第16話 十二位②

 冒険者協会の四階。

 そこは大きな訓練場であった。


 この階にある部屋はこれ一つだけということもあり、とても広々とした開放的な空間。

 床や壁も衝撃に強い物が採用されているのか、ちょっとしたキズはあるものの大きなヒビや穴は見当たらない。


 そしてその中央にジッと目を閉じ、正座をしている人物こそがSランク冒険者第十二位【月光の影】アオムラサキなのであろう。


 アオムラサキは僕らが一歩訓練場に足を踏み入れると、ゆっくりと目を開き立ち上げった。


「ふむ、お主らがガンテツ殿が言っておったクソガキ共でござるか。わざわざこんな辺境まで来たのだから精々拙者を楽しませ欲しいものだな」


 黒装束を身に纏っているため、外から見ると小柄だという事しか分からない。

 だが声から察するに、奴は女だ。


「【月光の影】は皆さんが倒したキングモンキーを討伐するためにジリマハに来たんです。一応討伐の連絡を早馬で知らせたのですが入れ違いになってしまったようで……」

「走って帝都から来たでござるからな。道中の街で冒険者協会に寄っておけばよかった。拙者のミスでござる」


 帝都から走って!?

 ここから帝都って五百キロ以上離れていたと思うんだけど……。


「わざわざSランクに来てもらってとんぼ返りさせるのは勿体無いからな。テメェらに世界の広さってのを教えてやってくれとワシが頼んだのだ」


 ガンテツ支部長はそう言って挑発的な視線を僕らに向けてくる。


 恐らくここで僕達の自信を木っ端微塵に粉砕して、今後冒険者の仕事に真面目に取り組ませようという魂胆なのだろう。


 だが残念。

 僕らはこれまでだって散々先生にボコボコにされてきたし、自分達が未だ世界最強の域に到達していない事もちゃんと認識している。


 むしろ、ここで世界トップクラスの実力者と戦わせてくれるなんて感謝しかない。

 この戦いの結果次第で、今後の世界征服の計画を前倒しに出来るかも。


「拙者も暇では無いが、随分と活きの良いガキ共がいると聞いてな。実力が気になったのだ」

「……すげぇ小せぇし、コイツの方がよっぽどガキっぽいよな?」


 昔から思った事をそのまま口にしてしまうタイプのアインは相変わらずだ。

 アオムラサキは自分がガキと言われたことに腹を立て、思いっきり地団駄を踏む。


「ふ、ふざけるな! ボ、ボクは……いや拙者はもう十七だ!! 貴様らよりも二つも年上なのだぞ!?」


 ふむ、どうやらアオムラサキは若干キャラを作っているらしい。

 確かに強者としてのイメージを維持するには有効な戦略かもしれないが、こうしてすぐに化けの皮が剝がれるくらいならやらない方がマシなのでは?


 そんな実はボクっ娘で、身長が百四十センチちょっとしかない彼女は先程までの冷静沈着な姿をかなぐり捨て、僕らに対して必死のお姉さんアピールを敢行する。


「お酒だって飲めるし、お金だって自分で稼いでる! か、彼氏だって……今はいないけど、すぐに作れるんだぞ!!」

「へー、凄い凄い。偉いねーアオムラサキちゃんは」

「馬鹿にするなーーーーッ!!」


 僕はアインと違ってちゃんと褒めたのになぜ怒る・・・・・・。


「Sランクをここまで煽るとは、いよいよもって頭がおかしいなコイツら……」

「これは……ちょっと擁護できません」


 なんだかガンテツ支部長とネロンさんに呆れられている気がするが、しょうがない。

 だって僕らは自分に素直に、そして実直に生きている好青年なんだから。


「あー!! 思い出しました!! 昔先生に聞いたことがあります!! アオムラサキちゃん、あなた……忍者ですね!?」


 すると、突然マリルが大声を出す。

 忍者……? 一体何だろうそれは。


「うむ、いかにも。お主はよく勉強しているようだな?」

「ありがとうございます。先生が言うには、忍者――その中でも特に女性はくのいちと呼ばれ、ある特殊な任務を遂行するため日々辛い修行生活を送っているそうなんです」

「その通りでござる。拙者もあの辛く厳しい修練の日々はつい昨日の事のように思い出せる」


 よっぽど苦労してきたのか。

 アオムラサキは、しきりに頷きながらしみじみとしている。


「なんでもくのいちは……その、私の口からは少し言い出しにくいんですけど。男性を篭絡ろうらくするために房中術と呼ばれる極めてエッチな技術を身に着け、爛れたいやらしい毎日を送っているのだとか」

「なッ……!? ふ、ふざけるな! そんな訳がなかろう!?」


 なるほど。つまりくのいちは……分かりやすく言うと風俗嬢とかそんな感じの職業なのか。

 凄いな、アオムラサキは一体どうやって風俗嬢からSランク冒険者にまで成り上がったんだ。

 Sランク冒険者にバリエーション豊かな人材が揃い過ぎていて怖い。


 僕らはマリルの話を聞き、揃ってアオムラサキに対して優しい視線を送る。

 うんうん、そんな小さな身体で今まで必死に頑張って来たんだね?

 僕らは君のその努力を全力で認めてあげるよ。


「そんな目でボクを見るなーー!! 違う、違うから! 忍者はそう言うのじゃなくて、諜報とか暗殺を生業なりわいとする職業だから!! そ、その証拠に、ボクはまだ生娘だッ!!!」


 よっぽど焦って混乱していたのか。

 言わなくても良い事まで口走っているアオムラサキに、ガンテツ支部長とネロンさんまで生暖かい視線を向け始めた。


 そして、自分のとんでもない発言を時間差で理解したアオムラサキは、黒装束で目元しか露わになっていないというのに、両手で顔を覆い凄い恥ずかしがる。


 ヤバい、この子結構面白い。


 しかしアオムラサキの反応を見るに、またしても先生の情報は嘘っぱちだったようだ。

 いよいよ、僕らが学んだ知識がどれだけ正しいのか信用できなくなってきたな。


「はいはい皆さん。いつまでもお喋りしている暇はありませんよ。訓練場を確保しているのは一時間だけなんですからさっさと戦ってください!」


 流石にこんな可哀想なSランクは見ていられないと思ったのか。

 ネロンさんは、パンパンと手を叩きながら僕らへ呼び掛ける。


「そうだ支部長。いきなりこんな相手と戦わされるんだ。もし勝った時はご褒美を貰っても良いよね?」

「ご褒美……だと?」


 アイン達は強者との戦いが大好きだからそんな餌はまるで必要無い。

 だがどうせなら強者との戦い以上にもっと大きなリターンも欲しいところだ。

 僕は本当は戦いたくない、という態度を取りながら支部長と交渉を続ける。


「だってそうでしょう? 僕らは報酬が貰えると聞いてここに来たんだ。それがいきなりSランクの怪物と戦う? 少しくらい僕らにメリットがあっても良いと思わない?」


 本当はSランクとの戦いだけで、貰った報酬全てを失ってもお釣りがくるくらいの大ラッキーなのだが、僕は強欲なのである。もっと大きな利を引き出せるなら最大限引き出したい。


「ちっ! あぁ、分かったよ。それで? 褒美って何が欲しいんだ? 金ならやれんぞ」


 よし掛かった!

 ついついにやけそうになる表情を引き締めながら、僕はガンテツ支部長に言った。



「この都市で一番偉い人に会わせてもらいたいんだ」

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