第48話 暗殺③

 魔法には二つの特性が存在する。


 一つは共通的特性。

 炎魔法なら熱くてれれば火傷するし、氷魔法なら冷たくて触れ続けるとこれまた凍傷を起こす。

 これは誰もが直感的に分かる事だ。

 このような魔法によるものか自然によるものかに関わらず、その現象そのモノが持つ固有の特徴が共通的特性に当て嵌まる。


 そしてもう一つが特有的特性。

 共通的特性とは打って変わり、魔法を使う人それぞれで違った特徴が出るのがこれだ。

 同じ水魔法の使い手なのに、一人は魔法に回復効果が生じたり、またある人は魔法自体に意思が宿ったりとその性能は様々。


 ただ厄介なのは、共通的特性と特有的特性は負の相関関係にあるという事だろうか。

 共通的特性を最大限発揮しようとすれば特有的特性は全く効果を発揮しなくなるし、特有的特性を最大限発揮しようとすれば共通的特性はまるで効果を発揮しない。


 そして一般的に、魔法使いが無意識に使う魔法というのは共通的特性に全振りされた魔法である。

 そのため特有的特性を発現させるのは非常に困難とされており、僅かでも発現に成功すればそれだけで一流の魔法使いと認められるのだ。


「うおおお! すげーー! アタイ同年代の魔法使いで特有使える奴リセア以外で初めて見たぜ。やっぱ伊達にAランク冒険者に認められてねーな!」

「ふふん。アタシならこの程度造作もないわよ」

「ぼくもぼくも! ユノちゃん、お姉ちゃんだけじゃなくて、当然ぼくも出来るんだからね!?」


 そんな取得難度の高い特有的特性の発現だが、無論我が幼馴染の魔法使い二人はマスターしている。


 炎魔法の使い手であるシュリの特有的特性は活性化。

 炎が当たっている部位の筋肉や細胞、免疫機能といったあらゆる要素を活性化し、魔法を使っている間は身体能力の圧倒的向上と超人的な回復性能を誇る無敵の前衛と化す。


 現在はアインがうっかり斬り落としてしまったロロアンナの右腕をシュカが外科手術でくっつけ、シュリが魔法の特有的特性を使って治療している所だ。


「ほー、見事な特性制御じゃなー。ここまでのは魔術科の教員でもそうはおらんじゃろ」

「はっ。恐らくこのレベルにまで達しているのは学長を除けば魔術科主任である副学長だけでしょう。彼女を本格的に我が学院に勧誘したいくらいです」


 手放しの賞賛とまさかの勧誘宣言だが……きっとこの二人はまだ、ロロアンナの家全焼事件を知らないに違いない。


 さて、レドン学長もバールさんも絶賛している事だし、ロロアンナはシュリとシュカに任せておけば大丈夫だろう。


 問題は、こっちだ。

 僕はロロアンナから離れた所にいるブロアへと視線を向ける。

 すると丁度マリルがブロアの身体にスポイトでなにか薬を注入するところだった。


 ぽとん


 赤い液体はブロアの肉体に触れると青色に変色。そのままブクブクと泡立ち煙となって蒸発してしまう。


「うーん、やはりこれは魔物化してますね。バロベリの時と同じです。【混沌の牙】が絡んでるとみてまず間違いないでしょう」


 マリルはそう言って、手に持った矢をブロアの脳天に突き刺す。


「ぐはっ……」


 そしてすぐにそれを抜くと、脳まで貫通していた穴がじわじわと塞がっていくのが見て取れる。

 身体が真っ二つになっても生きながらえ、どんな致命傷でも再生を行う点もバロベリと同じだ。


「たぶん、私達五人と学長さんが居るにもかかわらずここで事を起こしたのは、魔物化したが故に私達程度には負けないと踏んでいたのでしょう。そしてロロアンナちゃんに護衛として私達を推したのはブロアだと聞きます。ならば彼は、勇者一人よりも私達五人の方が御しやすいと踏んだという事」


 そう口にすると、マリルは珍しく苛立ったように矢をブロアの顔面に何度も刺し付ける。


「私達五人があの貧乳勇者以下とかどういう眼をしているのですか! この節穴! 節穴! 節穴!」


 いや、リセアの実力を僕達はまだ見てないんだから節穴と言うのは早計な気が……。


 だがリズムよくブロアを滅多刺しにするマリルを見ていたら、僕も参加したくなってきた。

 マリルの『節穴』という言葉のリズムに合わせて、僕はブロアの股間を蹴り上げる。



 チーン チーン チーン



 よくも温泉好きの同志だと僕を騙したな!? 温泉の恨みは海よりも深いぞ!


