第49話 古代言語?

「はっ!? わ、私は何を!? いつの間にか寝てしまっていたのでしょうか?」

「姫様! よくぞご無事で!!」


 暫くすると、ショックで気絶していたロロアンナが目を覚ました。

 そしてそれを見て、シーナは感極まって抱き着く。


 いや、ごめんね? うちのアインのうっかりで腕斬り落としちゃって。

 でもしっかりくっつけたし、命も救ったしでチャラだよね。それどころか報酬の上乗せも期待出来ちゃう?


 当初は寝ぼけていた(?)ロロアンナだったが、次第に気を失う直前の記憶を思い出し、焦ったように右腕をさする。


「う、腕!? 私の腕は――!?」

「ご安心ください姫様。シュリ様とシュカ様のお二人が見事に治療いたしました。後遺症も無いだろうとの事です」

「こ、こんな短時間で治っちゃったんですか!? そんな馬鹿な……いえ先生方なら不思議ではありませんか。本当にありがとうございます、皆様方。命を助けられたばかりか、腕の治療まで……。私ロロアンナ・ルア・ジルユニアはこの度の恩を決して忘れません」


 凄い、ロロアンナの腕を吹っ飛ばしたのは明らかにこちらの過失なのに、それまでもが僕らへの感謝度を押し上げている。


 やはり僕らの日頃の行いが素晴らしいからだろうか。

 家を燃やし尽くしても、腕を斬り落としても感謝されるなんて、流石は僕達。


 さて、そんな深く感謝されているシュリとシュカだが――――


「あぁ、気にしないで―。ハルトに言われてやっただけだから」

「そうそう。あ、でもぼくはユノちゃんの好感度稼ぎもあったかなー」

「この馬鹿! あんま恥ずい事を皇女様に言うんじゃねー!」


 ――聖女である先輩と一緒に、今度は暗殺者の方の治療をしていた。


 先輩は神聖魔法の使い手らしく、主に毒を治療したり人の能力を向上させたりする、いわゆる支援役なんだとか。


 火傷の状態が酷過ぎて一向に進まない暗殺者の治療を見るなり、先輩も手伝いを名乗り出たと言う訳だ。

 今はシュリと暗殺者両方に魔法で支援を掛けて治療している最中である。


「にしても、コイツがあのメイドと同類なんてなー。そんなに強かったのかよシュリ?」

「そりゃー強かったわよ。久し振りに本気を出したくらいには。あー、今思い返しても最高の夜だった―! ごめんねーアイン? そして最高の敵をありがとうハルト!」

「ちくしょーー! 俺があの時パーを出してれば、コイツは俺の獲物だったのに!!」


 別に暗殺者のプレゼントをした覚えはないのだが……。

 まぁ、人からの感謝は身に覚えがなくても、取り敢えず受け取っておくのがデキた社会人というやつだろう。たとえそれがぐっすり眠っている最中さなかに起きた事だとしても……。


 さて、暗殺者が【混沌の牙】の人間である可能性が浮上した事で、暗殺者の身体検査を先程マリルが主導で行った。

 するとアインの言う通り、この暗殺者は我らニナケーゼ一家ファミリーのメイド――サティと同じタイプの実験体という事が判明したのである。


 バロベリやブロアのような魔物と人間の中間的存在ではなく、より魔物に近付けて尚、理性を保ち続けた奇跡の産物。


 多くの犠牲者の中で幸運にも生き残る事が出来た彼女達は正しくただの被害者に過ぎない。

 そんな暗殺者をこのまま碌に話も聞くことなく殺す事など僕ら(アインとシュリとシュカ以外)には出来なかったのだ。


 暗殺者の快復にはまだ暫く掛かりそうなので、僕は雑談がてらレドン学長に話し掛ける。


「それで、学長? 国の中枢が腐りきっているのを知った訳だけど、これからどうするつもり?」 

「……どう、とは?」


 色々事情を聞き、難しそうな顔で治療中の暗殺者を眺めていた学長は、きょとんとした顔で僕に聞き直す。


「単刀直入に言うと、僕らの仲間にならない?」

「は? このジジイに今更冒険者になれと?」

「いや、そんな訳ないじゃん。そっちじゃなくて、僕達ってニナケーゼ一家ファミリーという組織を持ってるんだよ。戦闘員以外にも色んなメンバーがいるんだけど、その一員に加わってくれないかなって」


