっきは僕の事を愛称で呼んでくれたのに、なんで君に戻ってるんですかシマ様? ……今回の、シマ様に機体を貸す代わりにお願い事を出来る権利のクジを引けるのは、戦闘シミュレーションでの成績上位1割に入る者達ですので、技量はまぁそれなりですね」



 愛称?



 ……あーそういやこの子の名前は、髪の色を元に日本語の翡翠からとって『ヒスイ』だって自己紹介してきたっけか。

 ……さっきスイカと言いかけた事は黙っておこう。


 だって俺の目の前でスイカが二つプルプルしてるんだもん、しょうがないよな!



「そのお願い事が別荘で膝枕な訳か」


 今居るのはサヨの中の別荘惑星にある、俺の別荘の自室のベッドの上で膝枕してるんだよね、サヨは何故か側に居ない。


「ん? んー……シマ様この後の予定覚えていますか?」


 この後? まだ続いているドッグファイトの演習が終わったら、少し間をおいて今度は戦艦群十万対十万の戦闘演習だよな?


 駆逐艦から戦艦までバランスよく構成した艦隊大決戦だ。


 演習なんだけど、戦闘機の戦いも戦艦の戦いも本気でやるので、普通に機体が爆散するんだよね。


 なんでこんな派手な演習をするかというと、これが銀河中に映像を流す公開戦闘演習だからだ。


 内乱を一応抑え、今は公爵と繋がっていた領地持ち貴族達の、改易やら処罰を進めている所なんだけど。

 下手にやると各地で一斉に蜂起される恐れがある、な訳でこちらの実力と戦力を見せつける必要があるんだ。


 強力な外敵である女王級適応体を知らしめる映画は皇国内で大ヒットしたんだけど……一部の貴族は信じてくれなかったんだよなぁ……ただのエンタメ映画と思っている人も多かったみたい……。


 恒星サイズの敵と言われてもな……偽情報だと怪しむ気も判らんでは無い。


 まぁそんな映画でも、俺の公式ファンクラブを設立するくらいには大ヒットしたんだけどね……。


 映画に出て来たイケメン役者に比べると顔面偏差値で負けちゃうから、本物の俺の人気は上がらんだろうと思ってたんだけども……。


 種族が違うと多少の顔の違いとかは気にならんらしいのよね。


 『くのいち忍者部隊』の頭領でもあったし、俺の知名度が映画のせいもあって爆上がりして人気が出ちゃったみたいなんだ。

 まぁそのうち飽きられるとは思うんだけどねぇ。


 俺もなぁ顔が魚系の種族のイケメンとかパッと見じゃ判らんし、アリアード皇国みたいな多種族国家だと、地球ほどイケメン有利って訳じゃないのかも?


 下半身が魚で上半身が地球人と似た様な感じのマーメイドっぽい魚人とかだと、ウロコの配置や色でモテ度が変わったりとかする種族も居るらしいよ?



 っとあまり待たせると悪いな、えーと確かこの後は。



「クレア率いる十万隻の艦隊とサヨ率いる同数の艦隊での戦闘だよな、聖妻戦争とか銀河ニュースでやってたんだが翻訳の間違いかねぇ? それを言うなら正妻だろ?」


「妻の格を決める聖なる戦闘ですから合ってるんじゃないですか? どちらも正しく妻であるので、そこは決めるべき部分では無いでしょうし」


 そういう物か? 銀河ニュース視聴者の勝利者予想投票だと、職業軍人であったクレアが少しだけ投票数が多かったけど、どうなる事やら。


「まぁスクィード1号の戦いはまだ続いているみたいだし、もっと後の話だな」


 視線をスイカから少し外して横を見ると、空間投影モニターの中で未だに壮絶なドッグファイトが続いているのが判る。


 あの子らすげぇ技量と集中力だよな……。


「そうですね……彼女らも今回の戦いの成績で上位を取ると、僕と同じような願いを叶えてくれるというので気合の入り方が違いますよね」


「そんなに膝枕をさせたがる物かねぇ……いやまぁ俺は役得だからいいんだけどよ」


 俺は後頭部に感じる太もも枕の柔らかさを感じつつそう答える。


「……ねぇシマ様、僕の願い事は膝枕じゃないんですよ」


 目の前のヒスイが体を伏せて、そんな事を言ってくる。


 すると、二つのスイカの上部から目の上だけが見える状態だ。


「違うのか?」


「はい、このドッグファイトもその後の艦隊戦闘も恐らく長引きますし……僕の願いは、その時間を僕とシマ様の休憩時間として頂くという物なのです」



 ん? 休憩? いやそれって……。



「それは、つまりそういう感じの?」


「そうです、サヨ様やクレア様には許可を頂いていますし、シマ様が嫌がるならこのまま膝枕のままで終わりますが……」


 スイカの向こうから潤んだ目で見てくるヒスイ、頭の上の犬耳は心配なのかペタンと閉じてしまっている。


 まぁ嫌がる事でもないし、素直に生きると決めている俺だ。


 俺は手を伸ばしてヒスイの頭を撫でながら。


「じゃ一緒に休憩しようか」


 そう言うのみだ。


「はい! ありがとうございますシマ様!」


 元気よく嬉しそうに返事をするヒスイなのだが、パタンッパタンッとヒスイの後ろの方から音が聞こえる。


 たぶん勢いよく左右に振られた尻尾がベッドを叩いている音なのだろう。

 獣人って尻尾や耳で感情が判りやすいよね……。



 俺は体を起こしヒスイを……。



「あれ? 俺がドッグファイトで最後まで生き残っていたら時間半減しちゃうよな、その時はどうする気だったんだ?」


 体を起こした俺を嬉しそうに見ていたヒスイが、俺のその言葉を聞いてサッっと横を向いてしまった。

 そして尻尾はピンッっと立ったまま動かなくなっている……。


「もしもし? スイさん?」


 呼び掛けても反応しないヒスイ、横を向いたままな横顔には一筋の汗が流れている……。



 ……。



 こいつ……俺がすぐ負けると確信してやがったな?



 ぬぐぐぐ……悔しいので休憩は少し意地悪にしてやる事にした。



 俺は少し強引にヒスイを抱き寄せると……。



 ……。



 ……。

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