第47話 暗殺②
早朝。
窓から差し込んだ日差しを受け、目を覚ますと――隣りにマリルがいた。
「おはようございます、ハルト君」
「…………おはよう、マリル」
いや、怖っ!!
思わず朝の挨拶を普通に返してしまったが、僕の胸中は恐怖でいっぱいであった。
なんでマリルが僕の部屋にいるの!?
そしてなんで僕が起きるまでずっと僕の真横でニコニコと微笑んでいたの!?
僕らは今、学院敷地内にある教員寮にて生活をしている。
当然個室で部屋もバラバラだ。
昨日もいつも通り寝る前にちゃんと窓を閉めたし、玄関の鍵も掛けた。
にもかかわらず、何故この幼馴染はここにいるのだろう。
そんな僕の疑問を表情から読み取ったマリルは、百点満点のテストを見せびらかす子供のような無邪気な笑顔で言った。
「寮の管理人さんにちょっと眠ってもらって合鍵を手に入れたんです。私とハルト君との仲なら合鍵くらい普通ですよね?」
普通……なのかな。
生憎と僕にその判断は付かないが、管理人さんを眠らせたのがマズいという事はなんとなく理解できる。
君、
「安心してください。自然由来百パーセントですから、口に入ってさえしまえばどう調査されても薬が露見する事はありません。ちゃんと指紋も拭き取って来ました!」
「…………よしよし、いい子いい子」
そういう問題では無いと思うのだが、寝ぼけた僕の頭ではこれ以上の問題の追及は難しい。
取り敢えず、幼馴染が犯罪者になるという最悪の結末は回避出来そうだし、僕はキチンと証拠隠滅を行ったマリルの頭を撫でて褒め称える。
うんうん、君は昔からそういう悪知恵が働くタイプだったよね。
「ふわぁ、朝からハルト君にナデナデされるだなんて今日は最高の一日です! ハルト君、今日はこのまま旅行にでも行っちゃいましょうか。私行ってみたかった国があるんです!」
「朝の思い付きで仕事を放り投げて国外旅行に行こうとするのは多分君だけだ、マリル」
「そんな、ハルト君。僕の目に映っているのは君だけだなんて……私恥ずかしいです。でもありがとうございます!」
耳がイカれているのだろうか?
正確に聞き取れているのは『君だけだ』という部分だけだよ?
ここまでいくと、単なる聞き間違いとかではなくもはや幻聴だ。……ヤバいクスリやってる?
「ですが生憎と、ハルト君には旅行に行く前にやって貰わなくちゃいけない事があります。こうしていつまでも添い寝していたい気持ちは山々ですが、まずは場所を移動しましょう」
連れて来られたのは、昨日訓練が終わった後ヨウの着替えがてら夕食をご馳走になったロロアンナの家だ。
正式には上級貴族専用の個人寮という扱いらしいが、個人寮に限ってのみ門限や入浴時間、消灯時間といった面倒な決まり事が存在せず、自由気儘に生活できるのでここは正しく家と言えるだろう。
そんな我が弟子の家だが……なんか消滅していた。
朝起きたばかりだから自分が寝ぼけているのかと思い、僕は何度も目をゴシゴシと
一応目の前に、焼け焦げた柱や崩れ落ちた天井といった家の残骸が見受けられるため、場所を間違えている訳では無さそうだが……。
これではまるで火事にでも遭ったかのような――――
そう頭に
「実は、シュリちゃんがやっちゃったんです。ロロアンナ皇女や護衛の人達ごと」
「………………なるほど」
衝撃の事実過ぎて頭がフリーズしてしまったが、なるほどで済ましていい話ではない。
え!? 燃やし尽くしちゃったの!? 家どころか……ロロアンナ達も!?
