第23話 録画編集版【聖妻戦争】

 オーケストラの様な荘厳な音楽と共に、20万隻という大艦隊が、ガス状のリングを持つ惑星の側を通過していく。


 空間投影モニターに映るその規律ある動きは、誰しもが感嘆の声を漏らさずにはいられないだろう。


「うーん、すごいなこれは」


 俺は壁一杯に大きく展開した空間投影モニターに映る、その頼もしい艦隊の雄姿に見惚れる。


「銀河中にこの映像が流れるからね、一番かっこよく映る角度とか速さとか色々調整したんだよね」


『予行演習は大変でしたし、この編集版を作るのも苦労しました』


 ここはいつもの俺の部屋、ソファーに座って大画面の空間投影モニターを見ている俺の隣には、いつものように狐獣人のクレアと金髪エルフなサヨが居る。


 俺は大きな紙のカップに山盛りに盛られたポップコーンを、手に持って食べながら。


 艦隊の威容を見せつける感じの編集なんだなーと思いながら見ている。


 モニターに映る大艦隊が一本の川の様に進む様はすごかった。


 そこに被さる様に【今宵、銀河の片隅で聖妻戦争が始まる】とか見出しが出されていた……。



「結局この名称を使う事になったんだな……」



「艦隊戦闘演習っていう言葉だと、インパクトが無いからってサヨさんが」


『より多くの皇国の民に見て貰うには、キャッチーなタイトルである必要があったのです』


 銀河ニュースにもこのタイトルで流れてたけどさ、その言い方だとお前が命名したんだな……。


「お、戦闘空域に入ったんだな、艦隊が猫又族の尻尾みたいに二手に分かれていくけど、ルールってどんな感じなんだっけか?」


 モニターの中の一本の川の様な大艦隊が、リング惑星を背景にして向かい合う様に二手に分かれていく。



「うー……」


『戦闘用に大きく宙域を指定しまして、その中ならば演習開始時間までお互いに自由に動いて陣形を整えて良いというルールです、時間が来るまでは敵味方の識別マーカーも出さずにオープンチャンネルでの会話のみが許され、開始時間と共に両陣営共に専用チャンネルでの通信と敵味方識別マーカーが出るルールになり、決着は旗艦戦艦の撃破か、敵全体の3割を落とせば勝ちです』


 クレアは何故か唸り、サヨがルールを教えてくれる。


 モニターでは両陣営のオープンチャンネルでの、サヨとクレアの会話なんかを字幕付きで流している、BGMが無駄にかっこいいな。


 お互いに雑談をしつつ近づいたり離れたりして陣形を変えているね、以下ちょっと空間投影モニターの字幕内容を抜粋だ。



 ◇◇◇◇



「ふふーん、魚鱗突破の陣で来るのかなぁサヨさんは、全艦、鶴翼の陣に移行して」


『今は艦隊の準備運動の様な物ですよクレアさん、全艦隊を双頭の陣に移行』


 最初は一塊だったサヨの陣形を見てから、包み込む様な陣形を取ったクレア。


 サヨはクレアのその陣形を見るや、即座に双頭の陣に移行させた。


「ねぇサヨさん、この演習に聖妻戦争なんて名前をつけたんだよね? フレイルの陣に移行」


『そうですね、お互い妻ではありますが、たまには優劣をつけてみても良いかと思いまして、クロスボウの陣に移行』


 お互いに雑談の様な会話をしながらも、少しでも有利になろうと陣形を変えていくサヨとクレア。


「優劣ねぇ、それなら、この勝負で少し賭けをしないかしらサヨさん? ミョルニルの陣に移行」


『賭けですか? 内容によりますけども、グングニルの陣に移行』


 こうして見ると艦隊のみんなの動きがすごいな、これってオープンチャンネルのサヨ達の一言だけの指示で陣形を作っているんだろ? うちのブレインユニット達が優秀すぎる。


「この勝負に勝った方がしばらくはシマ君の優先権を得るっていうのはどう? 勿論独占は無しで、ファランクスの陣に移行」


『いいでしょうお受けしますよクレアさん、斜線陣に移行』


 ちなみに陣形の名称は、画面に映る艦隊の形から俺が勝手に脳内変換している物だ。



 ここで俺の優先権がどうたらって話が出たのかぁ。



「ふふふ、手加減しないからねサヨさん! 三日月の陣に移行!」


『それはこちらもですよクレアさん、半月の陣に移行』



 ◇◇◇◇



 ほほう、ほぼ同じ陣形だが厚みが違うな。

 でもこのままの陣形だとクレアが有利なんじゃなかったっけか?


