第50話 模擬戦①
「明日、C組と模擬戦やるからよろしくー」
ある日の授業中、僕は黒板にデカデカと『模擬戦』と書きながらそう言った。
すると当然、生徒達からはブーイングの声。
「急すぎます先生」「いやでもC組なんて相手にならなくない?」「だとしても心の準備ってものが……」「最近はほとんど座学だったのに、なんでいきなり実践なのよー?」「リスクばかり高くてリターンがありませんね」
我が弟子であるヨウ、ロロアンナ、ミルザも文句こそ言っていないが、疑問に満ちた表情をしている。
「結局、実践に勝る訓練はないって事だよ」
「ハルトお兄様がそう言うのならわたしは従うだけです」
「私は日頃から鍛錬を欠かしていませんから、実力を見せ付けるチャンスですね」
「いぎなりんなの言われでも困るはんで! 貴族の生徒を倒してまっだらどせばいんず!? 殺されでまう! たすけでけハルトせんせ!」
僕がそう言うと、弟子達はすぐさまやる気と闘気を漲らせ、まだ見ぬ敵へファイティングポーズを取る。
ペットは飼い主に似るとはよく聞くが、彼女達にもいつ間にやらアイン達の超好戦的な性格が継承されてしまっていたようだ。
ちなみにリセアと先輩の二人は勇者の仕事でここ数日学院をお休み中である。
……そのせいでやる気が出ないし、テンションも上がらない……。
元々身なんて入っていなかった授業にはいつも以上に身が入っていなかった。
今回急に模擬戦なんて話になったのは、普通に授業するのがめんどくさいという僕の怠惰さが理由の一つでもある。
「よくぞ言った弟子共! だが俺達C組はここでテメェらをぶっ潰し、その屍を超えてA組になる!!」
そんなスーパーローテンションな僕とは違い、いつも元気いっぱいなアインが教室の扉をガララッと凄い勢いで開けて入って来た。
普段持ち歩いている短刀の代わりに、授業で使う竹刀を引き摺り歩くその姿は、まるで鉄拳制裁上等な生徒指導の先生のよう。
てか潰すのはともかく、殺しはマズいよアイン……。
そんなアインに生徒の一人が言う。
「え、でもアイン先生は私達にも剣術を教えてくれてるじゃないですか。なんでC組をそんなに優遇するんですか?」
「そりゃテメェらにはハルトが居るからな。ハルトの元に居れば誰だって勝手に強くなる。だからこそ、俺がC組を率いてA組を超える展開が滾るんだ」
ごめん、そんな期待を僕に抱いてくれているとこ悪いけど、僕の授業は
いやむしろ身体を全く動かしていないから弱くなっているまである。
「俺はA組を超えるため、昨日まで毎日C組の連中を引き連れて道場破りに行っていた。そしてついに昨日! 俺達は一つの道場を打ち破る事に成功したんだ」
「……学術都市に道場なんてありましたっけ?」「子供達が通う子供道場なら……」「そもそも私達は魔術師ですよ?」「ハルト先生の授業以上に意味不明です……」
おい、誰だ僕の授業を意味不明なんて言った奴!
僕も自分が何をしているのかまるで理解出来ないから気持ちは痛い程分かるけど、そういうのは口にしないのが最低限の礼儀ってものだろ!
てか誰か僕に『それっぽい授業のやり方』っていう授業をしてくれ!
