第28話 狂った狂犬②

「何でも言う事を聞きます。ですのでどうか命だけは……」


 うっうっと嗚咽を漏らしながら、鼻が削れるんじゃないかというくらい強く地面に頭を擦り付ける男達。

 いや、よく見るとメイドさんらしき人が数名と、赤子を抱いた女性も土下座を敢行している。

 ふむ、なかなかに気分が良い。


「ならまずは土下座をやめて、腹を上にして大の字に寝転がるんだ。もしお腹の下に武器を隠していたら即刻殺すよ」


 土下座というのは相手に全面降伏をし、首を差し出すという意味がある。

 だが、僕は思うのだ。

 その隠れたお腹の下に凶器や暗器でも隠し持ってるんじゃないかと。


 首を斬ろうと近付いた瞬間にドスっとやられたらひとたまりもない。

 僕は最強だから問題無いが、アイン達は意外におっちょこちょいな所があるからリスクは出来るだけ削減しよう。


 僕の言葉を聞き、ガラの悪い男達とメイドさん、女性が両手両足を目一杯広げて仰向けになる

 うーむ、これではまるで――


「赤ちゃんみたいだな」

「酷い! 言われた通りにしただけなのに!」


 中央にいる線の細い眼鏡を掛けた男が心外だとばかりに叫ぶ。


「取り敢えず自己紹介を頼むよ。あぁ、そのままの姿勢でいいからね。少しでも害意を持った瞬間、うちの暴れん坊達がそいつを殺す」


 先程から殺す殺すと物騒な事を言っているが、実際に殺すつもりはまるっきりない。

 だってこんな無抵抗な相手を殺すのは少し抵抗があるし、何より目の前で血を撒き散らしながら死んでいく姿を僕が見たくない。


 僕は繊細なメンタルの持ち主なのだ。

 スプラッタでグロテスクな光景をの当たりにしたら、三日くらい眠れなくなってしまうかも。


「暴れん坊だってよシュリ。俺みたいに考えて動かねーからそう言われんだ」

「アインの事でしょ!? アタシはハルトのためにいつも頑張ってるもん!」

「あはは。ぼくはアイン君とお姉ちゃん二人の事だと思うけど……」

「まぁそう落ち込まないでください。そういった役割の人間も必要ですから」


 僕はアイン達四人全員の事を指して言ったのだが、どうにも彼らは自分だけは違うと思い込んでいるらしい。

 まぁ彼らは昔からそれぞれ自分こそがリーダーである僕の右腕だと信じ切っているから、今更自己認識を改めさせようとは思わないけどね。


 そして、やはり線の細い眼鏡男がここのボスであるらしく、僕の要求通り自己紹介と簡単な事情を話し始めた。


「私の名前はテゾン。この屋敷に本部を構える【狂った狂犬】のボスです。そして周りにいるのが私に近しい幹部と護衛。そしてメイドと私の妻と娘です」


 そんなテゾンの娘である赤ん坊は、仰向けになっているテゾンの体をハイハイでよじ登り、彼の顔面に座り込む。


 ……そのままウンコとかし始めないだろうな。 


 テゾンは余計な動きをして僕達に敵意を持っていると思われたくないのか、喋りにくそうではあるがそのまま話を続ける。


「皆さんがうちのアジトを次々と潰して回っているのは存じております。しかし、どうか私共とこの屋敷は見逃して頂けないでしょうか」

「へぇ、我が身可愛さで命乞いという訳ですか?」

「そうゆーのハルトには通じないわよ?」


 すみません、バリバリ見逃す気でした。


「いえそれもあるのですが、実を言うと私共は先週【狂犬】に出向させられてきたばかりでして。まだまともに活動さえ出来ていないのです」

「出向? それに先週って、それまでのボスと幹部はどうしたの? ぼくたちそんな話聞いてない」

「それはそうでしょう、これは組織内の極秘情報ですから。つい先日、【狂犬】の前任のボスと幹部連中が一斉にいなくなりまして、その後釜として【黒の黒狼】のボスの息子である私とその部下一同がここにやって来たのです」 


 ジリマハ全土を支配している【黒の黒狼】。

 そのボスの息子ともなればかなりの大物だ。

 しかし、一斉にいなくなったって、神隠しにでもあったのかな?


「魔物の違法な交配実験を行っていたのです。それがジリマハの領主であるロンドル子爵の目に留まりました。関わっていた者の多くは殺され、末端の人間は牢屋行きです。その交配実験の成果であるキングモンキーを皆さんは倒したというのですから、私共ではとても敵いません」


 そう言えば冒険者協会のガンテツ支部長が、今ジリマハの牢屋には空きがないと言っていた。

 恐らく、その大捕り物が関係しているのだろう。 


「でも命を懸けた実験の割には弱かったぜ、あの魔物。命を懸けて修行した方がよっぽどマシだ」

「普通は命懸けで修行しても、キングモンキーどころかジェネラルモンキーにも勝てませんけどね……」


 まぁ僕達は神に選ばれし者だからね。

 そのくらいはお茶の子さいさいだよ。

 …………勇者の仲間には選ばれなかったけど。


「大体話は分かった。それで? 僕らが君達を見逃すメリットは何かな? 君達は僕達にどんな恩恵をもたらしてくれる?」

「はい、まず我々はジリマハ南地区の商業、風俗業、金融業、建築業を支配しております。ですので皆様が豪邸が欲しいとおっしゃったらこの屋敷以上の建物を建てますし、お金が欲しいのなら限度はありますがある程度はご提供できます。そして好みの男や女もあてがいま――」