 空間投影モニターの中で戦闘開始時間のカウントダウンが60秒を切る。



「両者譲らないなこれ、ワクワクしてきた」


 ポップコーンを食べつつ、これから始まる大合戦への期待が膨れ上がる。


「ぅぅぅぅぅ……」


 しかし横のクレアはまた唸り始める……。


「どうしたんだクレア?」


 さすがに心配になって案じてみるも。


「シマ君は忙しくてリアルタイムで見てないのよね?」


 そうだね……この時はスイカを食べるのに忙しすぎて見て無いから、編集された録画版を今見ているんだが。


「ミテナイネ」


「あれは許可を出してるし別に怒ってないから普通にしてよ、もうすぐ私の機嫌が悪い理由が判るから……ほら始まるわよ」


 クレアに促されてモニターを見ると丁度カウントダウンが0に成り戦闘演習が始まった所だった。



 ん?



 んん?



「え? なにあれ? 何が起こったの?」


 開始早々の出来事に俺がそう両脇の二人に聞くと。



「あれはずるいわよねぇ!? シマ君もそう思うでしょ?」


『ルール内の出来事なのでセーフです、シマ様もそう思いますよね?』


 二人にそう聞かれたのだが。


 この戦闘では双方まったく同じ構成の艦隊になっていて、お互いの旗艦はカスケード型戦艦になっている。


 ちなみに適応体に対応する戦力としては。


 敵のクリオネ型には、戦闘機タイプのファイヤーフライ型スクィード1号戦闘機を。


 サンマやアジ型と言われる相手には、アエンデ型駆逐艦を。


 マグロ型な敵には、ビリアル型巡洋艦を。


 そしてサメ型適応体には、カスケード型戦艦をあてるのが丁度良いとしている。



 サメが一匹のクリオネを狙って食べられない様に、クリオネ型にカスケード型戦艦をあてるのは無駄が多いので、丁度良い戦力をあてるのが良いと過去に教えて貰った。


 まぁこんな話は置いておいて、この演習だと双方の旗艦は一隻だけ色を変えてあるカスケード型戦艦なんだが。



 開始して間もなくで、クレアのカスケード戦艦な旗艦の底部から後部にかけて爆発して火花が飛び散り小破から中破といった感じになっている。



 俺はモニターを操作して録画を巻き戻し、もう一度、視点をクレアの旗艦を中心に移して最初から見てみる。

 お互いが陣形を築き、演習が開始された瞬間に敵味方の識別マーカーが出る。



 サヨが青でクレアが赤……あれ?



「なんでクレアの旗艦のすぐ側に青のマーカーが出てるんだ、あ、何か爆散した、サヨ、判りやすい視点でもっかい頼む」


 よく判らなかったのでもう一回巻き戻して、サヨに解説をお願いした。


『クレアさんの敗着の切っ掛けを何度も見直すとかシマ様はどSですね、了解しました、これでどうでしょう』


「あんなのずるいってばーサヨさん~」


 クレアの言葉を無視したサヨが、空間投影モニターに新たな視点でそれを映してくれる。


 戦闘演習が開始された瞬間に、クレアの旗艦であるカスケード戦艦の後部に突撃をする、青のマーカーで示されたビリアル型巡洋艦が一隻映っていた。


 その巡洋艦に気付いた周りの赤いマーカーの艦隊群から即座に砲撃されるも、バリア出力を重要な部分だけに特化させて、残りはすべて推力と突撃時の一撃にエネルギーを回した巡洋艦は旗艦に肉薄していく。


 戦艦のバリアに自身をぶつける事で中和をして、ほんの少しの隙間を開けてそこに一撃を与えると共に巡洋艦自身は周囲からの砲撃で爆散していった。


 なんでこんなに巡洋艦の挙動を理解出来るのかというと、空間投影モニターの下部にテロップで状況説明がされているからだ。


 なるほど判りやすいなこれは、さすがサヨだ。



「いやなんかすごいなこれは」


 俺は感嘆の声を漏らす。


「感心しないでよシマ君! 見たでしょ? あれはずるっこだよね!? シマ君がウンって頷いてくれたら優先権も無くなるんだけど?」


『ルールに違反することはなんらしていません、戦闘宙域で別れた時点で100001隻対99999隻だっただけです』


 なるほどなぁ……最初から潜ませていたのか。


 すごいな……いや、この結果を見ると最初に言っていたルールも、これをやる為の物だったのが判る……つまり?