「き、貴様ら……。俺をこんな目に遭わせてタダで済むと――」

「節穴! 節穴! 節穴! 節穴!――――」


 チーン チーン チーン チーン――――


「敵ながらなんて惨い……」


 先輩が少し引いているが、何故引いているのか僕には分からない。

 敵は敵だ。情けをかけて自分の仲間が傷付いたりでもしたらどうするのか。


「ふぅ、ちょっとスッキリしました。それでハルト君。どうしますコレ? ジリマハにいる実験素材だけで研究資料は足りているので、私的には要らないんですけど……」

「じゃあバローナ。君にあげよう」

「は!?」

「ほら、旦那さんや家族をこいつに殺されたって話じゃん? やりたいように復讐しなよ。殺すとなったらアインに頼んでくれればいいから」


 一般に復讐は忌避すべきとの考え方が強いが、それは当事者ではないから言える事だ。

 友人を、家族を殺された恨み悲しみというのは計り知れない。


 本来ならば、こういった無法者は法に裁かれるべきだと強く信じている僕だが、どうやらこの国の中枢は既に腐っている。


 軍の上層部にまで【混沌の牙】のメンバーがいるし、皇族の暗殺すら平然と行われるような状況なのだ。

 これでブロアを国に引き渡した所で、然るべき罰(この場合は恐らく処刑)が与えられるとは到底思えない。


 ならば、シーナをスッキリさせるためにも、ここで彼女に好き放題復讐してもらった方が色々お得だ。


「流石はハルト君です! 優しすぎて惚れ直しちゃいます! シーナさん、私からも復讐のお手伝いをしてあげましょう」


 マリルはそう言うと、ブロアの口元に液体状の薬を流し込んだ。

 ブロアは半死半生の状態という事もあり、うまく抗う事が出来ない。


「これはですね、地元の先生のアイディアを実現させたお薬なんです。その名も――『くっ、私に何を飲ませた3rd』。このお薬は脳に直接働きかけ、全ての感度を一万倍にします!」


 おおおおーー!!


 僕ら幼馴染組は驚嘆の声を上げる。

 その反応に気を良くしたマリルはニコニコと薬の説明を続けた。


「まぁ、一万倍は嘘ですが、凡そ七十倍から八十倍ほどの効果があります。当然、痛覚もそれに当て嵌まりますよ? 魔物化した事で頑丈で鈍感になった身体でも、この薬を使えば信じられないほどの痛みを感じる事が可能なのです!」

「ふ、ふざけるな! 俺は【混沌の牙】第九席なのだぞ!? バロベリなんかとは訳が違う一桁シングルナンバーだ! こんな事をして組織が黙っているとでも――」


 そんなブロアの言葉を妨げたのはシーナだった。……否、シーナの赤ちゃんの汚れたおしめであった。

 運良く(?)大きい方を催していたらしい赤ん坊のおしめを丁寧にはぎ取ったシーナは、汚物がこびり付いたそれを直接ブロアの顔面に叩きつけた。


 ぐちゃぁ


 部屋中に漂う便臭と共に、汚物がおしめとブロアの顔面に押しつぶされる嫌な音が聞こえてくる。

 そして現在全ての感度が一万倍になって色々敏感になっているブロアは――


「おろろろろろ」


 ――盛大に吐いた。


 身体が真っ二つで胃もそこら中に飛び散っているから、出てくるのはどす黒い血液ばかりだが、それでもかなり苦しそう。

 うんうん、ただでさえ魔物化して敏感になっていた嗅覚が、マリルの薬によってさらに覚醒状態になったのだからこうなるのも必然と言える。


「……こんなものでは私の気は済まない、済んでなるものか。が、私は誇りある貴族の娘。自分の手で勝ち取った復讐ならばともかく、他人に与えられた復讐に身をやつすつもりはない。貴様の処遇は姫様や陛下にお任せしよう」