「道場は道場でもそこはただの道場じゃねぇ。国立騎士学校の同じ一年C組だ!」
「アイン先生、それは道場ではないのではありませんか……?」
誰もが思った疑問を生徒の一人が口にするが、そんなのアインに言っても無駄だ。
彼にとって、人が群れていて且つ強くなるために努力していればそれだけでそこは道場なのである。
きっと突然道場破りされた騎士学校の教員と生徒も、話のまるで通じないアインに大層面食らった事であろう。
「俺は魔法なんて分かんねーから剣しか教えてねーが、俺の熱血指導の成果でC組の中には剣に目覚めて杖を捨てた奴もいる」
「アインお兄様、それは指導というよりも洗脳の成果なのでは……?」
「どうして魔術学院の生徒が杖を捨てているんですか……。頭が痛いです」
「杖どがたんげたけーがら、なげるぐれーだばわさくれればいがっだのに……」
アインの話を聞けば聞くほど、ロロアンナの言うように頭痛がしてくる。
そして相変わらずミルザの言っている事は意味不明であった。
「剣の実力が同じなら、魔法を使える奴が勝つのは当然の話。つまり、魔法を使えるテメェらは、剣士として必要な才能を持っているという事に他ならねぇ。A組とC組。どちらが学院最強の剣士か白黒ハッキリ付けようじゃねーか!」
竹刀を床に叩いて、そう話を纏めるアイン。
それを受けて僕はこう呟いた。
「アイン、ここはアイン剣術学院じゃないんだよ……?」
~~~~~~
突然の乱入者アインは、言いたい事は全て言ったと口にして、そそくさと自分の担当するC組へ帰って行った。
そしてようやくを落ち着きを取り戻した教室で授業を再開する。
「という事で、今日の授業は万が一にでもC組に負けないよう、魔法の特訓を行う」
「平民。貴様は魔法が使えない筈では?」
「使えないけど、指導するくらいなら出来る。特に君達のようなヒヨコ相手にはね」
僕の発言にムッとなる生徒達だが、事実なのだから仕方ない。
僕らは先生の方針で、自分に適性の無い授業も無理矢理受けさせられていたのである。
だから指導するにあたり最低限の知識くらいは持っているし、多少のアドバイスも可能だ。
「ふん、お嬢様だけでなく私も今はシュリ様とシュカ様の指導を受けている。少しは参考になる話が聞ければいいがな」
シーナは
そして僕は相変わらず平民呼び。なんとも人によって態度がコロコロと急変する貴族である。
まぁ、腕を斬り落とした張本人であるアインにはロロアンナを近寄らせようともしないから、それよりはマシなのかもしれない。
「相手は強敵だ。クラスが下だからと言って甘く見ていたらあっけなく敗北するだろう。そこで君達には今日中に魔法の特有的特性を発現してもらう」
「特有を!? 無理無理無理!」「ハルト先生、簡単に言うけどあれってちょー難しいんだよ?」「一日で発現とか不可能ですよ!」「そもそも卒業生ですら半分もその域に至らないというのに……」
僕の言葉で教室がざわつく。大半の生徒が流石にそれはちょっと……と早くも諦めモードだ。
「まぁ取得速度には個人差があるから、この中の半数がそこに至れば御の字って感じかな。大丈夫、一週間もする頃には皆少しは発現できるようになるよ」
だからなんとしてでもC組に勝ってくれ。
もしA組が負けてしまったら、僕は賭けの対価としてこの間の暗殺者クラスの強敵をアインにプレゼントしなくてはいけなくなる。
そもそも暗殺者なんて物騒な代物をプレゼントした覚えはないし、そんな真似は到底不可能な訳だが、アインは人の話を聞かない男だ。気が付いたら何故かこの条件で賭けが成立してしまっていた。
だが反対に、A組が勝ったらアインが高級焼肉を奢ってくれるとの事なので、この戦いは絶対に負ける訳にはいかない。
「あ、あのハルトお兄様。わたしは魔法が使えないんですけど、一体どうすれば……」
おずおずと挙手をしながらそう言うのはヨウ。
この学院には二種類の生徒がいる。
いわゆる魔法の腕を上げたくて通っている生徒と、魔法関連の研究職に就きたいと考えている生徒だ。