「勝敗は戦いが始まる前から決まっていたって事だな、サヨが一本とったなこれは」


『有難うございますシマ様』


 サヨが嬉しそうに微笑んでいる。


 一方……。


「ぅぅぅ……ずるいよー……あの陣形のまま戦闘に入ったら絶対に私の勝ちだったのにぃ!」


 確かにそうなのかもしれないけど……おれはその後の戦闘をダイジェストで見せて貰った。



 ……。



 ……。



 旗艦が中破して機動能力が落ちたクレアは、自身の旗艦を中心とした方円陣を組むしかなかった。


 艦隊での機動戦闘になると足の遅い艦から沈んでいくからな、旗艦が沈んだら負けとなると一か所で防御を固めるしかない訳で。


 そしてサヨの艦隊はピラニアの陣を敷き、方円の綻びをちょいちょいと削っていき……最後には艦隊の3割を削られたクレアの負けだった。


 ただし、そこに至るまでは数時間以上かかっていたね、さすがクレアだ。

 陣形の劣勢をもってしても互角以上に戦えていた瞬間もあった。



「いやぁ、見ごたえのある演習だったよ、クレアも最後は頑張ってたじゃないか、すごくカッコよかったよ、サヨも危なかったんじゃね?」


『ええ、まさか中破している自身の旗艦を囮にして、こちらの陣の隙を食い破ろうとするとは……味方の士気を上げておかなかったら危なかったです』


「あれが決まっていれば逆転もあったのに……でもシマ君が褒めてくれたから、もういいか……」


 クレアは俺に褒められたのが嬉しかったのか、ソファーに挟まれている尻尾がモゾモゾ動いている。

 スペースがなくて上手く振れないのね、後で可愛い尻尾振りを見せてくれる様にお願いしよう。



 そういや。



「あの巡洋艦のブレインユニットは誰だったんだ? 確か成績優秀者にはご褒美を出す予定だよな?」


『トウトミですね』

「トウトミさんだね」


「え……、あれってトウトミの巡洋艦なのか?」


 そっか……トウトミって毎度毎度ここぞという時に活躍するよなぁ……。


『旧銀河帝国最高の技術によって作られた私が、こんなオカルトちっくな事を言うのはあれなのですが……トウトミは持っている、いえ、運命力が強い個体だと認識しています……統計や確率では説明が出来ないのでモヤっとするんですが……』


「あの子はこう、間が良いというか運が強いというか……敵にしたくない子よね」


 そういやこないだも樹人との交渉帰りに偶然会ったものな、本人は本当にびっくりしていたから待ち構えてた訳では無いだろうし……。


 それ以外にも心当たりがチラホラ……運命力かぁ……俺みたいな平凡な人間とは違って物語の主人公みたいな話だね。



 それにトウトミは、銀河ニュースでやっていた聖妻戦争の勝利者予想投票プレゼントの『くのいち忍者部隊フィギュア』も当ててたしなぁ……。


 銀河規模で数が千個しか無かったのにな、トウトミの自室にあれが飾ってあったのを見た時はびっくりしたよ。



 俺? 俺は勿論外れましたよ?