……今日は最悪の一日です。
僕は遂に世界と真っ向から敵対する日が来てしまったかと苦い顔をしていると、マリルの背後からこの大事件の首謀者がやって来た。
あろうことか満面の笑みだ。
そして機嫌の良さそうなにこやかな表情のままマリルの頭をはたく。
「この馬鹿マリル! なにアタシの好感度を下げようと偽情報をハルトに植え付けてんのよ! アタシがそんな初歩的なミスするハズないでしょ!?」
「うぅ、ハルトくーーん! シュリちゃんがいじめてきますー。叩かれた頭が痛いのでヨシヨシしてください。そして加害者のシュリちゃんをお説教してください」
清々しい程の嘘泣きだ。
長年の付き合いだから僕に嘘泣きなんて通じないのはマリルも分かっているだろうに……。
僕は頭を撫でてあげる代わりに、優しくマリルの頭頂部をチョップする。
そして晴れやかな顔で言った。
「いやぁ、マリルの嘘で助かったー! 他の二人はともかく、護衛対象や赤ん坊を殺しちゃってたら目覚めが悪いもんね。……でもそれじゃあどうして家が焼け落ちてるんだろう」
……もしやこれが貴族なりの引っ越し方というやつなのか?
立つ鳥跡を濁さずとよく言うし、貴族は自身の居た痕跡を全て燃やし尽くすのが習わしなのかもしれない……。
「あー、ハルト。それは……その、それだけは嘘じゃないって言うか…………てへっ? やっちゃった♪」
僕はマリルに続き、シュリの頭もチョップした。
~~~~~~
「ほらー痛いでしょ? 苦しいでしょ? 治療して欲しいでしょ? だったら早く情報を吐きなよ」
全身大火傷を負い、皮膚が爛れ落ちて骨や血管が随所に露出している人間がそこには居た。
原型が残っていな過ぎて僕には男か女かも判別出来ない。
シュカが手術用のメスを片手に情報を吐けと脅しているが、当の本人は喉を焼かれているせいで『あぁ……あぁ……』と唸るばかり。
まだ生きているのが不思議としか思えない、そんな惨状であった。
そして僕達三人が部屋に入って来たのに気付いたアインは、短剣をブンブンと振り回しながら不満を溢す。
「お、来たなハルト! 聞いたぜ? こいつ正統派の剣士だったって話じゃねーか。どうして俺に任せてくれなかったんだよ」
「アインがじゃんけんで負けたのが悪いんでしょー? てかコイツが持ってたの剣じゃなくて包丁よ? 全然剣士じゃないし」
話を聞いた所、昨晩暗殺者がやって来ると確信したシュリはコッソリと教員寮を抜け出して、ロロアンナの家で暗殺者を待ち構えていたんだそうだ。
するとシュリの予想は見事的中。ロロアンナを殺しに来た暗殺者と壮絶な戦いの末、仕方なしにロロアンナの家は全焼してしまったんだとか。
うんうん、確かにそれなら不可抗力。いやむしろ大戦果だ。
僕はこの話を聞き、こちらに罪や責任が全く無い事を確信。心が羽のように軽くなるのを感じた。
「さて、それじゃハルト君も来ましたので尋問を続けましょうか」
マリルがそう言って僕の手を握り暗殺者の元へ向かおうとする。が、それに待ったをかける者がいた。
「いやちょっと待たんかい! 当たり前のようにわしの部屋でやるでないわ! 学長室をなんだと思っておるんじゃ!」
そう、この部屋の主、レドン学長である。
レドン学長は、今にも吐きそうな青い顔をしながら僕に訴える。
「再び生徒の命を救ってもらった事には感謝する。じゃが、だからといって、何故ここで尋問を行う!? 他に部屋などいくらでもあるじゃろうが!!」
「学長さん、皇女の暗殺未遂などと言う重大事件の捜査をまさか私達の寮の部屋で行えとでも……? 私達の部屋が汚れちゃうじゃないですか!」
マリルは『なに馬鹿な事を言ってるんですか』とでも言いたげな顔で道理を説く。
「なんと自分勝手な!? わしの部屋は汚れても良いとでも申すか!? そもそも誰がこの部屋の使用許可を――」
「……他でもないアインの頼みなので了承しましたが、ここまで酷い状態だとは……」
「パール君!? なに勝手に許可を出しとるんじゃお主!? この部屋の主はわしじゃぞ!?」
「はっ。申し訳ございません。アインのお願いを断るなど、私には出来ませんでした!」
「キリっと言えば良いってもんじゃないわい! パール君、お主旦那がいたじゃろ!? 浮気は上司として許さんぞ!?」
「はっ。あのような妻を放置する研究馬鹿の事は忘れました。私の今の旦那様はアインただ一人です!」
「へへ、嬉しい事言ってくれんじゃねーかパール」
「アイン……!」
あのTHE堅物だったパールさんをアインはどうやってここまで堕としたのだろうか。
周囲の目も忘れて目がハートマークだよ? 今にもおっぱじめてしまいそうな雰囲気だよ?