そのため、学院にはヨウのように魔法が使えない生徒も数多く在籍している。
だがエリート中のエリートである一年A組に在籍している生徒ではヨウ一人だけ。
ヨウは急な実力アップも難しいだろうし、一体何をさせようか……。
「……魔法の標的にでもなってみる?」
「殺す気ですか!? いくらなんでも死んじゃいます!」
「いや、ヨウの今の肉体強度なら問題無い。攻撃を受けてアドバイスとかしてくれるとありがたいんだけど……。あぁ、とは言っても今日休んでいるリセアを相手にするのだけはやめた方がいいね。多分死ぬから」
「言われなくてもしませんよ、そんな真似は!」
ヨウは、天才師匠である僕ら幼馴染から見ても異常な成長の仕方をしている。
格闘術や弓術といった戦闘スキルには欠片も才能の片鱗が見受けられなかったが、彼女の筋肉はまさに天賦の才を持っていたのだ。
外観は昔とそこまで変わっておらず、平凡な少女のまま。
しかし、どんなキツいトレーニングにも短期間で適応し、現在では左手の人差し指一本で逆上がりをしながら、右手で学院の宿題を行う彼女はまさに化け物の領域にいる。
恐らく筋肉の質というものが、他者よりもずば抜けているのだろう。
今のヨウならば、僕達の乗る馬車を一人で引っ張って走る事すら可能なハズだし、生徒の魔法を受けてもびくともしないに違いない。
笑顔で馬車を引っ張るヨウとこれまた笑顔でそこに乗り込む僕達。
世界中をこのスタイルで旅しながら制圧して行くとか、想像しただけでカッコいい!
今度ヨウには馬車を引く訓練をさせよう。
「俯瞰して観察する事で新たに見えてくるものもある。そして攻撃をその身に受けて初めて感じる事もあるものさ……」
「……攻撃を受けて感じるのは痛みだけだと思います、ハルトお兄様……」
……さて、ヨウも納得してくれたところで早速授業に移ろう。
僕は黒板にカッカッと小気味よく文字を書き進め、それが終わるなり生徒の一人を指名して訊ねた。
「君は特有的特性を発現するにあたり必要な事は何だと思う?」
「はい。私は……なにより魔力制御が必要だと思います。魔力コントロールがそのまま魔法の完全なる制御に繋がり、それが最終的には特有的特性を開花させる事に繋がると考えるからです」
ふむ、成績トップクラスの学生が集められているA組の生徒でもこの回答か……。
無知や勉強不足というよりは、貴族共の徹底した情報統制が行き届いている事を褒めるべきだろう。
しかし、他国から留学して来ている生徒もいるというのにコレとは……。
未だ戦争や紛争が絶えない中、こういった所だけはガッチリと手を組んでいる所を見ると、どうやらこの世界のお偉いさんはよっぽど利権が大事らしい。
「魔力制御を鍛えるのは魔法の発動速度や規模、また応用的な使用といった側面で非常に有効だ。でも、特有的特性の発動にそれはほとんど関係ない」
「「「「!?」」」」
多くの生徒が驚いている中、平然としている生徒の姿もある。
それは例外なく上級貴族の家の子供であった。
なるほど、貴族の子供でもこの程度の事は教えられているのか。
まぁこれくらいなら情報が流出したとしても大した損失にはならないだろうからね。
「では真に重要なのは何か。その答えは至ってシンプル。意識、これに尽きる」
「ハルト先生。ですが私達がどれだけ特有的特性を発動させようと意識しても、全く効果がありません」
「そりゃそうさ。意識の割き方が間違っているんだから」
僕は弟子であり皇女でもあるロロアンナに視線を向ける。
「魔法の行使者全てに同じ特徴が出る共通的特性と、行使者それぞれで異なった特徴が出る特有的特性は完全なる負の相関関係にある。ロロア、君ならこれも知っているね?」
「……ハルト先生、それ以上は……!」
それ以上は利権が脅かされるからやめておけって?
やれやれ、あんな酷い目に遭ったのにロロアンナはまだ皇女としてデブ貴族共の金脈を守ってあげるつもりらしい。
世の中、知識を一点集中させるよりは広く一般的に普及させた方が発展も早いし国のためになると思うよ?