「「それは却下で」」


 テゾンのとても魅力的な提案に僕やアインがワクワクしていると、シュリとマリルが女――という部分ですぐさま拒絶。

 ちくしょう、勇者ちゃん似の美少女がいたら仲良くなりたかったのに。


「わ、分かりました。では風俗業からの支援は無しという事で」


 反論は許さないという強い口調で口を挟まれ、少しビビり気味のテゾン。


 それにしても、彼の顔面に腰掛けている娘さんはいつになったらどいてあげるのだろう。

 自分達の存亡を懸けた真面目な話をしているというのに、顔面をお尻で潰されているせいでとてもシュールな光景だ。


「他にも色々と皆様のお手伝いが出来るとは思いますが、一つだけお願いしたいのが親組織である【黒の黒狼】から攻撃された時の防衛です。父は頭が固いので自分の意志に反した行動を取る私共を決して許さないでしょう。なのでその時に皆様のお力を貸して頂きたいのです」

「えぇ……面倒くさいな」


 僕達だっていつまでもこの都市にいるつもりは無い。

 それなのに特に親しくもない連中のお守りだなんてメリットと釣り合っていない気がする。

 しかしそんな僕の様子を見て、マリルが耳打ち。


「どうせ【黒狼】は潰すんですし、条件はあってないようなものなのでは?」


 そう言われればそうだ。

 僕としたことがこんな単純な事に気付かなかっただなんて。


 だが天才である僕がそんなうっかりをしているなんてアイン達以外の人間には思われたくない。

 という事で、いつものように知ったかぶりをする。


「勿論それは理解しているよ。でも、もう一つ引っ掛かる所があってね。そこさえクリア出来れば前向きに考えてあげないこともない」


 我ながらなんて考え無しの発言なのだろう。

 引っ掛かる点なんて何一つ無いし、僕は今すぐにでもテゾンの提案に頷いてあげたい。

 そしてあわよくば、シュリとマリルに見付からないように美少女も提供してもらいたい。

 さて、何と言えば僕の凄みをテゾン達に認識させ、提案を呑む流れに持っていけるだろうか。


「なるほど、当然のお考えだと思います。私共が皆様に支援できる事は【黒の黒狼】でも可能。ならば私どもではなく、父の組織を抱き込んだ方が得策という話ですね?」

「おお、確かに! やっぱりハルトは頭が良いぜ!」


 僕がああでもない、こうでもないと考えを巡らせていると、テゾンがパッと僕に答えをくれた。

 さてはテゾン、頭良いな?


「しかしそのお考えは捨てた方が良いかと。父は自尊心とプライドの塊ですので決して誰かの下には付きません」

「君は違うって言うのかい、テゾン?」

「はい、私は皆様に忠誠を捧げます。その証として、私の左腕をお受け取り下さい」


 テゾンはそう言うなり娘を優しくどかし、僕達の前に跪きながら左腕を伸ばす。


 これは僕らに斬れって言ってるのかな?

 せっかくグロい展開は回避出来そうだったのに、どうしてこうなるんだ。

 昼食をお腹いっぱい食べたばかりだし、下手すると僕は吐くぞ?


「それが忠誠の証と言うなら回復魔法で腕を付け直すのは認めない。一生隻腕になるよ?」

「覚悟の上でございます」


 流石は裏社会のトップ。覚悟ガンギマリである。

 今日出会ったばかりの僕達にそこまでするなんて、ちょっと頭がイカれているような気もするがその忠誠は認めてあげてもいい。


「分かった。アイン」

「おう!」


 スパンッ!!


 僕がアインに呼び掛けると、アインはすぐさまテゾンの左腕を肩の部分から切断。

 そして支えを失った左腕が床へとボトリと落ちる。


「ぐっ……。私テゾンとその部下、家族は皆様に生涯の忠誠を捧げます」


 切断面から凄い勢いで血が噴き出し、一瞬苦悶の表情を浮かべるテゾン。

 しかしすぐさま表情を引き締め直し、僕へと左腕を献上する。


 …………これ受け取らなきゃダメなんだろうか。


「ハルト君、これを受け取らないと忠誠を認めないという意味になっちゃいますよ? まぁ私は別にそれでも良いですけど……」


 再度僕へと耳打ちをしてくれるマリル。


 ……そうか、受け取らなきゃダメか。


 僕は仕方なしに腕を受け取り、すぐさまシュカにパスする。


「凍らせておいてシュカ」

「うん、りょーかい」


 このまま持っていても腐っていくだけなので、氷魔法が使えるシュカに冷凍を頼む。

 そして再びテゾンに向かい合った僕は言う。


「テゾン、君達の忠誠は確かに受け取った。君の要求を呑もう。僕らが君達を保護しようじゃないか」

「ありがとうございます!」


 まぁこれで当初の目的であった反社会的組織の乗っ取りに初めて成功したわけだ。


 意外に簡単だったな……なんて事を考えていたら、僕達が破壊した入り口から男がやって来た。

 かなりの大柄だ。190センチはあるんじゃないだろうか。

 そんな彼は僕達に向かって大声で叫んだ。


「こんな奴らが組織のトップになるだなんて俺は認めねぇ! 全員ぶっ殺してやる!!」



 やはりすんなりとはいかせてくれないらしい。 

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