だがまぁ、幼馴染の幸せは僕の幸せでもある。
僕はイチャイチャし始めたアイン達の邪魔をする事なく、愕然とする学長をスルーして暗殺者の元へ近付く。
現在、学長室には僕達幼馴染五人と、レドン学長、パールさん。そして暗殺の当事者でもあるロロアンナ、ブロア、シーナ、ついでに何故か聖女でもある先輩の姿があった。
レドン学長を除けば誰一人として僕らに口を挟んでくる事がないので、この尋問は僕達に一任してくれているのだと思う。
「それじゃ、まずはこの暗殺者を喋れる程度には回復してあげないとだよね、お兄ちゃん? 早速だけど、ユノちゃんお願い」
「ん? お願いって何をだ?」
「なにって回復魔法だよ? このままじゃ尋問にならないし……」
「……アタイ、回復魔法なんて使えねーぞ?」
「「「「は!?」」」」
先輩の言葉に驚く僕ら幼馴染一同。
だが他のメンバーが平然としている所を見るに、これは周知の事実であるらしい。
「アンタ聖女でしょ? なんで回復魔法使えないのよ?」
「いや、確かに歴代の聖女はそういった能力の方々が多かったけど、別に回復魔法使いじゃないとなれねー訳じゃねーし」
なるほど。
昔から聞いていたおとぎ話や英雄譚では必ずと言っていい程聖女は凄腕の回復魔法使いだったから勘違いしていた。
「そもそもAクラス専属教員である新入りは知ってた筈だぜ? Aクラスの生徒全員の個人情報が入った分厚い冊子を貰っただろ?」
分厚い冊子? ……あー、それなら今頃ヨウの部屋で漬物石になってるよ。
マリルみたいな読書中毒でもなければ、あんな数百ページもある書類なんて誰だって読む気が失せるに決まっている。僕に読んでほしかったら頑張って四ページくらいにまとめるんだね。
僕がそうして読める漬物石に思いを馳せていると、沈黙を肯定と勝手に判断した先輩が続けて問う。
「で、そうなるとなんでアタイをここに呼び寄せたんだ新入り? アタイに出来る事は何もねー気がするんだが……」
いや先輩を呼び寄せたのは僕じゃなくてシュカだ。
その理由を僕に求められても困る。
「…………もう少し後で手伝ってもらうよ」
だがせっかく朝早くから来てくれたのだ。何かしらで働いてもらおうじゃないか。
そう、例えば……お腹が空いているであろう暗殺者を誘惑する為にバナナを扇ぐとか。
しかし先輩が回復魔法を使えないとなると、暗殺者の治療には時間が掛かるかもしれない。
参ったな……こんな辛気臭い場所にいつまでもいたくはないのだが……。
「ねぇ、同志ブロア。すぐさま情報を手に入れる画期的な手段を知らないかな? 君ならこれまでの経験から色々知っているだろう?」
そこで僕は、軍人としてこれまで多くの経験をしてきたであろうブロア少佐に助けを求めた。
彼なら傷病者の扱いにも慣れているだろうし、尋問についても軍で専門的に学んでいるかもしれない。
「な、何故わたくしにそのような事を? わたくしは何も知りませんし、そもそも同志とは一体……」
そりゃこの中で一番まともそうだからである。
同じ温泉好きの同志として、困っている僕を助けておくれ!