 てかあれってサヨが銀河ニュースに提供した賞品だったんだってさ。

 偽造品が出ない様に高度な技術を使ったシリアルナンバーも打たれているらしく。

 すでに銀河ネットでは、それを手に入れた人がオークションに出して、結構な値段がついているとかなんとか……。


 『くのいち忍者部隊』は基本的に商品化は許してないからな、勝手に作られた場合とかもきっちり取り締まっているらしいし。

 理由として忍者は忍ぶ者だからとかなんとか、すでに銀河中に知られている時点で忍ぶも何も無いとは思うけどな……。


 ちなみにトウトミの持って居るフィギュアのシリアルナンバーは0777番だ……もうね……銀河宝くじでも買って貰おうかしら? とか思わないでもない。



 忙しくて見逃してた聖妻戦争も見終わり、空間投影モニターを消した俺は一つの事柄に気付く。


「そういやさ、さっきサヨが言った士気を上げておかなかったらってどういう事?」


「演習参加者の成績優秀者へのご褒美の事をもう一回周知したとかじゃないの? 私もそれはやったし」


『そうそう、忘れる所でした、実は士気をあげる為に私とシマ様の予定されていた時間を彼女らに分ける約束をしまして、今日これからあった私とシマ様の一日デートの時間は彼女達に使って貰いますね』


「え……? ちょっとサヨさんそれはずるい! そのデート時間って今回の件で得た優先権の極一部だよね!? 賭けで得た自分の稼ぎの一部を分け与えて士気向上とか……それってありなの!?」


『ルールで禁止されていなかったので有りかと、まさしく兵は詭道なり、です』



「にゃー--!!!! シマ君シマ君サヨさんがずーるーいー! それが有りなら私もやったのにぃぃぃー--ー!!」


 俺の腕を取り引っ張ってブラブラさせつつ、ニャーニャー不満を言うクレア。

 君は狐じゃなくて猫さんだったのかな?

 すごく可愛いから後でチューするとして。


 まぁ正々堂々なんて考えてたであろう時点で、負けは決定してたんじゃないかなぁとは思う。

 サヨもルール違反はしてないしね。



 そして俺はちょっと気になる事がある。



「なぁサヨ、10万隻の艦隊の士気が上がる程のご褒美って何だ? サヨの代わりに一人がデート出来るだけじゃ足らない気がするんだけども」



 すごく、すごーー--く不安になってサヨにそう聞いてみる俺だ、クレアも俺の言動を聞いてハッっとするとサヨの方をじっと見つめる。



 ……。



 サヨは少しためてから口を開く。



『さすがシマ様です、この後のデート用時間の一日ですが、今回私が分けた分の300人相手に頑張って貰います!』



 やっぱりだよ!



「馬鹿ですか? 馬鹿なんですか? サヨさんは馬鹿なんですか!? 一日を三百で割ったらどうなると思ってるんだよ!」


 一人4分? デートが始まって即終わるじゃねーか!

 クレアも驚いて口が開きっぱなしになっちゃってるじゃんか。


『いえいえ、電脳空間でシマ様の思考を分割した状態でお願いするつもりです』


 あ、なんだ……それならいつもやっている奴の軽いバージョンんじゃんか。


「そっか……まぁそれならいいか、電脳空間デートの事だったのかよ、びびらせるなよ」


「びっくりしたねシマ君」


 クレアもホッっとしている。



『という訳で、最初の3時間程を全員と電脳デートで、残りの時間をすべて生身で頑張って下さい、そうだ、電脳世界デートの各種ルートや予定なんかはこちらで調整しますのでご安心下さい』


「待て! 今聞き捨て成らない事を聞いた気がする、生身で300人全員と?」



『はい、300人全員とですがそれが何か?』


「何か、というか300人全員と何をするのかが問題というか」



『問題……? ああ! ご安心下さいシマ様!』


 ひらいた手にグーの形を作った手を、ポンッっと打ち付ける仕草を見せるサヨ。


「お前のその口調と仕草の後で、安心出来た試しが一度たりとも無かった訳だが……」


 どうしよう続きを聞くのが怖いのだが、サヨさんは楽しそうに続きを語る。



『300人が乗っても大丈夫な大きい特製ベッドを別荘惑星に準備してあります! どうかご安心を!』



「ってやっぱりか! そういう事じゃねーんだよ! この馬鹿サヨがぁー-!!」






































『えっと……お嫌なのですか?』




「まったくもって嫌じゃない……ただな、相手の事を大事にしたいので一人ずつでお願いします、俺のプライベート時間を削ってもいいからさ」




「……シマ君のプライベート時間が二か月分くらい無くなりそうだね、ファイト、シマ君」






 結局その子らとのデート予定は色々と変更する事になった。




 ほとんど寝ないでも済む、この強化された体さんにはいつもお世話になります。




 ……本当は戦闘やらで負けない為の物だったはずなんだがな……。

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