「魔法が持つ力を100だとしたら、共通的特性と特有的特性の力の合計は必ず100になる。これは絶対不変の理だ。ならば、無意識に共通的特性100の魔法を使っている君達が意識するべきことは一つ。共通的特性を抑える意識をするんだ」
ここまでの情報は恐らく皇女であるロロアンナも持っていないだろう。
その証拠に、僕の言葉を受けて『そんな馬鹿な……!?』とでも言いたげな驚いた顔をしている。
「特有的特性の能力は個人によって本当に様々だ。たまたま頭で思い描いていた能力と自身の能力が一致していたら良いけど、普通そんな奇跡は起こらない。だからこそ確実に分かる共通的特性を抑える意識をして、強制的に特有的特性を引き出すんだ」
あれは十才になる前だっただろうか。
シュカが早々に特有的特性の発現に成功したのと対照的に、シュリはなかなかそれに成功しなかった。
それで珍しく泣きそうな顔をしてシュリが僕に相談してきたのだ。
その時に僕が思い付いたのがこの方法。
本来ならば魔法の習熟度を上げて自然と開花させる特有的特性を、意識一つで簡単に発現させる事に成功してしまったのである。
この話を最初に聞いた僕らの先生は、『へぇ、なかなか理に適ってるじゃねーか。ハルト、テメェ実はアホな振りした天才だったんだな』と僕の考えを認めてくれた。
いや、天才なのは間違いないけど、アホな振りはしていないよ……。
「炎魔法なら熱くない魔法を、氷魔法なら逆に冷たくない魔法をイメージすれば勝手に共通的特性は抑えられる」
当初は専門外である僕の言葉など半信半疑で聞いていた生徒達も、今は必死になって僕の言葉を逃さないようノートに書き込んでいる。
そして次々と自主的な質問を僕に投げかけて来た。
「ハルト先生! その方法での成功例はあるんですか?」
「あるよ。シュリがそうだ」
「治癒魔法を使う私はどういったイメージをすればいいでしょうか?」
「相手をぶっ殺すつもりで魔法を掛ければ良い」
「あの、こんな重大な秘密を知ったら貴族様が怒るんじゃ……!?」
「貴族が隠している情報の先を教えているから怒るに怒れないだろうね。もしなにかあったら僕らとロロアの名前を出すと良い」
もしこの方法を貴族達が既に知っているんだとしたら、もっとこの学院の生徒や教員のレベルが上がっていないとおかしい。
魔法が比較的得意ではないシュリ以上の使い手が学長と副学長しかいないとの話だったし、魔術師にして軍人でもあるブロアがあの程度だった。
ここら近辺の国がまだその域に至っていないのは明白であろう。
そして、いくら魔法という利権が多少脅かされたとは言え、秘匿している数多くある情報の内のほんの一部を開示したに過ぎない。
普通の貴族ならその程度で血の気の多いAランク冒険者五名と皇女に真っ向から敵対する道は選ばないし、普通じゃない貴族は貴族で、僕達が【混沌の牙】の幹部を殺し回っている情報を耳にして迂闊に近付いてきたりはしないだろう。
「これが本当なら世紀の大発見ですが、学会に報告はしないんですか!?」
「面倒だからしない。……あぁ、ヨウの功績にでもしてあげようか?」
「!? やめてくださいハルトお兄様!?」
ひと通り聞きたい事は聞き終えたのか、静かになった生徒達。
それを見て僕は次の指示を出す。
「よし、じゃあこの話を踏まえて次は実践に移ろう。ヨウ、
「……その話、冗談じゃなかったんですねハルトお兄様……」
この日、クラスの半数を超える二十一名の生徒が特有的特性の発現に成功した。
そしてクラスメートの魔法を一身に受け止め続けたヨウは、僕の予想通り無傷であった。
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