「いやいや、そうとぼけないでもいいじゃないか。君は間違いなく同志だ。君自身だって本当はちゃんと理解しているよね? まぁ結局の所、情報を得るのが早いか遅いかの僅かな違いでしか無いのだけど、どうせなら早い方が良い。そう思わない?」
だから画期的な方法を提案して、早く僕をこの拷問部屋から解放して欲しい。
なんだか少しずつ吐き気が込み上げて来たし、僕は今すぐにでもリセアに癒してもらいたいのだ。
「………………ふふ、フハハハハ! 教官殿はやけに頭がキレると思っていたが、まさかここまでとはな! 確かにその通り! どうせバレるなら早く動いた方が効率的だ! なるほど、同志ローズがこうして敵の手に落ちたのも仕方のない事であったか!」
……ブロア少佐?
なんだか突然態度が急変したブロア少佐は隣りにいたロロアンナを抱き寄せ、その首筋に軍用のバタフライナイフを当てる。
「ブ、ブロア? 一体何の真似ですか……!?」
「ブロア貴様! 自分が何をしているか分かっているのか!? 姫様から離れろ!」
もしやこれがブロア少佐なりの暗殺者から情報を吐かせる秘策なのだろうか。
僕は温泉好きの同志を信じて、騒ぎ立てたりはせずに静観の構えを取る。
「はっ! 教官殿がここまで言ってもまだ気付いていないのですか姫様! わたくしは……いや俺は貴方の首を取る為に派遣された、貴方の敵ですよ!」
「そんな、まさか!?」
「バローナ。貴様の夫や両親を殺したのも俺だ。おかげで姫様の周囲には人がいなくなり暗殺しやすい環境が整った!」
「なっ……!? ブ、ブロア、貴様ァァアアアアッ、殺してやる! 絶対に殺してやるッ!!」
ブロア少佐も、ロロアンナも、シーナも。
皆役者にでもなれるのではと思わせる迫真の演技だが……これ本当に演技なんだよね?
真に迫り過ぎてちょっと心配になってきた。
「本来ならば、同志ローズが姫様の暗殺に成功するハズであった。そして俺は正体が露見することなくミナレーゼ第三皇女の懐に潜り込む事に成功し、見事彼女を殺す予定だったが……教官殿のおかげで予定が大きく狂ってしまったよ」
ブロア少佐のナイフがロロアンナの首を皮を僅かに撫でると、そこからツーっと鮮血が垂れる。
それを見て、聡明な僕は察してしまった。
あ、これマジなやつだ!
ロロアンナの護衛という仕事を引き受け、少なくないお金も受け取っている僕はすぐさま決断する。
「アイン、やっちゃって」
「あいよ。殺しは……?」
「許可する」
「へっ、流石はハルト!」
そんな僕らの会話を聞き、ブロアは手に持つナイフに力を籠める。
「おっと、姫様を死なせたくなかったら大人しくしておくのだな」
「ハッハッハ。おもしれ―こと言うじゃねーかオッサン。ほら、やれるもんならやってみろよ」
「俺が単なる脅しで済ますと思ってるのか……?」
「さぁな。俺にとっては別にどっちでも構わねー」
アインの挑発を受け、ブロアは心底不愉快そうに眉を顰める。
そして遂には我慢が出来なくなったのか。それとも最初からその予定だったのか。
手に持つナイフを逆手に持ち替え、思いっきり振りかぶるとそれをロロアンナの首筋目掛けて一気に振り下ろした。
――だがその凶刃がロロアンナの命を奪い取るより先に、アインの短剣がブロアに届く。
「ぐはっ……!」
右肩から左わき腹にかけて一刀両断されたブロアは血を吐き、臓物を撒き散らしながら力無く倒れ込む。
「――テメーがどう動こうが、どうせ俺の剣より早く動くことは出来ねーからな……」
アインはそう言ってカッコよく決めるが、アインが斬ったラインにロロアンナの身体も少し被ってしまっていた。
よく見ると、アインの剣によってロロアンナも右肩から先が綺麗に切断されている。
それに気付いたロロアンナは、
「ありがとうございます、アイン先せ……キャァーーーー!?」パタリ
「ひ、姫様ーーーーッ!!!」
悲鳴を上げてショックで気絶した。
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