 ここ、学術都市ニノにはその名の通り多くの学術機関が存在する。

 アーレスティ魔術学院、国立騎士学校、サロマ家政学校、ジルユニア帝国陸軍大学校、等々。


 この都市ではありとあらゆる様々な研究と実験が国からのお金で許可されており、まさに学術都市の名に恥じない帝国の未来を作り上げる都市なのだ。


 ……まぁ、もしなにか大事故が起きても被害が最小限で済むよう、帝都から離れたここで一纏めにしているという側面もあるらしいのだが……。


 そんな学術都市に多くある機関の中でも、僕は特にアーレスティ魔術学院を評価している。


「僕は他のどの学校、研究所よりもこの学院を高く買っているんんだ。若き才能あふれる生徒達もそうだけど、特に魔道具の研究開発が素晴らしい。僕達の仲間になって、僕らの無数にあるアイディアを実現するのに一役買って欲しいな」


 たとえば、先生がしきりに話に出していた電話だとか、馬車酔いから解放される揺れない自動車だとか。

 特に僕とアインが欲しいのは、エッチな光景をいつでもどこでも何度でも、繰り返し再現可能なDVDとか言う記録媒体だ。


 僕はそれを作り出すためなら、どんな厄介な仕事でもこなして見せよう。

 そしてリセアの水着DVDという家宝をこの手に顕現させるのだ!!


「……わしは国に忠誠を誓っている。そしてなにより、学院もわしではなく国のものじゃ。一個人に肩入れするなぞ有り得ん」


 ふむふむ。まぁ貴族であるレドン学長はそう言うよね。予想は出来ていた。

 でも家宝を手に入れるためにも僕はこんな事では諦めない。彼の言葉にはまだ僕達が入り込む隙がある。


「そう、国に忠誠ね。でも今の帝国内部の状況は学長もよく理解したんじゃないかな? たかが次期後継者争いでここまで乱れるなんて普通じゃない。国を、民を守るには彼らではなく代わりの人材が必要となる」