「…………え、これで終わり? なんかしょぼくない?」

「なんだ平民。なにか文句でもあるのか?」

「いや別にないけど……」


 文句は無いが、せっかく復讐の機会を与えてあげたのに見ているこっちが消化不良だ。

 ここでシーナに恩を売れば、ちょっとは僕達への刺々しい態度を和らげてくれるかと期待していたんだけどな……。


 まぁ、いくら僕でも復讐を強制することは出来ない。

 仕方ないので僕は、部屋の隅で座禅を組み精神統一をしているアインにブロアへのとどめを頼む。


「アイン、こっちは片付いたからもうやっちゃっていいよ。今度こそちゃんと殺してね?」

「……ああ、二度も同じミスはしねぇ。次こそはソードマスタ―の誇りにかけて殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す――」


 先程ブロアを一振りで殺しきれなかったのが、かなりショックだったらしい。

 アインはその溢れんばかりの殺意を隠そうともせず、凄まじい覇気を身に纏いながらゆっくりとブロアへ近付く。


 すると、修羅の如きアインの気迫を受けて、ブロアも自身の死を悟ったのだろう。

 先程までの尊大な態度を急変させて命乞いを始めた。


「ま、待て、話を聞いてくれ。そもそも俺が【混沌の牙】に入ったのは軍の上官の命令によるものだ。そして皇女の暗殺も俺はただ命令に従ったに過ぎない。ぐ、軍人が上官の命令には絶対服従だと知っているだろう? 教官殿、貴方ならきっと分かってくれる筈だ。だから俺にも多少は情状酌量の余地が――」


 ダラダラと冷や汗を流しながら、顔を真っ青にするブロア。

 僕はそんな彼に言う。


「命令だったとしても、それを受け入れ実行したのは他でもない君自身だ。君は自身の行動と選択の責任を取らなくちゃいけない」

「そ、そそそうだ。情報! 軍の佐官以上の者だけが知っている極秘計画があるんだ。そ、それと【混沌の牙】の他のメンバーの情報も――」

「それは交渉材料にはならないよ。どうせ、僕達は僕達の邪魔をする人、組織、国、その全てを踏み潰す。そいつらが何を企んでいようと僕らのやる事は変わらない」


 そしてその極秘計画とやらで、顔も見た事が無い皇族が死のうが僕達にはなんらデメリットがない。


「い、いや他にも俺を生かすメリットは沢山――――」


 ブロアがまだ何か言いかけているようだったが、僕は構わずアインに目配せを送る。


 それに頷いたアインは、短刀を大きく上段に構えると、剣道の素振りのようなオーソドックスな一振りを繰り出す。だがその剣速は尋常ではなかった。

 僕の目を以てしても捉えられるギリギリのそれはブロアの肉体をまるで豆腐のように斬り裂き、万が一にでも生き残らないよう続けて七度の追撃を行う。



 攻撃が終わると、間違いなく事切れた様子のブロアの姿が見て取れた。


 だが何が起きたか気付かぬ内に死んだと言うのは有り得ない。


 薬によって視覚が大幅に向上している今のブロアにはくっきりと見えていたハズだ。アインの剣が。

 そして嫌と言うほど知覚したハズだ。自身の身が切り刻まれる感覚を。


 僕は目の前に誕生したバラバラ死体を視界に入れてうっかり吐いてしまわないよう、感慨深げに天井を眺める。

 そしてひと仕事終えました感を醸し出しながらカッコつけて言った。



「君の失敗は【混沌の牙】に加入した事でも、皇女を暗殺しようとした事でもない。僕達を敵に回した事だ。……最後の最後で君は失敗したんだよ。リスクマネジメントに」




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かつてこれほどまでに主人公が何もせず、やってやりました感を醸し出す作品があっただろうか……。

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