「それがお主らじゃと……? ふん、お主らはとても正義の味方というたちには見えんぞ」


「でも力はある。ならばその力に縋るのも賢い生き方だ。勿論、帝国が安定するまでの一時凌ぎでも構わない。悪いようにはしないよ」

「…………少し、考えさせてくれ」


 学術都市での最初の勧誘はひとまずここで終わった。



~~~~~~



 朝から慌ただしかった一日が終わり、放課後。


 未だ暗殺者の治療は終わっていない。

 どうやら火傷の早期根治は回復魔法以外の魔法では困難であるらしく、自然治癒に頼った治療を根気よくするしか道はないとの事だ。


 流石にずっと治療を眺め続けるのは飽きるし、なにより部屋に転がったブロアのバラバラ死体から離れたかった僕は、早々に学長室を出た。


 学院側としても、皇女の暗殺未遂が学院内で起きたと声高々に言う訳にもいかず。そもそも、皇女のロロアンナ自身が身分を詐称して学院に通っている。

 なので学院では混乱を避けるためにも、仕方なしに平常通り授業が執り行われた。


 学院の生徒からしたら今日もいつもと何ら変わらない平凡な一日。

 生徒が放課後の活動を満喫している中で、僕はがらんとした教室でただ一人、人を待っていた。


「ハ、ハルトお兄様……。連れて来ました……」

「あぁ、ありがとう。さぁ二人共座って座って」


 昨日の訓練の事もあり、どこかぎこちない様子のヨウが連れて来たのは一人の生徒。

 連れて来られた当人は、何故教師である僕に呼び出しを受けたのか心底不思議がっている。

 そしてそれは何故か一緒に座れと言われたヨウも同様だった。


「え、わたしもですか?」

「そうそう。また一人妹弟子が増えるから、色々教えてあげてよ」

「地獄の住人に新たなメンバーがまた一人……?」


 地獄とは失礼だな。強くなるのに優しい道は無いという事だよ。


「で、弟子!? わが? いぎなりなしてそった話さなったんず!? わぁぜにっこ持っでねど!?」

「…………ごめん、古代言語かなにかかな? 生憎僕は歴史にあまり興味がなくてね。現代の言葉で話してくれるとありがたい」


 僕の言葉を聞き、大層驚いた様子の生徒――A組唯一の一般家庭出身の女の子――は聞いたこともない言葉で僕に何かを訴える。


「んなわげねーべよ! せんせもジョークうめんだがら! で、なしてこった話さなったんず?」



 …………ヤバい、この子の言葉がまるで理解出来ない。



 この世界は多少の違いこそあれ、言葉は一つの言語で統一されている。

 だからどこの国、どこの大陸に行ったとしても言語の壁に直面すると言うのはまずあり得ない……ハズなのだが、なんだろうこの話の通じなさは。


「……君名前なんだっけ?」

「呼び出しどいてなして知らねんずよ!? わぁはミルザ。覚えでけれ」


 ふむ、今回はなんとなく理解出来た。きっと『私の名前はミルザです。覚えて下さいね?』とでも言ったのだろう。


「ミルザね。覚えたよ。それで、面倒な話は抜きにして単刀直入に言うけど、君には今後ロロア専属の護衛となってもらう」

「ロ、ロロア様の!? わが!?」


 ロロアンナは学院においてはジャーマン公爵家の娘であるロロアとして生きている。

 そのため、ここでは僕もそれに合わせてロロアと呼ぶ。

 まぁ詳しい事情は本人から聞くのが一番だ。


「えー、ハルトお兄様。ミルザはこう言っています。『ロロア様の護衛!? どうして私が!?』と」


 気の利く我らが一番弟子は、ご丁寧にもミルザの言葉を翻訳してくれる。

 まさかヨウがミルザの話す言語に精通しているとはね。おかげで会話がスムーズに進みそうで大助かりだ。


「なるほど。じゃあミルザにこう伝えてくれ。『それは君がAクラス唯一の一般人だからだよ? 君だけがロロアの敵でない事が確定している』と」

「分かりました。ミルザさん、ハルトお兄様はこうおっしゃっています。『おめは敵じゃねはんで、死ぬ気で守ってやってけ』だそうです」


「いやせんせ? あどヨウちゃんも。べづに通訳とがいらねーがら。ふづーに理解でぎでっから」

「ハルトお兄様。ミルザさんの返答はこうです。『お任せください。命に代えましても彼女を守り通して見せます』と」

「いやなに勝手にひどのしゃべっちゅーごと捏造しちゃんず!? わぁ、なごと一言も言ってねーど?」


 うむ、彼女からしたら降って湧いた話だと言うのに、素晴らしい覚悟だ。

 ミルザは興奮とやる気に満ちた表情で、今後の決意表明をしている。……何言ってるか分からないけど。


「取り敢えず死ななように、僕と僕の幼馴染達が徹底的に鍛えてあげるから、その点は安心してくれ。あぁ、当然この話は学長の許可も得ている。……と言うよりも学長の推薦が大きいかな?」


 ロロアンナの護衛には現在、シーナ、僕達幼馴染五人と勇者パーティーの二人がいる。


 だが僕達は教師として授業を行ったり、その準備をしなくちゃいけないから四六時中ロロアンナの護衛をする事は不可能。ていうかそもそも、いつまでもこの学院に留まり続けるつもりがサラサラない。


 リセアと先輩の勇者パーティーは、勇者としての活動が忙しいらしく、しょっちゅう学院を休んでいるそうだ。


 そしてシーナもシーナで、流石の彼女でも一人で常に気を張り続けていると身体が持たないし、なにより彼女には自分の赤ん坊の世話もある。


 という事で、今回A組在籍という実力者にして、何のしがらみも後ろ盾も援助も得ていない一般人の中の一般人、ミルザに白羽の矢が立ったのだ。


「ミルザさん、ハルトお兄様のお言葉はこうです。『やんねば殺す』」

「さっぎがら意訳がすぎるべよ、ヨウちゃん!? せんせひとごとも言ってね―はんでな、ころすどか!」

「『お任せください師匠。我が命に代えましても任務を成功させて見せます』だそうです」

「ヨウちゃん!?」


 なんて頼もしい子なんだ。まさか同級生のために命まで差し出すとは……。


 やはり一般庶民が名門校に通うには、命の一つや二つ気軽に捨てる覚悟くらい持って当然なのだろうか。

 馬鹿な貴族の子とか、目が合っただけで無礼とか言って殺してきそうだしな……。


「よし、ミルザの覚悟は分かった。君の為にも、僕らの考えうる中で最も苦しい訓練を君に課そうじゃないか」

「!? いやいやいや、わがっでねぇ! なんもわがってねーはんでなせんせ!? 苦しい訓練なんてわぜってーやだから!」

「…………えー、彼女は『望むところです!』と言ってます」

「ヨウちゃんッ!??」


「というか、わたしが受けたのよりもさらに上の訓練があったんですね……。内臓を引き摺り出しながらランニングでもするのですか……?」

「いやなんの意味があるんだよそれ……」

 

 いくらシュリとシュカが治してくれるからって、そんな意味不明な修行は行わないよ……。


「安心してくれていい。妹弟子だけを優遇するつもりはない。一番弟子であるヨウは、もっとスペシャルなメニューにしてあげるよ。やったね!」

「………………強くなる前に死んでしまいます、ハルトお兄様……」 



 こうして、我らがニナケーゼ一家ファミリーに三人目の弟子が加わった。


 ……そろそろ男の弟子が欲しい。




======

学術都市編において主要人物はこれ以上出ませんのでご安心ください。

また、ミルザの訛りに関しては生まれも育ちも青森県民の私が完全監修しておりますので、エセでは断じてありません。……いやよく考えたら異世界でエセもなにもないか。


(方言女子の魅力をミルザで伝えたかったけど、小説じゃ難易度が高すぎる……。ピンインでも付ければ伝わるか……?)←絶対伝わらない

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